転生して魔法少女になったけど汚れ仕事ばかりです 作:タメガイ連盟員
魔法少女。
それはエンタメジャンルの一つであり、その名前を聞けばどういったものかを想像するのはそう難しいことではないだろう。
10代の少女が魔法の力で姿を変え、周囲のトラブルを解決したり未知の敵と戦う、と言うものだ。
初期の頃は魔女っ娘と呼ばれ、変身はせず先天的に魔法を扱えていたのが、アイテムを使い変身するようになる。
そして戦う魔法少女の登場、これが大いに人気を博した。
魔法少女というフォーマットが使いやすいからか、様々な亜種や他のジャンルへ接続されていった。
例えばセカイ系やダークファンタジー、公的な存在として認められたと言ったようなヒーロー作品に見られる設定のものと繋げられた。
そうした作品群の中で多くの少女が戦い、心身共に傷つきながらも仲間との絆を深め、勝利を掴んでいった。
さて、そうした作品の世界に生まれ育つことは幸福なのだろうか?
いやもちろん、現実の世界だって戦争や災害があるし、それに巻き込まれなくても、事件や事故で命を落とすことは珍しくない。
戦う魔法少女の世界には、未知の敵が存在している。それも既存の警察や軍隊では対抗できず、魔法少女でなくては倒せない。
ただの一般人なら、そうした脅威に怯えつつもそれを日常として割り切って生活するだろう。
しかし、魔法少女になれる場合はどうだろうか。
場合によっては命をかけなければならないし、そうでもなくても障害が残るような傷を負うことだってある。周囲から心ない言葉を浴びせられるだろう。
大人ならばそうした仕事に就くリスクはある程度飲み込んでいるところだろうが、耐えられると言うわけでもない。
そんなものを少女に課せる世界は果たして真っ当な世界なのだろうか?
もう一度問おう。
そんな世界に幸福なんてあるのだろうか。
夜の街を、僕の前方を1人の影が駆けている。尋常な速度ではない。少なくとも陸上車に出せるものではない。
白を基調として、黄色い雷マークで縁取りされたライダースーツに似た
「クソッ……! なんで振り切れないんだ……!?」
彼女は追われる者、そして僕は追う者だ。
ドレスに雷の意匠が遇われていることからわかる通り、彼女の
だが僕と彼女の距離は徐々に詰まってきている。
誰にも追いつけない、誰にも追随させたことがない彼女にとって現状は不可解極まりないものだろう。当然その内部には焦燥と恐怖が積み上げられていっている。いずれも判断を鈍らせる要素だ。つまるところ、彼女は追い詰められているのだ。
「散々働かせておいて、戦えなくなるからってこれかよ……!」
誤解なんだけどな、と思う。戦えるから問題なんだ。
逃げ切れないと思ったのか、彼女が急停止し、こちらと対峙するように向き直る。その手に彼女の獲物である長柄のハンマーが握られている。
こちらもそれに応じるように腰に下げた鍵束から鍵を一本引きちぎる。その鍵は瞬時に両手剣に姿を変える。切っ先を持たない直剣、
走る勢いそのままに剣を叩きつける。当然防がれるがすぐに手首を返して第二撃へ繋げる。
そうして、第三、第四と攻撃を続けるうちに彼女の防御が間に合わずにドレスや肌を傷つけはじめる。
「なんで、なんで……!?」
彼女の困惑はさらに深まっていく。魔法少女としての彼女は戦闘経験豊富なベテランだ。魔法少女同士の戦闘などあるはずもないが、それでも普段の彼女ならこうも容易く防御を抜かれるなどありえない。もちろん、彼女の力が衰えているわけでもない。
「あっ……!」
処刑剣が右上腕を切り裂き、ついに彼女がハンマーを取り落としてしまう。そこにできた隙を見逃すことなく腹を思い切り蹴る。その痛みに体をくの字に曲げて苦悶している彼女の足を切り払い転倒させる。それから背中を何度も切りつける。肉体とドレスの損傷が激しくなれば変身状態を維持できなくなるからだ。
「うっ、ぐっ……がっ、や、や……だ」
苦悶しながらも抵抗しようとするので、鍵束から短剣を取り出し、手足を地面に縫い付けるように突き立てる。
身動きがとれなくなったところを更に切りつける。魔法少女の状態はアバターのようなものなのだが、肉体の損傷が深ければ実の肉体にも残ってしまう。だからこうしてなるべく目立たない場所を攻撃しているのだ。
そして彼女の体が一瞬光に包まれ、ドレスや武器が消え去り、制服姿の少女へと変わる。その傍らに雷マークに似たオブジェクトが転がる。手の平に収まるサイズのこれが、変身アイテムと言うわけだ。
それを拾い上げてから、彼女を後ろ手にしてから手錠を嵌める。抵抗力はもうないだろうが念のためだ。
「な……で……わ……しが……や……だ」
彼女の頬を伝う涙を、僕は無視した。
「拘束、完了しました。位置は――」
支援組織である〈協会〉にスマホで連絡を入れる。
場所は工場が集中している幹線道路に近い空き地だ。近くに工事予定を示す看板があるが、工事開始時期はとうに過ぎてしまっている。
こんな場所だから街灯は道路に沿ってしか配置されていないため、ひどく暗い。そしてこんな場所だから目撃者もいない。
20分ほどして黒いバンが傍らに停車する。そこから数名の男女が降車し、倒れている魔法少女、いや
「お疲れ」
一人だけ残った少女が声をかけてきた。少女と言ってもそう見えるだけで僕よりも一回り以上は年上らしい。
新雪のように白い髪、小学生としか思えないほど小柄な体躯、仮面をつけているかのように変化のない表情。
これで魔法少女の支援・管理を担っている〈協会〉の現場担当責任者だと言うのだから、はじめて会ったときは驚かされた。
「お疲れ様です」
「うん。素直に引退を受け入れてくれればいいんだけどね。最初にちゃんと説明していると言うのに」
〈協会〉第三支援課課長・佐藤エマが嘆息する。そこにはいくらかの疲労が含まれていた。
「そう簡単には受け入れられないんですよ、人によっては」
魔法少女には定年――厳密に言えば少し違うのだが、そうしたものが存在している。定期的検査である項目に抵触すると引退勧告が行われる。即座に引退しなければならないわけではない、他の魔法少女とのローテーションなど調整しなければならないことがあるからだ。その後勧告通りに引退すれば、それまで支払われる支援金とは別にまとまった額が支払われる。一生遊んで暮らせるわけではないが、今後大学などに進学するときに困らないだけのものだ。本人の働きの多寡で多少変動するが、概ねそれぐらいらしい。
エマさんが言っている通り、魔法少女になれてもいつかは引退しなくてならないことは説明しているので、この支給金を基に自分の夢を叶えようと考え、実際そうしている魔法少女が多数派だ。もちろん、魔法少女の仕事があるせいで10代でなければできないことができなくなってしまう場合もあるが、それならそれで魔法少女にならなければいいだけのことだ。もっとも、魔法少女になれる人材は限られているからできるだけなって欲しい、と言うのが〈協会〉と後援企業、政府の口には出さない見解である。
だが中には魔法少女であることが自身の存在理由にしてしまう子もいる。多感な時期の少女が、そんな特別な存在になってしまうのだから、仕方のないことだ。それでも歳を重ねれば、現実と――特別でない自分との折り合いをつけなければならないことを自覚するときが来る。だから大半の魔法少女は引退を受け入れる。
それでも今回のライトニング・トパーズのように、夢を見つけられず、現実との妥協点も見いだせずに勧告を拒否する事例も存在する。
そうなってしまえば魔法少女の力の源である魔石を力尽くで取り上げる、強制引退の対象とするしかない。
魔法少女の力は強大だ。だからこそ、管理を離れる存在を許容するわけにはいかないのだ。
例え、どんな手段を使っても。
「次の標的だが」
「はい」
内心で、早すぎると呟く。
「残念ながら今回のようにはいかないよ」
その言葉に思わず顔が強ばる。
それは〈協会〉が引退拒否を許容しない最大の理由に関わっているからだ。
そしてそうした任務は僕にとっても好ましいものではない。できれば避けたいもの。だけど。
「対象はフレイム・ルビー。引退勧告を拒否してからはこちらとの連絡を絶っている。それに自宅や学校にも近づいていない。そのため探し出すのに苦労している」
聞き覚えのある名前だ。しかし、自宅や学校のような立ち回り先にもいないと言うのは、行っていないのではなく、行けなくなっているからだ。それはつまり。
「詳細はまた後日。手遅れだけど、猶予はある」
「……はい」
今回の任務だって気分のよくなる仕事ではないが、次はさらに気が重くなる。だが、僕に拒否権はない。できるはずもない。
「よろしく頼んだよ? ハントレス・オニキス」
それが魔法少女としての僕の名前。
迎えに来た車の窓に映った自分の姿が目に入る。
軍服に似たドレスだが、胸元のリボン、裾にフレアをあしらったスカートのおかげで少女服らしさがある。しかし、黒色のそれはまるで戦争映画に出てくる悪役のようにしか見えない。そして、顔を覆う無貌の仮面。
魔法少女になるとき、その姿は少なからず変わるが面影ぐらいは残る。だから近しい人間なら正体がわかってしまう場合がある。だがこの仮面のおかげで僕が誰なのかは誰にもわからない。
首筋に触れる。
そこにチョーカーが取り付けられている。かつてとあるアニメ映画で主人公がつけていたものと同じ用途のものだ。
僕が逸脱した行動に出た場合、これが起爆させられる。
強制されたわけではない、僕が魔法少女として生き続けるためにそう申し出たのだ。
だからこそ僕は他の魔法少女と共に戦うことはない。
僕は闇夜に光をもたらす魔法少女ではない。
闇夜に紛れる、けがれた存在だ。
主人公の通称は汚れちゃんです。よろしくね。