転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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*6* まずは得意科目など。

 

 転生してから実質今日が初めての【教育コマンド】の確認日になる。加えて言えば、転生する前のお嬢様に会うまでの期間は領地の発展が主ではあるものの、一応主人公(ベルタ)の教育コマンドもあるにはあった。

 

 とはいえこれはノベル形式に則った性格診断のようなもので、ノベル部分で現れるいくつかの選択肢の中から、自分の考えに沿ったものを入力する単純なものだ。

 

 最も記憶に残っているのは主人公(ベルタ)の家庭教師に対しての返答だったと思うけれど、あんまりにも教育者として嫌なキャラクターだったので、選択肢の中でもかなり厳しいものを選んで入力した。

 

 その内容は家庭教師としては一番屈辱的な【途中解雇】である。幸い前世でこれをされたことはなかったけれど、絶対にされたくない。その前科があるせいか前日は緊張してあまり眠れなかったんだよね……。

 

 しかしそんなことはおくびにも出さず、私は昨日と同じく庭園に用意されたお茶席の正面に座る少女に向かい安心させようと微笑み、口を開いた。

 

「こんにちは。今日からよろしくお願い致します、アウローラ様」

 

 何でもないような発言にも真剣な表情でこくんと頷く姿が可愛らしくて、思わず笑ってしまいそうになるのをグッと堪える。

 

「昨日はあまりお話ができませんでしたので、今日はまずアウローラ様のお好きな勉強を教えて頂きたいのですが、よろしいですか?」

 

 これにもこくんと頷く。妹といい、教え子(アウローラ)といい、この世界の女の子はお人形のように可愛らしい。まぁ、元をただせばゲームの世界なのだから、可愛くない女性キャラクターの方が少ないのかもしれないけれど。 

 

「……何でも、いいの?」

 

 風に震えるスズランの花がその名のように鳴るのなら、きっとこんな声だろう。か細くても可憐な響きを持っている。

 

「ええ、勿論ですわ。お好きなものをと申しあげたのは私の方ですから」

 

 怯えを取り除こうと意図してにこりと笑えば、お嬢様はあからさまにホッとしたように肩の力を抜いた。

 

 前世のこのゲームでの教育コマンドは大まかに分けて、教養(所作やマナー)、芸術(絵画や音楽)、体力(舞踏)、魅力(社交)、知力(学力)と五つに分類されていた。コマンドは初級・中級・上級とランクがあり、各パラメーターを全て上げきるとさらに上位のコマンドを選べるようになるというシステムだ。

 

 これが仮に教え子が男の子だったらたぶん、統率(指導力)、武力(体力)、知力(学力)、内政(領地経営)、魅力(侠気)とかなんだろうか。このゲームシステムが男女で教え子を選べたら面白そうだったのにと思わなくもない。

 

 たぶん上げる順番や上げる科目でストーリーが変わるのだろう。前世の私はこれを全て同じように伸ばすことに腐心した。とはいえ、今回はパラメーターが目視できるわけではないので、この先の成長度合いを測るのは前世で培った家庭教師と塾講師の勘頼りになるだろう。

 

 アウローラは紅茶を口に運ぶ私の顔色を気にしながら、おずおずと口を開いた。

 

「だったら、歴史が好き、だわ」

 

「成程、歴史ですか。では歴史の中のどのようなものがお好みでしょう?」

 

 なんと……ここにきて初めての事実発覚。お嬢様は歴女(レキジョ)だったのか。この三年間密かに勉強しておいて良かった。最初の振り分けは知力か。ご令嬢の好むものとしては渋いけれど、英雄とお姫様のロマンスなども多いから、そちらの方面で好みだとしてもおかしくはないだろう。

 

 ――と、思っていたら。

 

「歴史の中で、戦争のあとに国を建て直す、宰相や文官のお話が好きなの」

 

 うん……七歳にしては着眼点が渋いね? しかし前世からそういう子は嫌いじゃないですよ。この手の子供は興味のあることへの吸収が恐ろしく早い。今世でもすでに妹で実感済みだ。

 

「良い着眼点ですね。では、まずはその辺りの教材を重点的にご用意させて頂くとして、他にご趣味や好きなものなどはございますか?」

 

「ええ……と」

 

「ゆっくりで大丈夫ですよ。時間はまだたっぷりありますから」

 

 そう言って、今度はわざと視線を彼女からずらしてクッキーの載ったお皿に移す。一旦注意を逸らすことで緊張している相手の考えが纏まることも多いからだ。アウローラもご多分に漏れずそのタイプではないかと推測する。

 

 案の定ジャムクッキーを三つほど摘まんだところで、彼女の口から「絵を描くことも、好き」との言葉を引き出せた。もう少し聞き出したいところだけれど、人見知りの子供に一日目でグイグイ迫ると警戒される。今日はこれ以上の情報を聞くのは止めておこう。

 

「まぁ、そうなのですね。私は絵心がまったくないので羨ましいわ」

 

「……大人でも、苦手なことがあるの?」

 

「はい。私は他にも刺繍があまり好きではありません。見本があればその通りに刺すことはできますが、それだけです。絵心のなさが関係するのかもしれませんね」

 

「同じものが作れるのは……すごいと思う、けど……」

 

「ふふ、褒めて下さってありがとうございます。ですが、何枚も同じ構図と色の刺繍があっても困りませんか? たとえば……同じドレスを何着も必要とすることがないのと一緒です」

 

 このたとえ方は想像がつきやすかったのか、アウローラはゲームのスチルと同じく眉を下げて気弱そうな微笑みを浮かべる。こうした他愛のない会話でも積み重ねれば【魅力】が上がるのだけれど――。

 

 純粋に「おかしなたとえ方ね」とクスクス笑う姿は、家庭教師だからということを差し引いても、(アンナ)がいる身としては守ってあげたいと思わせた。

 

 ひとまず当面は【知力】と【芸術】と……大きく離して【魅力】を上げていくことにしよう。今夜からは久々に教材作りに徹夜することになりそうだ。

 

 ――と、実際にそこから次の行動を割り出して行く日々が続いて。

 

 侯爵家からはひとまず社交界シーズンの終わるまでの依頼を受けていたものの、アウローラが私に慣れて警戒心を解くまではじっくりとことを進めたかった。

 

 社交界シーズンは通常四月から八月。エステルハージ領は若干王都から離れているので、三月の終わりに出立して四月の社交界シーズンに間に合わせる。父から手紙が届いた私が到着したのは五月の一週目。初顔合わせはその翌日だ。

 

 限られた時間で雇い主(保護者)と生徒の心を掴み、雇用口を得るのは前世も今世も変わらない。それにどのみち社交界シーズンが終わってから領地に戻るか否かは、私だけでは決められないのも事実だ。となれば、外堀を埋めるという手が後々効いてくると信じて布石を打つのも無駄ではないはず。

 

 そこで顔合わせに一回目。

 好きな科目を聞き出すのに二回目。

 嫌いな科目を聞き出すのに三回目。

 いつか挑戦したいことを聞き出すのに四回目。

 趣旨を変えて私への質問を受け付けるのに五回目。

 

 ――というように距離を縮め、六回目の今日はついに二回目の顔合わせから毎日深夜まで作った教材のお披露目の日だ。

 

「先生、これは……?」

 

 この五日間で再び得られた“先生”の称号に、一瞬前世で最後に見たバッドエンド場面がちらつく。しかし今は優しげなダークブラウンの垂れ目が、テーブルの上に積まれた教本を見て僅かに見開かれているところだ。

 

 うんうん、この思ってもない量の課題を持ってこられて不安そうな顔をする生徒を見るのは、前世も今世も良いものである。徹夜の苦労も報われるね。

 

「日数が足りなかったので数は少ないのですが、アウローラ様がお好きだと仰っていたものを元に、いくつかご用意致しました」

 

「でも……数学と外国語は、嫌いだと言ったわ」

 

「ええ、存じ上げております。けれど中を見て頂ければ分かるかと思うのですが、それぞれの頁の文章を読んでみて下さいませ。アウローラ様ならば、すぐに隠されたそれらが分かると思いますわ」

 

 滞在期間の残り時間が足りないので、市販の教材にちょっと手を加えた。この国で唯一のアウローラ専用問題集である。教科書の隙間に彼女の好きな歴史の人物の豆知識や、そのとき取った政治的な行動などに解答が関係するようにした、いわば即席のゲームブックのようなもの。

 

 ちょっと小狡いやり方だけれど、実際これだけでも教科書の文字を読む際に視線が滑るのを抑止する効果が期待できるのだ。教育は好きと嫌いの抱き合わせ商法が大切である。

 

「問題に正解したら、国外のそういった逸話をお話して差し上げますわ。この国どころか近隣諸国でも訳されていないものを。一度に全部お話しては勉強が進みませんので、小分けにしてですけれどね」

 

「本当? 本当にそんなお話があるの?」

 

「はい。このベルタ、アウローラ様に嘘は申しません。最初は……そうですね、遠い遠い東の国のお話か、同じくらい遠い砂漠の国のお話、草原の騎馬民族のお話などは如何でしょう?」

 

「どれも……聞いてみたいわ」

 

「ではそちらの教本を開いて、分からないところがあれば質問して下さい。取り敢えず三頁できれば、十五分ずつお話を聞かせて差し上げますね」

 

「さ、三頁で十五分は……短いわ」

 

「近隣諸国のどこにも出回っておりませんから。稀少価値の問題です。さ、ペンをお取りになって下さい」

 

 唇を不満げに尖らせる教え子を見て苦笑しつつ、隣に立って教本の表紙を開くまだ穢れを知らない小さな手を見つめていた。

 

 何度もペンを止めて、戸惑いがちにこちらを見上げ、か細い声で質問をされ、手がかりを与えて答えに導き、そこに隠されていた数字を見つけ、どの本の何章を下敷きにしたかを発見したとき、教え子の顔が達成感に輝く。

 

 何度も何度もそんな小さな喜びを感じさせ続けると、子供は放っておいてものめり込む。こうなると大人よりも集中力を発揮させるのは子供の強みだ。要所要所に散りばめたほんの少し難しい問題も、手こずりながら何とか解こうとする姿は領地の子供達と同様に可愛らしい。

 

 子供に限らず人に何かを教えるときに立ちはだかる壁。それを乗り越えられない際に【憶えが悪い】と他者は言う。それは間違いではないのかもしれないが、正しくはない。単に【興味がない】のだ。

 

 何が面白いのか分からないことなど永遠に謎のままでも問題ない。勉強とは本来その人にとって【面白い】ことを探すためにある。好き嫌いを直す方法だってそうだ。苦手な野菜を食べさせるときに、細かく刻んでやるように密やかに混ぜ込み、食べられたあとに種明かしをして達成感を味あわせるのと同じである。

 

 好きか、嫌いか。

 合うか、合わないか。

 面白いか、つまらないか。

 

 この解だけはいつだって簡単に見つけられる。それもまぁ、自分が自分を大切にしていればの話だけれど。

 

 ――いつしか質問が減り、静かな室内にアウローラが走らせるペンの音だけが響くようになる。

 

 時折コーゼル家のメイドが紅茶を淹れ直してくれるので、手をつけないのも忍びない。そのたびに少量ずつ飲んでお腹が少々重たく感じるようになった頃「できたわ!」と、出逢ってからこの方一番大きな声で教え子が教本を叩いた。

 

 興奮状態の教え子の手許にある教本を覗き込めば、結構な計算と綴りの間違いが見て取れたものの、ここは一旦目を瞑ろうか。

 

「では答え合わせはあとにして、先にご褒美のお話にしましょうか。何が聞きたいか決めて下さいね」

 

 そんな私の言葉に大きく頷いて真剣に悩み始めた教え子を眺め、小さな手応えを感じながら紙のよれた教本の頁を撫でる。積み木のように少しずつ。今度は急かさず形にしよう。

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