転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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*15* ご相談がありまして。

 

 ガンガルの報告を受けてもう一度古びたアパルトメントを振り返る。彼が消えたドアは固く閉ざされ、再び開く気配はない。カーテンが隙間なく閉められた窓とあいまって、外の世界を拒絶しているようにも見えた。

 

 王都一の大劇場の脚本家がこんな……と言っては悪いが、でも本当に活躍に釣り合わない家に住んでいるように感じる。お給金が出来高せいだとしたら、もっと劇場に近くて新しいところを借りられそうなものなのに――?

 

 けれど私がそんな疑問を抱いていたら、ガンガルが「お嬢、時間、いいの?」と声をかけてくれたことで正気に戻り、慌てて来た道を二人、手を繋いで馬車を待たせている場所まで駆け戻った。

 

 心配してくれた馭者に謝ってから馬車に乗り込み、王城を目指す車内で再度ガンガルに礼を言うと、弟気質のわんこは「執事(ショーン)に、お嬢は夢中になると、時間忘れるって、聞いた。そのときは、オレが止めろって」と言う。一番最初にガンガルに往復ビンタを食らわせたあの執事(ショーン)がそんなことを。

 

 よくよく考えてみれば、私がガンガルに屋敷の仕事を教われるように使用人達に手配しても、彼は何も言わなかった。恐らく彼はこちらの目論見に気付いているのだろう。

 

 でも止めないで見守ってくれている。それは彼がガンガルを自分の部下として認め、導いてくれるつもりであるからだ。殺したり、殺されたりすることに怯えを感じる心すらなくしかけていた子供(ガンガル)に、新しい居場所を、自身の後継としての未来を与えようとしてくれている。

 

 まぁ……執事採用の条件が一定の武力がある人間しか就けないというのは、きっとよそのお家では異常なのだろうけど。狭い門戸をくぐってくれる若い人材は少ない。いつか屋敷の人間に可愛がられて生来の性格が出てきたこの子のために、可愛いお嫁さん候補を探す日もくるだろう。

 

 そんな未来のことを考えていたら、さっきまで路地で感じていた怒りも幾分か和らぐ。そのためにもいま、動かなければ。

 

 視線を膝の上の封筒に落として唇を引き結んでいると、馬車の速度が徐々に落ち、馭者が「城に到着しましたよ」と小窓から声をかけてくれた。

 

 今度こそ先に馬車から降りたガンガルが私に手を差し伸べ、淑女らしく地面に降りたつ。帰りは徒歩でいいと告げるも、とっくにお見通しだったらしい馭者は「了解しました。じゃ、お前がしっかり護衛するんだぞガル」と笑って、ガンガルの頭をクシャクシャと撫でて帰っていった。

 

 ――と、ご用門に向かって歩く私達をみとめた門番の一人が、こちらに手を振ってくる。目を眇めてそちらを見ると、何度か鍛練場でお相手をした兵士だった。

 

 咄嗟に私の前に立とうとするガンガルの袖を引いて大丈夫だと告げ、しずしずと整備された石畳を歩いてご用門に辿り着く。

 

「やっぱりベルタ様だ。あれ、でも今日は非番でしたよね? それともエステルハージ様にご用ですか?」

 

「いいえ、今日は父ではなくてホーエンベルク様にご用があって」

 

「ホーエンベルク様に?」

 

「ええ。取り次ぎをお願いできますか?」

 

「勿論ですよー。でしたらちょっとだけここで待ってて下さいね」

 

 護衛のガンガルの姿をチラリと見た彼はそう言うと、もう一人の同僚に「持ち場を頼むなー」と間の抜けた声をかけて呼びに行ってくれた。嫌々付き合わされていたマキシム様との鍛練場での人脈がこんなところで活かされようとは。

 

 とはいえ相手の用向きくらいはきちんと確認した方が良いと思うけど。今日は詮索されたくなかったから教えなかったけど、次に彼の当番のときに当たったら教えてあげないといけないかもだ。

 

 ガンガルと帰りにおやつを買いに立ち寄る店を相談しながら、体感時間で十五分ほど経った頃。門の向こう側からさっきの兵士と何やら言葉を交わしている声に気付き、ササッと身だしなみをチェックする。

 

 無言でガンガルに向き直れば親指を立てて頷いてくれた。合格らしい。そのやり取りが終わる頃、ちょうど門が開いて待ち人が現れた。

 

「ベルタ嬢にガンガルか。今日は非番だっただろう?」

 

「授業中にお呼び立てして申し訳ありません」

 

「いや、それは構わないが……何かあったのか?」

 

「はい。少々困ったことが。今日のお仕事が終わり次第これ(・・)と、ここに来るまでにガンガルと見たことについてご相談がありまして」

 

 人目を気にしてコソッとポシェットから覗かせた手紙の封蝋を見た彼の目が、ほんの僅かに見開かれた。

 

 ホーエンベルク様と仕事終わりの約束を取り付けたあとは、怪しまれない程度に談笑してすぐさま別れ、ガンガルを連れて街中でアグネス様達にお出しするおやつと、色鮮やかで小さめのタペストリーを一枚購入して屋敷へと急いだ。

 

 屋敷に到着したのは昼の十二時半。

 

 色々と付き合わせてしまったガンガルにタペストリーをお礼としてプレゼントしたら、まさかの返礼に梨ジャム紅茶を淹れられて……いや、淹れてもらえた。

 

 出かける前に教えた手順通りに淹れられたから、多少はマ……美味しかったのにはホッとしたけど、本日のお客に出したいという申し出は丁重にお断りさせて頂くことに。上昇志向があるのは良いことだけど、まだ一般受けする味には遠い。

 

 一時にねぼすけな妹が起きてきたので一緒に昼食を食べた三十分後、素晴らしいタイミングでアグネス様達が遊びにきてくれた。

 

 教え子とマリアンナ様と挨拶と抱擁を交わす妹を横目に、さりげなくアグネス様に並んで「今日、ご相談したいことがあります」と囁けば、彼女は唇の端に慈愛の微笑みを浮かべて「心得ました」と囁き返してくれた。

 

 本当なら彼女を巻き込みたくない。だけど私自身の身がどう転ぶか分からない以上、もう隠しておくことの方が危険だと判断した。ゲーム知識が及ばないどころか、ここは“現実世界”なのだ。

 

 政権抗争や弾圧は教科書の中の話ではないし、授業で教えてるときは何とも思っていなかったこの大陸内での血塗られた歴史も、実際に起こったことだと今更ながらに理解した。前世のフランス革命やロシア革命を自分の生きているときに再現されたら嫌すぎる。

 

 判断を間違えれば死ぬ。前世で最低限守られていた人権は、今世の本物の貴族社会には恐らく適用されない。地位こそ全て。能力ではなく力こそ全てなのだ。

 

 おまけに私にはスライド式断罪ルートの“悪役令嬢”嫌疑すらかかっているし、切欠を作っている原作ゲーム未登場な謎の脚本家の件もある。

 

 その点でいえば今回の教え子はまだ安全圏内にいるけれど、アグネス様やフェルディナンド様、父と妹や、義弟と私は、貴族としては吹けば飛ぶ地位だ。もし“一時は第一王子の家庭教師だったから”などと楽観視してたら死ぬ。

 

 そのあとは内緒話もせず、五人で淑女の遊戯盤で六時頃まで遊び、一緒に帰ろうと誘うマリアンナ様の言葉にアグネス様は「これからは大人の時間ですわ~」と、明らかにクイッと一杯引っかけるジェスチャーをして断る。

 

 ブーブーと文句を言うマリアンナ様を止めてくれたのは教え子だ。彼女は輝く笑顔で「今日素直に引き下がっておけば、次回に我儘を聞いてもらいやすくなると思うの」と。交渉術は第二王子妃教育のおかげだろうか? 何にせよ日々の成長が目覚ましい。

 

 二人をそれぞれの迎えの馬車に乗せて見送ったのち、アンナにも話があることを伝えて、小一時間ほど紅茶を飲みながらホーエンベルク様の合流を待った。その間は二人から何を聞かれても全員揃ってから話したい旨を伝えるに留めて。

 

 ――で、午後七時。

 

 ガンガルが運んできてくれた軽食を摘まんでいたところに、執事からホーエンベルク様が到着したとの報せを受けて応接室に通すよう頼めば、入室してきた彼の後ろにはもう一人客人の姿があった。

 

 おお……流石に図々しいかと思って頼めなかったのに、まさか何も言わなくても連れてきてくれるとは! 

 

「お呼び立てしてしまって申し訳ありませんホーエンベルク様。フェルディナンド様もいらして下さったんですね」

 

「遅くなってすまない。アグネス嬢とアンナ嬢も待たせてしまった」

 

「いえ、わたし達はもともとマリアンナ様とローラと遊ぶ約束をしてたので、大丈夫ですわ。ね、お姉さま?」

 

「ええ。アンナの言う通りですので、どうかお気になさらず。さぁ、ひとまずおかけになって寛いで下さいませ」

 

「それでさー、もう話し合いとかって始まってるの?」

 

「いいえ~、ベルタ様が全員揃うまではと仰ったのでまだ何も」

 

「お、良かったー。あと、何かオレにも食べさせて。いきなりアトリエで作業中にヴィーが来たから何も食べてないんだよー」

 

「お前な……来て早々どこまで自由なんだ。それに俺が訪ねていようがいまいが、今日は朝食をとって以来アトリエから出てこないと家人が嘆いていたぞ?」

 

「あれ……そうだっけ?」

 

 一気に人口密度の上がった応接室は、それまでの女性だけでフワフワした空気から一転、互いに声をかけあうものだから当然騒がしくなる。

 

 フェルディナンド様の言葉に今が夕食時であるということを思い出し、慌てて何かお腹に溜まるものを用意して欲しいと伝えるために席を立とうとしたら、応接室の入口からひょこりと顔を出した人物が。

 

 朝からの働きが眩しいわんこは「お嬢、これ。持っていけって言われた」と、もう完璧すぎる台詞とブツを手に現れた。

 

 背後からスパイスの香るチキンサンドを乗せたトレイを持ってきたガンガルに「お、ガル久しぶりー。ありがと。気が利くねー」と、上機嫌で言葉をかけ、ついでにお皿からちゃっかり一切れ拝借するフェルディナンド様。

 

 お礼を言われて満更でもなさそうに照れ笑いをした彼を手招くと、ガンガルは小首を傾げて自身を指差す。

 

「そう、ガンガルも同席してくれるかしら? 今朝私と目にしたことで一緒に話をして欲しいの」

 

 こちらの申し出にコクンと頷いたガンガルがすり抜けやすいよう、ホーエンベルク様が二切れ目を手に取ったフェルディナンド様を回収してくれる。そうして六人が室内に収まり思い思いの場所に腰を落ち着けた。

 

 ――さて、刺激的な集いの幕開けだ。

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