転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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★8★ 記憶の糸の先に。

 

 家令が遅れてやってきた俺の招待状の確認を終え、控えていた使用人達が両側から豪奢なドアを開いて中へと誘う。すでに始まってから一時間は経っているだろう会場内の視線が、一斉にこちらへと集中する。

 

 その中から会話を交わしたことのある人物達と軽く会釈を交わしたり、二言、三言会話をしつつ歩を進める。頭上で輝くシャンデリアも、令嬢達のドレスの波も、目に痛いほどだ。

 

 ――……こういった煌びやかな場所は未だに慣れない。

 

 世の中には招かれてでもいなければ絶対に足を踏み入れたくない場所がある。俺の場合はそれが今夜のような社交場なわけだが、長子である自分がそれでは弟の立場を悪くする。

 

 自分のことだけであれば必要最低限の出席で済ますことができるものの、社交シーズンは特に仕事上の問題もあるので断れないのが厄介だ。元の地位であればここまで面倒なことにはならなかっただろう。

 

 今夜招かれた夜会は社交シーズンの最後を飾るものだ。今年デビュタントだったのだろう年若い令嬢達が、各々の家の期待を背負って懸命に将来有望そうな男達との会話に花を咲かせている。

 

 男のように剣を振るわず、血を流さなくとも、ここはすでに彼女達にとっての戦場なのだ。

 

 ――ヴィクトル・ゴーティエとして従軍したのは十六歳の頃。

 

 前年に父を戦場で亡くして当主の座についたばかりだったが、まだ国内では歴史の浅い子爵家であったゴーティエ家に必要なものは箔だと、誰に言われるでもなく感じていた。まだ幼い弟と歳若い未亡人の母。

 

 父の遺した領地と財産を、あまり仲が良好ではない親戚達に奪われないようにするには、戦場で功績を立てて利用価値のある臣下であることを王家に見せつけるべきだと感じ、父のあとに続いて戦場に出たのだ。

 

 長年ジスクタシアの国境線付近を騒がせている蛮族を相手に戦闘を繰り広げ、二十一歳までに挙げた戦果で伯爵の地位を賜り、以降ヴィクトル・ホーエンベルクと姓を変え、八歳下の弟にゴーティエ子爵の位を譲った。

 

 普通に考えれば……この上なく名誉なことである。

 

 そのおかげで守ろうと思った生家から出る羽目になってしまったとしても。身の丈に合わない伯爵という地位に対しての多少の居心地の悪さも、いずれは慣れていくものだ。しかし……そう思っていた俺の肩にその後さらに乗せられたものは、流石に身の丈に合わなさすぎた。

 

 当時従軍した貴族の子息の中でも最年少であり、当主の座についたばかりの俺は、実際にその肩書きだけでも上層部の興味を惹いたらしい。そんな俺が戦場でそれなりの働きをしたことで、王までもが興味を持って下さった。

 

 だが、過ぎた名誉はときにやっかみの種になる。不敬な話だが当時は興味を持たれても有り難迷惑でしかなかった。

 

 伯爵の地位を賜って少し経った頃、俺の元にやんごとなき身分の子息の家庭教師になって欲しいという。表向きは【嘆願】だったが、実際は【勅命】のようなものだ。幼い頃から次期当主として一通りの教育は受けて育った。

 

 むしろ父はかなり厳格な部類であったので、子爵家の跡取りとして以上の教育だったように思う。階級によってはところどころで不足となる点もあるだろうが、大抵の家庭教師を必要とする年齢の子息にならものを教える自信はあった。

 

 けれどそれも家格がそれほど開いていなければの話だ。そう考えるといくら戦果を挙げたとはいえ、件の伯爵という地位の恩賞はこのためだったのかと勘繰ってしまった。

 

 断ることはできないと分かっていたがすぐには答えが出せず、気分を変えるために半年間の暇をもらって他の領地を回ることにしたのだ。

 

 商人と旅人の中間のような格好をして、特にあてもなく馬車で一緒になった人間達から村や町の情報を聞き出し、気になる場所があればそこに向かって足を伸ばして見聞を広げた。

 

 そういえばその中でも商人達の口から一番噂を聞き、現在の要職につく切欠になった領地があったなと当時を懐かしんでいると、どこからか『あ、あの!! エステルハージ嬢!!』という、切羽詰まった声が聞こえて立ち止まる。

 

 領民の識字率が周囲の他領地に比べて異様に高く、運が良ければそこそこの演劇を観ることができると評判の領地。そうだ、確かあの地は“エステルハージ領”だった。馬車の出発時間が圧しているということに気付き、風変わりな彼女と会話の途中だというのに挨拶もせず慌てて走り去った、あの地だ。

 

 吸い寄せられるように向かったその先に、寄り添うように立つ二人の令嬢の姿をみとめ、また当時に記憶が遡る。結果として思い悩んでいた俺の背を押した人物。

 

 領主代理だと言うその令嬢はやや陽に焼け、ソバカスが散った顔に、意思の強そうなつり眉と、その下にある穏やかそうなダークグリーンの瞳、鮮やかな赤煉瓦色の髪を持っていた。

 

 ――……ちょうどいま俺と視線が合っている、目の前の彼女と同じに。

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