転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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*6* 二度目の公演初日……って?

 

 勝負の日の朝というのは、人生で何度味わったところで慣れることなどないのだろう。小さな劇場前はすでに前回初日の観客数を越え、今日の舞台が前回よりさらに期待されているのだと分かる。

 

 そこで前回の舞台乱入(ハプニング)の経験をいかして、今日はいきなりどこに出されても恥をかかないように、侍女達任せのコーディネートで全身を固めてあった。

 

 新緑のスカートに山吹色のブラウスと白いレースショール。髪は半分を編み込み、残りは束ねてハーフアップ。ちょっと可愛らしすぎる気もするが、彼女達の美的感覚の方が私よりうんと良いのは揺るがない事実。

 

「いやー前回の初日公演といい今日といい、良い天気で良かったねー。晴れてる方が広告のドレスも目立つから注文数に期待が持てるよ」

 

「うふふ、これもわたし達の日頃の行いの良さですわ~。せっかく素敵な格好をしているのに雨では気分が下がりますものね~」

 

「アグネス嬢の言う通りだ。しかしこの天気で公演初日とは、帰った後のフランツ様達の機嫌は最悪だろうな」

 

 三者三様の言葉ではあるものの、私は最後のホーエンベルク様の言葉に同意の意を込めた苦笑を浮かべる。

 

「それは仕方がありませんわ。この人混みですもの。それにきちんと最終的には納得して下さいましたし」

 

 前日の授業後のお茶の時間は散々アウローラ達に駄々をこねられたけれど、流石に第一王子と第二王子とその婚約者を、人でごった返す初日公演に連れてこられるわけがない。だからこうして家庭教師陣だけを先にご招待してあるのだ。

 

「ベルタ先生、オレ達の相手はもう良いからさ、そろそろ準備に戻りなよ」

 

「あら、そうですわね~。挨拶だけのつもりだったのに、引き留めてしまってごめんなさい」

 

「公演が終わったらまた劇場の裏口で落ち合おう」

 

「気を遣わせてしまって申し訳ありません。では、また後で」

 

 三人に背中を押される形で開演まで残り四十分を切った劇場の中に駆け込み、最終確認作業に従事する。うちは雑用や大道具も基本的には皆でこなすものの、こういう時に手が空く人材はほとんどいない。理由は単純に全員が役者だからだ。

 

 視界の端ではヴァルトブルク様が団員達と最後の台詞合わせをし、その隣では今日の舞台の主人公のドレスと同じものを身に纏ったアンナが、観客への挨拶の練習をしているところだ。すぐ傍には同じ格好の女性団員もいる。

 

 主人公役の女性団員は背格好も妹と似ているので、並ぶと遠目にはまるで双子のようで微笑ましい。彼女も勿論我が領地の子だ。皆がどんどん成長していく姿を見ていると、時々あの領地で初めて舞台を上演した日から、随分と遠くに来てしまったように感じる。

 

 教え子の人生を変えるためにここまで精一杯走って来られた。だけどここから先、何を目標にして走って行くのだろうかと感傷的なことを考えてしまう。しかしその時、舞台の裏口から誰かが入って来るのが見えた。照明が暗めなのでここからだと顔が見えにくい。

 

 前回もお世話になった舞台記者かとも思ったものの、彼とはさっき表で顔を合わせたところだ。背格好も違う。では団員かとも思ったが、いまは皆舞台の方で最終打ち合わせ中だ。

 

 マナーのなっていない部外者かもしれない。皆開演直前で忙しそうだ。声をかけて緊張の糸が切れたらまずい。

 

 でももしも暴れられたら一人で取り押さえられるだろうか? しかし悩んでいる間にも裏口から楽屋の方へ歩み去ろうとする侵入者の姿。

 

 あちらには劇の最中で着替える服がいっぱいあるのだ。あれがライバル劇団の人間なら何をされるか考えて――……覚悟を決めた。最悪狭い通路を抜けた先にある楽屋からここまでは、全力で叫べば何とか聞こえるはずだ。

 

「ええと……背後から誰何(すいか)するのはかえって危ない。気付かれる前に狙うのは、脚、男なら◯◯、女なら何とかなるとして……話が通じなさそうならとにかく叫ぶ。上半身は避けられやすいから、無理に攻めない。覆い被さられたら、唾を目に吐きかけて、そのあとは……」

 

『いいかいベルタ。目は柔らかいから、女の子でも簡単に潰せる。目を潰して相手が怯んだら、次は耳を両側から全力で平手打ちだ。三半規管が死ねば、もう何もできないからね。後片付けには父様を呼びなさい』

 

 幼い頃からの父の教えを思い出しつつ武器に使えそうなホウキを手に、侵入者の後を追った。

 

 侵入者は案の定衣装が沢山かけられたラックの前に立っていた。しかし問題はこちらに背中を向けていなかったことだ。侵入者は、私を待っていた(・・・・・)

 

 俯き気味な相手の顔は、照明の薄暗いここでは見えづらい。咄嗟にホウキの柄を握りしめて距離を測る。ここまでの道は一本。勢い込んでギリギリの間合いまで近付く前で良かった。

 

「申し訳ありませんが……ここは関係者以外は立ち入り禁止です。公演を観に来られたのなら、表から入場して下さると嬉しいのだけれど」

 

 よく分からない相手に背中を見せて逃げるのは下策。話しかけつつジリジリと後ろに下がると、当然相手は無言で一歩こちらに近付く。何故かこの緊張感に憶えがある気がして――。

 

「……渡りガラス」

 

 気付けばそう呟いていた。フェルディナンド様に誘われた仮面舞踏会、全身真っ黒な衣装に身を包んだ、冗談の通じなさそうな渡りガラス。私は飛んで火に入った虫だったらしい。

 

 こちらの呟きが聞こえたのか、男がまた一歩こちらに踏む出す……と、言うよりも摺り足だ。明らかにカタギのお仕事をしている感じはない。明らかに前回も今回も私が叫べない場所を狙っている。

 

「私を拐うつもりなのかしら?」

 

 浅はかで無駄な時間稼ぎ。そう思ったのだろう相手は懐に手を入れる。殺すつもりだという無言の意思表示を受けて……嘗めんなと。

 

「大変、靴が足りないわ!!!」

 

 相手の予想を裏切って思いっきり叫んでやった。ここが楽屋だというのは旗色が悪いが、普通のご令嬢のように簡単になど拐われてやるものか。突然叫ぶと思わなかったのだろう。物騒な侵入者は一気にこちらへと駆け寄――る膝の高さにホウキをぶん投げる!

 

 真横に投げられたホウキを避けようとした男が片足を上げたところで、避けきれなかったもう片足がホウキの柄にひっかかって態勢を崩した。

 

 ――……好機到来! 

 

 近くにあった鏡台から香水瓶を手に取って男めがけてぶちまけたら、完全には背を向けない格好で壁を伝って用水路のザリガニバック!

 

 すぐに態勢を立て直したものの目に香水が入ったのか、闇雲に怒れる男がこちらに手を伸ばすのと、背後から「靴が足りないって本当ですかっ!?」という団員の声はほぼ同時。

 

 一本道の通路で逃げ場を失くした男と私が対峙する場面に駆けつけた数名の団員は、香水の臭いを全身からさせる男の異様さに気付き、狭い通路を横一列に塞ぐ。目の痛みと形勢逆転に相手が戸惑っている間に、団員達は一斉に飛びかかって侵入者を取り押さえた。見たか、我が領地の結束力を!

 

「ベルタお嬢様、お怪我はありませんか?」

 

「ええ、大丈夫よ。それよりもこの人は武器を持っているようなの。懐から取り上げてから、その辺りを警邏している騎士団の方をお連れして」

 

 少ない指示で察してくれた彼等はあっという間に役割分担をし、怪しげな薬瓶とナイフを取り上げられた侵入者は、街を警邏中だった騎士団の兵士に引き渡され、後日詳しい状況を聞きに来るということで裏口からひっそり退場した。

 

 けれどその時にはほとんどの団員達が準備の手を止めて、不安そうに私の周囲に集まってきていた。当然だ。この中で彼等や彼女等が頼るのは、領主代行の私しかいない。

 

 ――開演まで残り十分。

 

 せっかく高まっていた団員達の士気は、いまや見る影もなく下がっている。このままでは舞台公演初日は悲惨な演技になってしまう。

 

 考えろ、ベルタ。この落ちきったお通夜の雰囲気は、前世で生徒が入試前最後の全国模試の紙を持ってきた時にも味わった。志望校の合格判定はD。

 

 まぁ、あれは生徒の息抜きのゲーム時間が、勉強時間より長かったのが問題ではあるけれど……あの時のピンチを巻き返せたのだから、今回だってどうにかなる。

 

「お姉さま……!」

 

「義姉上が、ご無事で良かった。でも、まさかここまでするとは……」

 

 抱きついて震えるアンナの背中を撫でてやりながら、固い表情の義弟の言葉に「どうして?」と微笑み返す。すると信じられないものでも見るかのような皆の視線が一斉に私に集中した。この緊張感……なかなか演者の立場は大変そうだ。

 

「こんなに小さなこの劇団をそこまで憎んでくれるだなんて、光栄なことではないの。あちらは私達を恐れている。今日はきっと下剋上には持って来いの公演初日になるわ。そうでしょう?」

 

 唇に微笑みをのせ、小首を傾げて周囲の皆の目を一人ずつ見つめていく。

 

 ――開演まで残り五分。

 

 皆の瞳に闘志の光が灯る。

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