転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆ 作:タナゴコロ
屋敷で合流後、アンナはヴァルトブルク様と、私はアグネス様と同乗してお喋りを楽しみつつ馬車に揺られていたものの、目的地が近付いてくるに従って馬車が混雑し始めた。どうやら馬車の台数が多くて停車場が混雑しているようだ。
小窓から馭者に会場までの距離を訊ねたところ、もうすぐ目の前だという答えが返ってきたので、ウキウキした様子のアグネス様と一緒に窓から建物の外観を眺めようとした……のだけど。
「ほ、本当にここが式典の会場なのですか?」
「ええ、そうですわ~。パッと見だとお城みたいで立派でしょう?」
絶句する私の問いにのほほんと答えてくれるアグネス様には悪いが、パッと見どころか、どこからどう見てもちょっと小さいお城だ。
失礼ながらどうせ前世でよく○○ホールとか、○○会館と呼ばれる謎のハコモノ事業の産物よりは立派でしょ程度だと思って侮っていたから、驚きのあまり喉が変な鳴り方をしたわ。絶対普通に生きてたらお呼ばれする場所じゃない。
……まぁ、日常的に王城に出入りしてるくせに思うことでもないかもだけど。
しかしあれは歴とした仕事で職場。これはいわば仲間内で始めたサークル活動が一躍日の目を見てしまったプライベート。緊張しない方が無理だ。
「王都でも有名な建物だと思うのだけれど、ベルタ様はこちらにいらっしゃるのは初めてだったのかしら~?」
「は、はい。王都に来てから日は経つのですが……まだほとんど職場と自分の生活圏以外の場所は知らなくて」
言い訳がましくそう答えてそびえる白亜の城的な建物を眺めていたら、後方にいたヴァルトブルク家の馬車の方から「何なのあの建物!」という、可愛い妹の驚く声が聞こえてきた。私達は姉妹揃って知らなかったのだ。こんなに自己主張の激しい建物の存在を。
「実を言えばわたしも存在を知っているだけで、中に入るのは今日が初めてですの。ほとんどは上級貴族だけの大きな式典でしか利用されないのですって。立派なのは外観だけでないそうですから、楽しみですわね~」
「そ、そうですわね。ほんとに……楽しみです」
この状況下で楽しみとは羨ましい。アグネス様の肝の据わり方が尋常ではないことは良く分かった。本番に物凄く強いタイプだ。
今夜の彼女の装いは肩が少し見える水色のドレス。要所要所に上品にあしらわれたレースが、ほっそりとした彼女の姿をキリリと引き締めて見せる。甘さとクールさのミントキャンディー系女子っぽくて素敵だわ。
ようやく車列が少し進んでエントランスの下に入ったところで馬車から降り、後ろの馬車から項垂れて降りてくる義弟と、嬉しそうにはしゃぐ妹を見て、年長者として気をしっかり持たねばと己を奮い起たせた。
何より式典に出られる喜びで浮き足つ人達の中で、お通夜な雰囲気でここに立つのはよろしくないしね。
私よりヒールを履き慣れているアンナが「お姉さま、アグネス様、楽しみね!」と抱きついてきて、そんな妹の姿を見たアグネス様も「ね~」と微笑む。一人胃が痛そうな義弟に視線で“同じ気持ちよ”と伝えれば、彼は泣き笑いのような気弱な笑みをくれた。
けれどその直後にアンナと義弟は隣国でお世話になった知り合いを見つけ、そちらと会場入りすることに。
離れる前にもう一度ギュッと抱きついて「また後でね、お姉さま」と笑うアンナ達を見送り、さて入場しようかと思っていたら、エントランスの端っこで一塊になっていた私達の耳に「おーい!」と耳に馴染んだ声が届いて。
声がした会場の入口の方を見やれば、こちらに向かって歩いてくる人物が二人。ホーエンベルク様と、やや体重を取り戻せたフェルディナンド様だった。
「やーベルタ先生達も、今夜の式典にぴったりの装いだねー。華やかで綺麗だ」
「うふふ、フェルディナンド様こそ今夜もお口がお上手ですこと~」
「ええ、本当に。フェルディナンド様のようなとびきりの美人にそう言われては、女として自信をなくしてしまいますわ。ねぇ、アグネス様?」
「まったくもってそうですわね~。フェルディナンド様なら普段着でも見映え充分でしょうに、気合いの入ったドレスアップをしていらっしゃるだなんて……空気を読んで下さいませんと」
「ドレスアップって……男の正装なんてどれも白黒で同じようなものじゃない? それに普段着って、ここ最近は前衛的な色柄になった前掛けとシャツだし。オレがいくら美人でも流石に許してもらえないって。ヴィーもそう思うだろ?」
周囲の視線などお構いなしにこちらに近付いてきて、緊張を解こうとしてくれるフェルディナンド様の気遣いに、つい私達も軽口を返して笑い合う。
ついでにフェルディナンド様の後ろで笑うホーエンベルク様の声に耳を傾けていたら、その彼がこちらに向かい「自分の語彙が乏しいわけではないと思いたいが、良く似合う」と、サラッと褒め言葉をくれた。不意打ちは心臓に悪い。
しかしそんなこの流れに水を差すつもりはないけれど、今夜の式典は関係者以外は入場できなかったはずだ。だったらどうして彼はここにいるのだろう? ふと疑問を口にしようとしたそのとき、それまで穏やかだったホーエンベルク様の表情が不意に引き締まって。
何事かと彼の視線の先を追えば、そこにはこちらをジッと見つめるあのミドルの面影を持つ若き脚本家の姿があった。
けれど彼の視線がこちらに留まったのはほんの一瞬で。すぐに興味をなくしたように会場の中に一人消えていく彼の姿を見送ったホーエンベルク様が、ふっと警戒を解いたのが分かる。
いや……ここで“武装解除の気配を察してしまう令嬢って何?”なんて考えてはいけないのよ私。着々と鍛練成果が身に付いているということを素直に喜べば良いのだ。たぶん。
フェルディナンド様とアグネス様は、私とホーエンベルク様の視線が動いたことに気付いた様子もなく、むしろアグネス様に至っては「ホーエンベルク様はどうしてこちらに?」と、この場では当然とも言える疑問を口にした。
親友のナイスアシストに内心拍手を送っていると、ホーエンベルク様の隣でフェルディナンド様が「そーいや何でいるんだっけ? 普通に合流しすぎて気付かなかったわ」と間の抜けたことを言う。親友といっても色々な形があるよね……?
「エリオット、お前な……いや、まぁいい。お前は昔からそういう奴だよ」
私と同じことを感じたらしいホーエンベルク様は溜息混じりにそう言うと、気を取り直すように視線を質問者のアグネス様の方へと向けた。
「今回は出席を見送ると言っていたある劇団が出ると直前で分かった。今夜はマキシム様が陛下と共にご出席される。彼にお声がけをして頂いてここの警備要員として入り込ませてもらったんだ」
彼の口から出たその答えに不安と安堵が半分ずつ混ざり合う。内訳は会場に彼がいてくれることへの安堵が六と、相手側の意図が分からない四くらい。
けれど警備要員となれば目が届くところに常にいられるとは考えにくいので、実質は五分五分程度になるかもだ。
「ホーエンベルク様が警戒するようなある劇団というと……あのヴァルトブルク様のライバル劇団の方ですわね~?」
「あー……まさかこんな大きな会場で馬鹿なことするとも思えないけど、一応念のためってやつ? 式典の最中にまたベルタ先生が攫われたりしたら困るもんね」
私の内心を知ってか知らずか、ニヤリとこちらに笑みを寄越したフェルディナンド様の言葉に苦笑を返しつつ、納得の展開にアグネス様と一緒に頷く。
道理で彼がいたわけだ。考えてみれば私達が呼ばれたところで王都の有名劇団が呼ばれないはずもない。ミドルはまだこちらが彼の正体を知らないと思っていると考えても良いのだろうか? それともこちらにそう思い込ませる罠?
前世ニュースで観たような独裁者とかなら分かるのだろうけど……生憎と前世は塾講師をやっていた小市民、今世は教え子と領地のことしか考えてなかった子爵令嬢。野心の強そうな権力者の考えていることなど分からない。
でも分からないなりに想像力を働かせないことには、あのミドルに社会的に抹殺されかねないのだけは分かる。そんなのは願い下げだ。
「成程それで。その劇団の例の脚本家なら、さっきまですぐ傍におられましたけれど……アグネス様のつけていらっしゃる物と同じコサージュをしていました」
正確には視界に掠めた程度だけど、色や形から鑑みるにまず間違いない。
私の言葉にアグネス様が「脚本家なのにこれを~?」と首を傾げて、自身の胸にある銀色の柊を象ったコサージュを見つめ。フェルディナンド様が「え、嘘。オレ気付かなかったー」と驚いた表情を浮かべる。同僚ながらちょっと可愛い。
しかしそのときちょうど会場入りを告げる鐘の音が聞こえてきて、係員が関係者と表彰される出席者の入場を促し始めた。そろそろ私達も移動を開始しなければ怒られてしまう。
「げ、もうそんな時間か。式典のあとって確か別ホールで交流を深めるために立食パーティーだっけ? 何時に終わるのか知らないけど面倒くさいなー……」
「そうごねるな。お前には苦痛だろうが名誉なことだぞ。とりあえず俺はなるべくアグネス嬢の姿が見える範囲に気を配る。ベルタ嬢の言葉通り彼がコサージュをしていたなら、壇上に呼ばれるエリオット達よりも、同じ関係者枠の出席者である彼女に接触してくる可能性が高い」
いきなり怖い予測を立てたホーエンベルク様の案に不安がる私の隣で、とうのアグネス様はあっけらかんとした表情で頷き、柊のコサージュのついた胸を張った。
「ではわたしはホーエンベルク様の動きに注意しつつ、壇上のベルタ様達が格好良く見える場所取りに専念します。ベルタ様もフェルディナンド様も、壇上からわたしを見つけたら、是非手を振って下さいませね~」
「え、ええ。それは勿論です。誰が見てもアグネス様に振っていると分かるように、心を込めて振りますわ」
――とそんな会話を交わして移動の準備を始めた私達の耳に、ふと「「先生ー!」」という聞き慣れた二重奏が届いて。
声がした馬車の停留所を振り返れば、大きく手を振りながら急ぎ足でこちらにやってくる二人の小さな淑女達の姿。呼ばれたアグネス様と私が両手を広げて抱き留めに向かうと、それぞれの教え子達が腰にまとわりついて止まった。
「間に合って良かったぁ。それにその五国戦記第二期主人公のドレス、先生にとってもお似合いですわ。わたくし馬車の中からでもすぐに見つけられました!」
「ありがとうございます、アウローラ様。ですがあの――、」
「アグネス先生だってそうよ。同着一位ね。今夜の装い、遊戯盤の新しく実装したカードのやつでしょう? やっぱり立体にした方が映えるわよね、それ。いつもそんな格好でいれば婚約者なんていっぱいかかるんじゃないかしら?」
「まぁ~……嬉しいですけれど、勝負服にするにはお高いですわね~。それにお二人とも今夜はどうしてこちらに?」
ただただ突然の教え子襲来に困惑する私と違い、アグネス様はマリアンナ様からのべた褒めマシンガントークをぶった切り、本日二度目のナイスアシストを決める。褒め足りないのか頬を膨らませているマリアンナ様に、ふわりと微笑みかけるアグネス様。
圧というには優しい催促にあっさり折れたマリアンナ様は、赤いコートの中から何かを取り出してズイッとアグネス様の胸に押し付けた。
「これを渡しに来たの」
「これは本……かしら~?」
「そうよ。今夜の先生のお守り。無事に渡せたからわたしとローラはもう帰るわ」
小さく鼻を鳴らして胸を張るマリアンナ様が“お守り”と称したそれは、きっちりとした製本をされていない、台本のように端を糸で綴っただけの“本”だ。
見ればまだラフの段階の表紙がついている。色味は五国戦記の次回作の黄色の地に銀。製本されれば熊のレリーフが施される予定だろう。
そういえば二週間ほど前にアンナに借りた五国戦記の草稿を、王子兄弟か教え子達のどちらのチームが先に読むかで一戦していた記憶が甦る。時々聞こえてくる会話内容から察するに、正々堂々勝負という道は早々に捨てたようだったけど……あのときの勝者は確かに教え子チームだった。
しかしだとするとまさかこの“本”は――……。
「あ、別に複製とかじゃないから。アンナ様にはちゃんと許可をもらってあるし、これは文句なしの“原本”扱いよ。これを会場内で持っていれば選出間違いをする目が節穴の人達も、先生が五国戦記の関係者だって分かるでしょう?」
教え子からの衝撃告白を受けたアグネス様の頬が、ほんの僅かにひきつった。