地に立ちて_見上げる天に_藍見えず   作:黒兎可

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予告通り。


 己の心の機微すら知らず (side 鬼厳城五助)

 

 

 

 

 

 目の前に、刀が見える。

 刀はあっさりと俺を切り裂くだろうことは、目の前にあるこの殺意の塊を見ているからこそよくわかる。

 だからそれに対抗するために、俺が何をしようともそれは無駄であって。

 その時、脳裏をよぎったのは。

 

 

 

 ――――僕はそれを、君の強さと認めるけれども、それでも、それは剣八の強さではない。

 ――――だからいずれ、最も剣八という宿業に即した剣八が現れ、君のことを斬り伏せる。

 

 ――――その覚悟だけは持っておくんだ。五助君。

 

 

 

 これが、そうか。

 結局アンタの言った通りになっちまいましたよ、隊長(ヽヽ)

 

 謝意を述べる暇も、もはや俺には残されず。後悔も何も吐露する時間も、その全てが一撃のもとに置き去りになった。

 

 

 

   ※  ※  ※ 

 

 

 

 あの人を始めて見たのは、まだあの人が副隊長にもなっていない頃。

 その頃の俺は、どういう訳か十一番隊配属となった。出身地域の問題もあったろうが、ギリギリ卒業の俺でも刀仕事くらいは務まるだろうと言う配慮でもあったのか。あるいは七代目「刳屋敷剣八」ならそんな俺でも面倒を見てくれると思っていたのか。そのあたりのことはわからねぇ。

 わからねぇが、それでも俺が十一番隊に配属されると内定されてから数か月後には、ロクに七代目と話すような暇もなく、あっという間に隊長が変わった。

 

 八代目剣八こと「痣城剣八」。

 妙に痩せた、目が鋭く、とにかく嫌な性格をした貴族の男だった。

 

 妙にベラベラ独り言をしゃべる。そして俺達にも色々口を出す。その割には会話しようとすると「時間の無駄だ」とか「私は君の意見を聞いてはいない」だのすぐに遮るし、時間に煩いし、とにかく休みなしでひっきりなしに働き続けさせられた。

 これじゃ身が持たないと、当時の副隊長を始め多くの隊士が志願して別な隊に移り始めるのに、大体一月もかからない。あの隊長が「死神は魂魄の調停者(バランサー)でありそのことに全人格を向ける」とか言い出した時は、正直耳と目を疑った。俺は他の隊に移ろうにも拒否されるようなモンだから移動できなかったからこそ、頭がおかしくなりそうだった。

 それでも逆らわなかったのは、あの男の戦い方が「全く分からない」から。気が付いたら虚がズタズタに斬り伏せられている、みてぇな光景を何度も目撃すれば、こっちもどうにかなっちまいそうだ。恐怖心が俺を支配して、一歩踏み出すことも出来やしない。サボるのなんざ当然、俺以外も命令違反は数多く。

 そんな時、俺みてぇに十一番隊から去ろうとしなかった、あるいは隊長の命令を無視しなかった、あの人が七席から一気に副隊長に引き上げられた。人材不足ってのもあったんだろうが、あれは……、意外と相性が良かったんだろうな。

 

 そう、あの虎徹志道。

 白髪交じりの髪の、犬みてぇな人懐っこそうな男。

 こっちも、どっちかといえば優男で、なんなら見た目は俺よりもガキ。痣城隊長と並ぶと同年代か少し年上くらいにしか見えないような、そんな容姿やら物腰だった。眼鏡に、普段からのほほんと笑っていやがる、こっちはこっちで嫌な男だ。

 俺みたいな最底辺をさまよっていきた男と違い、霊術院での成績も順風満帆に。経歴の昇進も普通に進んでて、普通に結婚もしていやがる。

 羨ましいとは思わない。どっちかといえば、温室育ちの極みみたいな男に見えた。

 

 そんな育ちの良さを現す様に、あの人は俺にも当たり障りなく声をかけていた。

 

『五助君、報告書の書き方ちょっと変えるから、相談に乗ってくれないかな?』

『……何で俺がそんな面倒くせぇことを』

『そう! それ、君が僕みたいに(ヽヽヽヽヽ)面倒くさがりだからだよ。今の書き方って、刳屋敷前隊長の頃の書式を痣城隊長がもっと事細かに改悪したやつだから、君の目から見てどこからどこまで書けばいいかっていうのを知りたくてさ。つまり、各項目を削減しようってことだね。

 僕だけで話を進めてもいいんだけど、やっぱり人数多い方がもっと楽な方法思いつくかもしれないし。大丈夫、一寸(約6分)もかからず終わるって視えてる(ヽヽヽヽ)から』

 

 ……見た目はガキだが、俺より普通に年上だってのもやり辛い理由の一つだった。

 霊的には間違っちゃいない。死神とかそういう霊力の素質がある奴は、老化が遅い。対して俺だってそこらの爺さんとかと比べれば、それなりに年をとっている。

 その上であの人は若く、俺は中年手前で。

 つまりは、そういうことだ。…………俺が落ちこぼれていたのも、つまりそういうことだ。

 

 あの人は、そんなに話したわけでも無い頃から何故か俺を始め、新人やら多くの隊士の性格を把握してた。妙に手を回したり、気分よくしたりして、痣城隊長より下手をすれば慕われていたくらいだ。

 だからあの人が大体半年くらいたった後、痣城隊長に「このままいくと過労で死にますね、隊士もですけど隊長が」とか言い出したあたりで、流石に全員噴き出して、笑いをこらえるのに必死で腹を痛めたのもだ。

 

『虎徹副隊長、そんなことはない。そういったものは私には必要が無い(ヽヽヽヽヽ)のだから。隊士についても不可能ではないように設定している。それならば後は自己管理の範囲だろう?』

『いえ、いくら隊長の卍解がそういうことが可能な変態みたいな能力していても、疲弊するのは霊体ではなく精神ですから。はりきりすぎなんですよ。皆に良い所見せて、隊長らしく振舞おうって仕事仕事仕事って。前隊長との決闘がアレだったのが原因なんでしょうけど。

 ただそうはいっても、心の疲労は蓄積すると、致命的な判断の誤りを引き起こします。現に、大半の隊士の心は離れてしまっている。そういう機微を察知するものすら不要だと判断するくらいには、貴方は色々と捨てすぎです。

 とりあえず、全人格労働から止めません? 実情に合ってない目標設定は、それこそ時間の無駄になりますし。死神とは効率よく虚を殺す、というならそれはそうとして僕は仕事として割り切って効率化しますけど、その効率よくっていう優先事項は仕事より心身の健康でないと、誰も彼もが自分の性能を落として何も残りませんって』

『…………………』

 

『キハハハハハ! 言われてるじゃないかい、そうさそうさ! だまし討ちした上に人の心を投げ捨て続ければ、いくら死神としてあんたなりに立派でも人の心は離れるだろうさ! ましてやこの裂読のマイスィートダーリンみたいに全員それぞれに合った形でケアしろとは言わなくても、個性を無視して道具みたいに扱えるほど人間ってのは杓子定規な絡繰細工に生まれちゃいないのに! だけどそんな阿呆なあんたでも見捨てないとか、聖人かいこの副隊長? キハハハハハハハハ! ちゃんと、あんたがずっと自問自答して沈思黙考して絶体絶命して、ようやく他人の意見を聞けるくらいになるタイミングに合わせて説得しにかかってくるとか、無茶ぶりし続けてるくせにしっかり観察してもらってるじゃないかい? あるいはそろそろ限界が近いって見たか! キハハハハハハ!』

 

『……少し黙っていろ。だが、一理あるか。虚殲滅が死神の本懐とはいえ、隊首として全体の管理ができなければ、運用に問題が出るということか』

『そういうことです。…………あんまり煽らないであげてくださいね。結構頑固なんですから隊長、意固地になると色々手続きが大変なんで……』

 

『えっ嘘、私のことも見えてるのかい? ……なるほど、うん、こりゃ良い男だ。無間の主(ヽヽヽヽ)があっさり靡いたのも納得だ。まあ、あの色男が持つには無駄すぎる能力だけどね! そういうの私は大好きだけど! キハハハハハハハ!』

 

 いまいちよくわからない会話をしてから、そしてあの誰が何を言っても暖簾に腕押しだった隊長が、その方針を色々変えていったのは衝撃の一言だった。

 隊の活動は一気に楽になっていった。そりゃ、全く虚と戦わなかったとか、そういうことは無いが。それでも隊を十三班に分けて、尸魂界中を周回して虚の捜索を一日中休みなく毎日強いるような、そんなことはしなくなった。

 

 無茶もしなくなったし、報告書の形式も俺と副隊長が話し合ったようなものになったり。

 あの隊長と交渉できる副隊長という意味で、人望が集まっていったのは当然だったろう。

 まあ、あの人も面倒くさがりだったが、真面目といえば真面目だったから、仕事はしっかり入れられたんだが……。それでも多分、他の隊の連中よりも色々と楽に、そう、虚退治に専念できるようになっていったのは、間違いない。

 

『虎徹副隊長――――』

『あ、隊長。報告書の準備なら出来ています。必要なら代筆しますよ?』

『頼む。それから――――』

『七十番地区に出た虚に関しては、零番隊案件ですね。刀神の遣いが八番隊の方にいったみたいです。決着はあっちで完了しそうですし、必要なら事後報告書をとりよせますよ』

『それも頼む。今週の――――』

『隊の予定表については、ちょっと僕は明々後日、休みで。妻の健診結果が出るんで。他は、前隊長期から消息不明の狩能(かのう)元四席の捜索状況について、二番隊から報告が。

 あーそれから、四番隊から月末にやる回道講習の案内が来てるんで、あとで掲示しときます』

『頼む。あと、私も行こう』

『承知しました。…………色々、ご覚悟を』

『何故だ?』

 

 ……というか、言う事やること先回りしすぎてて気持ちが悪いくらいだった。俺達も仕事は比較的早く済ませられるようになったが、隊長周りの補助が手厚すぎて気持ち悪いくらいだった。

 ただ、その妙に色々やるところが、やっぱり相性良かったのか。隊長も、明らかに俺達他の隊士と接する時より、あの人を相手にしている時はちゃんと会話していたと思う。

 

 それは痣城隊長が「例の事件」で捕縛された後も何も、特に態度を変えることもなく。なんなら、無間送りになってからも全然、あの人は痣城元隊長のことを痣城隊長と呼び続けていた。

 

『ちょっと切り捨てすぎてて、僕の言葉でも届かないからなぁ……。どうにかするのは、やっぱり「真の」剣八ですかね、初代(ヽヽ)

 

 ぼそりと呟いた、あの人のそんな一言が印象的だ。ちょっと寂しそうにしながら、隊首羽織りを受け取ったあの人の顔が、なんとなく忘れられない。

 そう、実質的に十一番隊を取りまとめていたあの人は、痣城隊長がいなくなった後の隊長として臨時で、あくまで特例と言うことで就任することになった。

 

 だが……、そこで俺の何かがいよいよ限界を迎えた。

 

 生まれも育ちも底辺で抑圧されて、霊術院でもカスだゴミだ何だと押しやられ、その上十一番隊に入ってからも無駄な扱いが続いていた。上昇志向と憎しみが、世界に対する憎しみが熟成するのにそう時間はかからなかった。単純な野心と、今より良い生活がしたいというただそれだけが、俺の意志を支えていた。あの人の手でようやく普通の生活が送れるようになってからは、くすぶり続けていたその火が。あの人が隊長になった瞬間に、爆発した。

 

 卍解を覚えて居なくても隊長になれる? お前みたいな、地獄のじの字も知らないようなお坊ちゃんが? だったら俺が隊長になっても良いだろう、と。

 

 そう思って、斬術をほとんど披露していなかったあの人の隙をついて斬りかかった、その時――――。

 

 

 

『――――卍解、無間裂詠(むけんさきよみ)

 

 

 

 一瞬で闇に囚われて、俺は絶望というものを知った。

 暗黒に閉ざされて、何もない、何もない、何もない、ひたすらに何もない空間に置き去りにされて。そんな俺の目の前に現れた幻覚みたいな、あの和装の女。

 

『私の()い人に不意打ちなんて何を阿呆な真似をしたのかしら? そもそも斬術の能力からして貴方なんかとは雲泥の差なのに。一体霊術院で何を学んできたというのかしら? 自分が底辺であることに対して、胡坐をかいていたのはむしろ自分自身じゃない。努力も何もせず、ただ自分みたいな底辺を探して、一緒にぐだをまいて酒を飲んで、真面目な娘とかにひっかけて、それでも退学にならなかったのが教師からの愛だって思わなかったのかしら? 鬼道ですらあの人が使っていた 天挺空羅すら扱えないくせによく卒業できたものね。いえ、むしろ厄介払いと陰口叩かれていたくらいだから、その自覚はあるのかしら。本当はギリギリじゃなくって、形だけ追い出されたようなものだって認めたくないから、自分で自分に催眠するみたいに。あなたの尺南(しゃくな)も可哀想ねぇこんな心臓の小さい臆病で矮小でケツの穴の小さいいざ自分が支配する側に回ったら横暴を尽くして人を追い詰めるような男の斬魄刀になんてなってしまって』

 

 直接戦うこともなく、多分隊長になったあの人の斬魄刀だろうその女は、ひたすらに、俺の攻撃が当たらないままに俺をなじって、愚弄して、愚昧だと心を追い詰めた。

 そして、それが「決闘をしなかった」あの人が、俺に与えた温情だと、こんこんと詰められた。

 

『キハハハハハハハハハハ! こいつは酷い! まったく本当、無駄な能力持ちだねぇあの色男! 本当ならぶっ殺すのが慣わしになるけど、過去を多少視ちまえるから同情して、ある程度の罰ってことでここに放り込んだかい!』

『今、私の愛い人に色目使ったかしら? よし殺しましょうか』

『おいおい、私は使い手一筋だよあんたみたいにさぁ、ねぇ?』

 

『…………無間裂詠はともかく、お前は少しくらい配慮しろ雨露柘榴(うろざくろ)

 

 ……なんなら、その途中で投獄されたはずの痣城前隊長まで出て来て意味が解らなかった。そして、あの嫌な男が独り言で一体誰と話していたのかも、その時に一緒に現れた目隠しした女を見て、納得できてしまった。

 特に俺に手を出すわけでも無く、あの男はじっと、ただひたすらに斬魄刀同士の姦しい会話を聞き流しながら俺を見続けた。

 

 正直、生きた心地がしなかった。

 

 俺が出されたのは果たしてどれくらい経ってからか。いや、当分は出されなかった。でもあの人は何か、食料とかは持ってきた。いつの間にかこの場所に現れていたあの人は、酒瓶と徳利を六つ持ってきて、なみなみと俺たちに注いだ。俺の前に二つ、多分斬魄刀の分ってことなんだろう。

 意外にも、痣城隊長すら「いただこう」とか言って呑んだりしているのが、珍しい光景だった。そして飲み会や打ち上げにも顔を出さなかったこの前隊長が、下戸っぽいこともこの時初めて知った。

 

『嫌がらせじゃないですよ、一応。雨露柘榴が好きなくらいに合わせて来たので』

『先に言うべきだったな、虎徹隊長(ヽヽ)

『あ、やっぱり言わなくても知ってましたか……』

『キハハハハハ! 本っ当に気が回るねこの色男っ! なんならお礼に、お耳にちゅう(ヽヽヽ)くらいしてやろうかい?』

『殺します』

『キハハハハッハ!』

『まぁまぁ落ち着いて、無間先詠……。

 それで五助君、僕と君との力の差はわかったかな?』

 

 にこやかに、自分をぶっ殺そうとした俺を前に、本当にいつも通りに振舞うあの人が、やっぱり俺は苦手で。

 

『剣八って名前は、例え仮でもそれなりに重い。殉職した無刀(むて)剣八みたいな例が珍しいだけで、本質的に「血で血を洗う殺戮集団」の最も古い形態を引き継いでいる。

 つまり、多少なりとも武威が必要ってことだ。それが示せないなら……、きっと誰にとっても悲しい結果になるはずだ。そんな意味のない自殺みたいなことを、僕は君にして欲しくはないかな』

 

 その一言が屈辱的で――――。だから、それをバネに、卍解に目覚めるまでに数十年かけて。

 俺の斬魄刀は、始解で俺自身への認知を操る力だったせいか、卍解は他者の認知になった。その能力を知った時、俺がやることは決まった。

 

 あの隊長は…………、それなりに付き合ってわかった。こんな俺にすら、仲間だと気を掛けて、それなりに良い扱いをしようとしてくれる。一緒に戦う仲間だと、それこそ伝え聞く七代目剣八の頃の十一番隊の雰囲気に近づけようとしていたと。

 だからこそ、あの隊長は隊士の命を大事にする。

 つまり――――。

 

 

 

『……これはやられた。まさか「自分も含めて」、全員の命を人質にとるとは』

 

 

 

 だからこそ、全員がそれぞれ尊敬する人物への認識を「俺に書き換え」集中させ。俺の言う事なら全員順守する、全員それに違和感を抱かないくらいに時間を割いて、それらしく振舞って、味方に引き入れて。

 全員で、隊長の前で自害をすると宣言し、刀を切腹するように構えて脅迫した。

 

『隊首試験は受けてたから、いつかまた決闘挑んでくるかなとは思ってたけど……。いや、いやはや、これを決闘と言い張るか』

『証人全員、隊士二百十五名が俺の味方だぜ、隊長』

『…………いかに卍解と言えど、認識をそこまで集めてここまで滅茶苦茶なことをするにしたって、刷り込むだけの時間が相当かかったろうに。手間も、相手一人一人にあわせてどう接するべきかとか。よく頑張ったね』

 

 嗚呼、今だから言える。そういうこと細かい振る舞いみたいなものは、この人から学んだことだと。一人一人を観察して、どういう風に接するべきか検討するとか、相談して仲間意識を増していくとか、そういうのを俺の斬魄刀を併用してなお猜疑心を取り払うことが出来たっていうのはあるが。それでも、大枠はこの人の振る舞いをずっと見ていたから理解できたのだと。

 だが、それでもこの時の俺は増長していたし、そして隊長は隊長で、俺のその無駄な頑張りに、意味を見出してくれた。

 

『……いいよ。決闘での打倒、敗北を認めよう。人は石垣、人は城、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。君自身にその意図はないだろうけど、結果的に君は手間暇をかけて、人を動かすという力の一端を示して見せた。

 僕はそれを、君の強さと認めよう』

 

 そして隊長が続けた言葉の意図を、当時の俺は理解できていなかった。

 

『僕はそれを、君の強さと認めるけれども――――それでも、それは剣八の強さではない。血で血を洗う殺戮集団のもっとも古い形を引き継いでいると、以前、痣城隊長の前で教えたことがあったね』

『……?』

『その力を、おそらく剣八という名前は正しい剣八とは認めない。多分、痣城隊長にすら認められない。僕はそれを君の力だと認めるけど、その一点だけは絶対に変わらない。

 だからいずれ、最も剣八という宿業に即した剣八が現れ、君のことを斬り伏せる――――その覚悟だけは持っておくんだ。五助君。その時になっても、僕はもう庇えない(ヽヽヽヽ)

 

『おめでとう。今日から君は鬼厳城(きがんじょう)剣八だ。……悲しいことにね』

 

 この言葉の意味を、俺は、致命的に理解できていなかった。

 

 

 

 だから、俺は――――百年は経ってないがそれでも数十年後に。いつものように隊首会をサボろうとして、その矢先にあの男に出くわした。荒事は嫌いじゃない。徒党を組んで、俺を中心に全員で虚を嬲り殺すのは気分がスッキリする。俺みたいな、俺と同じような破落戸にだって居場所を与えてやれる、生きる意味を与えてやれる。そういう十一番隊は以前よりも一気にチンピラめいて……。

 そう、だからその男は……、俺が決して一人で会ってはいけない男だった。

 見るからに剣呑で、野生じみていて。そして俺みたいな底辺の、より酷い、更木の臭い。肩にガキを乗せた、斬魄刀を持った、戦意に手足が生えて「殺す」という意思で出来上がったみたいな男を。

 

 隊長になってから、この場での危機感が薄れていた。破落戸にしては澄んだその目に、認識が揺らいだ。だから、何だお前と確認するばかりで。

 

 

 

「――――剣八。更木の剣八だ」

 

 

 

 名乗りと同時に身体が斬り上げられ、腕が落ち、剣を握る暇もなく。

 痛みと動揺で蹲る俺に、何だつまらねぇと興味を失ったような男の目。

 

 剣八? そんなものは只の記号だ。只の呼び名だ。現にあの人も、もう俺に譲ってから執着もない。

 

「剣ちゃん、人がいないとダメらしいよ? つるりん前に言ってたもん」

「強ぇって聞いてたがこんなもんか……って、何だァ? じゃあ人呼び寄せないといけないってか、見世物にしろってことかよ。――――こんな風になァ!」

 

 斬魄刀をかかげ、空に放たれた霊圧が、瀞霊廷を震撼させる。

 

 そして同時に理解した。剣八――――もっとも剣八の宿業を継いだ男が、いずれ……。

 

「じゃあな、ブタ(ヽヽ)。剣八ってのは、一人いりゃ良いらしいからよ」

 

 目の前に、刀が見える。

 刀はあっさりと俺を切り裂くだろうことは、目の前にあるこの殺意の塊を見ているからこそよくわかる。

 だからそれに対抗するために、俺が何をしようともそれは無駄であって。

 

 これが、そうか。

 結局アンタの言った通りになっちまいましたよ、隊長。

 

 あの人へ謝意を述べる暇も、もはや俺には残されず。後悔も何も吐露する時間も、その全てが一撃のもとに置き去りされて――――思考が左右で分割されて、それだけだった。

 

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 

「志道さん、これって誰のお墓なの?」

「…… 一応、前隊長になるかな? 錫音ちゃんは顔合わせしたこと、何回かあるよね」

「あのお風呂一カ月入ってない人だよね……。でも遺体って、瀞霊廷内の共同墓地の方だって言ってたよね」

「うん。だから、これは僕が勝手に作った奴。霊威が低いから葬られただけで終わったから、あっちも文句は言わないといいけど」

 

 瀞霊廷の外、流魂街のとある地区。山の奥に、斬魄刀の鍔だけをとりつけた木刀のようなものが刺さった盛り土がある。空は快晴ゆえ、その墓がより適当に作られた墓であることがありありとうかがえる。

 そこに酒を置き、手を合わせる志道。夫たる彼の墓参りに付き添いで来た妻たる虎徹錫音は、しかし故人に向けるべきではないだろう嫌そうな表情だ。

 

「あの人、全然好きじゃなかったんだけど……、そりゃ亡くなったってことなら、悪く言う話じゃないんだけどさ。妙に注文はネチネチ煩いし、すぐにまけろって言ってくるし、人のことガキっぽいガキっぽいって言ってくる割にはお尻触ろうとしてくるし……」

「錫音ちゃんはむしろ胸、特に先の方が弱…………、痛い痛い、何でもないです」

「そういうのは家に帰ってからにしてくれません!? 全くもう……」

 

 珍しいことに、志道によるセクハラであった。もっとも夫婦仲が良好なのか、小柄な彼女は志道の耳をちょっと引っ張る程度で済ませている。

 そんな彼女は一息つくと、改めて志道へと聞いた。

 

「志道さんも、そこまで仲は良くなかったと思うけれど、それでもお墓なんて作ったの? 目の敵にされて、最終的に隊長職を奪われたのに」

「もともと僕も『まぁ他の適当な相手に任せるよりは』って程度の扱いだったから、御給金以外あんまりメリットはなかったんだよね。下手すると殺される可能性も高かったし。

 ただ…………、五助君は、ちょっとコンプレックスが多かったからね。あんまり立派な墓を作っても、それはそれでイライラしそうだし。だからといって自分一人の墓がないのも、それはそれでイライラしそうだし。難儀な子をもったものだよ」

 

 いずれ殺される可能性を知りながらも、絶対聞き入れないって知ってたから、本当に死んでしまった以上。多少なりとも何かしたいって言うのは、自己満足だからね。

 

 志道のその一言に、錫音は何も言わず。ただ微笑む彼が、少しだけその目が寂しそうに細められているのを見て、何も言わずその背を撫でた。

 

 

 

 …………ちなみにその間、彼の腰の斬魄刀がプルプルカタカタと怒りにでも震えていたように見えたのは余談である。

 

 

 

 

 


Q.結局どうして負けを認めたの?

A.結果だけ見ると情けない事極まりない作戦ではあったけど、相手の力量と自分の力量を見て最良の作戦を、無茶があっても時間をかけてでも完璧に履行して決着を迫ったその努力と、隊士がいなければ隊は成り立たないという志道的には当たり前のロジックをつきつけてきた流れを「これもある種の強さ」と認めたから。

 ただ当然裂読から「オイオイオイ……、あいつ死んだわ」と断言されてるので、警告は残す。

 

Q.痣城隊長と志道の相性

A.妙に良かった。思想哲学何もかもが異なっているが志道の方で色々気を回し続けて仕事を円滑に回していたのと、痣城の方の考えを理解した上で不足分を積極的に指摘したり、最終目的にも一定の理解を示した(協力はしないが)ので、こちらを通すと効率的と判断されていた。なのでお酒も勧められれば飲む程度には、興味を持っている。

 

追記

Q.鬼厳城時代の十一番隊

A.鬼厳城をはじめとした破落戸の部隊(強いが戦い以外はサボりがち)、三席が主体となるコンスタントに虚を狩っていく文武両道部隊、主人公をはじめとした文官組主体の部隊のおおよそ三つに割れている。破落戸部隊が一番人数が多く現在の十一番隊の母体で、文武両道部隊は洗脳の影響がやや強め(隊長に心酔して指示を疑わない)。逆に文官組は主人公の影響が大きいため、仕事のノルマ管理やら何やらで破落戸組を締めているので、最低限のバランスをとっていた。

 洗脳が解けた後は、文武両道部隊は主体だった三席が最もダメージをくらい休隊。更木剣八のシンプルな強さによって洗脳の余波で心が不安定だった隊士たちは引き締まり、また更木剣八個人を慕う破落戸が大量に入り結果として破落戸部隊拡大版のようなイメージに。合わなくなった人を主人公が他の隊に斡旋して行ったりする中、適正高く残っていた次点の射場さんが繰り上がりになっていった。

 

Q.鬼厳城の他者からの認識

A.猛者、人格者という評価と本人の素行の悪さとがぶつかりながらも共存している状態。前者二つは先々々代、先々代、先代の印象を自分に擦り合わせて、他者の心理に「取り入っている」。

 

 

 




※ 天挺空羅盛大に誤字ってたので流石に修正
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