転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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*8* お久しぶりからの途中経過発表。

 

 教え子と妹と一緒に王都までの道程を楽しくすごし、王都内に入ってからはお互いの戻るべき場所に収まり、コーゼル侯爵夫妻から教え子へ形ばかりの謝罪と、私への礼の言葉を頂いてから五日後。

 

 そのたった五日で、アウローラがすでにエステルハージ領にいた日々を懐かしみ出した。しかも問題の姉君と夫君の関係は未だに修復できておらず、冷却期間と称してまだコーゼル領の屋敷にいるらしい。

 

 ここまでの出来事で以前までの教え子は闇落ちしているところだが、今回はまったく気にしていなかった。それどころか――、

 

『領地にいるよりも、先生のところの方が楽しかったので大丈夫ですわ』

 

 ――と、言い放ったのだ。三ヶ月離れた間の末娘の変わりように侯爵夫妻は驚いた様子を見せたものの、肝心のアウローラは『先生、お勉強しましょう』と満面の笑みを浮かべ、私の手を取ってさっさとその場を離れてしまった。

 

 自立心の芽生えが嬉しい反面、着々とヤンデレ百合ルートを爆走している感じがして安心できない。ふふふ、怖いわ……。

 

 その後コーゼル夫人は傷心中の娘を慰め……もとい、実家に籠城中の娘を宥め透かすために領地に戻って行った。侯爵も連日朝から社交場へと入り浸っている。

 

 七日目、久々に再会したフェルディナンド様にそのことを教えたら、彼は爆笑しながらアウローラを良い笑顔で褒め讃えていた。本人はキョトンとしていたので、あの発言に他意はなかったのだろう。

 

 それから『これ、約束してたやつね』と、彼が何気なく差し出した握り拳の下に掌を広げれば、若草色に金と銀の掠れが入った楕円形のガラスビーズでできた葉っぱのイヤリングだった。

 

 お代を渡そうとしたら固辞されてしまったので、二月に二十四歳の誕生日を迎えていたから、そのプレゼントだと思って頂戴すると言えば『もっと早く教えてよ』と笑われた。

 

 ――王都に到着してから十日目。

 

 今日は教え子はマリアンナ様と昼からお茶会に出かけて、アンナは夕方からヴァルトブルク様も出席している社交場へ。残された私はと言えば――……。

 

 二時から教え子の逃走資金を集めるために展開した、知育玩具事業の第一回報告会議に顔を出していた。ちなみにすでにフェルディナンド様の采配により、一部の界隈で完全受注生産として商品化している。

 

 報告会の出席者は四人。フェルディナンド様、アグネス様、ホーエンベルグ様、そして私である。要するにいつもの面々だ。久しぶりの再会に使ったのはあのカフェではなく、フェルディナンド様が王都滞在に使用するお屋敷の一室だ。

 

 最初は和やかな近況報告で幕を開けたので、何故いつものカフェで集まるのではいけないのかと首を捻ったけれど……たったいま、その理由が知れた。

 

「あのですね、フェルディナンド様。これはどうなっているのでしょう」

 

「んー? 何か取り分の計算で分からないとこでもあった?」

 

「その、頂いた取り分の明細の桁が思っていたよりも一つ多いのですが……これで計算合ってますか?」

 

 興奮から声と指先が震える。同じ書類を持っている三人は自身の手許の資料に視線を落とし、私が示した箇所を確認してくれた。

 

「いや……特段エリオットが用意した書類に不備はないが。スペンサー嬢は何か気付いただろうか?」

 

「いいえ~? 分配金額はきちんとベルタ様が六でフェルディナンド様が四です。全売り上げの金額から集計したら一人頭この数字で間違いありませんわ~」

 

 出資してくれた人達にはクラウドファンディングと同じで、新商品の予約待ちの順番が優先的に早くなることと、割引がある。現在は一旦締め切っているものの、商品の質を上げる際には再び受け付けるつもりだった。

 

 けれど現在見ている額面からすれば、しばらくはその必要もないかもしれない。お金持ちはもう何にお金を使えばいいのか分からないのだ、たぶん。

 

「最初に上級貴族向けの商品にするって言ったでしょー? そうしたら完全受注生産でもこれくらいにはなるってば。中にはうちの家名で売り出したから、美術品として手許に置きたいって人もいるけど。大抵は本来の目的通りの購入層だよ」

 

 お金持ち相手の商売でこの程度の金額は慣れっこなフェルディナンド様と、城勤めで金銭感覚の緩いホーエンベルグ様、そう言った事柄を言葉にはしなさそうなアグネス様。ものの見事に金銭感覚を共有できる味方がいない。

 

「そういえばそれについて要望というか……一部からロイヤル版の製作予定はないのかという声が上がっていたな」

 

「ロイヤル版?」

 

「簡単に言えば親世代が遊べるようなものだな。もっと遊戯盤の装飾を凝らして地形も増やして欲しいだとか、子供用は一国ごとの宰相が主人公だが、ロイヤル版は一国の王を主人公にして作れないかという内容だった」

 

 ホーエンベルグ様の口からまさかの案が飛び出した。言うは易しという言葉がこれほど相応しい場面もないだろう。でも明らかにお金になりそうな魅力的な申し出ではある。

 

「要するに英傑の出揃う国盗りものですか。確かにできなくはありませんが……」

 

 完全に三國志か戦国時代か百年戦争が下敷きになることを考えると、錆び付いた記憶のひきだしを開ける手間を考えるだけでゾッとする。人気のローマ史は残念ながらあんまり憶えていないんだよな……。

 

 ――が、やっぱりやってみたい。

 

 相棒であるフェルディナンド様の方を見れば、彼も「もっと面白くなりそうだよねー?」とニヤリ。これで方針はほぼ決まった。

 

「あら素敵、それなら世界観に合わせたドレスや装飾品も増えますわね~」

 

 ただアグネス様のその無邪気な一撃に、ドレスのデザイン選択もあることを思い出して、遣り甲斐にちょっぴり影がさしたわ。

 

***

 

 

 収益の計算と、今後新しく製作する遊戯盤の方向性に関する打ち合わせが終わる頃には、外は暗くなり始めていた。

 

「あれ、意外と時間経ってたみたいだなー。あの部屋は普段創作に使うから耳障りな音がする時計は置いてないんだ。ご婦人方に悪いことしちゃったね。お家の方は大丈夫?」

 

「うちは結構緩いので平気ですわ~。それに両親には出かけしなに友人達と遊ん……芸術について熱く語ってくると言っておいたので」

 

 成程、会議をしていた部屋に時計がなかった理由は分かった。実に芸術家らしくて格好いい。

 

 ただ確実に門限は越している。屋敷に父が帰宅していないことを祈るしかないものの、たぶん無理だろう。でもそれを悔やむ気持ちが不思議なほどないのは、今日のこの集まりが純粋に楽しかったからだ。

 

「アグネス様、そこはもう正直に“遊んでくると言ってきた”で構いませんわ。実際に論を交わすのが楽しくて、ここにいる全員が時間を忘れていましたし」

 

「確かにそうだが……ここまで遅くなる原因を投下した身からすると、女性二人には申し訳ないことをした」

 

 根が真面目なホーエンベルグ様がそう言うと、フェルディナンド様が閃いたとばかりに指を鳴らした。

 

「ならうちの馬車を貸すからお前がベルタ嬢を送っていって、遅くなった理由を話して謝ればいいだろ。で、オレがアグネス嬢を送っていく」

 

「あら。フェルディナンド様ったら、さりげなく怒られない方を選ぶだなんてやりますわね~。でもお顔のよろしい殿方と二人きりで馬車に乗る機会なんて滅多にないから役得ですわ~」

 

 うふふ、あはは、と笑い会うフェルディナンド様とアグネス様は、実は意外と馬が合う。

 

 そんな感じであとはトントンと馬車の準備が整えられ、フェルディナンド様はアグネス様と同乗してスペンサー家へ。ホーエンベルグ様は私と同乗してエステルハージ家へと馬車を出した。

 

 ――が。

 

 今世では父以外の二人きりで馬車に乗るという経験はなかったので、馬車が動き出してしばらくすると、向い合わせで座っているのに、窓の外を見ているホーエンベルグ様との間に横たわる沈黙に耐えられなくなった。

 

「あの、ルドは元気にしていますか?」

 

 努めて明るい声音でそう訊ねると、彼は窓の外に向けていた顔をこちらに向け、少しだけ驚いた様子で口を開いた。

 

「ああ……今回もこちらに遊びに来ている。相変わらず口が達者だが、書店に行く際は、常に貴方の妹の新刊が並んでいないか気にしていた」

 

「この間のドラゴンが出てくるお話でしたらまだ翻訳中ですので、もう少しかかるかと思います」

 

 前回あの少年が選んだ本を思い出してやや申し訳ない気持ちでそう答えると、彼はフッと目許を和らげ、ゆるゆると首を振って笑った。

 

「いや、いま読んでいるのは国を失った骸骨騎士と魔女の話だった気がする。少し読ませてもらったが、あれの原作は大人でも読んでいて悩む言い回しが多かったのに、上手く噛み砕いた翻訳になっていて面白かった。ルドが読み終えたら俺も借りて読むつもりだ」

 

 彼の口から出てきた本の内容に思わず苦笑が漏れる。あれは一応恋愛物のカテゴリーではあるけれど、物悲しく仄暗い作風で読む人を選ぶ。ルド少年の年頃であの作品を選ぶとはなかなかだと思う。

 

 でも、だからこそお世辞の混じっていないであろうその評価に、胸の内側が暖かくなった。アンナの努力を褒められるとついつい嬉しくて、締まりのない笑みを浮かべそうになる。姉馬鹿というやつだろうか。

 

「ありがとうございます。妹にも伝えておきますわ」

 

「是非頼む。それから貴方に少し頼みたいことがあるのだが――、」

 

 和らいだ表情から一転、かつて戦場に出て武功を上げた大きな身体を縮こませ、遠慮がちにこちらを窺う姿が何だかおかしくて。

 

「何でしょう? ホーエンベルグ様にはお世話になっているのですもの。私にできることでしたら協力しますわ」

 

 ――気付けばついそんな言葉が零れてしまっていた。すると本当に困っていたのか、ホーエンベルグ様があからさまにホッとした表情を浮かべる。

 

「今度また時間の空いている日に、ルドに会ってやってくれないだろうか。前回貴方に遊んでもらったことが余程楽しかったらしくて、あれから貴方のことばかり話題にする」

 

 そんな彼の申し出に「構いませんわ」と答えたけれど、一瞬“教え子と会わせる好機なのでは?”と思ってしまったことに罪悪感を感じつつ、この期を逃した場合ヤンデレ百合ルートをどう回避するかと悩むのだった。

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