転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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★12★ 規格外の令嬢。

 

 二日前。

 

 ベルタ嬢が拐かされたという一報が入った時、身体中から血の気が引いた。城に籠ってランベルク公とその一派を見張っていた矢先の出来事だ。張り付いていれば大丈夫だと楽観視していたわけではない。

 

 ただ、まさかここまで短絡的で稚拙な横槍が入るとは思っていなかった。明らかに犯行の手口が狡猾なランベルク公とは繋がらない。しかしそうだとしても彼が望んだようにことが運んでいるように思えたのは確かだ。

 

 幸い一報は俺と、エリオット、そしてアグネス嬢という彼女の同僚である面々にしか送られなかったようで、フランツ様達の耳には届いていなかった。もしも知られてしまえば、あの幼さの残るアウローラ嬢ですら持ちうる権力を使って何をしでかすか分かったものではない。

 

 フランツ様に体調不良を訴え、エステルハージ殿と交わした約束を違え、彼女を護りきれなかったことへの謝罪にすぐにかの屋敷に駆け込めば、そこにはすでに後の二人も呼び出されており、その中心では沈痛な面持ちのアンナ嬢と、彼女を慰めるヴァルトブルク殿の姿があった。

 

 エリオットを呼んで話を訊けば、拐かしはアンナ嬢の名を借りたカードで行われたらしく……かなり泣いたのだろう。目蓋が腫れて痛々しかった。

 

 けれど意外なことに、痛ましい姿で項垂れる娘を慰めているかと思われたエステルハージ殿は、集まった俺達に向かってこう言った。

 

『一応報せをと思っただけだったのだが……随分とベルタは好かれているようだね。でもあの子には領主代行を任せる上で教えられることは何でも教えた。そこまで心配しなくとも大丈夫だよ。案外自力で帰ってくるのではないかな?』

 

 ――と。

 

 一瞬耳を疑ったが、その後すぐに『私はこれから登城して塵を一掃する準備作業があるから、もう仕事に戻るとするよ』と言った彼は、辞書のような書類の束を手に本当に出かけていってしまった。

 

 残されたアンナ嬢も意気消沈しつつ『お姉さまから何らかの形で連絡があるか、自力で戻られた場合には皆さんにお伝えします』と。これもまたそんなことが可能であると信じているように言い切った。

 

 集まった俺達は困惑の中、勧められるまま出された紅茶を飲んだのだが……彼女に対する絶大な信頼を持つエステルハージ家の面々を前に誰も口を挟めず。

 

 アンナ嬢が慎ましく鼻を鳴らしながら説明する、“姉がとりそうな行動分析”を聞かされる茶会になった。

 

***

 

 四日目。

 

「アグネス様、フェルディナンド様……ホーエンベルク様、この度はご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありません。少し囚われた先の後始末がしやすいように片付けてくるのに手間取ってしまって」

 

 帰還の一報を受けて集まり通されたエステルハージ家の応接室で、そう言いつつ困ったように紅茶のカップを持ち上げるベルタ嬢は、どこからどう見ても淑女教育のお手本のように見える所作で、恐ろしく不穏なことを口にした。

 

 ちなみに俺達がさっき玄関ホールへと足を踏み入れたのと入れ替わるように、非常ににこやかな表情を浮かべたエステルハージ殿とすれ違ったわけだが……。娘が無事に戻ってきたのに何をしに出かけたのかという疑問が晴れた。

 

 しかし少々疲労の色が見えるものの目で見える範囲に怪我もなく、おおよそ健康そうな彼女の姿に安堵する。

 

「いいえ~、こうしてご無事に戻られたことでチャラですわ~。アンナ様もエステルハージ様も心配するなと仰っておられましたし、わたしもベルタ様なら何とかなさりそうだと思ってしまいましたもの」

 

 本当は今日の一報が入るまで実家のスペンサー家と、雇用主のハインツ家に頼み込んで情報を探らせていたアグネス嬢が涼しい顔をして嘯く。寝不足で顔色が悪いのだろう、以前のように厚く塗られた化粧が彼女のプライドを表していた。

 

「そうそう、実際に自分で荷馬車を操って帰ってきたんでしょ? その辺何があったのか詳しく聞かせてよー。オレ達はベルタ先生の家族じゃないからどこまでが本気か分からないで心配したんだし」

 

「それは確かに聞いてみたい。一人で逃げるのに荷馬車は非効率だろうに、どうして馬だけで戻ってこなかったんだ?」

 

 エリオットにしてはまともな問いに、そういえばさっき劇場の団員達に無事を報せると、ヴァルトブルク殿と出かける途中だったアンナ嬢が『お姉さまが操れば、ボロい荷馬車も戦車(チャリオット)のようでしたわ!』と興奮していた様子を思い出す。

 

 基本的にこの家の人間は失礼ながら、領地が長閑な片田舎にあるとしても、貴族家としての教育方針と価値観がおかしい気がするが……。

 

 ――ともかく、どの程度の腕前なのか興味が湧いたが、それでも馬だけにして逃げた方が断然早いはずだ。すると彼女は少しだけ困ったように微笑み、紅茶を一口飲んでから口を開いた。

 

「フェルディナンド様に招待して頂いた仮面舞踏会と、五国戦記の第二期公演で私を襲った不審者を連れ帰って来たのですわ。アンナと同じ年頃の子供でしたし、だいぶ弱っていたので捨てて逃げるのも忍びなくて。それにこの一件の黒幕の正体を暴く切り札になってくれそうだなー、と」

 

 この時ベルタ・エステルハージという型破りな令嬢を前にした俺達の心情は、恐らく“何でそうなる”という言葉で満場一致していたに違いない。

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