超戦艦 Großer Kurfürst 作:U・K・Owen
某日 大西洋北部
「流石は超戦艦サマ、まさかここまで逃げられるとはね」
「………」
荒れ狂う海上に一つの声が響く。
方や、先の声の主である大戦艦ビスマルク。
方や、霧の艦隊総旗艦であるヤマトと同等の戦闘能力を誇る超戦艦ムサシ。
欧州方面艦隊を率いるビスマルクと千早翔像が指揮する緋色の艦隊の旗艦を務めるムサシは翔像らがとある物を追って大西洋へと足を踏み入れてから一種の協力関係と言えるものを築いていたが、ムサシが予見し、ビスマルクが肯定した通り彼女らは決別した。
実のところ緋色の艦隊はその構成艦の多くがビスマルクの指揮下である欧州方面艦隊の艦で構成されており、真の意味で翔像の手札と言えるものは自身の乗艦であるムサシと太平洋に向かわせたゾルダン・スタークの駆る潜水艦U-2501のみであり、今現在戦力的な優位は明らかにビスマルクの手中にあった。
ビスマルクの背後に控えるのは大戦艦リシュリュー、シャルンホルストを筆頭とする数多の艦艇群。
その中には霧の地中海方面艦隊の現行旗艦である大戦艦ローマの姿もあり、ビスマルクの影響力が編成上の部下である欧州方面艦隊の域を超えて霧の中に広まっていることが察せられた。
翔像が求めたものは何だったのか、なぜビスマルクはムサシと決別するに至ったのか。
霧に包まれた古都 セヴァストポリ
それこそが翔像が求める緋色の艦隊の目的地であり、ビスマルクがムサシとともに行動するある種の限界点であった。
セヴァストポリは霧の艦隊の本格始動から間を置かずして『霧の回廊』と呼ばれる正体不明の濃霧に包まれ、その内部の情報は当時から何一つ更新されないままであった。
この『霧の回廊』は霧の艦隊の能力を持ってしてもその全容が掴めないものであり、明らかに『霧の上位者』とでも言うべき存在が関わっていることに間違いなかった。
だからこそ、千早翔像は嘗ての大帝国イギリスと手を組むことで、現在ヨーロッパを席巻する騎士団への反攻作戦という名目のもとに地中海へと艦を進め、セヴァストポリへと迫っていた。
だが、世界はそう簡単に彼に真実を見せようとはしなかった。
地中海に侵入してしばらく、突如としてビスマルクが反旗を翻した。
ビスマルクの正体。彼女こそが緋色の艦隊であり、上位者――グレーテルの守護者。
翔像が探し求めた、『霧の上位者』に繋がるたった一つのパスとでも言うべき存在。
だが、その行動は翔像の予測通りでもあった。
最初の疑念は、遡れば限りない。
あえて明確な点を上げるとするならば、やはり先日の北洋方面艦隊との一戦であろうか。
あのとき、欧州方面艦隊からすれば積極的に北洋方面艦隊を攻撃する必要はなかった。
確かに北洋方面艦隊は欧州方面艦隊にとって不倶戴天の敵とでも言うべき存在であったが、問題の大本である北洋方面艦隊の旗艦は太平洋にあり、ビスマルクが手を下す範囲ではなかった。
額面上の戦力においても北米方面艦隊の主力は太平洋であり、対処は彼女らに任せ、欧州方面艦隊は現在の勢力ラインを固守しつつ北洋方面艦隊が攻勢を仕掛けてきた場合に押し返す程度で良い。
太平洋側には北米方面艦隊に加え、東洋方面艦隊、それにあのヤマトもいる。
ヤマトの行動原理が不安定とはいえ、それを抜きにしても絶大な戦力に囲まれてはいくらあの特異点とも言うべき北洋方面艦隊の旗艦と言えどもいずれ戦闘能力が枯渇し戦線が崩壊するのは目に見えていた。
しかし実際に攻勢に出たのは地球の裏側である大西洋側であり、自身の息子と激戦を繰り広げているコンゴウはともかく北米方面艦隊は勢力境界に常時より増強した艦隊を貼り付けるのみであり、未だに太平洋にあると思われている北洋方面艦隊の旗艦には特段何の攻撃も加えていない。
精々が、大陸沿岸のピケット部隊を外洋へと引き抜いたのみだった。
その上、攻勢を仕掛けた欧州方面艦隊も投入した戦力はバルト海に展開していた第一特務艦隊のみであり、勢力境界を超えて進軍することもなく北洋方面艦隊のティルピッツが率いる第一巡航艦隊との戦闘の末痛み分けのような形で双方幕を下ろした。
そもそも兵站限界から考慮しても大西洋への逆侵攻が不可能である北洋方面艦隊はともかくとして、特務艦隊が被った被害は微々たるものであり、ビスマルクが麾下の巡航艦隊に下令すれば北洋方面艦隊の追撃は容易だろう。
にも関わらず、ビスマルクは北洋方面艦隊に対してそれ以上の攻撃を行わずに早々に特務艦隊を撤退させた。
ここから読み取れる意図は『特務艦隊の損耗を限りなく減らしたい』というものと『だからといって巡航艦隊にも関わらせたくない』の2つであり、つまりビスマルクが北洋方面艦隊の殲滅より自勢力の戦力維持に重きをおいたことを示していた。
先述の通り何らかのきっかけさえあれば北洋方面艦隊をジリ貧状態に追い込んで徐々にその勢力を減少させることは可能であるが、今回ビスマルクはそれとは別の案件を優先しているということ。
そして、北洋方面艦隊に対する虎の子
では、現時点においてのビスマルクから見た最大の脅威とは何か。
「………」
そこまで考えたところで、ムサシ艦上にて指揮を取る翔像のバイザーを目にかけた顔に自嘲するような小さな笑みが浮かんだ。
結局のところ、分かってはいた。
古くから存在する北洋方面艦隊という敵への対処の優先度を一時的に下げたということはそれに匹敵する脅威が新たに現れた、もしくは侵入してきたことを意味する。
つまりは、私達だ。
「お父様? どうかされたのですか?」
先程の笑みの真意を測りかねたのか艦の舳先に立っていたムサシのメンタルモデルが翔像の方へ振り返りつつそう問いかけた。
彼女の表情にはこの状況に対する怯えや不安などは一切なく、翔像と共に兵器の本懐である戦いの場にその身を置けることへの歓喜すら浮かんでいた。
しかしながらムサシの被害状況はその表情とは裏腹に深刻なものであった。
相手は実質的に欧州方面艦隊全てな上、先程からレーダーに正面海域にて展開している大規模艦隊の反応が映り込んでいた。
間違いなく例の特務艦隊であり、現在の最優先目標に対して砲門を開いているのだろう。
超戦艦として圧倒的な出力を誇るムサシの砲撃によって後方の艦隊はある程度数を減らしているがこのまま行けば挟撃によりジリ貧となっていずれ撃沈されるのはムサシの方であった。
「――いや、少し感傷をな…」
しばしの間返答に悩んだ末にそう返した最中、ムサシの右舷方向を一際太い、ムサシの全高にすら匹敵する爆光が包み込むようにして前方から後方へと駆け抜けた。
その光は海面を滑るようにして突き進み、ビスマルクの右舷側後方にて今まさにムサシを撃ち抜かんと砲口にまばゆい光を迸らせていたリシュリューの艦首へと突き刺さる。
リシュリューの保有するクラインフィールドとの数瞬のせめぎ合いもなく、まるで紙くずのようにそれを押しのけて貫いた後、そのままの勢いでリシュリューとその更に後方につけていた大戦艦グナイゼナウすら易易と貫いた。
あとに残るはもはや船であることすら疑われかねない鈍色の残骸のみ。
「情報更新、本艦前方、特務艦隊の更に北方に大規模艦隊の展開を確認」
「ちっ……もう出てきやがったか」
ムサシが歌うように告げるその報告は文字通り彼女らにとって福音にも劣らないものであり、ビスマルクにとってはそれまで己が組み立ててきた計画の破綻を意味するものであった。
<<<<<>>>>>
某日 横須賀 海洋総合技術学園
「これで――この国の代表者が全て、一同に介しましたね」
横須賀の象徴的な建造物の一つである海洋総合技術学園。
国内最大規模の学び舎であるその地下に広がる大規模な駐車場にて、言葉通り日本の三大巨頭が顔を会わせていた。
南管区首相、四天桃花。
北管区首相、刑部眞
「私の就任式以来ですか?」
中央管区首相、楓信義。
海面上昇と霧の艦隊による海上封鎖によって本州・九州・北海道の三地域が完全に分断された今となっては、この三つの肩書を持つ者たちがこうして物理的な接触を行うことは極めて稀であり、僅かながらに残るネットワークを通じたリモートでの対談が常となっていた。
「そうね」
ではなぜ今回ここに至ってこの三人がこの場所に集結することとなったのか。
もちろん、それ相応の理由があることは間違いではない。
数十年前ならば当たり前に行われていたとあるイベント。
今となっては当人たちですらそれがどういったものなのか一切理解していないそのイベントを見届けるために、彼らはここに集ったのである。
それだけならば、いつものようにリモートでの出席で済ませたかもしれない。
だが、曲がりなりにも日本という一つの国家を背負うものとして、見極めなければならないものが、ここにはあった。
「それだけでも今回のイベントはこの国にとって記念すべきものと言えましょう」
「まさか、学園祭を行うとはね」
「我が国にとっては今や国家事業ですよ、学園祭は。情けない事にね」
『大海戦』で足に負傷を負って以降、愛用している車椅子に腰を預けたまま楓は目頭を指で軽く押さえながら自嘲するかのようなため息を混じらせながら四天の言葉に返す。
『大海戦』前ならば青春の代名詞として全国の学生が笑いと涙の中でもって楽しんだありふれた行事。
しかし『大海戦』により人類の敗北が決定的なものとなり、徐々に資源の底が見え始めるとともにそのイベントは全国の学校から自然消滅していった。
何時の世も、危機に至った際に真っ先に削られるのは娯楽であることに変わりはなかった。
「停滞よりはずっとマシと言えるでしょう?」
「そうですね」
四天の言葉の裏側にどこか核心をついたような響きを感じ取った楓は、目頭を抑えていた右手を車椅子の肘掛けへと戻すと、そこに収納されていた金属製のシンプルな杖を手に取り、腰を軽く上げた。
「ではそろそろ」
だがしかし、その様子を見ていた四天が無言で微笑みかけると楓は観念したように車椅子へと腰を戻した。
楓信義の足は完治していない。
十七年前、あきつ丸の副長として『大海戦』に望んだ彼は、その激戦の最中、自らの足に多大な損傷を負った。
発展目覚ましい医療技術によって何とか短時間の歩行程度はこなせるまでに回復したもの、その歩行にも杖は必須な上、下半身にこれ以上の負荷を与えないために普段の執務中は車椅子が常であった。
無論このことは周知の事実であり、四天が無言の制止を行ったのもこれが原因であった。
「鉄道での長旅は本当に久しぶり。おかげでウチの電源車の電池は空になってしまったわ」
結局、楓は自身が腰掛ける車椅子を四天に押されながら学園祭の会場へと続く通路を進んでいた。
海上封鎖により船舶移動は制限されている上、航空機も撃墜の疑念が振り払えない以上、消去法的に移動手段は陸路の鉄道移動しかなかったのであるが、このご時世に満足な電線などが残っているはずもなく、電源車を多数牽引しての移動が常であった。
「大丈夫。中央管区が責任を持って、帰して差し上げますよ。無論、北管区の列車も」
「お気遣いありがとうございます」
デザインチャイルドとして生まれた背景を持つからか、口数の少ない刑部が手短にそう返すと、四天が予想があたったと言わんばかりの笑みを浮かべながら楓を覗き込んで口を開いた。
「実はね、ありったけの電源車を牽引してきたのよ。そっちにも電力をいただきたいわ」
「――流石というか、あなたという人は……」
伊達に南管区を束ねている訳ではなく、四天は用意周到に必要以上の電源車を中央管区に持ち込んでいたらしい。
おそらくだが先程の発言からして余分に電源車を繋いできたためにこちらに来るのに電気を全て使い切るような事態に至ったのだろう。
「手配しましょう。今は電気だけは唸る程ありますから」
「――彼女達のおかげで」
ちょうど楓がそう返したところで、会場に繋がる扉の前に立つ二人の人型が目に入る。
一人は資料にあった401とよく似た風貌の少女。
もう一人は見慣れない黒の軍服を身にまとい深々と帽子を被った少女であった。
その二人が無言で楓達に向かってお辞儀をすると、開いた扉を抜けた楓達の後ろに何も言わず追随した。
GK「ねぇ!? これでいいの!? なんか入場門でコトノに呼び止められたと思ったら“とりあえず大物感出しといて”って言われて連れてこられたんだけど!?」
402「黙れ」
つづく…
……?
ムサシ追撃戦、GKちゃんは?
-
参加
-
不参加(ティルピッツ主導)