転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆ 作:タナゴコロ
先人達が時間の過ぎ去る早さを光陰矢の如しと評したのもさもありなん。やることが多すぎると人間時間の概念が吹き飛んでしまう。
一月半ばから三月の一週目まで、フェルディナンド様の授業枠を一日三枠(一枠で一時間)絵画が一・ダンスが二の割合で受け持ち、私が一日四枠で教養二・知力二の割合で受け持つという勉強三昧の強行軍を決行した。
おかげでかなり教え子の令嬢レベルも上がったように感じる。手応え大だ。例えるならそれぞれメモリ二~三の上がり幅。一部は早くも初級の真ん中を少し越えたかもしれない。
その彼も先日『次に来るときまでに作り直すから、このボードゲーム貸してよ』と言って【宰相ゲーム】を持って領地に帰って行った。
そんなこんなでいつの間にか二十二歳の誕生日も通りすぎ、暦は教え子との出逢いから二度目の社交シーズンへと突入したのだけれど、本来まだ社交界の関係ない彼女は王都に出る必要はない。
しかし野心家なコーゼル侯爵は社交シーズンに、王都で行われるお茶会へアウローラを出席させると言い出した。人慣れし始めた娘の顔を売り出すのにちょうどいいと踏んだのだろう。
まぁ、そろそろ度胸をつけたり自信を持たせるためにも、さらに大きな集まりを想定して人前に出すのはいいことだと思う。
――というわけで、私とお嬢様は本日某・伯爵家のお茶会に潜入しているところだった。ちなみに本日は非番のはずだったので、お手当ての方は倍率ドン。教え子の可愛さは数値化できないものの、特別手当ては数値化できる魔法の言葉だ。
伯爵家が主催だけあって華々しい会場は、下は八歳から上は十二歳までの子供達だけを集めた場ではあれど、お遊び感など一切ない。どのご令嬢も両親から他家と“縁”を繋ぐように言い含められて来ている立派な仕事人だ。
「アウローラ様は今日の出席者の中では上の立場ですので、話しかけられることを待っていてはいけません。事前に一緒に暗記した出席者の中で、憶えている範囲で家格の低いご令嬢達には積極的に挨拶なさって下さい」
「は、はい! やってみますわ」
周囲にサッと視線を走らせて見たところ、すでにここに招待されている家々のご令嬢逹で、顔見知り同士“仲良しグループ”という名の社会が形成されつつある。これは前世での入学直後のグループ分けに等しい。
はっきり言ってこれは貴族の子女間における、某・魔法学院の組○け帽子よりもずっと重い意味合いのあるものだ。これに乗り遅れれば後々社会的に詰む。
「あとは同格のご令嬢達は作法を知っているでしょうからそれなりに。様子を見つつ大丈夫そうな方に話しかけてみて下さい。会話を無理にする必要はないので、一通りの挨拶が終われば一度こちらにお戻りを」
「わ、わたくし頑張ります、先生」
「ふふ、そんなに気負わないでも大丈夫ですわ。今日だって本当ならもうアウローラ様お一人で出席なさっても平気なのに、侯爵様達が心配されて私を付き添いに選ばれただけですもの」
しかしこの言葉にはそれまで緊張気味ながらも、素直に肯定の返事しか返してこなかったアウローラが表情を曇らせた。
「……お父様やお母様がわたくしを心配するはずがありませんわ」
そうふと大人びた翳りのある微笑みを浮かべた教え子の表情に、かつて何度も見たバッドエンドルートを思い出してドキリとする。
「でもどんな場所でも、先生がついていて下さるなら平気です。でき損ないのわたくしでも、先生が褒めて下されば何だってできる気がするの」
憐れで、健気で、いじらしい。この世界が元はゲームであろうとも、私は彼女にとって初めての理解者であり指導者だ。
「アウローラ様。貴女はできることを知らなかっただけなのですから、でき損ないではありません。さぁ、分かったらお行きになって下さいませ」
本来格上の家の相手にするには許されないものの、アウローラの小さな頭に手を置いてそっと撫でれば、彼女は嬉しそうに笑って頷き、ドレスを翻してご令嬢達の集団の方へと歩いて行った。
そんな後ろ姿を見送りつつ、会場内にはほとんど私と同年代の人間がいないので暇を持て余す覚悟をしていたら、少し離れた場所から「少しよろしいかしら~?」と、だいぶ間延びした声をかけられ、つい反射的にそちらを向くと……。
そこにはひどく見覚えがあり、しかしまだ出会うわけにはいかないというか、いつか対決することがあるとしても、絶対に今は出会いたくなかった人物の姿があった。え、このキャラクターは何でこんなに早く登場したの?
「ね、もしもお暇でしたら、一緒にお話しません~?」
のんびりした口調に似合わないボリューム感のある亜麻色の髪を縦ロールに、やや色味の鮮やかすぎるドレスと、バッチリお化粧をしていてもそれらを薄味に変えてしまう糸目のご令嬢――。
「あら、初めましてが先でしたわね~。わたし、アグネス・スペンサーと申しますの。貴女のお名前をお訊ねしてもよろしいかしら~?」
言葉を発せず凍り付くこちらに、笑っているのか地顔なのか判別に困る表情でそう自己紹介をしたのは、紛れもなく前世で教え子のライバルである令嬢の家庭教師を務める、私のライバル令嬢その人だった。
呼吸が止まったのはほんの一瞬。教え子に発破をかけておきながら、その本人がすぐにみっともない姿は晒せない。
「初めましてアグネス様。私はベルタ・エステルハージと申します。会場に親しい方がいなかったものですから、お声がけ下さって光栄ですわ」
何とか動揺を飲み込み、骨身に染み込ませた微笑みを浮かべて体勢を立て直してそう返すと、彼女は嬉しそうな笑み(?)を浮かべて「まぁまぁ、やっぱりそうでしたのね~」とはしゃいだ。今にも跳び跳ねそうな動きが彼女という
ライバルキャラクターはどんなゲームにおいても対。対になっているということで分かるだろうが、ゲーム内での
前世で国民的な人気を博したポ○ットモン○ターのライバルよろしく、大抵の場合は“何で今日一緒に旅立つの?”という日程を嫌がらせの如く組んでくるのに、どうして今までそんな簡単なことを忘れ去っていたのだろうか。
今回ここに彼女がいるのも、恐らく私が教え子に出逢うためにイレギュラーな行動を取ったせいだろうけど――というか、んん?
「ええと……申し訳ありませんアグネス様。こちらの聞き間違いでなければ今“やっぱり”と仰いました?」
「あら……まぁ嫌だわ、わたしったら~。初めましてと自分から言ったのにごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ少し前まで自領に引きこもっていたものですから、あまりこういった場には馴染みがないもので。どなたかと勘違いなされたのでは?」
正直同じ子爵家の令嬢で、同じ歳で、正反対の気質を持つライバルという設定以外の接点がない。並べると盛り沢山すぎるだろうと感じるけれど、ゲームとは常にそういうものだから仕方がないだろう。
そして将来的に接点を持つのが免れないのなら、せめて今はまだ心穏やかに教え子の育成に専念したいのだけれど……。
「去年の社交界シーズンに貴女と妹さんの噂を耳にして、とっても素敵だと思ったのです~。まだまだ世間では女性や子供が学を持つのを嫌がる方も多いのに、何て先進的なのかって。それで憧れがすぎて色々噂を耳にする間に“初めて”感が薄れてしまったのね~」
そう指をモジモジさせながら楽しげに笑う彼女からは、同じ歳とは思えない無邪気さを感じる。まるで少女が無垢なまま大人になったようで、他の同年代のご令嬢達からたまに向けられる悪意がまったくなかった。
警戒していてもするりと懐に入って来てしまう。それがゲームのノベルシーンでは知り得なかった
「貴女の功績のおかげで、わたしの両親が学問を続けることを許してくれたのですわ~。そこからご縁があって家庭教師をさせて頂けるようになりましたの~。ですから今日はお見かけしたときからそのお礼を言いたくて」
「ふふ……まぁ、そうだったのですか」
ここに来て突然のピンチの原因は私だっただと? まさかの自分で墓穴を掘るスタイル。何なら片足の爪先を棺桶に突っ込んでいる状態だ。これではチキンレースもとい究極のマッチポンプ。
おまけにそれで将来的に負けるとか、最初は強くて徐々に大したことがなくなっていく系のライバルキャラかな?
表面上はにこやかに微笑みあってはいるものの、はてさてこれは困ったことになったと思っていると、パステルカラーなドレスの森からもう教え子が戻ってくる姿が見えた。
しかもやけに嬉しそうに頬を赤らめた姿を見て、本能的に何だかまずいものを察知する。その証拠に遠目にも教え子の手を引いてこちらに向かってくる少女の、明るい紅茶色の髪には見覚えがあった。これは回避したかったフラグのうちの一本を早くも回収してしまったな。
綺麗な若草色の瞳は子猫のようで、大人しいアウローラとは正反対に活発そうな印象の少女は、紛れもなく前世で散々苦しめられたあの子だ。けれど今はまだライバルではない。
「アグネス様」
「はい、何でしょうか~、ベルタ様?」
ここまで来たら腹をくくれ私。これでむしろ今後の動向に目を光らせやすくなると思えばいい。昔から敵を知り己を知れば百戦危うからずと言うし、彼女達の真逆に育成して少し様子を見ることにしよう。
「もしよろしければお互いに学問を志す女性同士、教え子も交えて仲良くして頂けると嬉しいですわ」
だって敵になるより味方に引き入れる方が断然生存率は上がりそうだもんね?