転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆ 作:タナゴコロ
いつ誰がやって来るかもしれないので、一応授業をしている体を出すためにノートと教材を広げたテーブルを挟み、三者面談のような状態が出来上がった。この形で座るのは、前世で追い込み最後の時期に塾に押しかける親御さんとの対談を思い出してちょっと緊張する。
こちらの話を聞く準備が整ったことを察したのか、互いに顔を見合わせて頷き合う兄弟。けれど本当にいつの間にか兄らしくなったマキシム様がこちらに向き直り、難しい表情のまま口を開いた。
「これは相手がお前だから話すが……二日前に父上が倒れられた。これまでわたし達は聞かされていなかったが、以前にも何度かあったそうだ。口止めされていた侍医に吐かせたら今回の容態がこれまでで一番酷いらしい」
私を信用して打ち明けてくれた彼のその言葉に、けれど特別驚くようなことはなかった。どちらかというとやっぱりなという感覚の方が大きい。むしろあれだけいつも顔色が優れなくてどこもやられていないはずがないと思っていた。
けれどまぁ……何と声をかけるべきか迷いはする。一般家庭の人にかけるのも気を使うのに、相手は一国の主を父親に持つ王子様方だ。取り敢えず無難に一つ頷いてみるも――。
「あまり驚かれた様子がないところを見ると、ベルタさんには何か気付くところがあったのでしょうね。私達は息子でありながら少しも気付かなかったのに」
こちらの様子に今度はフランツ様がそう少し寂しげに口にした。兄であるマキシム様の発言を聞いた私の反応を確認していたのか。すぐに「ですよね兄上?」とマキシム様に尋ねている姿は軽度のブラコンさを感じさせる。
父親の容態に気付かなかったことへの反応も含めてなかなか良い傾向だ。何というか、国のトップに対して烏滸がましいと思うけど家族らしくなった気がする。こういうのを雨降って地固まると言うのだろう。
ただし問われたマキシム様は出来の良い弟に未だ引け目を感じているのか、やや押され気味に「ああ、まぁな」と応じるに留まった。というよりも、こっちに“助けろ”みたいな視線を送っていらっしゃる。距離は近付いていてもまだ尊敬され慣れていないのが微笑ましい。
「そうですね……陛下の体調については、フランツ様の仰るように以前から少々気になってはおりました。ですがそれに気付けたのは、私が家族ではないからだと思います」
「「え?」」
「当然のことですが、陛下は私を臣下の娘としか認識しておりません。しかも滅多に社交界に出席しないような変わり種の田舎者です」
「ベルタ、流石にそこまでは思っていないぞ」
「そうです。ベルタさんには他のご令嬢方には感じない穏やかさがあります」
おっと、気を使わせてしまったか。別に自分を卑下しているとかそういうつもりじゃなかったのに。でも慌てている二人の姿が年相応でおかしい。
「あら、ありがとうございます。それで話を戻しますが、陛下にとって私は気を張ってまで相対する人間ではないのです。精々現状手駒として使える娘、程度の認識だと思っております。だから取り繕う体力を温存された。私はその姿を見てどこか体調が優れないのかなと推測しただけですわ」
にっこりと……たぶん傍目にはニヤリと見える微笑みを浮かべてそう言うと、二人は納得したのか、納得しようとしているのか、顔を見合わせている。そんな姿を目の当たりにして、また微笑ましい気持ちが湧き上がった。
家族に溝があろうとも、陛下は陛下なりに子供を意識していたと思う。それが無意識下のことであったとしても、彼は父親として息子達に見栄を張っていたのだから。まだ玉座を譲るには早い息子達の風避けとして、彼はまだ自身が健康であることを国の内外に示さねばならない。
まったく……貴族や王家というものは何とも気を使う厄介な職業だ。乙女ゲーム界隈では高位貴族のヒーローが人気だけれど、私はむしろ下位貴族の方が結婚するには良いのではないかと思う。土地は持っていないけど一応貴族の男爵とか。
ヒロインが男爵令嬢なのは多いけど、攻略対象に男爵令息がいないのは何でなのだろう。まぁ、そんな華やかさ皆無な乙女ゲームに需要はないだろうけど。
その後は少しだけ二人の心の準備が整うのを待ち、再び話題をランベルク公爵とイザークに戻したのだけれど――。
「ランベルク公……いえ、いまは伯父と呼びましょうか。彼が父上の体調を知って動いているのかどうなのかが、まだよく分かっていないのです。父上は多忙を理由に伯父の謁見を許していないので。こういうときにホーエンベルク先生が留守なのは手痛いですね。私と兄では思うように探れなくて」
――ということだそうで。
王城内の人間は全てにおいて権限の強い者にしか使えない。たとえ王子達であろうとも理由を説明せずに従ってくれる人材は少なく、説明せずに従ってくれる人材ではミドルが行動する場所に潜り込むのは難しい……と。
二人の王子に対して向けられる周囲の目は以前までとは違うだろう。けれどそれでもやはりまだ派閥は存在しているわけで。一家庭教師の立場からではちょっと口を出せる範囲ではない。それをやってしまえば私の立場はイザークの脚本に出てくる悪女まっしぐらだ。
でも……何だろうな。これまでの経験上、そういうのとは別にあの男はもっと厭な策を隠し持っている気がしてならない。それに何かがさっきからずっと頭の端に引っかかっている。前世の世界史の内容が脳内でフラフラと彷徨う感覚。
それというのもこういう状況って世界史だとよくある。王家と力を持ちすぎた公爵家や大公家の衝突とか。そこでふと、ここに至ってあることが気になった。
「あの、そういえば今更な質問で申し訳ないのですが……」
「何だ。言ってみろ」
「私と兄上で答えられるようなことでしたら何なりと」
「ではお言葉に甘えまして。私はあまり貴族社会のことには明るくないのですが、この国には公爵家は元から一家しかないのでしょうか?」
「本当に今更だな。それに何故そんなことを聞く?」
「大したことではないのです。公爵家が他にもあるのだとしたら、ランベルク公の振る舞いは目に余るのではないかと思いまして。だというのに他の公爵家から何も不満が出ていない様子だったものですから不思議で」
普通大元の王家が一つであろうとも、普通はその兄弟から派生した分家、この場合公爵家や大公家の存在があるものだ。大公家はない国もあるけど、公爵家はある。悪戯に数を増やすようなことはなくとも、最低でも三、四家はあるだろう。
だというのにこの国で名前を聞くのはランベルク公爵家だけだ。単に他の公爵家が大人しいとか、王家と距離を置いているのかとも思ったけれど、派閥争いに公爵家の名前を見たことがない。
「ええと……ランベルク家の他にも公爵家は二家あります」
「あら、それではかなり奥ゆかしい方々なのですね? 確かマキシム様やフランツ様の生誕記念式典でもお見かけしませんでしたもの」
なんだ、ちゃんといたらしい。だったら私の心配は杞憂だったのかと胸を撫で下ろしかけたそのとき、マキシム様が渋い表情で溜息をついた。
「いや、違う。そうじゃない。フランツ、お前もわたしを気にして紛らわしい言い方をするな。ベルタが知りたがるからには、何か気になることでもあるんだろう。別に禁忌というわけでもないのだから、話して構わん」
んー……待って、雲行きがいきなり怪しい。続く言葉をあまり聞きたくないぞ? フランツ様は眉間に皺を寄せたマキシム様と私を交互にみやると、素直に頷いて再びこちらに視線を向けた。
「ありました。かつては。でもいまはどちらもありません」
「それは……何故かお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「一家はお前に会う以前のわたしと同じような気狂いだった当時の王の怒りをかい、取り潰された。もう一家はそんな王を畏れると同時に愛想を尽かして他国に亡命した。だからこの国には公爵家は伯父の家しか残っていない」
成程。すでに王家はやらかした後だったか。そして最悪まだ教え子が危険な目に遭う可能性を見つけてしまった気がするぞ……?
「おいベルタ、何を一人で納得してるんだ。説明しろ」
「兄上、他者に意見を求めるならもう少し穏便な尋ね方をしないと。ベルタさんでなければ誤解されますよ。ですが、もしよろしければ何か私達にもできることがあるかもしれませんので、話してみて下さいませんか?」
脳をフル稼働させて仮説を組み立てている途中に声をかけられて我に返る。テーブルに落としていた視線をあげて二人の方を見やれば、急に固まってしまった私を心配そうに見つめていた。
「ああ……いえ、大丈夫ですフランツ様。それから申し訳ありませんマキシム様。明日また同じ質問をして頂いても構いませんか?」
「それは構わんが。どうしていまだと駄目なんだ?」
「うーん……口頭での説明では分かりにくいと思いますので、説明の際に遊戯盤をお借りしたいのです。新旧二作ご用意頂けると助かりますわ」
「そういうことなら分かりました。遊戯盤は夜に兄上と嗜むのでどちらも私の部屋にあるんです。明日ここにお持ちしますよ」
「では一旦そういうことで、この話はここまでに致しましょう。この件は持ち帰ってしっかり説明できるよう纏めておきます。さぁ、それでは本題の授業に入りましょうか。いったいどこまで進んでいるのか楽しみですわ」
区切りをはっきりさせるためにパンッと手を打ち鳴らすと、二人はやや慌ただしくも素直に教材とノートを開く。その様子にこちらも病床(過労)のアグネス様の代理として、家庭教師の顔になる。思った通り彼女の授業の進め方は理想的で、二人の理解も早い。
サクサクと授業を進めつつ、途中でマキシム様の休憩を挟もうとオセロ擬きをしていると、フランツ様がソワソワとしていたので結局三人で順番に遊んだ。
それでも割と余裕で本日中に進めておくチェックの入った頁まで授業を済ませ、午後のお茶の時間になったものの、教え子とマリアンナ様は休んでいた間の授業が圧しているということで、アフタヌーンティーは王子二人と私だけになってしまった。成程……だから今日ここに遊戯盤がなかったらしい。
それからまた少し授業を進め、五時には帰りの馬車に乗り込んだ。ちなみに私が帰る時間になっても教え子とマリアンナ様はまだ拘束中。代理期間中に頑張っているご褒美を何か考えてあげよう。
明日からしばらくは朝アグネス様を訪ねてから登城するとして、いまは屋敷につくまで一人の時間を有効に使うべきだ。
「はあぁー……しかし今度もまた面倒な感じに展開してるな。日記帳がセーブポイントじゃなくてただの日記帳なのが恨めしいわ」
思わずそうぼやいてみたけど……うん、あれだ。たとえセーブしていたところで一度もハッピーエンドでクリアしたことのないヘボプレイヤーでしたね。
この世界の大元であるゲームは育成系の中でも変わり種。かなり教育の内容に割り振る部分も多かった。だとしたら前世の世界史に載っていたような歴史の動きもあるに違いない。
問題は同じようなことが国を変えてあることなんだけど……モデルになった歴史的事案がどこかということだ。考えられる国の候補だけでも複数あるし。事実は小説より奇なり。
それにここまでの分岐までに他の伏線だってあるはずだ。たぶん第二王子の隣国への遊学も伏線の一つだったのではと思う。てっきり最初から隣国に行くのかと思っていたけど、一定のシナリオまでに必要だった教え子のパラメーターの能力値振り分けが違ったのかもしれない。
そう考えればいまの状況も教え子が他国に逃げたルートの伏線だと思う。となればその分岐の攻略キャラクターが現れるんだろう。あくまでもそのルートに入るまで上手くプレイできていればの話。私が見たことがないのは、失敗して攻略キャラクターが出てこなかったということになる。
あとはゲーム本編でのガンガルの出現ルートの有無。ただの勘ではあるけれどそこにも伏線が潜んでいそうだ。たとえば私の出現までにミドルがたびたび国を空けていたのも怪しい。
「ぐうぅ……疑わしきは罰したい。あのミドル、余計なことばっかりしやがって」
本当にゲームの難易度がエグい。知ってたけど。これで攻略本も攻略サイトもないとか詰んでるわ。決して本職のくせにクリアできなかったことを根に持っているのではない。断じて。
教え子の亡命した先で、たぶん結構前にこの国から亡命した公爵家の誰かと出逢うんだな。で、自分を棄てた母国を滅ぼすと。この仮説が正しかったら確かに教え子は歴史に残る悪女になれるだろう。そのルートだとそれがハッピーエンド。今回はそのルートに入るとバッドエンドだから全力で回避だ。
まぁ……どんなキャラクターだったんだろうとか、ほんの少しだけ気になる。でも今世で出逢っちゃったらゲームオーバーだから我慢。ここまでが俺様系、優等生系、ならあとは影のあるヤンデレ系とか、腹黒歳下系だろう。乙女ゲームはそこまで詳しくないからよく分からないけど。
今後のイザークの動きも気になるし、ここへきてさらに考えることが増えるとか。切実に分身したい。本当にもう切実に。守らないと。守りきらないと。
「……ホーエンベルク様、早く帰ってきて」
咄嗟に零れた弱音に自分でも驚いて口を押さえた。馬の速度に合わせて馬車が揺れる。私の不安な心のように。