転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆ 作:タナゴコロ
春の陽射しが降り注ぐカフェテラスの一角の丸テーブルを囲み、三者三様休日の装いに身を包んで向かい合う。集まった人物は私、アグネス様、ホーエンベルク様の三人。
人間というのは不思議なもので、同業者が集まっているとそこから一種独特の匂いを感じることがある。今日であれば言わずもがな。関係性は三人共に上級貴族の子息と令嬢を教え子に持つ家庭教師だ。
「それでは揃ったところで改めまして、本日はお二方ともこの勉強会にお集まり頂いてありがとうございます」
「うふふふ、同年代の家庭教師同士で集まるなんて初めてで緊張しますけれど、憧れのベルタ様に教えを乞えるだなんて楽しみですわ~。本日はどうぞよろしくお願いしますね~」
「こちらこそせっかくの休日にこのような場を設けて頂いたことに感謝する。今日は是非ご教授頂きたい」
前回アンナと出席した夜会でホーエンベルク様に見つかってしまい、そこで教え子との距離の詰め方を教えて欲しいと頼まれた。
断っても良かったのだけれど、変に避けてこれ以上興味を持たれるのは下策ということで引き受けたのはいいものの、いくらなんでも結婚する予定もつもりもなかろうが、世間的に見れば私はまだ婚前の令嬢。
男性と……しかも身分の釣り合わない人物と二人きりでいるところを誰かに見られでもしたら、あっという間に社交界のお嬢様や奥様方の噂の的になってしまう。
妹の周囲で青春の気配を感じている今、ただでさえ変人と噂されている身としてそれは何としても避けたい。私は今世でできた可愛い妹の幸せを見届けたいのだ。そのためには誰かに見られても疚しくない関係の人間が必要不可欠。
そこで白羽の矢を立てたのがアグネス様だった。彼女なら同じ階級の子女で、同業者。おまけに教え子の階級もピタリと合うので、ホーエンベルク様の目からアウローラの存在を隠すのにも有効だ。
似た年頃の子女が二人いるとなると、見極め対象が散って結局どちらも選ばれないということもままある。今回はそれを狙っての策だ。
しかし二人とも私とは面識があるもののお互いに面識はない同士なせいか、アグネス様は通常運転であるけれどホーエンベルク様の表情がやや固い。
「それでは一応自己紹介から始めましょうか。私はエステルハージ子爵の長女でベルタ・エステルハージと申します。お二人のどちらとも面識がありますから、こちらからの紹介は以上とさせて頂きますわ」
両者から余計な詮索が入る前にサックリと自己紹介を終えて微笑み、次の自己紹介を促すと、本日もお忍びにしては目立つ立派な縦ロールをしたアグネス様が小さく挙手した。
そんな彼女を見たホーエンベルク様が頷き、彼女の方も軽く会釈を返す。何となく前世の新学期にあった塾講師同士のミーティング風景を思い出すな……。
「わたしはスペンサー子爵家の長女でアグネス・スペンサーと申します。教え子との関係性は良好だけれど、授業が途中で脱線しがちなのが悩みかしら~? 時間内に一つの分野に集中させるにはどうしたら良いのか、今日はその辺りの対処法を教えて頂けると嬉しいわ~」
のんびりと小首を傾げてそう微笑む彼女に頷き返し、視線でホーエンベルク様を促すと、彼も律儀に小さく挙手してから口を開いた。
「俺はホーエンベルク伯爵家の当主でヴィクトル・ホーエンベルクだ。元はお二人と同じ子爵家の出身だから家格は飾りだと思ってくれ。今日は授業態度に問題はないのだが、どうにも教え子との距離を感じているので、それを詰める方法をお二人にご教授頂きたい」
流石にホーエンベルク様もアグネス様も自身の欠点というか、足りない部分の洗い出しはしてきているようだ。二人は互いに現在困っている点を簡潔に述べ合うと、再びこちらに注目した。
見つめられる私はといえば、塾の主任講師にでもなった気分だ。ちなみに前世の職場では最もなりたくない立場でもあった。給金は多少上がるけれど責任を背負わされる割に権限が少ない。きちんとした塾ならそうでもないのだろうけれど、私のいた塾では実質一つ上の社畜である。
当時を思い出して身震いしつつも、教えを乞われては教育者としての血が騒ぐ。まだまだ古い考えを根底に抱えた指導方法が根強いこの
「成程、お二人の苦手としておられる分野は大体分かりました。それでは僭越ながらこれより個別に対処方法について教授させて頂きますので、ペンとノートのご用意をどうぞ」
つい前世の授業開始の癖で軽く両手を打ち鳴らすと、二人が一斉にテーブルにノートを広げたものだから、思わずその素直さを褒めようと教え子にするように二人の頭に手を伸ばしかけ――。
直後に正気に戻り、手を引っ込めて「では始めます」と誤魔化した声が少しだけ上擦ったことが、どうか二人にはバレていませんように。
――特別講習の開始から三時間後。
いつの間にか三人で囲んだ丸テーブルの上は、空になった軽食のお皿やケーキ皿、ティーカップや書き損じたノートの切れ端でいっぱいになっていた。
真剣な表情で私の話した内容を精査する二人をよそに店員さんに空いた食器を下げてもらい、新しい紅茶を注文して喉を潤したり、甘いものの追加をしたりして質問を待ったり。
その光景を見て前世のテスト期間中の光景を思い出して微笑ましかったけど、二人は真面目に書き殴った内容を纏める作業に没頭していた。私は私で二人との会話内容から彼等の教え子の能力値を予想し、次回のアウローラの授業内容を組み立てるという作業がある。
アグネス様の教え子であるマリアンナ・エルベーヌ・ハインツ嬢は、今のところ体力、教養、魅力がずば抜けて高いようだ。
思っていた通り能力値がアウローラとは逆になっている。知力と芸術はそこそこらしいので、だとしたらこのまま育てていけば大丈夫……かといえばそうでもなく。
困ったことに現状だと、顔も知らないホーエンベルク様の教え子とやや能力値の相性が良いことになっている。どうにもあちらの教え子は統率、知力、内政が得意分野らしい。
かといって相性をずらすためとはいえ、いきなり体力に全フリするとバランスが悪いしなぁ……などと考えている間にも、時間は着々と過ぎ去っていった。
――そして家庭教師だけの特別講習開始から四時間半後。
アグネス様のお屋敷から迎えの馬車がやってきたところで強制終了。お昼から座りっぱなしだったせいで腰と背中が痛いし、あとはずっと書き物をしていたから肩と首も。要するに全身が痛い。
けれど私とアグネス様とは身体の鍛え方が違うのか、ホーエンベルク様だけは最後まで涼しい顔をしていた。
「はぁ~……こんなに有意義に自分の勉強をしたのは久しぶりですわ~。お二人ともありがとうございます。今日教わったことは、早速明日からでも授業で実践してみますわね~」
「俺もベルタ嬢に譲ってもらったこの盤上遊戯を、教え子との休憩時間にやってみようと思う。ためになる情報と道具の提供に感謝する。だが本当に今日の報酬はここの支払いだけでいいのか?」
「そうそう、こんなにお世話になったのですもの~。今日はもう家から迎えが来てしまったけれど、次にお会いするときにはもっと何かお礼がしたいわ~」
「いいえ。今日の集まりは同業同士交流の意味合いの方が強いですし、何よりあまり大したことをお教えできなかったのに、お二人のご厚意に甘えて飲食代を全部出して頂いて申し訳ないくらいです」
もともと前世から奢ったり奢られたりということは苦手なので、むしろこれでもかなり譲歩したのだ。本当ならマク○のポテトですら奢られたくない。辛抱強くそう説けば、不満そうな表情ではあったけれど二人とも折れてくれた。
その後はアグネス様が乗り込んだ馬車をホーエンベルク様と一緒に見送り、私は帰りに本屋に寄る用事があったので、彼とはカフェ店の前で別れようと思っていたのだけれど――。
「ベルタ嬢はこの後は何か予定があるだろうか」
「はい。もうすぐ妹の誕生日なので本屋に寄って贈り物を探そうかと」
「アンナ嬢の贈り物を……本屋で?」
「ええ。せっかく王都に出てきたのですもの。ここでしか手に入らない貴重な国外からの書籍もあるでしょうから、それを探して贈ろうかと思いまして」
聞いておきながら困惑の表情を浮かべた彼を見て、そんなに本屋で贈り物を探すのは特殊なことなのだろうかと思ったものの、我が家ではこれが普通なので問題ないのだ。
第一、宝飾品や可愛い小物は本人の趣味に合わないと地雷でしかない。仲良し姉妹を自負する身ではあるが、万が一にも外したらと思うと嫌だ。それに私がそういうものに疎い。
その点アンナの翻訳の才能を伸ばす際に色々教えた身としては、本の趣味ならまず間違いなく当てられる自信がある。
「あまり帰りが遅くなるとアンナと父が心配しますので、もう行かないと。本日はここで失礼しますわね」
そう別れの言葉を告げて反転したのに、急に肩を大きな手に掴まれて一歩を踏み出すのを阻まれた。いきなり邪魔をされるわけが分からず振り向けば、そこには自分で足止めをしておきながら驚きの表情を浮かべた彼が立っている。
「あの、まだ何か?」
「いや、その……俺もついて行っても構わないだろうか」
「それは別に構いませんけれど。ホーエンベルク様も本屋にご用事が?」
「先程教わったことを忘れないうちに新しい教材を買いに行こうかと。もしも迷惑でなければ、片手間で構わないので助言をもらえるとありがたいのだが。遅くなるようなら屋敷の近くまで送り届ける」
ついさっき勉強会が終わったばかりだというのにもう応用。冷静そうな見た目によらず教育熱心なようだ。贈り物を選ぶのには邪魔だけれど送ってくれると言うし、悔しいことに同じ家庭教師としてちょっと感心してしまった。
「そういうことでしたらお付き合いしますわ」
何より男手があれば、自分だけで持ち運ぶのには苦労する重い本も買えるな~、なんて? 思ってませんとも、ええ、本当に。