灰をあつめて天に撒き 風吹いて また魂燃ゆる 作:kuona
「とったどー!でござりまする!」
灰理が大きな木材を頭上に掲げる。
旅人とパイモンがハイタッチをして喜び合い、鍾離はよしよしと灰理の頭を撫でた。ちなみに灰理は手元の木材に夢中で撫でられていることに気づいていない。
この木材は、どうにか見つけた何本かの木を鍾離に見てもらい一番杖に良さそうなものを切り出したものである。
水が少ないおかげで思ったりよりも大分短時間で手に入れることができた。その水も足首ほどの深さだったのが今はもう膝ほどの高さになっている。
「あ!そういえば、純水精霊は無事なのか?すごい勢いの炎をくらったと思うんだが…」
「大丈夫でございまするよパイモン殿。あらかじめ逃げ道となる隙間をつくっておいたので、精霊はそこから滝の上流の方へ逃げていかれましたでございまする」
「そうだったのか…さすが灰理だな!」
ものすごく今更なパイモンの質問だがどうやら杞憂だっようで、灰理の機転により精霊は業火からかろうじて逃れることが出来たらしい。ほんとうにしっかりしている少女だとパイモンは身振り手振りで褒めたたえた。
それを見て灰理は目を大きくパチリとさせて、本当に嬉しそうに柔らかく笑った。
先程までは褒められても恥ずかしそうにしていたのにその様子がないことに旅人は少し不思議に思う。
「ふああ…もうすっかり夜中だな…オイラ急に眠くなってきたぞ」
「そうだな…今日はもう宿をとって体を休めるのが良いだろう」
鍾離の提案に全員が頷いた。
空は真っ暗。時刻はもうすぐ日付を越えようとしていた。
もうほとんど夕方からぶっ通しで動いていたので流石に休もうともなる。
冒険の基本は、よく食べてよく寝ることなのだから。
「じゃあ休める場所を探さなきゃな。えぇっと、確かこの近くに盗賊が根城にしてた場所があったよな…」
「あっ」
パイモンが目を閉じて、頭の中の地図を引っ張り出してその場所を思い出そうとした時。誰かの小さな呟きが聞こえた。
声のした方を見れば、灰理が小さく口を開けてどこかを見つめている。
「灰理、どうかしたのか?あっちに何か…ん?」
「誰か、いる…?」
彼女の視線の先を見ると…崖の上。
そこには人影らしきものが立っていたのである。
「あれってもしかして…魈?」
「おお、たぶんそうだな!声をかけてみるか……お──い、しょ〜〜う!」
「しょう…?」
「………」
理由はわからないが魈が近くに来ていたらしい。パイモンが大声で呼びかけ手を振る。
灰理は初めて聞くその名に首を傾げており、鍾離は何も言わずことの成り行きを見守った。
少し躊躇うような間をあけて、人影が掻き消える。と思えば、一瞬でその人物は谷底に移動し旅人たちの前に現れた。
膝をついて着地した体勢からすっと立ち上がると、その人物の顔を縁取る長い横髪が揺れた。
「…お前たち、ここで何をしている」
見慣れた美しい少年の顔が、月明かりで照らされる。
金色の瞳が少し気まずげに揺れているのは鍾離の存在ゆえだろう。少年仙人は少々帝君から目を逸らし気味に旅人たちに話しかけた。
「やっぱり魈だったんだな。海灯祭以来だな!オイラたちはここの泉にある木材を採りにきたんだ」
「魈はどうしてここに?」
「我は荻花州一帯を見て回っていたところ、遠目に巨大な火柱が上がっているのを目にして…様子を見に来た」
「あ、あー…」
どうやら遠目に見て目立つほど燃え盛っていたらしい。旅人たちは洞窟の中に居たのでどれ程の規模の炎かは把握していなかった。まさか魈が駆けつける程とは…
もしかしたら魔物が暴れていると思って見に来たのかもしれない。
「あの炎はお前たちが出したものか?」
「だ、大丈夫だぞ!あれは山火事でもヤバい魔物が出したものでもなくて、灰理の炎だ」
「かいり…?」
「わっちが灰理でございまする」
魈が小さく疑問の声を零したところで、灰理が一歩前に出て会話の輪に入る。そして彼女はまっすぐ魈を見上げた。
「わっちは稲妻から来た灰理と申しまする。旅人殿たちの受け持つ依頼の同行人で、ともに木材を採りにきたのでございまする」
「お前があの炎を?」
「はい、わっちが振るった流刃若火の炎でございまする」
灰理が背中にかけた刀に触れてカチャ、と揺らしながら言えば、魈の視線は刀に注がれた。
「流刃若火……山本重國の…?」
「え?」
あごに手を当て目を伏せて呟いた魈の言葉に、灰理は目を瞬いた。
「山本重國…どっかで聞いたような…?」
「依頼人の名前に似てる」
「ああ、そういえば!あれ、魈はその人のことを知ってるのか?」
「…ああ、知っている」
パイモンの言葉に魈はそちらを見遣って小さく肯首した。そして今だに自分をきょとりと見上げる灰理の方をちらりと見る。
しかしすぐにそれは逸らされ、魈は一行に背を向けた。
「魈、もう行くの?」
その背中に向かって旅人が訊ねると、彼は背中越しに少しだけ振り返る。
「ああ…ではまたな」
そう短く返し、魈の姿は来た時と同様あっという間に掻き消えた。きっといつものように風輪両立で飛んで行ったのだろう。
「魈のやつ、なにか急いでるのか?」
「…話を切り上げられた感じがする」
魈の去った方を見ながら旅人とパイモンが話す。
二人はそのままああでもないこうでもないと話し始めた。
「?」
一方で灰理はその時、足元に何かが落ちているのに気づいてそれを拾い上げた。
手に持った白いそれをじっと見つめる。これは一体なんだろう。
「それは清心の花弁だな」
「せいしん…」
隣から灰理の手元を覗いていた鍾離の言葉で、それが清心の花弁であるらしいことが分かった。
「ああ、清い心と書いて清心と読む。たしか降魔大聖…先程の少年仙人は、その花を気に入っていたはずだ。おそらく何かの拍子に服にくっついたのだろう」
「……」
鍾離の話を聞いてもう一度手元の花弁に視線を落とす。
長いまつ毛が淡く光って、流れる銀灰の髪は夜空に架かる天ノ川のごとく。
夜の中の少女は星のように輝いていた。
「わっちは魈殿に何か失礼をしてしまったでしょうか」
少し元気をなくしながらそう言う灰理に、鍾離は淡く笑みを浮かべた。
先程の魈の淡白な態度を気にしているのだろう。しかも常日頃からあのような態度ではあるが先程はいつにも増して淡々としているようでもあった。
あれでは初対面の者が彼の気分を害してしまったのではと心配になる気持ちも分かる。
「あれは怒っていたわけではないと思うぞ。気にすることはない、灰理殿」
「そうなのですか…?」
「ああ。灰理殿はあの少年仙人と親しくなりたいか?」
「わっちはお友だちがあまり居りませぬゆえ…できれば、仲良くなりたいでございまするっ」
「ハハッ、そうか。ならば次会った時は気負わず構ってやるといい。灰理殿ならばきっと仲良くなれるだろう」
鍾離はそう言って、小さな頭を優しく撫でた。
のせられた大きな手のひらは温かく、しかしよく知った人物の手より温度が低い気がして、灰理は少し落ち着かずにモジモジとした。
灰理たちと別れた魈は荻花州の見廻りを再開していた。ちょうど今は魔物を見つけ狩っていたところである。
「……」
風で魔物を屠り、尖った岩場に立つ。
大きな朧月を背にして佇む彼の表情は、夜叉の仮面によって見えない。
と、その時。
「ゔっ、」
突然魈が呻き、両手で顔を覆う。
「グルルルッ──!」
そうしてまるで獣のような唸り声をあげながら、身を捩って苦しみ出した。
「っ、はぁ、はぁ…」
一瞬息を詰めて荒い呼吸を繰り返す。すると先程までの凶暴な雰囲気は霧散していた。
魈は頭から離した両手をぼんやりと見つめた。
── 我等は護るものがある故に弱くなるのか…
昔聞いたある男の言葉が頭をよぎる。
次いで、先程会った少女の姿も瞼の奥に映る。
「──…」
しかし思考を邪魔するように、どこからともなく魔物の気配が現れたのを察知した。
魈は頭をひとつ振ると手を下ろし、どこからともなく現れた槍を手にして岩場の上から飛んだ。
欠けの無い朧月。
やけに大きく感じるそれは璃月の開けた大地を霞んだ光で満遍なく照らしている。
遠くの岩山の連なり、流れくる小川のせせらぎ。
涼やかな虫の鳴く声。
草が風にそよぐ音。
今日も璃月の夜は、空を翔る夜叉に護られながら静かに更けていく。
姿は出てこないのに所々で霊圧は感じる山じい、さすが。
チャドに謝って?
もしくはその霊圧(存在感)分けて?