転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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*9* 退場の仕様は選ばせてよ!

 

 手持ちぶさたな昼下がり。コーゼル家での家庭教師日は以前までと変わらないので、非番の日も当然同じである。

 

 いつもよりゆっくり起床して、いつもよりゆっくり食事をとり、いつもよりゆっくりお茶の時間を楽しんでも時間が余ったので、これまでの出来事をちょっと振り返ってみることに。そうしてみたことである答えを導き出せた。

 

「うん。やっぱりそうしよう」

 

 書き物机の上に広げた分厚い日記帳をめくり、薄れ始めた前世のゲームチャートを組み立ててきた頁を見て結論が出た。転生した日付の頁に走り書きを加え続け、そのたびに回避をしまくったチャートが繋がるバッドエンディングは、もう今の時間軸には存在しない。

 

 事件からもうすぐ四週間。

 その間に登城した回数は、ゼロ。

 

 危険が及ばないようにとお互いに距離を取った結果、ホーエンベルク様達とも何となく疎遠になってしまったのだ。捜査のことで簡潔な伝言が届きはするものの、事件の全貌どころか敵の尻尾先の毛一本むしれていない。

 

 八方塞がりだけれど最近ふと思うのだ。毎日コーゼル家に出向いて教え子の授業をし、時にフェルディナンド様やアグネス様とのお茶を楽しみ、遊戯盤の構想を練ったりしていると“もうこのままでも良いのではないか?”と。

 

 私の現状は絶対死ぬ未来しかなかった教え子にこれまでとは違う婚約者ができて、いわば当初の目的を達成した上で元の生活に戻っただけだ。このままゆっくりと王都の生活からフェードアウトしていって私が領地に戻れば、このおかしな状況も解決する気がしてきた。

 

 ――……単に進捗情報がなさすぎて疲れただけと言えなくもないけれど。

 

 それに元々の狙いが私達姉妹の存在なのであれば、劇団の方は被らなくていい被害を被っただけだ。仮に結婚後アンナがヴァルトブルク様とこちらに住んで劇団を続けるなら、領地経営の方は昔と同じく私がやればいい。

 

 ヴァルトブルク様が元々向いていない王城勤務をしたくないのなら、これからは劇作家一本に絞ってしまうのもありだし、むしろその方がアンナも喜ぶだろう。フェルディナンド様とアグネス様とは子爵家同士の間柄だから、今後も付き合いを続けることは可能だ。

 

 まぁ……ホーエンベルク様とは難しくなるだろう。マキシム様とフランツ様、それに可愛いアウローラに至っては言うに及ばない。寂しいけれど潮時だ。

 

「うん……よし、破綻が一切ない完璧なプランだわ。今晩アンナとお父様が帰ってきたら相談してみようっと。たぶんアンナは多少ごねるだろうけど、お父様は元から私が王城に上がるのを嫌がっていたから大喜びしそうね」

 

 独り言を呟きつつも、毎晩疲れた顔をして帰ってくる父の疲労の何割かが、私がここに残り続ける我儘のせいだと知っていた。子煩悩で反抗期のアンナには少々煙たがられていても、父は有能な文官だ。

 

 一日の仕事量をこなすくらいわけもない。なのに毎日疲れているのは、私へ送られてくる手紙の妨害作業と、話したこともない同僚から持ちかけられる縁談話を煙に巻く作業が足を引っ張っているからだ。

 

 本来ならあんなに大量に求婚の手紙をもらえる器量ではないのに、私が侯爵家の娘に続き、第一王子の家庭教師に抜擢されたばかりに父には迷惑をかけた。

 

 でも自分が結婚して家庭を持つビジョンはまだ浮かばない。幸い嫁がないでも気にしないでいてくれる感じなので、この先私が文字通り独身貴族で過ごしても何も言われないだろう。次の目標は少し気が早いけど、妹の子供の家庭教師になることに設定しようか。

 

 最後に引っ張ったチャートの先に“ハッピーエンド”と書き添えて、上から大きく花丸を描く。これであの子はもう大丈夫。あとは私という舞台装置が去れば、この世界(ゲーム)は完結だ。今後は私が自分の人生を天寿まで生きれば良い。

 

 新しく立てた人生プランに満足して表紙を閉じ、日記帳の端についている小さな鍵をかけて鍵と本体を別々の場所に隠していたら、部屋のドアがノックされた。

 

 カモフラージュのためにベッドまで移動して「どうぞ」と応じれば、入室してきた侍女から「アンナお嬢様から伝言が届いております」と、可愛らしいカードを手渡される。

 

 そこには留め跳ねに癖のあるアンナの文字で“劇場の皆と次の公演の演目で意見が割れちゃったの。わたしの味方に来てお姉さま!”と書かれていた。

 

「ふふ……姉使いの荒い子ね。少し劇場まで出かけるから馬車の用意をお願い。遅くはならないと思うけれど、もしもお父様の方が早く戻ったら、私が話したいことがあるので帰宅後の気付けは一杯だけにしてと言っていたと伝えて頂戴」

 

「はい、かしこまりました」

 

「それと何か大人数で分けて食べられるお菓子で、美味しいお店があれば教えて欲しいの。使用人の皆なら知っているかしら」

 

「劇団員の皆様へのお土産ですか?」

 

「ええ。美味しいものを食べながらの方がきっと話も上手くいくわ」

 

 正確には胃袋を掴んで大人しくさせてから、妹の都合が良い方向へ話題の誘導をしようという姉心だけど。隣で「責任重大ですね」と表情を引き締めてくれる優しい侍女には言わずにおこう。

 

 使用人達の出してくれたお持たせ十選の結果を元に、上から四番目のクッキーとマドレーヌの焼き菓子セットを購入することに決め、用意された馬車に乗って屋敷を出たのは二時半。

 

 一番人気ではなく四番人気のものを選んだのは、純粋に行く道の途中にお店があるからと、何となく上位三番目までだとお店が混んでいそうだったからだ。それにどうせなら一日に二回ある公演の、三時の休憩時間を少し過ぎたくらいで劇場に到着できる方がいい。

 

 ちょい乗り用の小さな馬車は軽快に石畳の上を走り抜け、目的のお店から少し離れた場所で停めてもらった。我が屋敷独自集計の四番人気と言えど、お店はお馴染みさん客でそれなりに繁盛している。そんなところに馬車を横付けにするのはお店に迷惑がかかってしまう。

 

 若夫婦でやっている三角形の敷地に建つ素朴でこぢんまりとした店は、両側に出入口がある造りをしているが、基本的には馬車を停めている通りに面した入口の方からお客が入るからだ。

 

 心配してくれる馭者(ぎょしゃ)に目視できる距離なら一人でも大丈夫だと伝え、店内で、詰め合わせにしてもらう商品を注文し、それを包装してもらう間に店内の他の商品を眺めていると――。

 

 馬車を停めた方向の入口から反対側の住宅地に面した入口の外で、荷物を抱えた子供がお財布を落とすのが見えた。子供はそのことに気付かず住宅地の路地に向かって歩いて行く。

 

 店内のお客も、包装と注文を取ることで忙しい店主夫婦もその様子を見ていなかったのか、誰も何も言わない。手が空いているのは私だけだし、あの子が路地の奥に行けば土地勘のない私では店まで戻って来られないだろう。

 

 馬車で待ってもらっている馭者から見えにくくなることに少し迷ったものの、あれが全財産だったら大変だ。

 

「あの、ちょっとだけ外します。すぐに戻りますから」

 

 カウンター内の忙しそうな二人に聞こえたかは怪しいけれど、見失う前に追い付きたかったので、返事を聞く前に店の外へ出た。子供の背中は路地の角を曲がる寸前。声が届くか……考えるよりも先に財布を拾って走った。

 

「そこの子、待って! お財布を落としたわよー!」

 

 石畳の上をヒールで走るのは至難の技。子供の背中が消えた角を曲がった直後、いきなり何かが口に捩じ込まれた。生理的な涙が滲んでえづいていると、上から袋のようなものが被せられて視界が暗くなる。

 

んんんんんんんんんっ(なになになになになにっ)!?」

 

 叫んだものの言葉にならない。同時に爪先が地面から離れた感覚に、抱えあげられたのだと理解して暴れたけれど、あっという間に脚を押さえつけられる。ええええ、嘘、ちょっ、袋の上から縛った!?

 

んんんんんんっ(何をするのですっ)んんんんん(離しなさい)!!」

 

 異世界ってこんな町中で白昼堂々とした人攫いってあるの? というか、ゲームの世界観も違うし、キャラクターだって違うでしょう!? 

 

「“チッ、うるさいお嬢様だな”」

 

「“大人しい女だって聞いてたのに、これなら依頼料追加させてもらおうぜ”」

 

「“それ言うなら賢いって話だっただろ? 実際はこんな手に簡単に騙されてんだぜ。小遣い欲しさに手伝うスラムのガキよりバカ”」

 

「“ハハッ、違いないな。しかし、まさか本当にこんなカードで釣れるとは思ってなかった。代筆屋さまさまだ”」

 

 袋の外から聞こえた会話で唯一分かったのは、誘拐班が二人組の雇われで、他にも代筆屋が噛んでて、さっきの子供は無事だってことかな! それよりこのテンプレなチンピラめ……人のことを袋詰めにしといて好き勝手言うなよ! 

 

 こんな乙女ゲームヒロインみたいな事件(イベント)を起こされたって、こっちにはヒーロー不在なんだぞ!? 最悪殺されるやつじゃないか!!

 

んんんんんん(誰か助けて)ーーー!!」

 

 必死の抵抗も虚しく、モガモガ叫ぶ私が最後に聞いたのは「“うるせー寝てろ”」と言う声と、鳩尾辺りに走った痛みだった。

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