〈〜〜〜♪〉
(…どうするかな……)
電車の中で音楽を聴きながら、彼は自分の目的を改めて振り返る。
(何処の組織に入るかなぁ……)
東京では、多くの組織同士がしのぎを削っていると彼は考えている。その中の、どの組織に入るかは、直接見て判断するしかないのだが、妄想は膨らむ。
(悪の組織。………は論外だろ。悪い事に使っちゃいけないしな…)
彼には、その能力の強大さに振り回されない程の正義感があった。なので超能力を今まで悪事に使った事はない。それはテストのカンニング等の小さな悪事もだ。
(正義の組織。………うーん……正義も人によるしなぁ……)
かといって、正義のお題目に酔っている訳でもない。価値観は人それぞれ。正義の行いでも、やってはいけない事も有るだろう。
(中立組織。……まあ…此処が一番マシかなぁ……)
中立は何方にも属さないといえば聞こえは良いが、どっち付かずとも受け取れる。しかし、彼の意思を一番尊重してくれそうなのはこういった組織くらいだろう。
(まあ、やっぱり見てからだよな!)
色々と悩んだが、結局は結論を先延ばした彼。彼のその判断も仕方ない。どんな組織に入るかは、実際に見てみない限りは決断出来ないものだ。
そうして妄想に浸っていると東京に着いた。荷物を持ち、彼は改札を出ると、若者の街、渋谷に足を向けたのだ。
(さ~て、何処に居るかなぁ)
彼は先ず、その足で渋谷中を廻ることにした。超能力をいきなり使えば何かしらの機器で察知され、早々に刺客を送られると思ったからだ。
(実はもう、見つかっちゃたりして…!)
内心では警戒の言葉を吐くが、その様子は嬉しそうだ。いよいよ始まる自分の物語。彼はその一歩を確かに歩み始めたのだから。
「………居ないなぁ…」
最初は渋谷中をその足で歩き廻ったが、其処に在るのはテレビで見たような光景ばかりだ。観光としては別にそれでいいのだろうが、彼の求めるものではない。
そして思い切って、超能力の中では穏便な方のステルスを使った。この能力はこの世界からの存在を切り離す。故に監視カメラにも彼の姿は映らない。そして人間の瞳にも。
その能力を使った時でも彼に対しての接触は無かった。ステルス能力が悪かったのかと思い、今度は自分の動きを速くする、加速能力を使ったがそれでも何も起こらない。
そうして、バレなさそうな能力は一通り試したが、彼への接触は行われず、時は過ぎていった。
(サーチ。……………ヒット無しか…)
帰る間際に、もう一度サーチ能力を発動するが彼と似たような力を持つ者は東京には居なかった。
(……日本には居ない…?)
彼の読んでいた、マンガ達の舞台は何処も日本であった。彼は其処に気付くと発想を逆転させた。
(……そうだよな。日本ばかりが、舞台になるのは可怪しいか)
此処は現実。物語のように日本に能力者が集まる訳では無い。そう考えた彼は次の行動に移ろうとしていた。
(………思い切って、動画配信だ!)
自分の世界で撮った、超能力を使う映像を配信すれば世界中から注目されるだろう。そして海外の組織からの、何かしらのアクションがある筈だ。
(うん!そうだな!そうしよう!)
…この時、少しだが、彼の中の何かが軋んだ。その事に気付かない彼。
……もしくは見ないふりをしている彼は撮影道具を買うためにバイトを始めるのだった。
◯おお!すげぇ~!
◯確かに凄い技術だね
◯まだ学生だろ?それなのにこの技術って凄えよ
彼の動画は、手から炎や氷を放つ姿を映したものだ。顔は何処から買ったのか、バフォメットの被り物をしている。なので雰囲気も出てる。
◯超能力とか…
◯草
◯そういう設定は学生だよな
動画の説明欄には【本物の超能力者!!!】と銘打たれている。誰しもがその説明やコメントは、本物とは受け取らず、エンターテインメントとして楽しんでいる。
「本当に超能力者なんです!!!」
◯い つ も の
◯はいはい超能力者ですね~
◯サイキックパワー!
◯これさえ無けりゃな…
◯そろそろそれ言うのやめない?
何度も、何度も彼は画面越しに訴えかけた。しかし、視聴者は何時もの発作と認識し、おざなりに扱う。彼は苛立ちながらも配信を切るとベッドに顔を埋めた。
「ふう、ふう……落ち着け、落ち着け…」
彼は暴れたくなる気持ちを何とか抑え込む。
「……もう、形振り構わない…」
彼は最終手段であるテレポートの乱用を決めた。今までは組織に目を付けられるからと禁じていたが、この際、組織に目を付けられても構わない。それどころか彼はそれを望んでいる。
「居る……居る…居る…居るんだ。…俺の他にも能力者は…」
彼は自分にそう言い聞かせるとそのまま眠りに就いた。
ピシリと。心の中に生じた、何かが軋む音を無視しながら。
魔術文明。…ただのお伽噺だった。誰しも異能は持たず、それどころか彼の力を見ると跪いた。
違う。自分が求めているのはこんな物じゃない。
科学組織。…確かに怪しい施設は沢山あった。しかし、そのどれもが、麻薬等の非合法なものを開発しているだけで、見つけたロボットも銃を設置し、遠隔操作する事で戦う事を想定した質素なロボットだった。
違う。自分が求めているのはこんな物じゃない。
秘密結社。…悪趣味な権力者達の集まりだった。改造を施された少年や少女。彼または彼女等はその少年少女の出来栄えを楽しそうに評価し合っている。
違う。自分が求めているのはこんな物じゃない。
「違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違─」
何処の国、何処の場所に赴いても彼の望む物は見つからなかった。心の中に響く音は今にも外に漏れ出しそうな程、五月蠅かった。
どうしてだろう。こんな力、無い方が良いのは分かってる。だとしたら……俺は何だ?
この、神秘も、行き過ぎた科学も無い世界に、力を持って生まれた俺は何なんだ?
化け物?救世主?……馬鹿馬鹿しい。何のために…?
世界を救うのはこんな醜い俺じゃない。
世界を壊すのはこんな中途半端な悪じゃない。
……じゃあ、俺は何をすればいい?俺は…俺は…
─ど…た…?─
─どう…た…?─
─どうしたの!?─
「ハッ…!」
「やっと気が付いた…!…あんたどうしたのよ…そんな暗い顔して……」
「何でもない…」
いつの間にか、無意識に自分の部屋に帰ってきたらしい。晩御飯になっても降りてこない自分を、心配してきた母親は彼の憔悴した顔を見ると慌てて声を掛けた。
「何でもない筈ないじゃない!……こんな…ボロボロで…」
「あー……」
彼の服はズタズタに切り裂かれており、その傷跡を見れば、常人には出来ない真似だと誰もが気付くだろう。
(……暴れ過ぎたか…)
彼は自分の世界に入ると、八つ当たりとして生物を生み出しては自分の手で殺す、殺戮を行っていた。普段ならば受けない攻撃にもわざと当たり、自分も相手も両方を傷付けた。
そんな事を繰り返せば彼の体はまだしも、服が耐えられる筈がない。そうして出来たのが今のボロボロの服を着た彼だ。
「どうしたんだ……!?……お前…その服はどうしたんだ!?」
「お父さん!……貴方からも言ってあげて!」
(静かにさせてくれ………頼むよ……父さん……母さん……)
母親の帰りが遅いのを気にしてか、父親も彼の部屋に入って来る。
自分を心配してくれるのは嬉しい。……だが、今は1人にさせて欲しい。彼はその言葉を短く伝えるが、そんな様子の息子を、親が放っといてくれる筈もなく、彼に質問の嵐が飛ぶ。
(五月蝿いなぁ………)
普段の彼ならば抱かない感情。それは怒り、憎しみ、悲しみ、虚しさ。あらゆる負の感情が今の彼には渦巻いている。
「うるさい…!」
『あ』
「えっ」
「あっ…あっ…ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ………!!!!!」
『・・・・・・』
ドサリと音がした時には、人間だった両親の肉塊が其処には落ちていた。
彼は頭を搔き毟りながら甲高い叫び声を上げる。彼には最後の一線があった。どれだけ醜悪な物を見ようと、徒に力を振るっては行けないという誓い。
故に彼は、秘密結社の権力者達も見逃した。例え、どうにかする力はあっても、法の力で裁くべきだと。
「母さん……!!……父さん……!!……ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…!!!」
『・・・・・・』
そして彼はその誓いを、おおよそ最悪な形で破ってしまう。両親だった肉塊を必死に掻き集め、赦しを乞う。しかし肉塊は何も答えてくれない。
「戻れよ……戻れよぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙!!!!!」
何も無かったが平和だった今まで。その人生を返せと彼は叫んだ。
…もし、そう、もしものを話をしよう。このまま何も起きなければ、彼の叫び声を聞いた隣人がこの家を尋ねただろう。
そして反応の無い家の様子を不審に思い、警察に電話を掛ける。駆け付けた警官はベテランであり、大凡何かが起きたのを察すると本部に連絡を取る。
増援に来た警官達は、彼が住む家のドアをこじ開け、彼の部屋まで到達するだろう。
其処には両親だった肉塊に懺悔する彼の姿が映る。
……後は分かるだろう。
方法は分からないだろうが、彼は自分が両親を殺した事を認める。そして彼は自身の判断で親を殺したとして、罰を受けるだろう。
彼もそれを望み、罰を受け入れる。此処で彼の物語はおしまいだ。だが…
『はい』
「………は?」
肉塊が逆再生するように戻り始める。そして両親は元の姿に戻った。どうやら彼の超能力は人を生き返らせる事も出来るようだ。
「…そうだな。母さん。1人にさせてやろう」
「ええ、でも辛くなったら相談するのよ…」
「は?……え?」
元通りになった両親は、何事も無かったように彼に話し掛ける。そして彼を心配するような言葉を掛けると、部屋をあとにしようとする。
「……ま、待って!」
「?どうしたんだ?」
「あら、早速、相談事?」
「……お、俺の力……見たよね……?」
部屋から去ろうとする両親を呼び止めると、彼は自身の超能力について質問する。その言葉を聞くと両親は顔を合わせ、その後、笑い出した。
「何だ、そんな事か!」
「もう…深刻そうな顔するからビックリしたわよ~」
「き、気付いてたの…?」
両親は彼の超能力を知っていたような口振りで話す。その言葉に彼は、もしかしてこの力は両親の遺伝なのかと喜びの表情を浮かべる。
「私達を生き返らせてくれた、素晴らしい力だ!」
「え……?」
「もう…!こんな凄い力有るんだったら、早く言ってよね〜!」
「………」
違う。見た目や性格は両親そのままだが、致命的な部分でズレている。自分を殺した相手を、例え息子であろうと受け入れるその精神はもう、別の者だ。
「ん?…誰か来たのか」
「ああ…さっき五月蠅かったものね。謝らなくちゃ…」
両親は玄関のチャイム音を聞くと、そちらに向かった。部屋には血の跡はなく、彼が暴れたせいで壊れた家具も、元に戻っている。
〘戻れよぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙!!!!〙
「ハハハッ……本当に戻ってるよ……」
先程の言葉と想いに彼の能力は反応したのだろう。そして彼の願いを歪ながらも叶えた。それを理解した瞬間、彼の心は音を立てて崩れた。
「あーあ。俺、人殺しだな」
彼はベッドに寝転ぶと何でもない風にそう言った。彼の心はもう、取り返しのつかない領域まで壊れてしまったのだ。
「あれ試すか」
彼はそう呟くと目を瞑る。これは前の彼が目を逸らしていた能力。名前は見通す眼。これを使えば、この世界にあるものは全て目に入る。
「うーん…やっぱり無いか」
世界中を見渡すが、何処にも彼と同じような力を持った存在は居ない。その事実に彼は落胆する訳でもなく、ただ受け入れた。
「ん?……涙?……何で?」
彼の瞳からは止め処なく涙が出る。この現象に、悲しくもないのに変なの、と彼は涙を腕で拭った。
「あー…止まんね。何だこれ?」
拭っても、拭っても。彼の涙は溢れ出す。それを不思議に思う彼。
この涙はもしかしたら、前の彼が流した涙なのかも知れない。しかし、そんな事は今の彼に分かる筈もなく、ただただ涙を拭き続けるのだった。