転生して魔法少女になったけど汚れ仕事ばかりです 作:タメガイ連盟員
自宅を出て、駅前で陽介くんの到着を待つ。
少し早かったかもしれない、と思うが遅れるよりはいいだろう。
学割チケットには制服を着ていないと適用されない、とあるので学校の制服だ。校則にも外出時には制服を着用すること、とあるけど、まあ、誰も守っていない。
と、陽介くんがこちらに駆けてくるのが見えてきた。なぜか隣に陽向ちゃんもいる。
「ほっんとに信じらんない! 自分で誘っておいて約束忘れるなんて!」
「何度も言うな! 俺だってなんで忘れてたのかわかんねえよ!」
「わかんないってなによ!? あっ、零奈ちゃんもういるし! 私隠れるから頑張ってよ!」
なにか言い争っているけどどうしたんだろう。
「ぜー、はー……よっ、早いな」
「おはよう」
「おはよう」
陽介くんがやってきた。お互いに軽く挨拶。
「んー、ちょっと早いけど、もう行くか?」
「うん。でもいいの?」
「なにが」
「僕より、クラスの友達とかと行けばいいのに」
「お前も結構しつこいな……」
だって、何度考えても僕と行くより友達と行った方がいいとしか思えない。
「一緒に出かけるなんて、今までにもあっただろ」
「陽向ちゃんやおばさんとも一緒だったでしょ」
それだってお父さんが一緒に行けないからおばさんが気を利かせてくれたわけだし。
「だからお前と行きたいって言ってるだろ。それにほら、このチケット、ペアだろ」
「だったら陽向ちゃんと」
「あいつは魚河岸と一緒に行くってよ。と言うか、このチケット自体、魚河岸がくれたんだけどな」
なぜ彼女がそんなことをしたのかはよくわからない。ほとんど人となりも知らないのもあるけど。それより。
「あっちにいるよね、彼女。陽向ちゃんも」
お店の看板の影に陽向ちゃんといつの間にか優姫さんまでもが隠れている。
「……いるな」
「なにしてるんだろう」
「わからん」
なにか物陰に隠れているつもりなんだろうけど、ばればれだ。でも2人とも制服を着ているから、僕たちと行き先は同じかも。
「声かけよっか?」
「ほっといてやれよ」
「……そっか」
ふと、陽介くんと話すときに彼を見上げていることに気づく。あれ、なんで今まで気づかなかったんだろう。
「陽介くん、背、のびた?」
「ん? ああ、去年より10cmぐらいのびたかな」
「そんなに?」
僕は全然のびてないのに。ご飯、全然食べてないから当然か。
「成長期だからな」
「前はそんなに変わらなかった気がするけど」
「お前が伸びなさすぎなんだよ。ちゃんと食べてるのか?」
「……おばさんからもらった分は食べてる」
戻すことも多いけど。
と、陽介くんが僕の両脇に手を入れて持ち上げる。
「いや、軽すぎない?」
瞬間、全身が総毛立つ。
違う、これは陽介くんだ、あいつじゃない。
嫌な汗が全身から噴き出て、息苦しくなる。
違う!
違う!
違う!
陽介くんは違う!
「お、おい、大丈夫か?」
「……下ろして」
「お、おお」
ようやく地面に足が着いた。
下腹部に痛みを錯覚してしまう。
呼吸もすぐに落ち着かない。
もう、過ぎたことのはずなのに。
僕の体には、いまだにしみついてる。
「本当に大丈夫なのか?」
「……びっくりしただけだから」
「いやいや、びっくりって」
「驚いただけだから!」
思わず大きな声を出してしまい、周囲の注目を集めてしまう。
「……本当に、なんでもないから」
正直、注目されるのは嫌だから早くここから去りたい。
「行こう」
陽介くんの袖をつまんで改札へ向かう。
陽介くんは黙ってついてくる。
僕は、どうしてこうなんだろう。
早々に空気を悪くして。
本当に、僕なんか誘うべきじゃないのに。
電車の中で、僕たちは目的地につくまで1度も言葉を交わさなかった。
僕は自己否定の言葉しか頭に浮かばなかったし、陽介くんもあんな反応をした僕になんと声をかけたらいいかわからなかったと思う。
目的の水族館はあの第Ⅸ区の近い場所にあって、ビルの屋上にあると言う珍しいものだ。最近リニューアルしたらしく、何というか小綺麗な印象がある。
水族館と言うと、海の近くにあるイメージがあるから都会のど真ん中にあるのは新鮮と言うか、不思議な感じがする。
学割チケットで当日券を購入して入場する。
場所が場所だけにいわゆる“映える”こともあって、来場者は多い。
うっかりするとはぐれてしまいそうなので、僕は陽介くんの制服の裾を掴んでおくことにする。
本当は、手を繋ぐのが良いのかも知れないけど、僕が陽介くんに直接触れるなんてできない。
こんなに血で汚れた手で、陽介くんや陽向ちゃんに触れていいはずがない。
それに、僕自身が男性に触れられるのはダメだ。
陽介くんなら大丈夫じゃないかと思っていたけど、そんなことはなかった。
あの出来事だけで、こんなになるなんて。男だった記憶があったところで何も意味もない。いや、男のままでもあんな目にあったらこうなるか。
「でも、よくこんなところの割引チケットなんて手に入ったね」
少し落ち着いてきたし、ずっと黙りこくったままなのもどうかと思ったので、意を決して話しかける。
「魚河岸の親戚にここの関係者がいるんだと」
「ふぅん」
でも関係者だからってそんな簡単に学割チケットをもらえるものなのだろうか。
「ああいうチケットってあっちこっちに配ってたりするから、そういうのじゃね」
「そういうものかな」
「まあ、あんま気にすんな」
「うん」
視線を感じるので、目だけでそちらを見ると、案の定陽向ちゃんと優姫さんがいた。もしかして、尾行してる?
陽介くんがそっとしておけって言うからその通りにするけど……なんなんだろう、本当に。
水族館は屋内と屋外に施設が分かれていて、様々な魚類、くらげ、亀、カエル、ペンギンが飼育、展示されている。
「生きてる魚見るの、久しぶりかも」
「言われてみれば、そうだよな。こういうとこに来ないと見ないもんな」
ここに展示されている生き物の多くはそもそも日本には棲息していないものも多い。だからこうしてそう言った生き物を目にできると言うのは本当にすごいと思う。
それができるのは彼らがそうした生き物の生態を熟知しているからだ。もちろん、この水族館に勤める職員たちだけのものじゃない、100年以上もの時間と、何千あるいは何万にもの人々の研究による成果だ。言わばここは人類の叡智が集う場所だ。それはこの建物を作った人たちだってそうだし、水族館に限ったことじゃない。
だから僕は多くの人たちに尊敬の念を抱かずにはいられない。
そして。
彼らが魔人になりかけていた場合、僕はその人を殺さなければならない。
そんな事態はそう頻繁に起きるものではないとわかっていても、僕はそれを想像してしまう。
そう考えた途端、足が止まる。周囲にいる人々が、隠れた爆弾に思えてしまう。
〈協会〉は第Ⅸ区の惨劇以来、魔人の出現を阻止すべくあらゆる手段を講じ続けている。
僕が引退を拒むライトニング・トパーズから魔石を取り上げたり、フレイム・ルビーを殺害したことがその一環だ。
ストレンジ・ローズデーライトの魔人化以降、魔法少女が魔人化した例はない。
だけど、それ以前から出現していた魔人の阻止は容易ではない。まさか日本中の人全員を検査するわけにもいかない。
魔人になる原因であるマモノの出現を感知し、一体も取り逃がすことなく討伐する。
そして、万が一魔人化の進行が確認された場合は。
水槽を泳ぐペンギンをぼんやりと見つめる。
もし生まれ変わったのがあのペンギンだったらどうだっただろう。
その方が幸せだっただろうか。
わからない。
少なくとも、魔法少女になることだけはないだろうが。
僕のような仕事をしている人は他にもいる。当然だ、僕が魔法少女になる前から、〈協会〉は汚れ仕事を続けているのだから。
だから僕に新しく仕事が舞い込むのはしばらく後になるはずだ。
だけど、僕が生かされているのは仕事をしているからだ。もし仕事を続けられなくなったら、体内にある魔石を破壊することになる。
繰り返しになるけど、魔石が破壊された場合、周囲の内蔵はその衝撃に耐えられない。
だから僕は生きるために、死なないために誰かを殺し続けなければならない。
なんて、なんてひどい人間だ。
もちろん、魔人による被害が甚大なのはわかっている。
魔人になってしまった、いや魔人になりかけている時点でその人が助からないこともわかっている。
被害を抑えるためには一人を犠牲にするしかないとわかっていても。
そうだとしても、僕の動機はただ自分が死にたくないだけ。
他の人、僕の同僚は何を思って仕事をしているのだろうか。
仕事だと割り切ってやっているのだろうか。
直接会ったことはないし、どんな人なのかも知らない。
「どうした?」
僕が立ち止まっていることに気づいた陽介くんが引き返してきたらしい。
「……ううん、なんでもない」
再び陽介くんの制服の裾を掴む。
陽介くんは何か言いたげだけど、何も言わないでいてくれる。
僕が触れられない理由を彼に話すことはできない。
もし話したら、彼はどう思うだろうか。
軽蔑され、罵られるだろうか。ああ、それならどんなにいいか。それなら何の未練もなく、魔法少女としての自分以外の全てを捨ててしまえる。
でもそうはならない。
陽介くんは他人を軽蔑したり、罵ったりするような人じゃない。
だからきっと、受け入れようとするはずだ。
それはだめだ。
僕のような人間を受け入れるなんてダメだ。
もし、僕のしていることが知られてしまったら、僕はみんなの前から消えるしかない。
だから僕は嘘をつき続ける。
本当に、最低だ。
「零奈、これ」
一通り展示を回り終わって、売店から戻ってきた陽介くんから大きめの袋を渡される。
「ぬいぐるみ?」
中に入っていたのはペンギンのぬいぐるみ。見た感じ、地面に寝そべっているようなデザインだ。
「なんでペンギン?」
「さっき、じっと見てただろ。気になってると思って」
あれは気になっていたわけではないのだけど。
ああ、そういえば陽介くん単独で贈り物をされたのははじめてかもしれない。
誕生日プレゼントはこれまでももらっていたけど、だいたい陽向ちゃんとの連名だったし。
売店に並べられているぬいぐるみの値段をちらりと見ると、高いわけではないけど安いわけではない、と言う感じの値段だ。
学割があるとは言え、この水族館の入館料はそこそこ高めだ。このぬいぐるみと合わせると、陽介くんの小遣い事情だと少し厳しいんじゃないだろうか。
「うん、ありがとう」
でも僕が一方的にもらうのは、なんだかもやもやする。
「ちょっと待ってて」
売店に入って、商品をざっと見回す。うん、陽向ちゃんやおばさんへのお土産もいるかな。これだけたくさん土産ものがあると、あれもこれもとなって良くない。お金に困っているわけではないけど、荷物になってしまう。
大家さんから生活費を受け取っているけど、それ以外にも別の収入源がある。
魔法少女としての報酬だ。それに僕の場合汚れ仕事をしているからさらに上乗せされた額が支給されている。
そちらは〈協会〉が用意した通帳に入金されるのだが、既にかなりの額になっている。前世の貯金額に迫る勢いで。そう思うと、いろいろと複雑な気分になる。
この額は僕が六度繰り返してきた仕事の評価に他ならない。あるいは五人分の命の値段とも言える。
もちろん、〈協会〉が仕事の代償として僕に与えられるものがお金でしか表せないのはわかっている。
いや、そもそも僕の場合はお金を受け取れるようなものじゃない。僕は処分されるのを引き延ばすためにやっているだけなんだから。
会計を済ませて陽介くんのところへ戻る。
「はい、これ。お菓子は陽向ちゃんたちと食べてね」
ペンギンをモチーフにしたお菓子とサメのぬいぐるみが入った袋を陽介くんに手渡す。
「俺、別にぬいぐるみは……」
「僕だとでも思って部屋に置いてくれればいいから」
「…………」
「どうかした?」
「お前、たまにそういうこと言うよな」
「そういうって?」
「だから、今みたいなの」
「?」
彼が何を言いたいのかよくわからない。
「陽介くんもたまに変なこと言うよね」
「それはお前が……いや、いい、忘れてくれ」
「? うん」
お土産も買ったので帰路につく。
……陽向ちゃんと優姫さん、ずっとついてきてたけど、あの二人はそれで良かったんだろうか。
「零奈、今日は楽しかったか?」
自宅の最寄り駅で別れようとしたとき、陽介くんにそう聞かれた。
すぐに答えられなかった。
そもそも、楽しいと言う感覚をずっと忘れてしまっている気がする。
「楽しい、ってなんだろう」
「えっ?」
「ごめん、いまは、わからない」
誤魔化すように陽介くんに背を向ける。
本当に、なんで僕なんかと行こうとしたのだろう。いや、僕が断ればよかったんだ。
「また明日」
それだけ言って、僕は陽介くんの前から逃げ出した。
ライトニング・トパーズが魔人になった場合、雷撃を四方八方に放ちながら雷速で駆け回る超害悪魔人になってしまうのであの時点で魔石を取り上げないと取り返しのつかないことになってました。