転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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王様視点でお送りします。


♔幕間♔面影。

「解雇はそなたの身柄の保護のための方便だ。しかしいまの話を聞いて、少し気が変わった。ベルタ・エステルハージ。佞臣グスタフ・カール・ランベルク公爵を失脚させるためにその身柄を差し出せ。これは王命である」

 

 最初は国外追放の体を取り、事態が収まれば呼び戻してやるつもりでいた。だが目の前に座る赤髪の娘はすでに多くを知りすぎている。今更国外追放にしたとて、相手は執念深いランベルク公爵だ。

 

 中央からの目の届かなくなったところで下級貴族の娘一人消すことなど、造作もないだろうことは火を見るよりも明らかだった。しかしそれも悪い影響ばかりではない。長年蛇のように第一王子の後見人という立場を演じ、野心が高いが狡猾な義兄(・・)も、この娘の登場で動きに焦りが見えてきた。

 

 あの男の領地でのリベルカ人奴隷を使った麻薬の製造密売、他国から持ち込まれる暗殺業も目に余る規模になり始めていた。

 

「ランベルク公の麻薬取引に関わっている貴族名簿に、コーゼル家の名もある」

 

 逡巡する赤髪の娘にそう告げると、その肩が微かに揺れた。教育者としては優秀ではある。しかし貴族社会ではその情が足元を掬う。

 

「……王命とあらば、私も下級貴族とはいえジスクタシア国臣下の娘。慎んで拝命させて頂きます陛下」

 

 口先では殊勝なことを告げる娘の双眸には、こちらへの隠しきれない苛立ちが滲んでいる。まだ中央の汚濁に飲まれていない輝きを持つ瞳に愉悦を感じた。この瞳を持つ臣下達が私の傍から姿を消して久しい。

 

 妻を失ってから数年に渡る私の不甲斐ない姿に彼等は失望し、多くは中央から離れていった。僅かに残った信用に足る者達は両手でも余る。その者達が全員一致の見解で第一王子の教育係として推挙したのが、この赤髪の娘だった。 

 

「この件をお受けするに当たって、危険手当てのようなものは付きますか?」

 

「勿論だ。危険に巻き込まれて受け取ることができない不備のないよう、先払いにする手もあるが」

 

「いえ、それは結構です。死ぬほど意欲的に働く気はさらさらないもので」

 

 きっぱりとした反応にここ数年の臣下達の反応を照らし合わせ、僅かばかりの情けなさを感じた。当たり障りのない返答は議題の停滞を生む。この娘にはそれが分かっているのだろう。

 

 理由も分からず追放される手切れ金として小切手に金額を書かずとも、理由を述べた上で逃げられないとあらば、働きに対しての要求はきっちりとする。綺麗事や大義に酔わない。好ましい割り切りだ。

 

 妻が生きていた頃からほとんど口をきいたことのない息子……特に第一王子は、この娘に懐いている。私に似たあの獣に人の理非を説いた。それだけでも生かしておく理由に足ると思った。

 

「……働きの大きさに応じて手当てを弾むと申してもか」

 

「はい。八月に妹の結婚式があるのです。式を見るまで死にたくないものですから。下級貴族の家庭事情などご存じないでしょうが、母親を早くに亡くした妹にとって私は姉と母を兼任する存在なのです」

 

 それまでの気丈に振る舞ってはいるが怯えを含んだ気配から一転、目の前に座る赤髪の娘は真正面からこちらを睨み付けるようにそう言った。確かに自称するに相応しい眼差しだ。

 

「そなたの都合に合わせてやる理由が私にあると?」

 

 わざと煽るように訊ねてやれば、赤髪の娘は歌うように「いいえ。全ては陛下の御心のままに」と笑った。その後は淡々と解雇を雇用の延長として手続きを終え、再び来たときと同じように目隠しを施し、外に控えさせていた近衛長に連れられて部屋を出た。

 

 娘の去った部屋で一人、先程の娘のように情をもって気狂いの王子に接した憐れな女性の面影を思い出す。

 

『“敵だらけの世界に……貴男一人を置いていって……ごめんなさい”』

 

 この世で唯一愛した妻は、死の直前にそう詫びた。

 

 元々王家になど一切興味を持っていなかった彼女を、彼女の兄が無理矢理引き合わせたことで不幸な歯車は動き出した。ランベルク公爵家の野心には気付いていたが、私は愚かにもその策に乗ってしまった。

 

 籠絡されたと周囲は言ったが、私は自ら溺れたのだ。彼女の戸惑いながらも懸命に話を続けようとする姿に、歌うような声音に、時折吹き込まれる彼女の兄に対する有用性と、直後に見せる不安と後悔と愛情の入り交じった瞳に……。

 

 歪な私達にいつか終わりが来ることは見えていた。けれどそれでも一瞬の幸せを手離し難くて結んだ婚姻だった。

 

 案の定結婚後しばらくして産まれた長男は、優しい妻に少しも似ず、幼い頃の私と同じ異常な攻撃性を見せた。彼女は戸惑い、初めての子育ての教材として不適切だと感じた私は、長男の世話を全て乳母に任せるよう手配した。

 

 彼女は何度も私に長男の世話をしたいと申し出たが、そのたびにそれはできないと言い続け、時々乳母が長男を連れて私達を物陰から覗かせているのには気付いていたが、私はその視線に彼女が気付かないよう隠した。

 

 子供を可愛いと思ったことはない。彼女を追い詰める。まるきり幼い頃の私と同じだ。乳母に『“少しでも奥様に抱かせて差し上げて下さい”』と言われても取り合わなかった。

 

 その間に妻は第二子を出産し、初めてしっかりと自身で抱けた異常性のない子供の温もりに、いつしか彼女は長男の姿が見えなくなっていた。しかしそれで彼女の安寧が守られるならそれでも良いと、どうせ次代の玉座につくのは長男なのだと結論付け、表面上は何の問題もない幸せな家族を演じること数年。

 

 ある日、庭で妻の膝に乗せられていた次男が『“ははうえ、ぼくに、あにうえがいるの?”』と訊いた。

 

 誰かに吹き込まれたのだろう。恐らく長男付きの乳母だ。余計なことをした乳母を即日解雇したものの、妻の心は長男の存在を思い出してしまい、そんな自らを赦せなかった彼女は心を病んだ。

 

 最終的に彼女はどちらの息子も忘れてしまった。それならばいっそ、私のことも忘れて穏やかに眠れば良かったのだ。

 

「……過ぎた情は身を滅ぼす」

 

 幸いにも私には身を滅ぼすような情などない。

 

「セラフィナ……この国での仕事を全て片付ければ、私もすぐにそちらに逝く」

 

 ならばこの身を殺すのは、この身体に巣食う彼女への思慕と病の痛みであれ。

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