転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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*13* ガラスの靴ではないけれど。

 

 第一王子の生誕式典当日の朝。

 

 他の式典準備に追われるホーエンベルク様と違い、私の仕事は夕方からの本番にマキシム様の傍で目を光らせるだけなので、それまでの時間は自由だ。

 

 そこで店主の手によって届けられたドレスの最後の試着をし、細かな部分の微調整をしてもらうことになったのだけれど、侍女の手によって本格的に着付けられた私の姿を見て、店主は顔を綻ばせてくれた。

 

「おやおや、まるでツバメの王女様ですなぁ。実にお似合いです」

 

「お褒めに与り光栄です。その、王女様……は、ともかくとして、ツバメはこのドレスにぴったりの表現だと思います。短期間でここまで素晴らしいものを仕立てて下さって、本当にありがとうございます」

 

「なんの、こちらこそこの歳になってまだ新しい試みができたことと、試行錯誤の楽しみを与えて下さって感謝致しております。こういうのもなかなかどうして、面白いものですよ」

 

 コルセットと燕尾服が合体したような不思議なドレスは、前面にはグレー系のオーガンジーで地のドレスを覗かせ過ぎず、後ろの燕の尾のような大胆に裁断された布地の下からは、年代物でややクリーム色に日焼けをした絹のウェディングドレスが零れる。

 

 上半身の元のウェディングドレス部分は、燕尾服のドレスと共布の黒い生地で前面から見た姿は紳士服のジレに見立て、背中の部分にあしらわれた赤いリボンで女性らしい華やかさを添えられていた。コルセット型の原型を上手く活かしている。仕事も確かで手直しも必要なさそうだ。

 

「ふむ、どこも問題ないようですな。ではこちらの黒い長手袋(オペラグローブ)はオマケです。それと靴ですが……遊びすぎだと思ったのですけれども、参考程度にお持ちしたものがございます」

 

「ご店主のお見立ててあれば是非見せて頂きたいですわ」

 

「そのように仰って頂けると嬉しいですなぁ。では、こちらを」

 

 ここまでが完璧すぎたので俄然興味が湧いてそう答えると、店主はニコニコと靴の入っている黒い箱を差し出してくれ、その箱の蓋を開けた瞬間、私の店主への信頼感が天元突破した。

 

 しかもサイズもぴったり。驚く私に「目測とはいえ、採寸中にご婦人の足を盗み見たことを、どうかお許し下さい」と彼は笑った。

 

「やはり素晴らしいお見立てでした。実を言うと私はあまり着飾ることが得意ではなくて。ですがご店主のおかげでいまから今夜が楽しみになりましたわ。それと早速で申し訳ないのですが、ドレスの仕立て代金と、こちらの靴の代金を教えて下さいますか?」

 

 お世辞抜きのウキウキ感を前面に出してそう告げれば、店主はさっきまでよりも一層笑みを深くしてゆったりと首を横に振る。訝かしむ私の前で人指し指を唇の前に翳した彼は、悪戯っ子のようにパチリとウインクを一つ。

 

「お代はすでに全額ホーエンベルク様から頂いておりますので、必要ありません。この度はディック・ワース紳士服店をご利用頂き、誠にありがとうございました。どうか楽しい時間をお過ごし下さいませ」

 

 そう言って美しい礼をとった老魔法使いは、紅茶と一緒に出したクッキーとマドレーヌをお土産に帰って行った。

 

***

 

 そして、ついに教え子の明暗の行方を左右する夕方。

 

 大舞踏会場でフランツ様と最終確認をしていたホーエンベルク様を見つけ、ドレスの代金について問い合わせをしようと近付いたのだけれど――。

 

「ああ、ドレスが間に合ったんですね。斬新なデザインですが、全体的に不思議な調和があって、ベルタさんに良く似合っています。これならアウローラ嬢もすぐに貴方を見つけられますね」

 

 近付いた瞬間に正装した美少年から先制攻撃を受けた。元から女の子のようだった綺麗な顔立ちに、ここ最近男の子らしさも出始めたフランツ様は、今夜の主役である兄王子の存在感を食べてしまう勢いだ。

 

「こんばんは、フランツ様。過分なお褒めに与り光栄ですわ」

 

 そう微笑んでカーテシーをとったものの、何だろうな……兄弟揃って方向性の違う美形というのか、視覚から入る情報が多すぎる。乙女ゲームではないからエフェクトはなかったはずなのに眩しい。

 

 しかしフランツ様はすぐに「私は自分の手順の確認をしてきますね」と言い残し、美しい所作を崩さずに立ち去ってしまった。そんなに長く引き留める用件でもなかっただけに申し訳なさを感じる。ただ、まぁ、子供の前でお金の話をするのも気が引けるからちょうど良いかな。

 

「あの、それでホーエンベルク様にお訊ねしたいことが――、」

 

「首飾りと耳飾りはルビーにしたのか。今夜の貴方はまるでツバメ姫だな。それにその靴も良く似合う。店主が選んだのか?」

 

 ――……ひぇっ。

 

 淡く微笑みを浮かべた彼の言葉に、思わず頬が熱を持つ。やっぱり雪の日の一回では耐性はついてくれなかったか。

 

 咄嗟に足許に視線を落として小さく頷いたけれど、ホーエンベルク様に褒められたドレスの裾から覗く爪先は、女性用のそれではない。

 

 あのとき店主に渡された箱の中に入っていたのは、タップダンスを踊るときにはくものに良く似た、白黒ツートンの可愛らしい靴だった。恐らく元は黒なのであろう靴ひもが、ドレスの後ろのリボンと同じ赤に差し換えられている。

 

「七十代なのに発想が若いな」

 

「ええ、本当に」

 

「履き心地は大丈夫なのか?」

 

「はい、大きさもぴったりです。ヒールも少しついているのですが、女性用よりも安定感があるので、むしろいつもより快適な履き心地ですわ」

 

 あ、間違えた。履き心地を聞かれただけなのに余計なことまで口走ってしまった気がする。これではまるで、今夜の式典のあとにあるダンスに誘って欲しいと言ったように聞こえるのでは?

 

 自身の失言に慌てて顔を上げ、深い意味はないと弁明しようとしたら、何かを言い出そうと口を開きかけたホーエンベルク様と視線が合った、次の瞬間に「ベルタ、こんなところにいたのか」と肩を掴まれた。

 

「ま、まぁ、マキシム様。どうなさいました?」

 

 呼び捨てるなよと思いつつも、程好く驚かされたことで自然にそちらを振り返れて、図らずも頬の火照りを彼に気付かれることを回避できた。今回ばかりはでかした小僧。これで私の自意識過剰な失敗も帳消しになる。

 

「もう式典が始まる。ホーエンベルク伯もわたしの家庭教師相手に油を売っていないで、フランツを連れてそろそろ持ち場につけ」

 

「あら……マキシム様? 何かお忘れではありませんか?」

 

 誰がいつお前の家庭教師になったんだ。あと、次期国王になるとはいえ“歳上相手に居丈高になりすぎるなよ?”と釘を刺す。歴史上だと若い王様が一番暗殺される理由だぞ?

 

 案の定というか、少しだけ振り向いて見たホーエンベルク様の表情も固い。なかなか続く言葉を言い出そうとしないマキシム様に、わざとらしく「私の教育力不足ですわね」と微笑んで見せる。すると、小生意気な小僧の表情に変化があった。

 

「うっ……くそ……ホーエンベルク伯も、退屈な時間に付き合わせるが、頼んだ。これでいいだろう!」

 

「ええ、思いやりのあるお言葉でよろしいかと。ちゃんと“人に物を頼むときには一言添えて”を憶えていて下さったのですね。上の者が下の者に対して丁寧な対応ができることは素晴らしいことですわ。流石ですね、マキシム様」

 

 いまの私は養殖女子(ブリッ娘)

 心を無にして唱えろ魔法の言葉さ・し・す・せ・そ。

 

 目の前で寸劇を見せられたホーエンベルク様の肩が若干震えている。笑いを取りたかったわけではないのだけれど、これはこれでありかな。

 

「ホーエンベルク様、お話の途中で申し訳ありませんが、続きはまたあとで」

 

「ああ、ではまたあとで。マキシム様、御前を失礼致します」

 

 そう彼らしい生真面目な一礼をして、フランツ様を探しに翻されたその背中を見つめていたら、不意に肩口辺りで「次からは、わたしに一番に見せに来い」と。

 

 どこか拗ねた声音で呟いたマキシム様に、つい反射的に「それはちょっと」と答えてしまい、式典の前にご不興を買ってしまったわ。でも素直で可愛い教え子との再会まで、あと少し。

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