転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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現ベルタの教え子、マキシム視点です。


♖幕間♖おかしな女家庭教師。

 

 わたしには国で一番尊い地位に立つ父と、二歳離れた弟がいる。最近までは会話をするどころか、ほとんど同じ空間にいた記憶もない、血の繋がりがあるだけの赤の他人のような弟だった。

 

 記憶の中に朧気に残る身体の弱かった(王妃)を、()は愛した。

 

 母が生きていた頃から乳母にしか抱かれたことがなかったせいか、実在した人物としての認識は極端に薄い。わたし達は最初から全てを持って生まれ、その後の一生を国のため、民のため、何も求めるなと言われて育つ。

 

 しかし元々王族では情など持たないことが普通だ。弟もわたしも、ただの父のスペア。父が崩御すれば長子であるわたしがその座につく。

 

 ――……最初だけは。

 

 弟は何をするにも冷静でソツなく優秀。癇癪持ちで何をやっても一度でできた試しのないわたしの目の上の瘤だった。

 

 幼い頃から臣下の者達が、影で弟が長子であったならとぼやく姿を何度も耳にし、口には出さずとも父が王としてそう感じているのも知っていた。だが父は母を愛していたが故に無能なわたしを玉座に据え、その補佐に優秀な弟を置くことで母への愛を貫こうとしている。

 

 母の兄であった伯父は唯一わたしを何くれとなく気にかけてくれたが、それが情などでないことは、いかに馬鹿なわたしにでも分かっていた。彼から紹介される家庭教師は皆一様に従順で、こちらができないことを何一つさせない。

 

 王家に生まれた者ならできて当然のことを半分もできないわたしを、彼等は大袈裟に褒めてみせる。無能と謗られるより尚辛くて惨めな苦行。弟とわたしの間の溝は段々と大きくなり、捻れは歪みへと変化していった。

 

 王家の道化。

 

 そうとしか言い様のない自分の立場に苛立ちは日々募り、年々癇癪は酷くなっていった。解雇した家庭教師の代わりはすぐに伯父から新しい人材を送られ、また繰り返される煩わしい日々。

 

 そんなわたしを憐れに思ったのか、騎士団の者達が剣の鍛練に度々誘ってくれるようになってからは、血の繋がった“家族”よりも彼等の方が近しい存在になり、彼等以外と過ごす時間の何もかもが無駄なことに思えるようになっていった。

 

 ――……そのはずだった。

 

 それが今から五ヶ月ほど前に現れた、通算何人目になるか分からない家庭教師のせいで一変した。

 

 うっすらとソバカスの散る顔に、ダークグリーンの瞳と赤煉瓦色の髪。垂れ目でつり眉の悪人顔のメイドだと思ったその人物は、信じられないことに新しい家庭教師だった。

 

『私は勉強をしたくないという生徒に無理強いすることはありませんが、単純に不真面目なだけの生徒は苦手です。時間は有限なものですから』

 

 こちらの正体を知らずにそう言い放った人物は、これまでの人選で初めての女家庭教師であり、伯父の手を介して入ってこなかった教育者で。こちらが第一王子と知っても尚、慇懃無礼で不遜な態度を改めることはなかった。

 

 今まで何をしても諌められることのなかったわたしを、容赦なく言葉と行いで諫め、ときに雪に生き埋めにもする恐ろしい女だ。

 

 弱味を掴もうと宰相に身許を吐かせたところ、違う生徒を受け持っていた人物で、それを父の命で無理矢理連れてこられたのだと知ったときは、流石に悪いことをしたような気になった。

 

 できの悪さを嫌われることを恐れるようになり始めたのも、その辺りからだ。いつもより少し癇癪を堪えて授業を受けると喜び、解けなかった問題を三日かけて解けば大袈裟に褒める。

 

 ――そんな姿を、もっと見たくなった。

 

「どうしました兄上、手が止まっているようですが……軍事費用が尽きましたか?」

 

「国庫を潤す内需に力を入れなければ、平時は予価で賄う軍事費用が尽きるのは当然です。それよりもマキシム様が駒を進めて下さらないと、わたくしとフランツ様とホーエンベルク様の順番が回ってきませんわ」

 

「二人とも、そう急かしては集中できるものもできないだろう。そもそもアウローラ嬢が侵略し続けるせいで内需に力を入れられないのだが……まぁ、マキシム様も気になさらず熟考なさって下さい。これは本来そうした遊戯だ」

 

 目の前に広げられた色とりどりのタペストリーのような遊戯盤。気に食わなかった弟、ベルタの元教え子で現在は弟の婚約者の小生意気な令嬢、わたしと城内ですれ違うたびに微妙な表情を浮かべていた弟の家庭教師。

 

 不思議なことに遊戯盤を取り囲む面々は、今まで絶対に相容れないと思っていた者達ばかりだ。

 

 けれどいつもならここに加わるはずのもう一人の姿はない。病欠中だ。考えてみれば誕生日からこちら、ずっと無理をさせていたのかもしれない。

 

 ――とはいえ。

 

「ああ、もう急かすな! わたしは以前までより熟考派になったんだ! ベルタめ、こんな底意地の悪い元教え子を残して休むなど……戻ってきたら憶えていろよ」

 

「まあっ! 元じゃなくて今もわたくしは先生の生徒ですわ。横入りしてきたマキシム様は二番目の生徒です。生徒の順番なら弟分でしてよ?」

 

「兄上、アウローラ、場外乱闘は抑えて。争うのは遊戯盤の上だけにして下さい」

 

「フランツ様……その仲裁は果たして仲裁と言えるかどうか……」

 

 騒々しい。煩わしい。楽しい。おかしい。

 

 王になれば、ベルタを傍に置くことができれば、これからもずっとこの関係で居続けることができるのだろうか。

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