転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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*2* お久しぶりです、老害。

 

 あの清がほとんどない濁にまみれたお誕生日会から三日後。

 

 あの日の夕方には王都へ向けて出立した私達は、一日休んだだけで早々に登城していた。別にしたくてするわけではないから、この場合はさせられるが正しいのかもしれないけど。

 

 王城内でありながら男子禁制の、高位の女性達だけが使用を許された棟の長い廊下を誰ともすれ違わずに歩くのは、大人の私だって怖い。それに加え、今の私の両手の先には、まだ小さな蕾の花達。

 

 今朝は二人を同時に連れて来るために、ホーエンベルク様と登城の時間帯が合わなかったせいで、ここまで三人でやって来たけれど……ここからの帰りは第二王子の婚約者と高位貴族のご令嬢と別れ、私一人だ。

 

 階級社会で生きている身としては、気を引き締めてホーエンベルク様達のいる図書室に合流しないとならない。納得いかないとはいえ恨みをかっているのだ。城内で怪我をさせられるなんて真っ平ごめんである。

 

 しずしずと淑女の歩幅で歩く廊下は永遠に続くかと思われたが……ようやく一人の女性が佇む姿が見えてきた。まだ少し距離があっても分かる教養の感じられる立ち姿と、上級貴族的なドレスに身を包んだ女性だ。

 

「先生……もう少しだけ先まで……」

 

「いいえ、アウローラ様。ここから先は私はご一緒することができません」

 

「怖がらなくても大丈夫よローラ。そのためにわたしがいるんじゃない」

 

「心強いお言葉をありがとうございますマリアンナ様。さぁ、アウローラ様。先生をお待たせしてはいけません」

 

「でも……わたくしの先生は、ベルタ先生だけだわ」

 

 上目遣いでそう言う教え子は可愛い。こんな場面でなければ、危うくおねだりを聞いてしまいそうなほどだ。

 

「ふふ、教育者冥利に尽きるお言葉です。けれどアウローラ様、私は今日からアウローラ様が教わるようなことは、何も存じ上げないと思いますわ」

 

「先生も、知らないこと?」

 

「それはそうよ。ここから先は国母になる女性か、それに準ずる地位の女性にしか教われない学問が多いもの。わたしもだけど(・・・・・・・)、一般的な貴族家の娘が知っていたって何にも使い道はないわ」

 

 このタイミングでナイスアシスト過ぎる。負け戦感を戦う前から出している教え子を前にしての冷静な突っ込み。しかも子爵家の私がここで口にしたところで説得力がないやつを使いこなしている。

 

 この子……アグネス様の言っていたような愚直な将軍適正よりは、オールワークスな勇将の適正があるわ。

 

 だけど何にしたって素晴らしい適正を開花させてくれてありがとうアグネス様! 前世では散々苦しめられた私のライバル、有能すぎ!

 

「ほぼマリアンナ様が答えを仰られてしまったので、私から追加する言葉はございませんが……アウローラ様、少しお耳をお借りしても?」

 

 あまり褒められた行為ではないものの、二人の間にしゃがみ込み教え子を手招くと、彼女は素直に私の吐息がかかるほど近くに耳を貸してくれた。距離感が信頼感の表れなら、近すぎてちょっと笑える。

 

「あのですね、アウローラ様。今日教わった授業内容を、あとで私にも教えて下さいませんか? 他言することはございませんが、教師の端くれとして少々興味があって。アウローラ様には私の先生になって欲しいのです」

 

 内緒話の体をなして囁きかけると、眼前にある教え子の横顔にサッと朱が差した。そしてそのままコクコクと頷くやこちらへ向き直り、私の手を取って力強く握りしめ、震える声で「その任務、心得ましたわ」と宣言する。

 

 マリアンナ様はそんな私達を生暖かい目で見つめていたけれど、ちょうど良いタイミングを見計らって「ほら、あっちの先生を待たせ過ぎたら怖そうだし、そろそろ行こ?」と教え子の肩を叩いてくれた。

 

 師が師なら、弟子も弟子よ。本当に有能な元・ライバル組である。

 

 教え子は憂いを捨てた表情になり、私の手を離すとマリアンナ様と連れ立って、こちらを振り返ることなく新しい宮廷家庭教師の元へと歩いて行く。小さな背中をした二人が向こうの女性と合流したのを見届け、その場でカーテシーを取ると、向こうも一応返してくれた。

 

 さらに奥へと誘われる二人が扉の向こうに姿を消したことを確認し、もと来た方向へ心持ち足早に引き返す。人目がないから走りたいところだけど、我慢だ。行きより早く共有棟の廊下まで辿り着き、やっと一息つけると思ったら――。

 

「フン……下品な足音が聞こえると思えば、エステルハージ嬢でしたか」

 

 お前かよミドル。会いたくなかったわミドル。嫌なら話しかけるなよミドル。

 

「まぁ、閣下。もしや今まで私をここでお待ち下さったのでしょうか?」

 

「ふざけたことを。今日から貴殿の元教え子が城に上がると聞いて、遠目に見学に来たまでだ。が……今からあんな様子では先が思いやられる。あと四年もすれば子を成せる身体になるというのに、その覚悟があるようにも見えん」

 

 うわ、気持ち悪っ。まだ十一歳の子供を見て何を考えてるんだこの老害。いくら王家にとって血を残すことが命題にしても気持ち悪い。無理。顔が整っていようが気持ち悪い。

 

「流石はランベルク様、躾にはお厳しいのですね。素晴らしいですわ。僭越ながらまた心得などをご教授頂ければと、そう思っております」

 

 怯むな、打ち返せ、心を殺して、たたみかけろ、社会人的さしすせそ。不快感に眉を顰めるミドルと微笑みを浮かべて対峙していると、そこに「ベルタ嬢」と、耳に馴染んだ声がかけられた。

 

 

「ああ、ランベルク公もご一緒でしたか。気付くのが遅れて申し訳ありません」

 

 そんな白々しい言葉と共に現れた人物の姿に、緊張と怒りで強張っていた身体から少しだけ力が抜けた。案の定というべきか、ホーエンベルク様は彼の苦手とする相手らしくあからさまに苦い表情になる。

 

「……ホーエンベルク殿か。貴殿は何故このような場所に? まだ王子達の授業時間ではないのか」

 

「ええ。ですので、そのことでベルタ嬢をお連れしたい」

 

「何か問題でもあったか。貴殿の指導力に期待しての人事。途中で入り込んだ女家庭教師に頼る事態など、本来あってはならぬのではないか?」

 

「彼女の雇用には陛下も受諾印を捺されました。よもや一番陛下のお立場に添う立場のランベルク公からそのような言葉を聞くとは……」

 

「貴殿も多少国境線で蛮族相手の戦で功績を挙げただけの田舎者の立場で、随分と大きな口を叩くようになったものだな」

 

「はは、これは手厳しい。しかし残念ながら当時我が家には()の他には弟しか(・・・)おりませんでしたので。手柄を立てるには多少(・・)荒事に手を出さざるを得なかったまでのこと。他に手があれば(・・・・・・・)そちらを使ったでしょう」

 

 ひぇ……怖っ。この真冬の日本海に吹き荒れる暴風のような空気に一般人を巻き込まないで欲しい。この二人元から世間話をするような仲でないのは明らかだけれど、私の誘拐騒ぎを抜きにしても何かしら含むところがありそうに見える。

 

 でなければ序列に厳しい軍隊生活を送ったホーエンベルク様の性格からして、ここまで分かりやすく相手を煽ったりしないだろう。

 

「あの、ホーエンベルク様……わざわざ私を呼びに来て下さったということは、授業中にマキシム様が癇癪でも起こされたのですか?」

 

 いつの間にか私とミドルの間に割り込み、凄みのある微笑みを浮かべるホーエンベルク様の服の裾を引っ張って恐る恐る声をかけると、彼は幾分か威圧感を抑えてこちらを振り返ってくれた。

 

「いや、まだそこまでは。だがそうなる前に貴方を呼びに来た方が得策だろうと思ったまでだ。城内に貴方がいるのなら、マキシム様の休憩時間の管理はそちらに任せた方がいい」

 

「そういうことでしたのね。でしたらすぐにでもお二人の元へ参りましょう」

 

「助かる。ランベルク公、話の途中で御前を去る非礼をお許し下さい。では」

 

 ホーエンベルク様はそう言うと騎士形式の礼をとり、ミドルの返事を待たずに私の背をそっと押して歩くように促す。背後からミドルの刺すような視線を感じたものの、振り返って確認してみる気にもなれず。

 

 ホーエンベルク様と連れだって図書室へと続く廊下を、少しの間無言で歩いていると、不意に隣を歩いていた彼が「迎えが遅れてすまなかった」と口を開いたので、思わずそちらを窺う。

 

「あの方と話して嫌な思いをしただろう?」

 

「いいえ。ホーエンベルク様がすぐいらして下さったので、実質はほんの少ししか二人きりになりませんでしたわ。ありがとうございました」

 

「そうか。ただ礼なら君の父上に言うといい」

 

「父に、ですか?」

 

「ああ。本当は授業中に遠眼鏡を持ったエステルハージ殿が図書室にやってきて、貴方を連れ戻すように頼まれた。俺は半信半疑でこちらに向かっただけだ」

 

 うむ……仕事中に何をやっているのだろう、我が父は。

 

 確かもう文官職としては結構偉い部署にいたはずなのではなかったっけ? 遠眼鏡で娘の姿を探してたって……これ、絶対にアンナに言ったらドン引きされる案件だわ。お礼も言うけどあとで注意しておかなければ。

 

「そ、そうだったのですね。けれど実際に来て下さったのは貴男です。ですから、やはり一番最初のお礼はホーエンベルク様に」

 

 私の言葉に彼が苦笑して「ありがとう」と言うから、何だかお礼の言い合いのような形になってしまった。

 

「あの、ですけれど……大丈夫なのですか?」

 

「うん、何がだ?」

 

「ランベルク公はマキシム様達の――、」

 

「伯父だな。しかしあの方には少し俺も含むものがある。高位だというだけでは素直に頭を下げる気になれない相手だ」

 

「それはリベルカ人の――ガンガル達の一族に関わることについてですか?」

 

「貴方は聡いな。その通りだ。ランベルク公は戦場で捕らえて王都に送還した彼等を、いち早く奴隷階級に堕とすべきだと進言した。俺が戦場から出した彼等を赦すよう求めた嘆願書を握り潰して……な」

 

「そんな……」

 

「いつか公には、あのときのお返しをしてやりたいものだよ」

 

 当時を思い出すように暗く笑った彼の横顔にかける言葉が見つからず、また短い沈黙が落ちた。そうこうするうちに図書室の方へと曲がった廊下の先では、すでにメンコを手にしたマキシム様が待ち受けていて。

 

「遅いぞベルタ。久しぶりにこれで勝負しろ。ほら、早く鍛練場に行くぞ!」

 

「先生、ベルタさん……兄上を図書室に留めておけず、すみません」

 

 そう申し訳なさそうに溜息をつく弟と、それを無視して先に鍛練場に向かって歩き出した兄の背中。凸凹だけれど仲の良い兄弟の姿に、私達は小さく笑い合った。

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