転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆ 作:タナゴコロ
――水色のヒツジ、赤いクマ、紫のネコに、橙色のリス。
いったいフェルディナンド様はどこで購入するのか、日に日に増える色彩豊かな縫いぐるみ達。そんな縫いぐるみ達のデッサンに、時折混じる顔を隠した私のデッサン。
またある日は、オルゴールのバレリーナのように華奢な身体で基礎のステップを踏む教え子に、フェルディナンド様と一緒に完成形を踊って見せた。
初期の頃より芸術と体力が上がりやすい手応えを感じたのか、教え子は勿論のこと、飄々としているフェルディナンド様ですら教育者の顔になり始めている。
そしてそんな最近の休憩時間のすごし方といえば、フェルディナンド様の『これも広義では芸術の授業』という鶴の一声で決定した、教え子と一緒に女の子向けの遊戯盤に使用するドレスのデザイン選定だ。
当初は家庭教師を勤めている身で始めた副業に、この試みに手を出す切欠となった教え子を巻き込むつもりはなかった。けれど、フェルディナンド様からかけられた『いまは人手がいるし、隠し事ってバレたときの方が面倒だよ?』の言葉から踏ん切りをつけたのだ。
――無論、この副業のことは雇い主には内緒である。
あとは王都のホーエンベルク様から届いた遊戯盤の感想の中に、父の名前とヴァルトブルク様の名前を見つけて苦笑したり、残りの二十九枚の遊戯盤が届けられた家からの感想を読んだり。
二十九件に関しては資金援助の申し出と、そのうち数件の家から女の子向けの遊戯盤の完成を心待にしているとの声も頂いている。滑り出しはなかなかに順調だ。
「先生、見て下さい。こちらのドレスも素敵だけど、こちらのドレスも可愛らしいですわ。先生はどちらのドレスがお好きですか?」
「私はこちらの方かしら。落ち着いた色味でどんな場面でも着やすそうだわ」
「こちらですね? 先生の好きなドレス……憶えておきますわ」
いつも通りのそんなやり取りをしていたら、横からフェルディナンド様の手が伸びてきて、私が選んだ山吹色のドレスを描いたカードを取り上げてしまった。
「あ、ごめん。このデザインは没案のやつだ。最初に弾き忘れたかな」
「まぁ……このデザインはそんなに駄目ですか?」
「駄目って言うかさ、この遊戯盤は女の子向けだよ? 大きくなるにつれて美意識は変わるけど、小さい頃は可愛らしくないと女の子は食いつかない。落ち着いた色味のドレスは必要ないと思うね」
そう言われてもう一度取り上げられたカードを見てみると、確かに他の可愛らしさを前面に出したドレスよりも大人びている。やや“女の子向け”の範囲から外れているかもしれない。
そこで「それもそうですね」と応じかけたそのとき、横から今度は細い教え子の手が伸びてきて、フェルディナンド様の手からおずおずとカードを引き抜いた。
「わたくしは、この先生の選んだドレスも着てみたい、です」
「ふぅん……でもさ、地味じゃない?」
「“たようせい”が、大事だと思います。色んなドレスがあった方が、楽しいです」
「たよう……あー、はいはい。多様性ね。いいけど、例えばどんなの?」
珍しく自身の意見を口にしたのに問い返されることを考えていなかったのか、教え子が急に不安そうな視線をこちらに寄越す。頑張ったけどここまでか。でも意見を口にするようになれたのは進歩だ。
「そうですね……一般的な意見ではないのであてになるか分かりませんが、私は領地だと乗馬服をよく着ていましたわ」
「へぇ、ベルタ先生って乗馬するんだ?」
「はい。領内の視察にできた方が便利だったもので。収穫期なんかはほぼ乗馬服でしたわ。そういえば女性用でも可愛らしいものは少なかったかもしれません」
「成程ね、うん。女性用の乗馬服か。意外性があって面白いね」
思い付きで出した案があっさりと受け入れられて拍子抜けしていると、教え子からキラキラとした瞳で「乗馬ができるなんて、素敵です」との評価を受けた。家族と領民以外からはあまりいい顔をされなかっただけに、ちょっと照れ臭い。
「それにしても、ごめんな二人とも。こんなに大量のデザイン選ぶのに付き合わせて。この件で名義貸すって言ったときの一族の女性陣が予想以上にはしゃいでさ」
「人気があるカードのデザインは、商品化するんですよね?」
「そーだよ。お姫様も気に入ったのがあったら教えてくれれば、直接オレから製造元に発注かけられるから一番早く入手できるぞ」
身を乗り出した教え子に向かい、彼がニヤリと笑う。
遊戯盤での売り上げの取り分はこちらの方が多いけれど、これならフェルディナンド様側も損はしない。こんなことができるのも、偏に彼の一族が芸術関係に明るいからこそだ。
ふと頬杖をつく彼の髪に輝くガラスビーズが視界に入った。今日は赤いスグリのような中に金色の粒が泳いでいる。冬場に見ると暖炉を思わせる色使いだ。
「そういえばフェルディナンド様の髪に飾ってあるガラスビーズも、季節ごとに色が違いますね。これも一族の方のデザインですか?」
何の気なしにそう言葉をかければ、彼は教え子に向けていた視線をこちらへ向けてヘラリと笑った。
「お、気付いてたの? なんか照れるなー。これはオレの趣味の一つ。工房借りてデザインも製作も自分でやる。本来は他人に作ったりあげたりしないんだけど、ベルタ先生になら作ってあげてもいいよ」
得意気にそう言った彼があまりにも楽しそうだったので、普段はまったく装飾品に興味のない私でも思わずその場で注文してしまったわ。
***
雪の白さが世界を覆う十二月。
去年と時期を同じく開かれたコーゼル家の夜会には、去年までは見かけなかった顔触れが増えていた。考えられる原因は二つほどある。
一つは長年愚図と言われ秘されてきた教え子の存在が、一定の貴族達の目に留まったこと。去年と今年の社交シーズンに、彼女が王都のお茶会でとった振る舞いが評価されたのだ。
教養があり表舞台に出られ、ひいては家同士の繋ぎに使える、婚約者のいない上級貴族の娘がまだいるのだと。
毎年参加している来賓ですら、去年の秋口からアウローラの立ち居振舞いに変化が出始めたことを知っていて驚くのだ。新規の人々は笑い話でしか耳にしていなかっただろうから、実物を見てさらに驚いたことだろう。
正直この件に関しては教え子の努力の結果が誇らしくて仕方ないけれど、急な成長は出る杭と同義。これからは徐々に見せ方を調整していった方がいい。
そして顔触れが増えた原因のもう一つは、純粋にアウローラの知人寄りの友人が増えたからだ。貴族社会では友人と書いてコネと読む。子供の友人として招いたり招かれたりというのはよくある。
――……ということは。
周囲の風景からポリゴンめいた浮き方を見せる私の同僚兼友人も、自身の教え子でアウローラの
今夜の彼女も絶好調にとんがっていたので、大勢いる招待客達の中から一発で見つけられた。しかも見慣れ始めているのか、可愛く見える。
そんな彼女の今夜の装いは、いったいどこで仕立ててもらったのか、どうして仕立屋や周囲の人間は止めなかったのかと言いたくなる、ショッキングピンクのゴスロリドレスにガッチガチの縦ロール。メイクも厚めに塗られた頬紅のせいで発熱しているように見えた。
「こんばんは、ベルタ様……って、まあぁ~……そちら顔好。婚約して下さいませ」
「アグネス様、語彙。望むものを見つけて荒ぶるお気持ちは分かりますが、せめて自己紹介が先かと思いますわ」
初手で美形相手にいきなり突き抜けたキャラクター性を存分に発揮する辺り、彼女は本当に私と真逆の明るい人だ。思わず吹き出しそうになって頬の内側を噛む。一瞬絶対に笑ってはいけない某コメディー番組を思い出した。
「あら、いけない~。そうですわね。初めまして顔好様。わたしはアグネス・スペンサーと申します。当方見目の良い婚約者を募集しておりますの~」
「ははっ、オレはエリオット・フェルディナンドだ。よろしくアグネス嬢。随分お目が高いようだけど、この独特の美的感覚を持った面白いご令嬢はベルタ先生の友達なの?」
フェルディナンド様の言葉の中にあるのが、本当に“面白い”という響きだけだったことに安堵しつつ、もしもそれ以外の感情が混じっていたら横腹に決めようと思っていた拳をソッと下ろす。
「はい。女性の家庭教師同士仲良くしてもらっております。教え子同士も友人で……ほら、あちらでアウローラ様とデザートを一緒に食べている子ですわ」
「ああ、あの凄い勢いでデザート消費して、アウローラ嬢に苦笑されてる子?」
「そうです、そうです。あの子ったら、少しでも目を離すとすぐああですの~。あとでちょっと注意しないと駄目かしら~」
まずい、脱線の気配を察知。取り敢えずあちらのことはまだ実害もないし、後回しにしてもらわないと困る。
「それで話を戻しますが、私の方で声をかけたい人物は彼女ですわ。女の子向けの試作品の話は手紙ですでにやり取り済みですので、今夜はせっかくこの三人で顔を合わせられる機会でしたから、今後の話などしようかと思いまして」
やや強引な会話の引き戻し方をした気はあったものの、二人は特に気にした様子も見せずにこちらに向かって頷いた。
「じゃあひとまず場所移動する? オレは婚約者探しとかまだそんなに興味ないんだけど、ベルタ
「ええ、それはもうご心配なく~。今夜のこの会場内で一番お顔の整っている殿方は間違いなく貴男ですもの。わたしの婚約者に求めるものは顔ですから、もうここにいても比較する対象がおられないので平気ですわ~」
「随分熱烈に褒めてくれるねー。オレの顔、そんなに好みなの?」
「顔が整っている方はすべからく好みですわ~。それに顔以外を褒められるほどまだ貴男のことを知りませんもの。ああ、ですが交際関係は六股まではかけていても平気です~」
「初見なのにオレの人相に対しての風評被害が酷いね?」
「そこまでお顔が良くて一途な方にまだお会いしたことがございませんので~」
「ああ……そう、成程ね」
「ぅふ……んふふっ、私も、それで問題ありませんから、もう、移動しましょう」
突然始まった漫才のような二人のやり取りに、ついに堪えきれなくなって笑いが零れた。その後三人で会場の隅に移動して今後の策を練ったけど……ふとここにもう一人突っ込み役が必要だと切実に感じたのは、私の笑いの沸点が低いせいではないと信じたい。