超戦艦 Großer Kurfürst 作:U・K・Owen
某日 太平洋 白鯨艦内
「すまんな、邪魔するぜ」
白鯨がアラスカからの通信を受け取ってから数時間後、人の背丈の何倍もあるドッキングポートのシャッターの向こう側には、その艦名の通り野性味のあふれる女性が多少疲れた様子を見せながら立っていた。
大型巡洋艦アラスカ
そう名乗った彼女は、ほぼ同時に白鯨に接触してきた東洋艦隊の駆逐艦、ヴァンパイアに先を譲ると、彼女との邂逅の最中白鯨の周辺警戒にあたっていた。
彼女が所属しているらしい霧の北洋方面艦隊というのは、千早艦長曰く霧の編成表に載っていない艦隊らしい。
編成表に載っていない、その言葉が表すのは2つの全く違う意味。
一つは再編によって他管区と合併し、消滅したということ。
一つはそもそも存在しないか、
千早艦長曰く、彼女たちは後者に、その中でも更に後者に属する存在であるらしい。
霧と敵対する霧。
その単語は士官学校を腐れ縁の上陰と共に出てからもう10年近くこの霧に支配された海を眺めて過ごしてきた駒城たちにはあまりにも衝撃的なものであった。
事の発端は17年前、悪名高いあの『大海戦』から続くある種の因縁であると聞かされたときには軍務省にあってこの超級の機密に触れていたであろう上陰に対して若干の怒りとやけに北管区の霧の艦艇の配備数が多いことに対して一定の納得を示していた。
北洋方面艦隊、その名の通り管轄海域は北極点を中心として太平洋と大西洋を跨ぐように広がっているのだろう。
日本を取り囲む東洋方面艦隊をはじめとして少なくとも3つの艦隊と海域を接することを考えると、それはそれは激しい攻防戦が行われたのだろう。
だがしかし現実として彼女、アラスカはこうしてこの場に立っている。
それはつまり、彼女たちが勝利というほどではないまでも決定的な敗北をすることなくその勢力を守り通したということだろう。
最初に一言言った後、先程のヴァンパイアの時と同様に案内を始めた駒城に特に何も言うことなく艦内をチラチラと見ながら追随し、あまり慣れていなさそうな仕草で応接用のソファに腰を下ろした。
そうして対面に座った駒城を見ると、小さく嘆息したような息遣いを見せた後に口を開いて話し始めた。
「あー、スマンな、こういうのはあんまやったこと無いんだ。敬語…てやつもあんまり慣れてねぇからもうこの調子で行かせてもらうぞ。
――んじゃ、話を始めようか」
「話……とは?」
現在白鯨が航行している海域は太平洋ではあるが、彼女たちの支配海域である北方とは程遠い場所だ。
周囲を霧の艦隊による大規模かつ強固な包囲網によって閉ざされたその海域から出てきたと言うことは間違いなくそれなり以上の要件があるのだろうと予想できていたが、肝心のその要件が駒城には予想がつかなかった。
だが、そんな駒城の心情とは正反対に、何を馬鹿なことをと言わんばかりの口調でアラスカはその要件を口に出した。
「分かってんだろ? 401がいるとはいえ、アレがどれだけ窮地を乗り越えてきたとはいえ、アレはただの巡航潜水艦だし、あいつらはただの学生だ」
「何が…言いたいんですか?」
まるで401の戦いを見たかのような、そして千早艦長をはじめとしたクルーたちの身分についても詳しく知っているかのような物言いに、先程のヴァンパイアとの会話にて人類側の制度にあまり成通していないと考えていた駒城は大いに困惑し、わずか数節のその言葉を返すことで精一杯だった
「それだけの戦力で北米方面艦隊の警戒網を突破できるわけ無いだろって話。いくらオレらが奴らの主戦力を北に引き付けてるとはいえ、それでも戦力は膨大なんだよ、こんなバカでかい船を通せるとは思えない」
「は、はぁ…」
「あんたらもそう思ってるんだろ? レパルスさんよ」
そう言ってアラスカは駒城の左胸のポケットに入れられたヴァンパイアからの親書におもむろに、しかし明確にそうと分かるような力強い視線を向けた。
そこに入れられた親書は確かにヴァンパイアから渡されたものではあったが、彼女と関わることになった要件と先程の彼女の物言いから察するに、親書の送り主が彼女の上官であるレパルスであることは容易に想像できることであった。
決め台詞のようにアラスカが言ってから数秒が流れたが、親書の様子に変化はなく沈黙がその場に流れるとアラスカは若干きまりが悪そうに視線を駒城の目へと戻した。
「ま…まぁそれはそれとして、オレが…というかあのクソ上司から頼まれたのは北米方面艦隊の目が薄れる沿岸部までアンタら護衛しろってことだ。正直、あの嬢ちゃんがいなけりゃ少なくとも北米方面艦隊とぶつかるまではバレないと思ってたんだが……」
「あの…、率直に言って、どうして貴方がたが私どもに協力する理由が見えてこないのですが…」
「理由? そんな物オレも知らんよ。オレはあくまであのクソ上司の命令ってことでこっちに来てるんだ、はっきり言ってオマエらがどうなろうとどうでもいい。だがな、なんだかんだ言ってあのクソ上司についていけば楽しいし、美味い飯も食える。そんで何より愉快だ。オレ…というかオレらはあの愉快で馬鹿なアイツをほっとけなくてついてきてる」
「その、上司さんが貴女達の旗艦…ということで良いのでしょうか?」
「あぁ、あんのクソ上司、ほとんど休み無しで駆けずり回らせやがって。新発売のハンバーガー食いたかったのによ…」
先程からアラスカの言葉の節々に出てくる若干の侮蔑と苛立ちを含みつつも、明確な誇らしさを感じさせる単語。そこからは、彼女たち北洋方面艦隊の主である『クソ上司』を面倒だと思いつつも仮称彼女の下にいることに攻撃的な不満を抱いているのではなく、一種の尊敬に似た感情を寄せていることが感じられた。
そんな関係性の彼女たちだからこそ、『大海戦』から17年の間周囲の艦隊からの攻勢を跳ね除けその勢力を守り通しているのだろうと改めて思い至る。
「とにかく、オレはあくまでアンタらの護衛ってことで回されてんだ。そっちの動きには干渉しねぇが、仮に北米の連中から攻撃を受けたときは艦体を盾にしてもアンタを陸に届けると誓うぜ」
たかだか出会って数時間、アラスカからすればそれより前から追跡していたのかもしれないが、会話を交わしたのは今回が初めてだ。
いくら兵器としての霧の艦隊にとって絶対とも言える艦隊旗艦の命令とはいえ、どうしてそこまで、文字通り身を挺する宣言ができるのか。合理主義の塊とも言える統制軍で少なくない時間を過ごしてきた駒城には理解できないと言うほどではないものの、先のヴァンパイアとは違う人間としての上手さを感じずにはいられなかった。
上手さや巧さというよりもむしろ、文字通り精神構造がヴァンパイアより、あるいは若さを全く感じさせないほどの老練さすら漂わせる千早艦長よりも、ある面では成熟しているのではないかと思ってしまうほどに、その言葉には迷いというものがが介在していなかった。
「そちらの事情は概ね理解はしましたが……どうしてそこまで? 私共と貴女方には目立った接点はなかったはずですが…」
「どうしてっていやぁこっちも言いにくいけどよ……なんというか…
「――
――厳密に言うと後者は前者とイコールとは言えないが、前者は後者とほとんどイコールであると言えるだろう。
ともかく、この2つの単語はこの状況においては同じ一つの意味を表すと見ていいだろう。
つまりは彼女ら北洋方面艦隊がこれより前に人類と接触、いや、ある種の共闘すら行っていたことを強く示していた。
ではその共闘はどこで行われたのか、答えは一つしか無い『大海戦』だ。
北洋方面艦隊が霧との敵対を始めたのは約17年前、それと同時期に発生した『大海戦』を最後に人類は外海への進出と奪還を半ば諦めていた。
諦めていた、と言っても振動弾頭をはじめとした新兵器の試験として海上に出ることはあったが、北洋方面艦隊はもちろん日本近海を巡航する東洋方面艦隊所属の巡航艦隊にすら接触することはなかった。
そのため霧と敵対した北洋方面艦隊と人類が接触できるチャンスは『大海戦』が最初で最後となる。
アラスカへと質問を投げかけながらそれに思い至ったが、そのことを口に出すよりも早く、アラスカはその口を上機嫌に歪ませながら先回りして回答を渡した。
「アンタの思う通り、オレたちの前っていうのは、あー、何だっけ、大…海戦…だっけ? アンタらがそう呼ぶ戦いのことだ」
「やはり……ですがそのような話、私達には何も――」
「そりゃあそうだろうよ、仮にも国家、いや世界を賭けた一大決戦だ。自信を持って送り出した艦隊がぼろぼろになって敗走した上、それがまさか敵の裏切りに助けられたとあっちゃあ頭の面子ってやつに関わるんだろうさ」
確かに、その言い分は十分に理解できるし、世界規模で霧憎しの感情が渦巻いていた当時ならば各国の上層部がそのような決断に至ったとしてもなんら不思議ではない。
それに『大海戦』直後から囁かれているとある噂があった。
『被害が少なすぎる』
多くの迂遠な言い回しによって修飾されていることが多いが、その殆どはこのような内容だ。
これは決して統制軍への支持が低かったことを示しているのではなく、帰還した艦船の被害分散の状況があまりにも激しかったことから生まれた都市伝説のようなものであった。
帰還した艦には重大な被害は少なく、存在したとしてもレーダーアンテナが熱によって捻じ曲がったという程度の極めて軽微で戦闘はともかく航行に支障の無いものばかりであった。
しかしながら未帰還数は膨大であり、それから考えるのならば帰還した艦も満身創痍の状態でなければおかしい。
まるで霧の艦隊からの攻撃が途中で途絶え、その段階で生き残っていた艦のみが母港に帰還したかのような有り様であった。
しかしながら当時あの海域に霧の艦隊と人類連合艦隊以外の勢力は存在せず、帰ってきた人員にも箝口令のようなものが敷かれたため、その真実はいよいよ明かされずじまいとなった。
そんな事もあってか、この噂は市井より統制軍内部に置いて大きく広まっていた。
だが、彼女たちの介入が存在していたのなら頷ける話だ。
自身と同じ霧の艦艇相手ならば東洋、北米方面艦隊も無視することはできない。
「……何度も同じようなことを聞くようですみませんが、何故そのようなことを?」
「あ~…、何だ、アイツ曰く『未来を見たい』んだそうだ」
「それは…なんともロマンチックな方ですね…」
先程までの真面目な雰囲気から打って変わってアラスカの口から飛び出た数世代前の少年漫画のような台詞に少しだけ込み上げた笑いを噛み殺し、なんでもないかの様に続けるが傍から見ればその真意はバレバレであった。
「ま、そんなロマンチストについてきたバカどもが今のオレ達ってわけだ」
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「――とりあえず、こっちも話したいことは終わったからそろそろ艦に戻ろうと思うんだが…まだなんかあるか?」
「え、えぇ、こちらも特にはありません。先程の件に関しては私共の中で今一度検討させてもらいます。」
「頼んだぞ? そっちの返答次第でどうこう…ということはないがオレがアイツに謝らにゃならんかもしれん」
そう言ってアラスカはドッキングポートのハッチの外側へと歩を進めたが、途中で何かを思い出したかのように駒城たちの方へ振り返った。
「そういえば401の艦長ってどんなやつなんだ? さっきまでここにいたんだろ?」
「なんというか…見た目の三倍以上に老練な方ですけど、千早艦長がどうかしたのですか?」
「いやな、うちのクソ上司が学園にいた頃に交友があったらしくてな。何でも何を思ったかアイツ、エレ……何とかいう名前で今更学校に行ってたらしいぞ、おもしれーよな」
その言葉を言い終わると今度こそアラスカは駒城たちに背を向け閉じ始めたドッキングポートのシャッターを潜って向こう側へと消えていった。
直後、最初から駒城の右胸のポケットに入れられていた小型の量子通信デバイスの通信先から息を呑む様な音がなった。
3000文字くらいで別視点に映るつもりだったのに思ったより長くなってしまった…
つづく…
…んだぞ
ムサシ追撃戦、GKちゃんは?
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参加
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不参加(ティルピッツ主導)