転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆ 作:タナゴコロ
今年も波瀾万丈な社交界シーズンが終わりに近付き、七月も残すところ一週間となったところで、
『あ、そうだベルタ先生、オレ達そろそろ領地に一旦戻るから』
『マリアンナ様はシーズンの終わる直前までハインツ家の方と行動されますし、ホーエンベルク様は職場が一緒な分、わたし達よりベルタ様を独り占めしていますから、今年は三人でデートしましょう~?』
『そーいうことー。ま、半分は冗談だけどさ、画集分のスケッチとかもしときたいんだよね。たっぷり五日間くらいお休みもぎ取ってきてよ』
――とフェルディナンド様達が誘ってくれたので、ホーエンベルク様に相談したのだけれど……意外なことにアウローラが引き下がり、マキシム様がごねた。
でもそこはフランツ様の『兄上はベルタさんが大好きですね』という煽りのおかげで、無事五日間のお休みをもらえることに。教え子の婚約者が有能で嬉しい。
一日目は、私が攫われたりしたゴタゴタでまだ観ていなかった、我がミステル座が誇る五国戦記の観劇に出かけ。
二日目は、街歩きをしながら画材屋さんを覗いたり、露店の雑貨を眺めて歩いたり、買い食いをしたりと、普通の若者らしいことを楽しんだ。
ちなみに休暇中の護衛は、
『うちの一族は狙われやすいのにフラフラ出歩くしとにかく弱いから、護衛はめちゃくちゃ強いよ。いつもはだいたいヴィーと一緒だからいらないんだけどね』
と言うので、フェルディナンド様のお屋敷の方々をお借りさせてもらっている。正直どこにいるのかまったく分からない。護衛される側にストレスを感じさせないのは凄いことだ。しかしそんな護衛の存在をいらないと言わしめるホーエンベルク様の武力がちょっと気になる。
三日目は、女の子向けの遊戯盤に出てくるアイテムを扱っているお店の視察へ。いつの間にかかなりの品数になっていて、店内は遊戯盤の攻略について熱く語り合うご令嬢で賑わっていた。見目麗しきオタク達である。
私はあまり服に詳しくないものの、アグネス様が数着王都限定のドレスを注文するのを眺め、フェルディナンド様が見立ててくれた小物を数点購入して店を出た。その後はいつも利用するカフェに寄り、ケーキと冷たい飲み物で遊び疲れた身体を癒やすことにした。
「うふふ、買いましたわね~」
「私も可愛らしいものが多くて珍しく購入してしまいましたわ。それにお店も大盛況で驚きました」
「でしょー。第二期の公演が始まってからは女主人公だしと思って、こっちでも商品を扱ってみたら大当たり。さらに人気が出てきたよ。劇中のドレスは注文できるけど、合わせる小物の中には王都限定のものもあるからね」
「何を隠そう、わたしもそれを購入しに来たのです。マリアンナ様がどうしても欲しがられて。ほら、このイヤーカフがそうですわ~」
そう言ってアグネス様が見せてくれたのは、透かし彫りにされた銀細工の大蛇の紋章と、そこに嵌め込まれたアメジストが揺れるイヤーカフ。劇中では男装をする主人公の耳許についている……らしい。
かなり前列の良い席を押さえないと見られないのだが、広告の絵には確かに耳許に描かれている。芸の細かさに思わず溜息が漏れた。
「まぁ……大蛇の紋章って女の子は嫌がるかと心配しましたけれど、格好良いのに可愛らしくできていますね」
「うちの一族は芸術系にだけ特化してるからねー。これくらいは当然だよ。職人の技が光ってるでしょ」
「流石にこれをつけて大きなお茶会には出られませんけれど、こういう小物で仲間を探すのも楽しそうですわよね~」
小休憩のつもりがいつの間にか新しい商品の話に広がり、さらに次の女の子向け遊戯盤の話にまで及んで……。
――、
――――、
――――――四時を告げる鐘の音で正気に戻った。
「いけない、もうこんな時間。今日はもう場所を移動するには遅いですし、明日の予定だけでも先に立ててしまいませんか?」
「ホントだ。時間配分まずったねー」
「でも楽しかったのだから、こういう失敗もたまには構いませんわ~」
「だね。残すところはスケッチだけど……枚数描くから二日は欲しいな。どこか公園にでも行く?」
肩をすくめたフェルディナンド様が出した案に頷きかけたものの、横から銀色に輝くフォークを持った手で制したアグネス様がゆるゆると首を横に振る。
「こんな季節に野外などお肌の大敵です。スケッチでしたら、是非我がスペンサー家にお越し下さいな~。大した屋敷ではないのですけど、わたしのお見合いに使う絵を描いてもらう専用の部屋がありますの」
「へぇ、良いねー。じゃあせっかくだし借りよっか?」
「ではアグネス様のお言葉に甘えさせて頂きますわ」
――という感じでトントン拍子で場所決めも完了し、メンバー中で一番門限の厳しい私に合わせてくれた二人と一緒に三日目を終えた。
――翌日。
前日にフェルディナンド様お手製のイヤリングをつけてくるようにとの指定を受けたので、それに合うちょっとだけ可愛らしいドレスを着てスペンサー家にお呼ばれした。
アグネス様の評価と違い、庭に力を入れたスペンサー家の屋敷は可愛らしく、前世で世界的に有名だったコーギーとお婆さんの庭を彷彿とさせるところだった。
案内されたお見合いの絵を描いてもらう専用のお部屋は、窓から庭を一望できる角部屋で。開け放ったバルコニーから夏草と花の香りが流れ込むこの一室が、彼女の自慢なのも頷けた。
そんな素敵な一室で用意された紅茶を飲んだり談笑を交えながら、私一人の立ち絵や、アグネス様とのツーショットを描いてもらうこと二時間。
「ねぇ、お二人さん。わたし少々目蓋を持ち上げることに疲れたので、そろそろ一度休憩を挟みませんか~?」
私の後ろで椅子の背もたれに身体を預けていたアグネス様が、のんびりとした声でそう告げたことで、さっき部屋に用意されていた紅茶を飲み切ってしまったことを思い出した。
「被写体が疲れたら良い絵が描けないから休憩は賛成だけど、目蓋を持ち上げるのに疲れるとか、アグネス嬢は相変わらず斬新だなー」
「でも確かに少し疲れましたね」
「ほら、ね? この辺で一度しっかりした休憩を挟んだ方が、きっと良いものができますわ~。ということで、紅茶のお代わりとお茶菓子を用意してもらえるように手配して参りますから、ちょっと席を外します~」
そう言うやササッと椅子から離れたアグネス様は、軽やかにドレスを翻して部屋から出ていってしまった。残された私達はその素早さと、廊下から聞こえてくる彼女の鼻歌にどちらともなく顔を見合わせ、クスリと笑う。
「あれは眠かったって言うよりも、きっとお喋りがしたくなったんだと思うね」
「ですね。でも、私もそろそろ二人とお喋りしたかったから嬉しいですわ」
「お嬢様方は暢気だなー。こっちは良い絵を描こうと思ってスケッチを量産してるっていうのに」
「ふふ、ごめんなさい」
「いーよ、冗談。だけどお茶が来るまでの間、ベルタ先生の絵だけもう数枚くらい描いていい? 楽に座ってくれてていいから」
「はい、勿論ですわ」
「ありがと。じゃあついでにちょっと砕けた感じの表情が欲しいから、お喋りしながら描くねー」
画板越しに聞こえるフェルディナンド様の間延びした声に笑うと、彼も画板から半分だけ覗く美しい顔を綻ばせた。
一瞬話題を探しているのか、シャシャッ、と紙の上を走る木炭の音だけが室内に響く。けれどすぐに画板の向こうで翡翠色の瞳が笑みの形に細められ、彼が口を開いた。
「ベルタ先生に質問なんだけど、結婚願望とかってある方?」
「うっ……結婚願望ですか。アウローラ様とお約束したのもありますが、今はまだ私自身も結婚についてフワフワした考えしかなくて」
「ふーん? だったら仮にどんなときなら結婚しようとか思うの?」
「ええと……」
「まさかの未来予想図なし?」
「……うふふ?」
「ま、いいや。じゃあさ、相手に求める理想はどんな感じなの」
「それなら答えられます。きちんと仕事をして、労働の対価に得た収入を家庭に入れる人ですわ」
「待った。それは割と普通のことだって、普通からずれた一族出身のオレでも言うわ。流石にもう少し夢を語ろう。背が高い方がいいとか、腕節が強いとか、アグネス嬢みたいに顔がいいってのもありだと思うよー」
確かこのやり取りは前にもしたな。そしてまったく同じ答えをもらった記憶がある。教え子や妹と違って、私はほとんど成長していないらしい。ここにアグネス様がいたら笑われてしまうところだ。
「お、思いやりがある人?」
「やけに抽象的だし疑問系ときたね。それならー……たとえばミステル座の中でなら誰が男前だとか、ベルタ先生が拾ってきた番犬クンとかは? あの子は顔立ちが異国風で絵になるよね」
ちなみに番犬クンとはガンガルのことだけれど、これは彼のことを嘲っての渾名ではなく、ベッドから起き上がれるようになった彼が屋敷の中でどこに行くにも私についてくるからだ。
妹に加えて弟ができたみたいで可愛い。アンナが何くれとなくお姉さん風を吹かせていて、餌付けというのか、毎日劇場の帰りにジャムをお土産に買ってきてはガンガルに食べさせている。
最初のトゲトゲした空気が日に日に丸っこくなっていく姿は、屋敷の使用人達にも伝播し、父も政敵の話を聞き出す際に褒美と称してブランデー入りのチョコを与えたりしていた。我が家の人間は基本的に一度懐に入れてしまえば甘やかすタイプなのだ。
「流石に妹より歳下の子をそういう対象としては見られませんわ」
「真面目か。でも理想がないんだったら、オレなんかどう?」
「あら、フェルディナンド様は私のお相手には勿体無いですわ」
「えー、何それ? オレはベルタ先生はイイ女だと思うから言ってるのに」
半分だけ覗いた彼の表情はこちらをからかうように微笑みを浮かべ、木炭を走らせる手の動きは少しも止まらない。彼の目に私は今どんな表情を浮かべて映っているのだろうか?
「ふふ、ありがとうございます」
「ちぇっ、絶対信じてないやつだ、その返し方」
言いながら、チシャ猫のように目を眇める彼を見て思う。きっと今の私は友人とのお喋りに満足して、楽しげに笑っているのだろうと。