転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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◆第八章◆
*1* 演劇の黒船時代。


 

 ――領地にいる父曰く、

 

『最初の頃に適当に業績を作れば、あとはどんな行動を取らせたところで密偵連中は勝手に裏があると読んでくれる。どうせ陛下が儚くなられたら使えない手札だ。期限付きの特別手形だと思って好きにしなさい。あ、だけど時々権限を借りるかもしれないから、そのときはベルタの名前で借りさせて欲しいな』

 

 という、臣下としてはどうなのだろうかという“助言”を元に、七月にはオルブライト侯爵家を、八月にはアーモッド伯爵家狩りを真面目に終えて。

 

 さらにイザークの不在になった劇団を探らせ、イザーク本人の居場所を探らせ、ミドルの行方を追わせ、それにより飛び地との国境付近に配置させている兵士達の買収が発覚し、バレないようにもう一度強制的に忠誠を誓い直させた。

 

 イザークはミドルの厳命によって領地に封じられ、当のミドルはまたもや飛び地に出かけたと判明。話し合いをもうけた結果しばらくは動かないだろうとの見解で一致し、様子見の段階になった。

 

 後は父の教えに乗っかって、知育玩具で私の作ったものの類似品が出回っていないか市場調査させてみたり、もしも著作権を侵害しているメーカーを発見したら直接ガサ入れを頼み、妨害を試みてミステル座の団員を襲おうとした人間を排除してもらったりと、何だかんだとお世話になっている。

 

 まぁ先に後ろ楯に使っても良いとほざ……言ったのは陛下だし、こんな状況だもの。使える者なら王族だって使う。別に何に使っては駄目だとかは特に言われていないから大丈夫なはず。父娘そろって陛下を楯に法の中で暴れてやる所存だ。

 

 その間にアグネス様も回復し、任務から戻ってきたホーエンベルク様と再び王城でマキシム様達の家庭教師に復帰。フェルディナンド様は乗馬を覚えて領地と王都を行き来できるようになったヨーゼフと一緒に、ミステル座の王都劇団頂上戦に尽力してくれている。

 

 私はと言えばまた変装生活に戻って、侍女の“ルイズ”としてアグネス様のお屋敷にお世話になっていた。今度はきちんと体調管理を受け持っているから、アグネス様の健康は守られている。

 

 ――そんなこんなで現在暦は九月の三週目。

 

 藍、黒、紺、白、赤に灰。

 

 舞台の上にある色はそれで全部。当てるスポットライトも明度を下げて、全体的に暗い色調に抑えてある。あまり舞台としての華やかさはないものの、それがこの舞台の主人公の世界。

 

 演目は【なり損ねた男】。

 

 今日が公演初日のライバル劇団に対抗し、二週間だけの電撃公演に踏み切ったのだ。今頃はアグネス様達もあちらの劇場で、前回までのイザークが手がけた脚本との違いを確認してくれていることだろう。

 

「“母を最後に照らしたのは彼女が愛した舞台の明かりではなく、家に戻らない彼女を捜し歩くわたしが掲げたランタンの明かりだった”」

 

 演目が演目なだけに、観客席には五国戦記のときのような熱はない。あるのは戸惑いとも憐憫とも取れる空気だけだ。この舞台は回想と現在が交差する主人公の独白と会話劇が中心だから、演者が少ないのが特徴だけど――……その中に一人だけ異彩を放つ人物の姿がある。

 

「“どこの馬の骨に引き裂かれたのか、無惨なその姿たるやゴミのようで。母がかつて寝物語に語ってくれた姿とは似ても似つかぬ醜さだった”」

 

 灰の髪にほんの少し浅黒い肌、そして青い瞳。リベルカ人の特徴を全て持つ中性的な顔立ちの彼女(・・)に、観客達も魅入っている。どちらの人種にも馴染めない彼女はこの舞台の主役の“彼”として、これ以上なく相応しい配役だと思えた……と。

 

ルイズ(・・・)、彼女は初めて見るな。新人だろうか?」

 

 隣から他の観客の迷惑にならないよう、こっそりと声をかけてくるホーエンベルク様の低い声。偽名を呼ばれただけなのに、一瞬心臓が跳ねた。

 

 狭い劇場だから仕方ないとはいえ距離が近い。暗がりで顔が見えにくいのがせめてもの救いだ。ただでさえ今はちょっとおかしな設定になっているのに、平常心を保つのが難しい。

 

「はい。彼女は父親がリベルカ人だそうで、教会の演劇を熱心に観ていたところをヴァルトブルク様が発見して、その場ですぐに勧誘したらしいですわ」

 

「ああ……それで。まだ動きや台詞はぎこちないが、観客席からの視線に怯えのないのは凄いな。それに彼女の声には歌うような抑揚がある」

 

「アンナ様が仰るには、稽古をつけに来てくれたリスデンブルクの劇団員達にも指摘されたそうです。喉の奥の作りが人より少し特別だとか」

 

 前世風に分かりやすく言えばウィスパーボイスというやつだ。水の膜を通したような透き通った震えのある声。耳に優しい1/F揺らぎだ。

 

 すると彼は「成程……疑問が解けた。観劇の邪魔をしてすまなかった」と謝罪を述べて、それきりまた静かになった。そのことに若干ホッとしたような残念なような気分になりながらも、再び意識を舞台上へと戻す。

 

 けれど熱狂とは程遠い静かな演目は淡々と終盤に近付くにつれ、周囲から鼻を啜るような音が響いてきて。そのせいでイザークと知り合いであるはずのこちらまで涙腺を刺激された。小説で読むのとは違って人の体温を台詞で感じる分、辛い。

 

 彼の追体験のような劇が終わりさざめくような拍手で初日の幕を閉じた後、明るくなる前にホーエンベルク様と外に出れば、彼は午後の陽射しの下で私の顔を見るなり、困ったように眉根を下げて。

 

「舞台のせいとはいえ、君の泣き顔を見るのは動揺するものがあるな」

 

 ――と、サラリ。

 

 くじ引きの結果(・・・・・・・)引き当ててしまった恋人役に真面目に取り組み、私の心臓を坂道ダッシュ後の心拍数にまで追い込んでくれた。

 

 ホーエンベルク様に私が泣かされたと誤解した劇団員達に見つかる前に、大通りへと流れていく観客達の中に紛れて劇場を離れた。

 

「今の時分ならあちらの演目もあと一時間ほどで終わる頃だろう。運が良ければ大通りで二人に合流できるかもしれない。あちらには雑貨店も多いから、贈り物を選ぶのには良いと思う。行ってみないか?」

 

「そうですね。お嬢様(・・・)への贈り物を探しているところなので、是非」

 

 泣き顔を見られた直後の気恥ずかしさから話題に困っていたので、彼からの願ってもない申し出に乗り、歩きながら会話を交わすうちに段々とさっきまでの居たたまれなさも薄れて。

 

 気になった店のショーウィンドウを覗き込み、目前に迫っている十月の教え子の誕生日プレゼントを選ぶことに夢中になる。毎回リボンでは芸がないので、今回は少し趣向を変えようと思っていたら、女の子が好みそうな文房具を取り揃えた店があったので迷わず入店した。

 

「これなどどうだろうか?」

 

「まぁ、これは可愛らしいですね。以前フランツ様が贈って下さったガラスペンにも合いそうですわ」

 

「そうか、俺は女性の好みそうなものに疎いから、貴方にそう言ってもらえると嬉しい。貴方は何を選んだんだ?」

 

「私はこれを」

 

「それは……インクか。意外と色んな色があるのだな」

 

「はい。私もこれほどインクに種類があるとは思いませんでした。女の子は文字の色にも可愛らしさを求めるんですね」

 

 実験機材の小さなフラスコのような形のインクボトルは、ショーウィンドウを覗いて真っ先に目についたのだ。緑と青、それに橙と薄紅の四色を購入することにした。このインク達は勉強には向かないだろうけど、日記をつけたり手紙を書いたりする分には良いはずだ。

 

 そしてホーエンベルク様が勧めてくれたウィリアム・モリスっぽい花鳥柄のブックカバーは、私の好みにもドストライクだったので、つい色違いのものを自分用に購入しようと会計に持っていこうとしたら、彼がやや渋可愛いそのブックカバーに気付いた。

 

「そちらも贈り物用か?」

 

「いいえ、こちらの色味が落ち着いたものはとても気に入ったものですから、自分用にと思いまして」

 

「そこまで気に入ってくれたのなら、俺も見つけた甲斐があった」

 

 そう言って屈託なく笑ってくれた彼の表情に不整脈を起こしかけたものの、大満足な収穫を手に、アグネス様達と合流できると良いなくらいの気持ちでイザークが所属していた劇団の前まで行ったのだけれど――。

 

「ええと……何か、劇場の前が騒がしくありませんか?」

 

「ああ。いったい何があったんだ?」

 

 困惑する私達の視線の先には、立派な劇場の入場口前でお客達が固まって混雑している。どうも彼女達もこちらと同じで困惑の表情を浮かべているように見えるのは気のせいだろうか?

 

 今回の演目はやはり内容的に全体的に若い女性の客層だ。そんな彼女達の表情は戸惑いと怒りに満ちている。まさか余程元の脚本から逸脱して改悪されていたのかと思ったけれど、中には頬を染めて何やらうっとりしている子もいた。

 

 ということは恐らく一部には大不評だったものの、一部には滅茶苦茶に刺さる作品だったということだろう。

 

 前回の終わり方からすれば普通に考えて、あと二作ほど使ってドロドロの愛憎劇をやったあと、私をモデルにした主役が誰かに刺されて死亡とかで幕を閉じそうだと思っていたんだけど……。

 

「ここからだとエリオット達の姿も見えない。とにかくもう少し近付いて――、」

 

 ホーエンベルク様が“みよう”と続ける前に、観客達の中から見知った顔がひょっこり出てきて。私達に気付いたのか、次の瞬間には女性達の間をすり抜けると猛然とこちらに向かってきた。

 

 その後ろにはアグネス様もしっかりついてきている。あのスーパーのタイムセール並の人垣をかき分けて来られるなんて……凄い。凄い、けど――!

 

「ヴィー! ちょうど良いところにいたー!!」

 

「は? どうしたエリオット? ちょっ……抱きつくな、重いだろう!」

 

「ベ……ルイズ! ちょうど良いところに~!!」

 

「お嬢様、そんなに興奮してどうなさいまし……え、どこ触ってるんですか?」

 

 興奮状態のまま抱きついてきた二人に目を白黒させる私とホーエンベルク様。荒ぶる二人はこっちが混乱しているのにも構わずさらに捲し立てた。

 

「意味分かんねー、何あの展開。あれで完結とかふざけてんのか? でも金返せとまではギリギリ言えない!!」

 

「あんなの心の持っていきどころが分かりませんわ~! もう本当に今までの脚本の流れは何だったんですのって言うくらいズバーッ! ですのよ~」

 

「でも悔しいかな今回の作品は一部で絶対に受けるって言うか、流石王都で長年首位を保ってる劇団だよ。あのどう足掻いても血を見る展開でしか決着つきそうになかった話を、まさかあんな風に終わらせるなんてなー……」

 

「力業以外の何物でもないんですけど、かといって伏線? 本筋? を深読みすればそういう展開になるのもやむ無しというか……も~、何なんですの~」

 

 成程、さっぱり分からん。けれど分からんなりにこのままここで二人に荒ぶられるのも困るので、ホーエンベルク様と視線で場所の移動を提案可決の電光石火脳内会議を終えて、子供のようにしがみついてくる二人を宥め透かせてカフェへと場所を移動した。

 

***

 

「さっきはごめん二人とも。ちょっと正気を失ってた」

 

 劇場近くのカフェがいっぱいだったので、結局大通りを少し逸れた場所にある出店というか、テイクアウトを中心にしているお店で銘々飲み物と軽食を購入し、出店群の傍にある椅子とテーブルに陣取るなり謝られてしまう。

 

 突発的な熱病から覚めたかと思えば今度はやや声のトーンが低い。心なしか編み込まれたガラスビーズの輝きも鈍く見える。感情がジェットコースターだなぁ。

 

「別にお前の奇行は珍しいものでもないから構わん。それよりも何がそんなにお前を狂わせたのかは聞きたいところだな。お前が抱きついてきたせいで、周囲の女性達に妙な目で見られたぞ」

 

 疲れた声のホーエンベルク様の言うことは確かにそう。いや、フェルディナンド様の奇行がではなくて女性達の視線の話だ。けれど私が頷くよりも早く隣から助け船が出た。

 

「ホーエンベルク様……さっきのあの舞台で、これまで表立ってはいなかった自由恋愛の波が来てしまったのですわ~」

 

 ふっと物憂げにそう言ったアグネス様の横顔に何かがピンときた。というよりも“自由恋愛”の意味が知ってるやつとちょっと異なる気配。

 

 公演の内容を聞けば私をモデルにした主人公は親友(女性)に恋をしていて、彼女に心配されたい一心で男達を手玉に取り、彼女が惚れていた男の存在に気付くや身体を使ってその男を籠絡し――……とやっぱり百合(そっち)系だった。

 

「いやー……イザークの奴がいないあの劇団なんて敵じゃないと思ってたけどさ、これはなるべく早めに五国戦記の新作公開した方が良いかもね。今回ぶつけた作品だけだと話題性が相殺される」

 

 どうにも蜥蜴の尻尾切りをされたあの劇団は、一気に舵を切り直して全く別の物語に仕立てあげたようだ。百合の時代が、来る……かも。

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