転生して魔法少女になったけど汚れ仕事ばかりです 作:タメガイ連盟員
「ごちそうさまでした」
夕食を終え、食器をまとめてシンクへ運ぶ。
「零奈ちゃん、わたしもやるよ」
「うん」
場所は太田家だ。夕食はこうしてごちそうになっている。これは父さんが生きていた頃からで、帰りが仕事で遅くなることが多かったので小学校の低学年のときは放課後、太田家で陽向ちゃんや陽介くんと過ごしてそのまま夕食を取るのが通例だ。
こうして見ると幼馴染みと言うより兄妹みたいな関係に思えるが、意外とこちらに泊まると言うことはあまりなかった。確か台風の夜のときぐらいだろうか。
陽向ちゃんと一緒に洗い物している間、陽介くんはテーブルを拭いたりお茶を入れたりしている。おばさんはのんびりそのお茶を飲んでいる。僕たちも手伝ったけど、料理を作ったのはおばさんだし、これがいつもの状態でもある。
「こうして見ると」
食器を拭いているとおばさんが不意に声をかけてきた
「彼女によく似てるわね」
彼女と言うのは僕の母さんのことだ。
母さんが亡くなったのは僕が2歳の頃のことだから、ろくに覚えていない。だから僕にとって母さんは父さんやおばさんから聞いた話の登場人物でしかない。
「そう、ですか?」
「あの子は料理が下手でね、何度教えても分量間違えたり、それどころか測ることすらしなかったりしたものよ」
「それ全然似てなくない?」
おばさんは何度も母さんの思い出話をしてくれるけど、どんな話を聞いても何の感慨も浮かばないから、正直そんな話をされても困るのだ。
とは言ってもそれを口に出したりはしない。おばさんだって、僕に聞かせると言う名目で思い出話をしているのだろうし、それを邪魔するつもりはない。
それにしても、生前の母さんはなんというか、ずいぶん愉快な人だったらしい。何度も話題にしているのに話が尽きないんだから。
もし母さんが生きていたら、僕の人生はもっと違ったものだったのだろうか?
……いや、無意味な想像だ。僕がこうなっているのは、母さんとは何も関係がないんだから。
「お兄ちゃん、早く渡しちゃいないよ」
「いや、よく考えたら、なんかこう、変じゃね?」
「なにが変なのよ、別にふつーよ、ふつー」
なにか太田兄妹がこそこそ話している。なんだろうか。
「まともにカレーを作れるようになったのが中学に入った頃だったかしら」
「えっと、僕は小学校あがったぐらいにはできてましたけど……?」
「そうよねぇ。零奈ちゃんは器用だから、きっとお父さんに似たのね」
「はぁ……」
実際問題として、僕はかなり早い時期に家事全般ができるようになっていた。前世の記憶補正、とでも言うべきものがあるからだろうか。
これには助かっている。普通そんなに早くできるようになるものではないのだろうが、母さんがいない、と言う点で僕が早熟であってもそれほどおかしくない。
「それじゃあ、ごちそうさまでした、おばさん」
一服し終えて自宅に帰る段になった。
「いえいえ、お粗末様です」
「零奈ちゃん、これ、今週分ね」
言いながら冷凍庫から出したタッパーを渡される。作り置きのおかずだ。今週分、と言うだけあってタッパーは7つある。昼食は学校の給食、夕食はこうして太田家で食べるからどれも朝食用だ。
いくら食欲がないとは言え、自分のために用意されたものを食べずに捨てるなんてことはしない。こればっかりは父さんに小さい頃からことあるごとに言われてきた。食べ物を粗末にしてはいけない。なのでこうしたものは頑張って完食している。
……あとになって戻してしまうことも多いんだが。
でも食べても吐いてしまうからこういったものはいりません、と言うわけにもいかないし。
さすがに戻してしまうのは気づかれてないと思うが、言ったら心配かけてしまうだろうし。
「ほら、零奈ちゃん帰っちゃうじゃん、早くしろ」
「わかってるよ、おい、蹴んな」
またなにかやってる。
「な、なぁ零奈」
「うん、どうかしたの、陽介くん」
何かを後ろ手に持ってもじもじしている。
「あーっと、その、だな」
「うん」
「いや、やっぱりなんでも痛ってえ!?」
陽介くんのお尻に陽向ちゃんのミドルキックが炸裂する。えっと、なんなんだろう?
僕の困惑を余所に陽向ちゃんが陽介くんにかみつく。
「なぁにもじもじしてんの気持ち悪い! ちゃきちゃき誘いなさいよ!」
「うっせ」
「あの……」
助けを求めておばさんの方を見るが、生暖かい視線を向けてくるだけで何かする気はなさそうだ。
そういえば、陽介くんは僕が中学に上がってから僕のことを異性として認識するようになった節がある。小学校までずっと男の子みたいな格好ばかり、つまりスカートを履いたことがなかったから女子の制服を着た僕はかなり新鮮に映ったのかもしれない。あるいはあのことを知っているのだろうか。いや、あれは〈協会〉の、その一部の人しか知らないはずだ。それを知っていたらもっとあからさまに態度が変わるはずだ。知らないはず、なんだ。
「これ」
ようやく意を決したらしい陽介くんがこちらに見せたのは、水族館の学割チケット?
「課外授業ってまだ先だよね?」
うちの学校には課外授業の一つとして、博物館や美術館と言った施設に行ってそれについてのレポートを書く、と言うものがあるのだが、あるのは確か2学期のはずだ。ちなみに行き先は遊園地や動物園でもOKである。それにしても、なんでチケットなんて今頃?
「なんでそうなんのよ」
陽介くんの後で陽向ちゃんががっくりしている。なんで?
「いや、じゃなくて、あー、いかないか、一緒に」
「?」
いまいち要領が掴めない。僕なんかと水族館に行ってもつまらないだろうに。
「だから、で、デートに行こうって、うん、そういうことだ」
「デート?」
デート?
「そうなんだ」
「いや、行くの俺とお前だからな?」
「僕?」
「そう」
「なんで?」
デートって付き合ってる人がやるものでしょ? 僕たち別に付き合ってないし。ん、いや、付き合う前でもしてもいいのかな?
「なんでって……」
陽向ちゃんが
「ああ、もう、とにかく、行こう!」
ドン、と背景に擬音が出てそうな調子でチケットを渡される。
「うん……そこまで言うなら」
よくわからないけど、そういうことになった。でもなんで僕と行きたいんだろう。遊びに行くならクラスの友達とかと行けば良いのに。
「それじゃあ、次の日曜日……駅前で待ち合わせな」
「ここじゃダメなの?」
「ダメなの」
「そっか」
そりゃあ小学生のときはよく遊んでいたから、どっかに出かけるのはわかるんだが、なんでデートってことにしたいかもよくわからない。うーん?
「じゃあ、今度こそ」
「あー、うん、また明日ねー……」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
自宅に戻ると、小物入れからスマホを取り出す。普段使いしている物ではなく、〈協会〉から連絡用として渡されているものだ。これは僕以外の魔法少女も同様で、普通のものより頑丈で機能が通話とメッセンジャーとスケジュール管理しかないスマホが支給される。まあ、こうする方が安上がりだからだと思う。
エマさんからのメッセージが入っている。メッセージを確認しだい連絡をするように、とある。
「吉郷です」
指示通りすぐに通話をする。僕がこの時間に自宅で一人でいるとわかっているからこういうメッセージを送っているのだろう。
『仕事の話を始めよう』
「はい」
緊張しながらも返事をする。次の仕事はこの間とは違うのだ。いや、あの仕事の方が普段とは違っていたのだが。
『フレイム・ルビーは現在も足取りを掴めていない。こちらの支給したスマホも廃棄している。だが彼女が指導を担当していた魔法少女の戦闘に加勢に来ていることがわかっている。よって、対象が出現するタイミング、つまり指導を受けていた魔法少女の担当シフトのときに動く』
「その指導を受けていた魔法少女は?」
『二名いる。オーシャン・アクアマリン、サンシャイン・ペリドット。どちらもここ半年で魔法少女になったばかりで、ようやく若葉マークが取れたと言ったところだ』
「担当地域は?」
魔法少女はいくつかに分けられた担当地域に複数名が配置され、待機任務シフトについている。普通の魔法少女は可能ならば三人一組スリーマンセル、それが難しければ二人組で行動することが推奨されている。ライトニング・トパーズは例外で単独行動をしていたが。
『第Ⅲ区……君の居住地域だな』
通常、魔法少女の配置は本人の居住地域の近くに設定されることが多い。これは移動時間や、自分の居住地域を担当させることで戦闘意欲を高めるためだ。となるとその二人が僕の顔見知りである可能性がある。
『ともかく、その二人のシフトに合わせて行動、フレイム・ルビーが現れるまで継続する。出現後は一人になるまで追跡。その後は……』
「ライトニング・トパーズのときのようにはいかないんですか?」
『無理だ。体内に魔石が形成されつつある』
ああ、確かにそれは手遅れだ。だから。
「……その二人の次のシフトは?」
『次の土曜日からだ。〈協会〉の支部が入っているビルで待機するはずだから、隠蔽状態で来るように』
「わかりました」
やっぱり、気が重い。しかしやらないわけにもいかない。そうしなければ12年前のアレの二の舞だ。
あ、そうだ、エマさんは僕より年上だし、ちょっと聞いてみよう。
「あの、ちょっと相談してもいいですか?」
『かまわないよ。何かな』
エマさんの口調が柔らかくなる。
「デートに誘われたんですが、どうしたらいいんでしょうか」
『どう、って?』
「幼馴染みに男の子に誘われたんですけど、なんで僕を誘ったかわからなくって」
『あー……それは、君』
「はい」
『本気で言ってる?』
ちょっとむっとして思わず眉根が寄る。似たようなこと言われたな、さっきも。
「わからないものはわかりません」
『私もそういう経験があるわけじゃないけど、デートに誘うってことは君のことが好きってことじゃないのか』
「……誰を?」
『いや、だから君を』
「なんで?」
『そこは本人に聞きなさいよ』
「いや、だって、僕って別に可愛いわけでもないし女の子っぽくないし胸もないし……」
『ま、まあ、ともかく頑張りなさい?』
「はい」
通話を終え、スマホをしまう。
なんだか妙な気分になっただけだった。
しかし、最短で次の土曜日。その翌日には陽介くんと水族館に行く。必ずその日のフレイム・ルビーが現れるわけではないのだが、なんとも間が悪い。
日常が穏やかであるほど、何かに苛まれていく感触がある。
いつまで、続ければいいんだろう。
いつまで、続けられるんだろう。
「太」田「陽」向、「太」田「陽」介
太陽!