転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆   作:タナゴコロ

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*13* 開き直って行こう。

 

 自力で見張りに残された誘拐犯五人を各個撃破し、拉致された隠れ家から荷馬車を奪い、恐らく暗殺者と思われる子供を連れてアイルビーバックした二日後、私は城に向けて馬車に揺られていた。

 

 何ということはない。逃げ隠れしても攫われるなら、もういっそ登城してしまおうと開き直ったのだ。

 

 それに私が無事な姿で闊歩する様を見せつけることで、多少のことでは奇人と名高いエステルハージ家の長女を黙らせられないと、一定の貴族達に圧力をかけることもできる。

 

 最悪私が死ぬことで教え子のルートや、家族の人生が変わってしまう可能性もあるかもしれない。帰って来た日に薄汚れた私を無言で抱き締めてくれた父の力強い腕と、泣きすぎて両目と鼻の頭を真っ赤にしたアンナを見て、そう思った。

 

 妙なことかもしれないけれど、モブの私が攫われたことで、この世界がゲームのシナリオだけで成り立っているわけではないと……そんな当たり前なのに、当たり前ではないことに気付いたのだ。

 

 (ベルタ)というキャラクターが死んだらゲームオーバーなのではなくて。私という個人が死んだら、家族や、教え子や、同僚や、領民や……色々な人が悲しんでくれる。それって結構責任重大だ。

 

 ――そんなことを考えていたら、馬車がゆっくりと停車した。

 

 攫われた日からすっかり心配性になった馭者に見送られながら、王城に続く石畳の道を歩く。するといくらもしないうちに、視線の先、城の通用門前に立つ人物がこちらに向かって手を振っていた。

 

 僅かな気恥ずかしさと懐かしさを胸に足早に近付いて行くと――。

 

「……おはよう、ベルタ嬢。今朝も時間ぴったりの登城だな」

 

「おはようございます、ホーエンベルク様。またここで待って頂くことになってしまって恐縮ですわ」

 

「前にも言ったと思うが、貴方が気にすることはない。本来ならこちらが屋敷まで迎えに行かなければならないくらいだ」

 

「いいえ。前にも申し上げましたが、ホーエンベルク様がここに立って下さっているだけでも、この職場に味方がいる安心感がありますもの」

 

 久し振りのやり取りに微笑み合い、どちらともなく歩き出す。向かう先は図書室。城内を歩く私の姿を見て数人のメイド達が顔を背けた。考えてみれば敵は彼女達の父親になるのだろう。顔を背けたメイドは要注意だ。

 

 誰もいない廊下でホーエンベルク様が、周囲を気にしつつ「彼の容態はどうだ?」と訊ねてきた。

 

「ええ、もうだいぶ熱も下がりましたし、お医者様のお話では、もう少ししたら熱で混濁している意識もはっきりするだろうとのことでしたわ。その節は本当に助かりました」

 

 その節とは連れ帰った暗殺者の彼の意識がない間に、熱があるのは承知の上で先に不衛生さをどうにかしようと、ホーエンベルク様の手を借りて入浴の手伝いをしてもらったことだ。

 

 ちなみにヒゲと髪の手入れはフェルディナンド様が担当してくれ、手当ては私が……と思っていたら、アグネス様まで『久々の共同作業ですわ~』と、痛々しい傷跡を残す彼を前に嫌な顔一つせず手伝ってくれた。良い友人達に恵まれている。

 

「それは……良かった、な」

 

「無理をなさらないで下さい。愚かなことをしている自覚はあるのです」

 

「いや、そんなことはない。貴方の判断は人として正しいことだ。愚かなのは……何年経っても国境線の戦場を忘れられない俺の方だ」

 

 自身が子爵から伯爵になった武功を立てた戦場のことを指しているのだろう。一瞬翳った彼の横顔に胸が痛む。

 

 前世も今世も戦場とは無縁の生活をしていた身では、どう言葉をかけたところで軽くなってしまう。本来は穏やかだろうこの人に寄り添える言葉を持たないことが、悔しかった。

 

 十年ほど国境線付近で戦闘を繰り広げ、近頃ようやく相手側に停戦和睦と言う名の従属をさせた、灰髪に紫の瞳を持つ異民族。その際に捕まって奴隷へと身分を落とされた者達も多かったと聞く。それがあの暗殺者の正体だった。

 

「俺が彼のような立場の者達を作ったというのにな」

 

「ホーエンベルク様のせいではありません。仮に貴男にその責があると言うのなら、この国で平和に暮らす私達の責でもあります」

 

 精一杯の偽りのない言葉でそう返せば、ホーエンベルク様が「貴方は本当に……」と言葉を探すように口ごもる。

 

 だから続きを待とうと立ち止まりかけたのに、そこへ「ようやく来たかベルタ!」「兄さん、少しは空気を読んで下さい!」という二人の王子の声と足音が割り込んでしまったせいで、続く彼の言葉は「就業時間だ」になってしまった。

 

 久々の王城勤務を一日こなし、お泊まりに来たいと駄々をこねる教え子と、何故かそれに便乗しようとする王子二人をホーエンベルク様の助力で引き剥がし、疲弊して屋敷に戻った。

 

 父もアンナもまだ帰っていなかったので、着替えもそこそこにあの少年を寝かせている部屋を訪れる。

 

 私の留守中に看病してくれるよう頼んでいたメイドと交代し、部屋の外で執事に待機してもらって、ドアを開けたまま部屋に入り、ベッド脇の椅子に腰をおろす。病人ではあるものの流石に暗殺者という職業柄物騒なので、きっちりと両手足を拘束してある。

 

 固く目蓋を閉ざした銀灰髪の少年の額を、いつものように水を絞った布巾で拭おうと手を伸ばしたそのとき、いきなり彼が目蓋を持ち上げて飛び起き――。

 

「……ヴィテッチェ!! スラーブラカ・ラマ!!」

 

 聞いたことのない言語でそうまくしたてたかと思うと、生暖かい感触を頬に感じる。それが目の前でベッドに飛び起きた少年が吐きかけた唾だと気付くのに、ほんの一瞬間が空いた。

 

 ――が。

 

 部屋の外にいた執事が飛び込んできたかと思うと、少年の顔面に往復ビンタをかまして再び寝付かせてしまった。我が家の使用人は少々戦闘力が高い。領地の家令も槍術を嗜んでいて、よく簡単な体捌きを教えてもらったものだ。

 

 初老とは思えない滑らかな手首のスナップに感心していると、振り返った彼が好好爺の顔で「お嬢様、お顔を洗って来られては?」と、胸ポケットから取り出したハンカチーフでサッと唾を拭ってくれる。紳士の鑑。

 

 突然のことだったので、ぼうっとしたまま「そうするわ」と返して部屋を出たものの、私と入れ代わりに部屋に呼ばれたメイドに「物置の片隅を片付けて、荒縄と水瓶の用意を頼みますよ」と言っているのを聞きつけ、慌てて部屋に舞い戻った。

 

 残念がる執事を宥め、父とアンナを出迎える準備を頼んで部屋から退場させ、もう一度椅子に腰をおろす。二十分ほど汗を拭ってやり、部屋の外にいるメイドにボウルの水を換えてもらったけれど、少年はその間に何度か譫言を呟いた。

 

「良い子ね……大丈夫よ、ここにいるわ」

 

 何と言っているのか分からないのに、思わずそう声をかけてしまうような表情は見ていて胸が痛む。小一時間ほどしてにわかに階下が騒がしくなり、父とアンナが帰宅したとの報せを受け、部屋を出て二人を出迎えたのだけれど――。

 

「彼が目を覚ましたそうじゃないかベルタ。父様も挨拶したいからそこを開けてくれないか?」

 

「いいえ、お父様。失礼ながら明らかに挨拶したい目ではありませんわ」

 

「そんなことはないさ。執事(ショーン)から彼が寝惚けているようだと聞いたから、少し顔を洗う手伝いをしてあげるだけだよ」

 

「逆さ釣りにして水を張った水瓶に浸けようとする行為は“少し顔を洗う”ではなく、拷問です。落ち着いて下さい」

 

「ではお姉さま、言葉が通じないらしい彼に、名前の綴りを訊ねるくらいは構いませんわよね?」

 

「普通に紙とインクとペンを持ってくるなら構わないけれど……どうしてそんなに分厚い小説の書き損じを持ってきたのか聞いてもいい?」

 

「ふふ、お姉さまったら両手を拘束しているのにペンは持てないでしょう? 紙の端で指先を切りつければインクと筆記具が揃うじゃない」

 

「アンナの発想力は凄いわね。でも駄目よ。紙の端で切った傷は治りが悪いわ」

 

 ……一歩遅かった。執事からすでに一部始終の情報を聞いてしまったらしい。

 

 彼を逆さ釣りにして水を張った水瓶に浸けようとする父と、小説を書き損じた紙束の端で彼の指先を更に切りつけようとする妹を前に、愛が重すぎる故の狂気に戦慄する。

 

 ちなみに執事は普通(?)に天井からぶら下げ、下穿きを着用させずに下に空の水瓶を置いておけば必要最低限の世話で済むと豪語して、私を震え上がらせた。

 

 ここにオフェンス=屋敷の全使用人と父、妹。ディフェンス=私。という世紀のアウェー試合が幕を開けようとしていた。この屋敷内で彼の人権を守れるのは、どうやら拾ってきた私しかいないようだ。

 

 その後ようやく二人を宥めて夕食の席に着き、今日の出来事を話しながらの穏やかな団欒に持ち込んだものの、やはり話題は未だ落ちたままの少年のものになる。

 

「――というわけで、私には彼が何と言ったのかさっぱり分からなくて。短い言葉でしたが、少なくとも近隣国の言葉との接点はないように思えます」

 

「ふむ。しかしベルタを害するように命を受けたのは間違いないのだから、ひとまず言葉が通じないとは考えにくい。単に起き抜けで動揺したから母国語が飛び出しただけならいいが、あれは国境線で揉めていたリベルカの民だ。この国であの者達の言葉をわざわざ通訳しようとする人間はいない」

 

「では、彼がこちらとの意志疎通を拒絶してわざと母国語を使っている場合、誰にも通訳できないということでしょうか?」

 

「そういうことだ。その場合はあれから有用な情報を引き出すのは難しいだろう」

 

 私の問いかけに父がパンを千切る手を止めて眉間に皺を刻む。すると隣で私達の会話に耳を傾けながらポタージュを飲んでいたアンナが、さも名案が浮かんだとばかりに笑みを深めて口を開いた。

 

「ならもう城の騎士団に直接引き渡してしまえば良いのよ。そうすればお父さまもわたしも手を汚さずに済むもの。あんな無礼者をこのまま置いていても、使い古したホウキより我が家の役に立ちませんわ。ね? そうしましょうお姉さま」

 

 ――我が家のお姫様はキレッキレである。どうにも父とは違い、未だに彼への殺意の波動が抑えられないようだ。歳が近い弊害だろうか。

 

「まぁ、アンナったら……舞台映えしそうな台詞ね。可愛い悪女さん」

 

「え、そう? お姉さまがそう言うなら次の作品に加えようかしら」

 

 まずい……私の遠回しな窘めの言葉が、ポジティブな変換をされて大変なことになろうとしている。チラリと救援を求めて父の方に視線をやれば、すぐに察してくれた父が頷き、口を開く。

 

「では、一度ホーエンベルク殿に訊ねてみてはどうだ。彼は国境線での従軍経験がある。恐らく捕虜にしたリベルカの者達と言葉を交わす機会もあっただろうし、彼はお前ほどではないが語学が達者だ。当時を思い出すのは面倒だろうが、ベルタの役に立てるなら彼も喜ぶさ」

 

 結論。

 我が家は身内に対して以外はドSしかいないらしい。

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