転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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◆第四章◆
*1* 分岐点……消失してる?


 

 流石は侯爵家の娘の十歳の節目とあって、今年のアウローラの誕生日を祝うガーデンパーティーは、人の多さが去年より多い。初めて同席した八歳の頃は、秋バラの香りを重荷に感じた様子で俯いていた教え子も、今日は小さな淑女の微笑みを浮かべている。

 

 白々しい笑い声を交える挨拶の中にも、純粋に彼女の成長に感心する招待客の声が混じり、侯爵夫妻もいけしゃあしゃあと娘自慢をしていた。離れた場所から観察しているだけでも教え子の顔が一瞬無になるのが見えて、両親との心の距離が段々と開いているのが分かる。

 

 でもこちらとしては得られない愛情を求めて鬱屈していくより、客観的に両親を見て冷静に育ってくれた方がありがたいので、これからも敢えて家庭のことには口は出さないつもりだ。

 

 私も一昨年は隠密、去年は欠席という過程を経て、今年はきっちりと招待状を受け取り、他の招待客達と同じように出席者名簿に名前を書いてここにいる。バラの香りを楽しみつつ、飲み口の軽い果実酒を少々。

 

 そんな家庭教師の顔をしていない私に対し、教え子のチラチラとこちらを振り向く癖だけは治らない。苦笑しつつ侯爵達に伴われて挨拶をする彼女の姿を見守っていたら、見知った令嬢がアウローラに駆け寄って抱きついた。

 

 寄り添うように立っていた侯爵夫妻が驚くのも構わず、むしろ無邪気さを装って押し退けるように間に挟まった令嬢は、どう見てもマリアンナ様だ。前世のゲームで見た性格よりも若干人の機微に敏い彼女のおかげで、教え子のガードが守られて助かるわ。

 

 マリアンナ嬢はわざとらしくない程度にはしゃいで見せた後、侯爵達にそれは優雅なカーテシーを披露して、追い付いてきたアグネス様の手から小さな箱を受け取ると、それをアウローラに押し付けた。

 

 たぶん誕生日のプレゼントだろう。大きさからしてアクセサリーか小物だとは思うけれど、普通は直接本人に手渡しで贈る令嬢は少ない。大抵お家同士の付き合いだからだ。

 

 教え子の狼狽え方から、手渡された箱をすぐに開けろと催促しているのが離れていても分かる。両親に許可をもらっておずおずと開けた箱の中に入っていたのは髪留めだったらしく、すぐに自身の髪にあてがう教え子。

 

 親友からの贈り物にはしゃぐその姿をあてに果実酒を飲んでいると、どこからか「ベルタ嬢」と呼ぶ声が聞こえたので周囲を見回せば、少し離れた場所からこちらに向かってくるホーエンベルク様が見えた。

 

「ホーエンベルク様。貴男もいらしていたのですね」

 

「ああ。今年はようやくここで直接貴方に話しかけることができてホッとした。一昨年も去年も、職業倫理の強い貴方には逃げられてしまったからな」

 

「ふふ、その節は申し訳ありませんでした。ですが今年からはきちんとお相手できますので、苦情はもうそのへんで。今日はルドも一緒ですか?」

 

「まさか。流石に一貴族の娘の誕生祝いの席に王族を連れてくるわけにもいかない。ルドからは友人(・・)の誕生祝いの贈り物を預かってきた。貴方からあとで渡しておいてくれると助かる」

 

 そう言って上着の内ポケットから細長い箱を取り出した。パッと見た感じ、装飾品の入るような長さの箱ではない。もっと小さくて細い……前世で受験シーズンの頃に、やたらと塾で配った系の大きさをしている気がする。

 

「もしかして……中身はペンですか?」

 

「そうだが、何故分かったんだ?」

 

「いえ、何となく大きさがちょうど毎日使うペンくらいだなと。子供らしくて可愛い贈り物ですね」

 

 実際は【合格】の文字が入った受験用の験担ぎアイテムに似ていたのだけれど。しかし十歳の女の子の誕生日に贈るのが筆記用具とは。王子様とはいえそこは小学生のセンスなのだなと、妙なことに安心してしまった。

 

「いや、クリスタル製だから可愛らしいというよりは綺麗寄りだと思う。確か授業中に気分の良くなる物を傍に置けば集中力が上がると言っていた」

 

「あ……そうなんですね」

 

 クリスタルといえばこちらの世界でもバリバリの高級素材だ。流石王族。私の知っている“学校横の文房具やさんで購入”という一般的な常識が通用しなかった。友達への誕生日プレゼントの金額が可愛くない。

 

「さて、これでルドに頼まれた用事は済んだ。次は俺の番だが……貴方に報告したいことがある。ただ少しここでは話しにくい内容なので、一昨年貴方が逃げ込んだ四阿に場所を移動したい。構わないか?」

 

「報告したいこと、ですか。その仰り様から察するにあまりいいお話ではないとお見受けしますが……」

 

「ああ、おおよそその認識で間違っていない。まずいことになった。できればあちらにいるアグネス嬢も一緒に聞いて欲しい」

 

「分かりました。では彼女を呼んで参りますので、ホーエンベルク様は先に四阿の方へいらして下さい」

 

 もうこの世界に転生してから何度目だという嫌な予感がする。しかも今回はご丁寧に申告までされてしまった。でもさ……信じられる? 今日は私の教え子の十歳の誕生日なんだぜ。

 

 なので一応無駄だと知りつつ、それでもできるだけ軽く済む問題でありますようにと祈るだけ祈った。

 

 アグネスの助力を求めて渋るマリアンナ嬢を宥め透かし、侯爵夫妻に当たり障りのない挨拶をした後に向かった四阿には、先に到着して周囲を警戒するホーエンベルク様の姿があった。

 

 彼の姿を捉えたアグネス様が、急に『逢引のお邪魔はできませんわ~』とか言い出したときには驚いたものの、冗談は聞き流すタイプの彼のおかげでささっと着席を求められ、ようやく内緒話が始まったのだけれど――。

 

「まあぁ、ではベルタ様が第一王子の家庭教師に抜擢されたんですの? 貴族女性では初の快挙ですわね~!」

 

「アグネス様、もう少し声の大きさを抑えて下さい」

 

「まだ正式な通達があったわけではない。現状ではそういう声が一部の高位文官から上がっているというだけだ。いまはまだエステルハージ殿がのらりくらりと躱しているが……恐らく年末までには通るだろうな」

 

 会場のあるバラ園から奥まった場所にあるとはいえ会話の内容が内容だ。そしてむしろこの場で一番大声を出していいのは私しかおるまい。いつの間にどこからそんなふざけた案件が飛び出してきたんだ?

 

 手紙にはそんなことは一言も書かれていなかった。私に心配をかけないように気遣ったのだろうけれど、そこは報連相してくれ父よ。しかし子煩悩の塊である父が押されているとなると、このままではルート分岐どころの騒ぎではない。

 

 教え子と私を繋ぐ接点がなくなってしまうか、最悪第一王子の婚約者になり、人を信用しなくなった彼女のルートで再会という絶望的な状況に陥ってしまう。

 

「そんな……どうして子爵家の私に? 第一王子でしたら他にもっと家格の高い家庭教師がついていたはず。それにさっきのお話だと、第一王子はルドより二つ歳上ですよね? だったらすでに学園に入っている年齢ではありませんか」

 

 つい荒げそうになる声を何とか低く絞り出すことで耐え、苛立ちの混ざった声音ではあるものの、感情的になることは避けた。けれど間違いなくどこかでルートが捻れていっている。予め予想していた嫌なことを遥かに上回る緊急事態。

 

 このゲームはあくまでも【お嬢様の家庭教師】がコンセプト。どのルートを通ったとしても、主人公が他のキャラクターの家庭教師になることはあり得ない。それにしてもやっぱり祈っても無駄だったか。神様ちょっと職務怠慢すぎでは?

 

「前者については貴方がいままで積み上げてきた功績によるものが大きかった。高位文官達の中にも貴方が作った遊戯版の支援者は多い。ロイヤル版の試作品を試したことでさらに支持が集まってしまった」

 

 あっ……思いのほか捻れが見つかるのは簡単だったわ。そこか。あれか。私は自ら進んで設定をねじ曲げる行動をとってしまったらしい。凄腕の販促(フェルディナンド)様がいたからつい調子に乗りすぎた。神様ごめん。

 

「後者については非常に触れにくい話になるので俺からは何とも言えない。それに第一王子の家庭教師は王妃の一族だ。戦場で成り上がった俺が何かを言えるはずがないだろう」

 

「その方の指導者としての腕に問題があったせいで、学園の入学試験の点数が足りなかったんですね?」

 

「いや、だから……ああ、もう。どちらの名誉のためにもこれだけは言っておくが、一応足りて()いた」

 

足りては(・・・・)ということは、ギリギリなのかしら~?」

 

「ははぁ、成程。入学はできてもその後に本格的な授業を受けて、試験が始まったら馬脚が現れる程度の学力だと。確かに王族の長子がそれではお粗末ですね」

 

「ど、どうしたんだ、ベルタ嬢。今日は随分と言葉の選び方が過激だが」

 

 ――おっと、いけない。前世からの私怨がダダ漏れてしまった。ゲーム内で直接手を下されたわけではないアグネス様やマリアンナ嬢と違い、直接バンバン手を下しまくった第一王子だけは今世でも許せる気はしていない。

 

 いまの教え子の学力と社交力なら、私がいなくなれば学園入学は確定事項だ。無能な第一王子の婚約者には勿体ない。でもあの侯爵なら娘を未来の王妃にとか言われたらあっさり差し出しそうだ。

 

「うふふふ、すみません。上に立つ者として以前に、国民の血税で育っているという自覚が足りないように思えましたもので」

 

「ベルタ様ったら正論のど真ん中を抉って参りますわね~」

 

「ここは二人を不敬だと諌めなければならない場面なのだろうが……まったくの正論過ぎてぐうの音も出ないな」

 

「「恐縮です」」

 

 国王が父親であるということに胡座をかいている奴なんて、将来ろくなもんにならない。というか、実際ろくなもんじゃなかった。どんだけ執拗に周到に私の教え子を殺したことか。

 

 駄目だ。こんな状態だと顔面見ただけでぶん殴ってしまいそう。そんなことをしたら家が終わる。

 

「とにかく、私は現在アウローラ様の家庭教師です。他に生徒を受け持つつもりはありません。お話を頂いても丁重にお断りさせて頂きますわ」

 

「いいや、残念ながらことはそう簡単にはいかないだろうな。現に貴方の目の前にその一例がいる」

 

 きっぱり言い切って話を打ち切ろうとしたのに回り込まれてしまった。

 

 そう言われるだろうとは薄々思っていたけれど、実際にその犠牲に一番最初にあった人物の口から聞かされると、逃げ場がない事実を認めざるを得ない。

 

「ということはベルタ様の回避は絶望的で、お城でホーエンベルク様と同僚になってしまうということかしら~? でも、もしもそうならアウローラ様は――……」

 

 空気を読まないアグネス様の容赦も慈悲もない発言に、ほんの僅かに前世のパソコン画面越しに憎いと思ったライバルの面影を見たわ。

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