転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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◆第三章◆
*1* ルート踏んじゃった。


 

 王都での社交シーズンを無事に乗り切り、コーゼル領に戻ってからのアウローラの九歳の誕生日……も、無事に一人で出席させることができた。

 

 感情移入がすぎて当日は少し泣いてしまったくらいで、気分は未婚なのに初めてのお◯かいを見守る母親である。

 

 たとえそれが友人代表であるマリアンナ様が招待されていたからだとしても、最初の頃から考えると充分な快挙だ。そのおかげで今年は招かれていたであろうホーエンベルク様に会わずに済み、心の安寧を保たれた。

 

 しかしそれに伴い、私は現在あるイベントの分岐が潰えていなかったのではないかという、恐ろしい局面に立たされている。今日は貴重な非番なのに。

 

「いやぁ、この短期間であれがここまで成長するとは……。以前から親としてずっと心配していたのだ。先生の指導のおかげで、このままなら心配していた学園への入学も夢ではないかもしれん。これまでの肩書きばかりの教育者達と違い、貴方の指導力は本物だ」

 

 相変わらず惚れ惚れするほど見事な掌返し。だから自分の子供を……いや、私の教え子を気安く“あれ”呼ばわりするな。

 

 ろくに子供のことを見もしないで勝手に色々押し付けようとか、調子が良すぎるとは思わないのですか?

 

 第一そういうのは百歩譲って、本当に子供のことを思っていればこそ許される発言で、貴方達みたいな製造だけした肩書き【親】の人間が口にしていい言葉ではありませんよ? 

 

 ――と、いまこの場でぶちまけられたらどれだけ胸が透くだろう。言えないけど。

 

「ええ、もう本当に。今までは上の娘達との違いに戸惑ってばかりいたのだけれど、ようやくコーゼル家の者として自覚が足りてきたようで安心しましたわ」

 

 そう私の前で満面の笑みを浮かべているのは可愛い教え子ではなく、出されている紅茶もいつも授業休憩に出される中級の茶葉ではない。この場を表現するなら、前世で非常に胃を痛めた記憶のある三者面談。

 

 実力テストと期末テストの点数の伸びが思った以上に良くて、まだ中学一年の三学期だというのに、難関校のパンフレットを持ってくるご両親に似ている。ただでさえ多感な時期なのに、そんなに先のことで圧をかけられても困るやつ。

 

「まぁ、お二方からそのように過分なお言葉を頂けて恐縮ですわ。ですが以前より社交的になられたのも、学問に前向きなのもアウローラ様ご自身のやる気がなければ始まりません」

 

 おかしい……と、頭を抱えたくなったものの、実はそれほどおかしくなかった。王都に滞在中に教え子とした約束を守り、お茶会への顔出しを減らすことで増やした勉強時間。

 

 あのときはそれで間違っていないと確信しての行動だったのに、こちらに戻って蓋を開けてみたら、学園入学ルートが四年も早く発動するという大誤算。こんな序盤でイベントの大盤振る舞いして、あとから出すイベントは残っているのだろうかと疑問すら浮かぶ。

 

 ここで謙虚さを出しすぎると、今度は本当に教え子の能力が純粋に上がったのだと思い込んで、もっと家格の高いご令嬢を家庭教師に据えるだろう。そうなってしまえばこの転生はそこで詰む。

 

「ですので、今後もアウローラ様との二人三脚で頑張っていきたいと思います」

 

 そんな上辺だけの微笑みとそこだけは心からの言葉を述べれば、雇い主夫妻から今までにないくらい熱心に褒めちぎって頂き、苛立ちだけを胸に応接室をあとにしたけれど――。

 

 自然と足が向かった温室の中で、動物園の熊のごとく右へ左へとウロウロしながら、この先に取れる行動と陥りそうなバッドエンドを洗い出す。

 

「とりあえず現在考え付くバッドエンドルートは……【貴女もわたくしを見捨てるのですね】かなぁ」

 

 ちなみにこのルートでも教え子は、手に入れた知恵と社交性で見事な悪役令嬢になって断頭台行きなのだけれど、実はこっちはまだマシなルート。これは少なくとも信頼度がかなり高めで失敗して、憎悪から悪に走るというある意味前向きなルートだからだ。

 

「もしくは【わたくし、頑張りますわ】だよねぇ。まだ年齢的にはゲームの序盤も序盤なわけだし」

 

 一方でこちらのルートは、何度見ても鬱になる。こちらは前者よりも前向きな発言の割に自死してしまう。分岐が分かりにくいけれど、直前までの信頼度がやや低かった場合はこちらが多い。

 

 ただ絶対に言えるとこはどちらにしても教え子が死ぬことだ。せっかく転生したのだから、前世からの目標としてそれだけは絶対に阻止する。

 

「あとはアグネス様に手紙を出すでしょう、それからマリアンナ様の授業内容を聞いて……そこから逆算していまのアウローラ様の学習バランスを崩して……ギリギリ第一王子に目をつけられない感じに……」

 

 段々と軌道修正の筋道が立ち始めていたろころで、不意に温室のドアが開いた音がして。そちらを振り返るとそこには温室で自習をするつもりだったのか、課題に出した教材を抱えたアウローラの姿があった。

 

「先生!! 今日はお休みのはずなのにどうしたのですか?」

 

 さっきの今では関心するよりも心配になる勤勉さを見せる教え子に、微笑もうとしたのに上手くできずに。代わりに駆け寄ってくるなり腰にしがみつく教え子を抱き止め、小さな頭を優しく撫でた。

 

***

 

 

 三者面談というか、最早圧迫面接の体をなしていた呼び出しの翌日から、私は教え子救済エンドのために動き出した。

 

 まず当初の予定通りアグネス様に手紙を出したところ、筆まめな彼女のおかげで最短日数で届いた授業予定表によれば、マリアンナ様は一旦体力、教養、魅力の値を控え、現在は知力に特化させているとのこと。じっとしているのが苦手だとかで芸術はほぼ上げていないようだ。

 

 それに伴いこちらの教え子は知力と教養を抑えて体力と芸術の方面を伸ばし、あとは本人のやる気に任せることにした。ときには自主性を伸ばすのも大事。

 

 あと侯爵に確認したところ最初の半年契約の直後に結び直された四年契約は、始めの数ヵ月はお試し雇用期間として受理されていたので、契約を結び直した日からきっちり四年契約の計算となっていた。

 

 ――なので。過去最短で教え子に出逢えたことを活かそうと、今から十三歳までの残り四年間は芸がないけれど、前世と同じく最悪の場合に備えて逃亡するための軍資金を稼ぐことにした。

 

 手始めに前回ホーエンベルク様にあげてしまったオ◯ロもどきと、新たに◯ェンガもどきを加えて試作品を工房に発注しておいたんだけど……。

 

 一つ心配なのはこの世界でこの手のゲームがどれだけ売れるかということだ。前世では家庭教師と塾講師しかやっていなかったので、当然ながら物品販売については何の知識もない。

 

 この件で実家には頼りたくないし、家庭教師で稼いだお金で投資するにしても、一回の失敗でかなりな痛手を食らうのは間違いないだろう。

 

 何よりもネームバリューのない子爵家の娘が発案したものに、その道のプロである商人達が食い付く可能性は限りなく低い……が。

 

「よっ、ベルタ先生、久しぶりー。元気してた?」

 

 コーゼル領に滞在する間はお定まりになったカフェで待っていると、背後からそう明るい声をかけられ、待ち人の到来に思わず弾かれたように椅子から立ち上がって振り返った。

 

「お久しぶりです、フェルディナンド様。私達は元気にしておりましたが、そちらの方は……こちらの我儘から長く留め置いてしまったので、領地での評判は大丈夫だったか気になっておりまして。それに今回の不躾なお願いも――、」

 

「はいはい、会って早々堅苦しいのはやめー。面白そうだって残ったのも、今回の申し出に乗ったのもオレの意思。別に心配するようなことは何にもないよー。むしろ働きに出てることに驚かれた。酷くない?」

 

 頭を下げようとする私の目の前で面倒そうに彼が頭を振ると、髪に編み込まれたガラスビーズが軽やかな音を立て、陽の光を反射して輝く。男性に使う表現ではないかもしれないけれど、本人がすでに美術品のようだ。

 

 これで口を開かなければ一級品の彫刻みたいなんだけどな……。

 

「そんなことより座った座った。前回持って帰ったあれね、うちの領地の職人にオレの絵を渡して作ってもらったよ。ベルタ先生には一番最初に見せてあげる」

 

 行儀悪く椅子を足で引いた彼はそのままドカリと腰を下ろすと、事も無げにそんな驚きの発言を投下した。

 

「えっ、前回の遊戯盤ですよね? フェルディナンド様が作画を担当して、わざわざそちらの領地の職人さんの手まで借りて下さったのですか? てっきり私の作ったあれを元に紙に描き直すくらいだと……」

 

「分かってないなー。遊びは本気でないと楽しめないだろ? ま、確かに小さい頃から馴染みの職人には『またですか坊っちゃん』て言われたけど。皆もオレの思い付きには昔から付き合わされて慣れてるから、割と乗り気で作ってくれたよ。これが結構な力作なんだ」

 

「制作費用はおいくらでしょうか。流石にお支払しないと申し訳が立ちません」

 

「あーもー、そういうのもいいよ。最初に持って帰らせろって言ったのはこっちなんだから。つまらないこと言ってないで、ほら見てよ」

 

 そう大袈裟に溜息をついた彼が、小脇に抱えていた厚手の生地のようなものを得意気に開く。大きさにして新聞を開いたくらいのそれは、私が製作したあの子供の図工作品を下敷きにしたとは思えない。

 

 色味を抑えたベージュ地に、古地図を彷彿とさせるタッチで描かれた五国。色味は深みのある煉瓦色、紫紺色、芥子色、苔むし色などなど。どれも単品では地味な色ながら、全部が集結すると品のいい美しさだ。

 

 山脈や陸路、海路には名称がつけられ、リボンに見立てた名札まである。領地ごとに色分けされた中にはそれぞれの国旗まで考えてくれたのか、ドラゴンや獅子のレリーフまで織り込まれていた。

 

 分かりやすく例えるなら、お屋敷の中でよく見かける美術品の壁掛け(タペストリー)。間違っても子供が遊ぶ遊戯盤(ボードゲーム)感はない。

 

 おまけに盤というか本体だけでもその品質なのに、駒と紙幣までとんでもない品質だった。もしもこれを商品化したとして、全部合わせて購入したらいくらになるのか……想像もつかない。

 

 まさか人◯ゲームもどきの双六を、ここまで芸術的にデコれる人がいるのかと感動してしまった。

 

「これは……結構どころか……かなりな出来映えなのですけど……」

 

 あまりの彼の遊びに対する本気を見せられて絶句していると、当の本人は涼しい顔で店員に紅茶と軽食を注文していた。これをテーブルに広げたまま食事を注文する神経に心が麻痺してくる。食べ零したらどうするの、これ。

 

「お、いい反応。早くアウローラ嬢に見せてやろうな。それから何だっけ。商品を売るときの名義貸しと、意匠の相談だった? 面白そうだったらオレも出資するしさ。その辺のは食べながら話そう」

 

 流石は芸術家貴族として名を轟かせるフェルディナンド家。商人達を納得させるネームバリューとしては文句なしの逸材。

 

 こちらのことをさらっと流して肘をつく目の前の人物に、やはり持つべきものは面白がりでイカれた協力者だと心底思った。

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