転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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前半フェルディナンド、
後半アグネス視点でお送りします。


▣幕間♗気になる同僚。

 

 二度目の舞台の本番まであと八日。

 

 今日は場面ごとに使う衣装の最終確認にベルタ先生に呼ばれ、すでに仕上がっている広告の話に加え、新たに画家として画集の依頼まで受けることになった。彼女はなかなかに人使いが荒い。

 

 けれどそれは毎回面白いことへの布石なので、これまでに嫌な心地にはなったことは一度もなかった。最近はあまり絵だけの仕事というものを受けていなかっただけに、いまからどの画材を使用するか考えるだけでも血が騒ぐ。

 

 それに画集に彼女の絵を載せる許可もアグネス嬢の協力を得てぶんどった。五時間の滞在で細々としたドレスの修正の話も済ませ、後日画集に載せる絵のスケッチをする約束も取りつけられた。

 

 隣国での演劇に触発されたらしい団員達も、これから国内屈指の大劇団相手に喧嘩を売るのに士気が高い。貴族社会の表面的な華やかさより、ここでのお祭り騒ぎの雰囲気の方がずっと居心地が良かった。

 

「今日はありがとうございました。私だけでは舞台の演出の仕方はさっぱりなものですから、お二人の意見や発見のおかげでとても助かりましたわ。社交シーズンでお忙しいのに申し訳ありません」

 

 劇場の表まで見送りに出てきたベルタ先生は、化粧気のない顔に苦笑を浮かべてそう言うものの、オレとアグネス嬢の見解は彼女とは違う。

 

「意見を出しても聞かない奴は聞かないし、こっちの感覚を信じてくれるならやりがいがあって良いよー。何より退屈な社交場に出なくて済むし」

 

「わたくしも今回はあまり焦らずに獲物を探そうと思っておりますから、平気ですわ~。それにこっちの方が面白さは断然上ですもの」

 

「社交場にいる殿方達が獲物ですね。アグネス様が仰ると、何だか格好良い響きに聞こえますわ」

 

「えー……それ令嬢って言うよりは最早狩人の言い分じゃん」

 

「うふふ、狩人上等です~。ですが以前までは追いかけて弓を使うものでしたが、これからは罠を張って待っている方に致しましたの」

 

「「その心は?」」

 

「わざわざ罠にかかりにくる時点で脈ありってことですわ~」

 

 そう言ってコロコロと笑うアグネス嬢の発言に妙な説得力を感じて、思わずベルタ先生と一緒になって頷いてしまった。アグネス嬢は相変わらず普通の令嬢達より発想が斜め上にブッ飛んでいて退屈しない。

 

 ひとしきり劇場前で三人で笑った後、大通りに出て二人乗り用の馬車を止めて、先に御者に行き先を告げてから乗り込む。アグネス嬢を馬車に引っ張りあげようと手を伸ばせば、すぐに手袋をした掌が重ねられた。

 

 座席に座った直後に馬車が走り出し、窓の外の街並みがスルスルと流れていく。普段あまり用のない王都の街の景色を眺めるのは嫌いじゃない。正面に座るアグネス嬢も同じなのか、馬車の外の景色を楽しんでいるように見えた。

 

「ベルタ様にあんなに控えめなアプローチでは気付かれませんわよ~?」

 

 ……窓の外からこちらに顔を向けて、いつもと同じ笑みの形をした糸目のままそんな冗談を言い出すまでは。

 

***

 

 こちらの言葉に、いつも飄々とした笑みを浮かべているフェルディナンド様が一瞬固まり、ややあってから「別にそんなんじゃないよ」と下手くそに笑った。

 

 それなのに美しい翡翠色の瞳は、次の言葉を用心するようにジッとわたしを見据える。こうして何度も同じ馬車に乗って行動をしているのに、何度見ても飽きないから、美人は三日で飽きると言うあれは絶対嘘ねぇ。

 

「あら、わたしったら勘違いだなんて恥ずかしいですわ~。失言をお許し下さいませ、フェルディナンド様」

 

「はは、いいよ。でも女性って本当にそういう話が好きだよねー」

 

 こちらの訂正にまだ翡翠色の瞳の奥は揺らいでいるものの、声と態度はさっきまでより軟化した。美しいものを愛でるのは好きだけれど、悪戯に触れてはいけないこともあることくらい心得ている。

 

 わたしも自信を植え付けてくれた恩人に強引にお節介を焼いて嫌われたくはない。この辺りで何でもなかったみたいに話題を変えて軌道修正してしまおう。

 

「ええ、それはもう。内容にもよりますけれど、恋愛小説は滾りますわね。虚構の物語だとは分かっていてもつい胸がトキメキますわ~」

 

「あー、分かったあれでしょう。真実の愛とか言うやつ」

 

「うふふ、そんな存在のあやふやなものはどうでも良いのです。ただ、わたくし達貴族社会の女性の場合は両親が結婚相手を選びますから、憧れがあって」

 

「そこは男もあまり変わらないよ。貴族社会に自由恋愛の発想はないからねー」

 

「それもそうでした。でも一度で良いから身を焦がすような恋とか、してみたいですわね~」

 

「オレはいいや。終わるときが面倒そうだし」

 

 座席で気怠気に伸びをしながらそう言う彼には、その言葉通りそんな経験はありそうにない。けれどガラスビーズを弄る彼は、恋愛にまつわる嫌な思い出でも回想してしまったのか、渋い表情になっている。可哀想なことをしたかしら……?

 

「出ましたわ強者(モテ)の発想。狩りに行かないでも選り好みできる方は良いですこと」

 

 様子見のために冗談めかしてそう言えば、フェルディナンド様は「それはそれで苦労するんだよー?」と、いつもの飄々とした笑顔に戻ってくれた。まるで子供と大人の間の笑みね。

 

 はあぁ……ごめんなさい、ベルタ様にホーエンベルク様。わたしはお互いに惹かれ合っている貴方達を知っていても、この美しい恩人の不器用な初恋を、応援したいと思うのです。




短いのでもう一話投稿します。
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