転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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♗幕間♗後悔先に立たず、ですわ。

 

「ははは、この地下通路笑えるくらい寒いんだけど。チビッ子達ってば秋口まで毎日こんなとこ通ってたのー? 凄い偉いじゃん」

 

 人好きのする笑みを浮かべるフェルディナンド様がそう言うと、その隣で自慢気に大きく頷く男の子達。そんな子供達の姿に微笑ましそうに目許を緩めるロロさんと、その他のお母様方。

 

 薄暗くて寒い地下通路内で何だか和やかな空気が流れてますわね。たった四十分前まで薄暗がりの部屋の中で、目一杯着膨れた状態で寝台に腰かけて、ガンガルと一緒に作戦の決行時間になるまで時計を眺めていたはずなのに。

 

 おまけに本来ここにこうしてやって来るのはロロさんと数名の母親、それからガンガルだけの予定で、全員でやってくる手筈ではなかったのだけれど――。

 

『ガンガルと一緒にフェルディナンド様が使った隠し通路経由で屋敷に侵入して下さい。侵入できたらアグネス様は部屋の外からかけられる声に返事をして、私の不在を悟られないようにお願いします。ガンガルはこの鍵を持って地下牢に向かって。そこにリベルカ人の女性と子供達が捕まっているわ。彼女達には私から話をつけてあるから……一緒に元毒草園があった場所まで行って欲しいの……』

 

 フェルディナンド様より一日遅れること四日前、お忍びで街に現れた彼女がそう打ち明けてくれたとき、最初から最後まで辛そうに眉根を寄せていたことが印象的だった。

 

 内容は毒草園の真ん中に用意した打ち上げ花火――というにはお粗末だけど、それらしきものが隠してあるからそれに火をつけて、そのあとは出てきた通路まで一度戻って様子を見ること。

 

 深夜の火は目立つから必ず誰かがやって来るということ。彼女の予測では虐げられているリベルカ人の兵士が来るのではないかということ。

 

 そしてもしもその中に牢屋にいた女性達の夫君がいたら、事情を説明してランベルクの屋敷内に手引きして、屋敷内の制圧を頼みたいということ。

 

 ただし彼女達の知り合いが一人もいなかった場合は、ガンガルが危ないと判断した時点で引き返して欲しいということ。

 

『親友の貴女と毒草のせいで恐ろしい経験をしてきたガンガルに、こんな場当たり的な作戦しか立てられなくてごめんなさい』

 

 そう言って泣きそうな顔で頭を下げて許しを乞うてくれたことで、わたしとガンガルのやる気は爆上がりしたのだわ。

 

 でも突然予定になかった暖炉からのフェルディナンド様の登場に驚かされ、その経緯に至った理由を聞いてさらに驚き、話を聞いてベルタ様の元に駆けつけたそうにしていたガンガルに『ガルはさー、ベルタ先生に頼まれた仕事以上の働きしたくない?』と尋ねて、彼のやる気をさらに引き出してしまった。

 

 そしてそこから現在に至る訳なのだけれど……これで本当に良かったのか、まだ自信が持てませんわねぇ。ただでさえこうして地下を歩くのですら子供達より遅いのに、このうえ親友の足を引っ張るようなことだけは絶対に避けたいですもの。

 

 ――と、急に子供達と前方を歩いていたフェルディナンド様がこちらにやってきて、わたしの歩幅に合わせて隣に並んでしまった。

 

「あら、どうかなさいましたか~フェルディナンド様?」

 

「ん? んー……オレがって言うよりは君がって言うか。アグネス嬢はもっと自分の判断に自信持っても良いと思うんだよね。さっきからずっと難しい顔してるよ」

 

 そう無邪気な笑みを浮かべて、わたしがベルタ様から請け負った仕事を上方修正してしまったフェルディナンド様を見ていると、疲労からではない動悸に襲われて危うく躓きそうになる。その無邪気な笑みが眩しくて恨めしいわ。

 

「それともオレがベルタ先生に告白したら、アグネス嬢の片想いしてる相手に告白するってあの賭け反故にしようとしてる? だったらオレだけ大火傷なんだけど」

 

「い、いいえ、まさか。賭けのお約束はきちんと守りますわ~。そもそも賭けを持ち出したのはわたしですもの~」

 

 内心忘れていて欲しかったと思いつつ慌てて頷く。何より今更白紙に戻すとも言い出せない。こんなにしっかり約束を守って下さるなら、フェルディナンド様がこの街に着いた夜に馬鹿な賭けをするのではなかったわ。

 

「だよね。あのときのアグネス嬢の“乗ると思ってなかった!”って顔、あれは本当に傑作だったからさ」

 

「まぁ、意地の悪い方ですわね~」

 

 ここで“そうでしょう? 実はいまもですのよ”と言えたらどんなに良いかしら。けれどそう言っておかしそうに笑っていた顔はすぐに曇って、代わりに「なんて、元はと言えばオレのせいだよね」と。どこか困ったように、溜息混じりに前髪のガラスビーズを弄った。

 

「え?」

 

「だってそうでしょ。アグネス嬢がずっと発破かけてくれてたのに、オレはいまの関係が居心地良くてさ。どうせフラれるって分かってるとはいえ、異性の友達としてなら近くにいられるかなーとか……ズルくて格好悪いよねー」

 

「そ……んなこと、ありませんわ~。フェルディナンド様は格好良いです」

 

 本当にズルいのはわたしの方だ。また新しい年が来てしまう前に、まだ一歳でも若い間に早く貴男を諦めてしまいたかっただけの、醜い我儘。それを自分に置き換えてこんなに素直に思いを吐露できる人。そんな貴男がズルいはずがない。

 

「そう?」

 

「はい、勿論ですとも。わたしが知る殿方の誰より一番格好良いですわ~。それにベルタ様のフェルディナンド様に対する好感度はなかなかのものですもの」

 

「何かそれ微妙に範囲が狭そうなうえに片想い仲間の欲目っぽいなー。あとさ、前にも言ったと思うけどアグネス嬢は綺麗だよ」

 

「あらあら、褒め返して下さるのですか? ありがとうございます」

 

「本当だってば。オレは芸術のことしか分かんないけどさー、それしか能がないオレが綺麗だって言うんだから信じてよ。で、君もちゃんと好きな人に諦めないで想いを伝えるよーに」

 

 そう言って調子を取り戻した様子で笑ったフェルディナンド様が眩しくて……次が自分の番だということに戦慄してしまいますわ。何で後悔はいつも先に立ってくれないのかしら?

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