転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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*7* 初めまして、メイドです(圧)

 

 例によって例のごとく、小さな劇場前はすでに初日公演を楽しみにしてくれている観客で混雑し、チキンな私は胸部を心臓が突き破るのではないかと不安を抱きつつ、肩で颯爽と風を切る妹の後を静かに追う。

 

 前回と違うのは、侍女達任せの事務職員コーディネートで全身を固めてあることだろうか。勿忘草色のロングスカートに白いブラウスと緑のリボンタイ。髪は後れ毛を許さないかっちりなお団子という面白味のないシンプルコーデだ。

 

 賑わう劇場前でお目当ての人物達はすぐに見つかった。こういうときに身長の高い人というのは目印にしやすくて助かる。アンナもそう思ったのか、少しだけこちらを振り向いて微笑むと、あとは迷いなく一直線にそちらへと向かった。

 

 お目当ての人物達とは言わずもがな、ホーエンベルク様にフランツ様、アグネス様とマリアンナ様、それから来月には正式に義弟になるヴァルトブルク様だ。

 

「皆様、お待たせしてしまったようでごめんなさい。本日はミステル座の初日公演にお越し下さってありがとう」

 

 そう五人の前で微笑みを交えた挨拶をする妹から二歩ほど下がった位置で、私が俯きがちにそっとスカートの裾を持ち上げてお辞儀をすれば、五人分の視線が一気に突き刺さった。実は今日ここに私は来ないと言ってある。この格好は変装でどの程度誤魔化せるのかという実験を兼ねているのだ。

 

 しかし現状面倒ごとにとりつかれているからか、思っていた以上に見たことのない人間に対しての警戒心の高さが凄い。ここまで警戒されていては割りとすぐに見破られるだろうな。

 

「ああ、ご心配なく。彼女は当家のメイドよ。とても仕事のできるメイドだからお供に連れてきたの。ね、ルイズ?」

 

 同じことを思ったらしいアンナが悪戯っぽくそう言う声に頷き、少しだけ視線を上げる――……と、眼鏡越しにホーエンベルク様とアグネス様がこちらを注視していることに気付く。

 

 二人から視線を横にずらしていけば、アンナの含みのある物言いに気付いたのか、ヴァルトブルク様が一番最初に勘づいた様子だ。うん、これが愛の力か。これからも妹のために精進してね。

 

 次にフランツ様。彼は王子様教育の弊害か、顔を伏せている女性を注視するということに躊躇いがあるようだ。貴族が皆これくらい奥ゆかしければ社交界はもう少し平和だろうに。

 

 最後にマリアンナ様。あー……うん。彼女に関しては如何に私に無関心か分かって面白い。怪訝な表情で師であるアグネス様の顔ばかり気にしている。可愛いな?

 

「え、ええと……アンナ嬢も、と、到着したことですし、み、皆さん、そろそろ中に入りませんか?」

 

 そんなやや無理矢理感のあるヴァルトブルク様の声かけと共に、合流した一同は観客席へと移動した。視線で会話をするホーエンベルク様とアグネス様が面白いので、ネタバレは舞台を観てもらってからにしよう。

 

 途中でアンナとヴァルトブルク様は初日公演の挨拶があるので舞台裏にはけ、私はアンナのメイドなので勿論ついて行った。立ち去る背中にビシバシと感じる視線に思わず笑いそうになったものの、何とか堪えて舞台裏に潜り込むことに成功。

 

 ――が、舞台裏に入ってすぐに「あれ、ベルタ様じゃないですか?」「どうしたんですこの髪色!?」「観にいらしてくれたんですね!」「お元気でした?」「ついに出演ですか?」と好き勝手に口を開く団員達に取り囲まれてしまった。

 

 やはり昔から付き合いのある同郷の人間にはすぐにバレてしまったか。残念に思いつつも「シー、静かに。これはちょっとした実験中なの。それより皆、もうすぐ本番なんだから適度に緊張感を持ってね?」と苦笑しつつ釘を刺せば、団員達は笑って頷く。

 

「あ、義姉上、幕の隙間からで申し訳ありませんが、舞台を、楽しんで下さい」

 

「ええ、ありがとう。是非そうさせてもらうわ。今回は練習も一度も見ていないから本当に初めてだもの」

 

「これが今回の脚本と小冊子ね。お姉さまにも面白いと思ってもらえると良いのだけど」

 

 私にそう言ってパンフレットを持たせてくれたアンナとヴァルトブルク様は、初日公演挨拶のために舞台上へと消えていく。直後に観客席から割れんばかりの拍手が起き、小劇場全体が揺れたような錯覚を覚える。

 

 その後は戻ってきた二人と団員で円陣を組んで気合いを入れ合い、団員達が舞台袖から飛び出していく。袖からこっそり覗いた今回の主役は、他劇団で芽の出なかった四十代後半とおぼしき男性俳優だった。舞台は深みのある朗々とした彼の語りから入る。

 

「“わたしは女王の影と蔑まれるだけの気弱な男だ。彼女が数多くいた婚約者候補の中からわたしを選んだ理由を知らぬ。だが戦火が拡がりつつあるこの大陸で、彼女の代わりに首を差し出すことができる唯一の男だ”」

 

 五国戦記の黄色の地に銀の熊のレリーフが主役の今回は、主人公は女王の王配兼宰相という役所に当たるらしい。妹のひきだしの多さに感心し、絶対にこの主人公のモデルヴァルトブルク様疑惑にほっこりする。

 

「“わたしにとっての愛とは彼女を害そうとする有象無象の楯となり、幾千の槍に貫かれようとも膝を折らぬことだ”」

 

 近隣諸国の戦争へと傾いていく風向きに、女王という責任の重さから攻撃的になっていく妻を労り包み込む愛情を感じさせる台詞は、若い女性や男性に人気のあった五国戦記の客層に新たにミドル層を組み込んだ。

 

「“さぁ、女王よ。我が誇り高き妻よ。わたしに命じてくれ。兵を率いて敵を屠れと。小童共の戦争ごっこを終わらせて来いと。君が命じるならわたしは――、”」

 

 一際大仰に両手を広げてスポットライトに掲げた彼は、優しげでうだつの上がらなさそうだった男の仮面を脱ぎ捨て、神に誓いを立てる狂信者の顔で告げる。

 

「“彼奴等が崇める異国の神をも殺してご覧にいれよう。挙兵せよ! 槍を持て、剣をはけ、矢を背負い、馬を駆れ、我等の女王に曇りなき勝利を!!!”」

 

 若手には出せない圧巻の胴間声に劇場内の空気が震える。確かに演技の種類としては古いのだろうが、ときには古典の方が真新しく感じることもあると学んだ。

 

 彼が生み出す独特の熱気は他の年若な演者達に伝播し、これまでの一作目とも二作目とも違った迫力を舞台上に描き出した。おまけに興が乗ったらしい彼から飛び出すわ飛び出すわ、脚本に書かれていないアドリブの数々。

 

 必死にそれに食らいつく若手達の演技にもリアルな殺意が混じって、かなり見応えがあった四時間の舞台は、大声援と拍手で幕を降ろすことを惜しまれつつ無事に初日公演を終えた。

 

 そんな公演後の舞台裏にて、私は感想を述べに来てくれたホーエンベルク様達に相対し、にっこりと微笑んで自己紹介(ネタバレ)をしたのだけれど――。

 

 驚きよりも困惑を持って受け入れられたことは、大盛況の公演後に相応しくないオチとなってしまった。

 

 ――舞台後。

 

 マリアンナ様は今日の舞台がかなり響いたらしく、主役の男優に早速購入した小説を持って突進し、これまで全く芽が出なかった彼に「舞台でサインをねだられたのは初めてだ。光栄ですよお嬢さん」とはにかみながら言われ、悶絶していた。何だかひっそりとオジ専疑惑が持ち上がる。

 

 アグネス様はそんな教え子を見て「新しい扉を開いたようですわね~」と、あらあらうふふしていたけどね。

 

 その後お得意様への握手やグッズ販売を終えた団員達は、アンナとヴァルトブルク様に「先に店に行って注文しときますねー!」と声をかけ、私にも「そっちのお嬢さん(・・・・)も良かったらおいでよ」とウインクを残して去っていった。お調子者が多いのはうちの領地の特性かもしれない。

 

 彼等が去ったあとの私に全く興味がないマリアンナ様の相手は、舞台の端に腰かけていたヴァルトブルク様にぶん投げた。彼女の興味は、今日の主役や前作までの主人公達がこのあとどう物語に絡んでいくかであって、私の進退ではないからね。

 

 実際ネタバレをしたときに一番反応が薄かったうえに、私が変装していた理由を単純に父親のせいで王都に舞い戻りにくいからだと思ったようだ。あながち完全に勘違いでもないので、そのまま誤解を解かずに「内緒にして下さいね」と言うだけに留めた。

 

 アグネス様の置かれた状況を耳に入れるのはまだもう少しあとで良い。せめて教え子と一緒にいるときに耳に入れた方が私の気持ち的にも楽だ。女の子は砂糖菓子。苦い陰謀なんて手を伸ばさないで良い。

 

 諸々の件に関して当事者といえなくもないフランツ様は、ちゃんとこちらの話を聞くつもりでしっかり楽屋に残っている。現在楽屋にいるのはホーエンベルク様、アグネス様、フランツ様、アンナ、そして私の計五人。

 

 ぐるりと私の座る椅子を中心に据えた尋問形式に則り、ホーエンベルク様がまだ困惑から抜け出せない表情で「しかしどうしてメイドのふりを?」と至極尤もな質問をしてくる。彼の問いにアンナとサッと目配せを送り合い、用意しておいた脚本通りに口を開いた。

 

「姉は表向きは父と一緒に謹慎中の身ですから、そう簡単に王都に姿を表すわけにはいきません。ですがそれ以外にも勿論理由はありますわ。そのままの姿で現れれば、相手は絶対にまた姉を狙います。けれどわたし達は姉の協力がなければ動けない。だからこその変装です」

 

 妹が周囲の反応を窺うように見回すと、三人はこくりと頷いて同意を示す。ここまでは想定通りだ。問題はここから。

 

「とはいえ妹であるわたしと四六時中一緒のメイドとなれば、すぐに正体がバレてしまうと思うのです。そうでしょうお姉さま?」

 

「ええ、そうねアンナ。それにランベルク公爵は私の誘拐については一度失敗していますから、次に攫われる可能性が高いのはアウローラ様かアグネス様です。ですがアウローラ様は私の領地にいるので手出しはできません。だとすればアグネス様が攫われる確率が一番高いと思いますわ。たとえばお茶会のときなどに」

 

「まぁ……それは困りますわね。きっとアグネス様のお屋敷には、当家のように武術を嗜むメイドはおりませんわ」

 

 我ながら棒読みの寸劇感は否めなかったものの、せっかく付き合ってくれているアンナの努力を無駄にはできない。明らかに“?”といった様子のホーエンベルク様達の表情は、この際無視。ここは深夜のテレビショッピングのノリで強引に乗り切るんだ!

 

 いま大切なのは男性陣の反応ではない。それになんといっても陛下含め、男性陣には少し立腹している。女性は年齢でお呼ばれする社交シーズンのお茶会が年々数が減っていく。

 

 男性は狩りなどでそういったチャンスもあるけれど、女性のアグネス様は今年を逃せばもう普通の縁付きは絶望的だ。彼女は私と違って結婚に意欲的なのに。

 

「――というわけで、アグネス様。私をアグネス様付きのメイドとしてスペンサー家で雇い入れてはもらえませんか?」

 

 どこにつく“というわけで”なのか自分でもさっぱり分からないが、相手の顔が宇宙猫の間に捩じ込むべしと本能が告げている。視線をアグネス様にだけ向けて真摯な眼差しを向ければ、彼女はたじろぎながらも口を開く。

 

「え、ええ~と? あの、でも……友人をメイドとして雇い入れるだなんてそんなこと。それに屋敷の使用人達のお給金は領地にいる父が管理しておりますわ~」

 

 この反応も予想通り。確かに王都のタウンハウスであろうとも、使用人の雇い入れは大抵当主か家令が決めている。うちは家令からの推薦で父が雇い入れるけれど、アグネス様の家もそうなのだろう。だとしたら――……いける。

 

「“親友”ではないですか私達。なので、訳有りな親友が王都にお忍びに来ているところを匿って下さるだけで良いのです。雇い入れるというのも形だけで大丈夫ですし、部屋は物置で充分。当然置いてもらうからには働きますし、お給金は頂きませんわ。その代わり、夜に一緒にお茶を楽しむ時間が欲しいですね」

 

 やや強引すぎる私の論点のすり替えにアグネス様がほぼ反射で頷いたのは、その直後のことであった。


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