超戦艦 Großer Kurfürst 作:U・K・Owen
某日 横須賀 第四施設跡屋上
イブキがグローサー・クルフュルストとの通信を終え、一息をついて海洋総合技術学園規定のバッグからシンプルなフォントでコーヒーと書かれたアルミ缶を取り出すと、傷一つない指を滑り込ませてプルタブを引き上げた。
金属特有の音が小さく響き、蓋に開いた穴から暗色の液体が顔をのぞかせる。
「――そっちの旗艦サマからは何て?」
学園に転校して数ヶ月とは思えない洗練された動きに目を細めつつ、廃墟と化した屋上に僅かに残る手すりに手を掛けながらタカオは問う。
彼女にイブキの通信は聞こえていなかったが、先程まで無言で本を弄りつつ船を漕いでいた彼女が急に立ち上がったかと思えば表情をコロコロと変え、終いには苦々しい顔で自分のバッグから缶を取り出して躊躇せずに一杯。
なにか都合が悪いことがあったのは明白であった。
「いえ、特に何も……ただ、面倒なことになりそうだな、と」
この時点において、イブキは既に一度目の通信と先程の通信の相手が異なることを感覚的に察知していた。だがしかし、一種の事なかれ主義を心情とする彼女は彼女自身のよく知るグローサー・クルフュルストとの通信においてそれを言葉にすることはなかった。
幸いイブキたちをこの場所へと向かわせた一度目の通信の主も特段こちらに害意を向けている様子はなく、むしろ目的を理解して支援している風ですらあった。
だからこそ一度目の通信の主のことをグローサー・クルフュルストが全くもって関知していなかったと知ったときは驚きこそしたが、相手は遥か格上の超戦艦。もしくはそのシステムを部分的ながらも乗っ取ることができる存在。
すぐに自分の領分ではないと悟り、答えをはぐらかした。
間違いなく只事ではないが、我が上司ならばこれまでそうして来たようになんだかんだ上手くやってくれるだろう。
根拠のないそうした確信を抱かせる不思議な魅力が、彼女にはあった。
十七年前のあの日を私達の脳裏に焼き付けた、あの光が。
「面倒なこと……ねぇ…」
「えぇ、あの子の手綱も握らないといけませんし」
「げ……ちゃんと見張っといてよ? こっちもそういうのは手一杯なんだから」
「分かってますよ」
そう言ってイブキは自身の背後へと視線を回す。
そこでは妹であり現状の悩みのタネその二であるクラマが床に寝転がりながら分厚いアルバムを片手でゆっくりと捲っていた。
先程の通信において一部とはいえ要望が認められたからなのか、それともただアルバムを眺めるのが楽しいからなのかその表情は実に上機嫌そうであった。
準備だけはしておくようにと言われたアレは威力こそ高いが、その瞬間火力故にこのような場所での使用には絶望的に向かない。
流石にそれくらいはクラマも分かっていると思いたいが、彼女の性格を考えるとあまり期待できそうにない。
救いといえば、アレは高度な同調率を頼りに動かすものであるためにクラマ単独では使用が不可能である点ぐらいか。
しかしクラマの性格的に個艦運用できるギリギリの規模の兵器を持ち出してくる可能性は否定できない。
そういった不確定性もあって、イブキの心中は暗雲が渦巻いていた。
諦めたようにタカオに言葉を返すと、その現実から目を逸らすように右手に持ったコーヒーに口をつけた。
先程学園内の自動販売機で購入したそれは缶コーヒー特有の軽い匂いを漂わせていたが、一部食料品に一家言ある者もいる自らの故郷では嗅ぐことのないこの香りをイブキは何処か気に入ってすらいた。
「そういえば――」
会話が途絶えた状況に耐えかねたのかタカオが唐突にイブキへと言葉を発した。
「アンタってなんでこんなところにいるワケ?」
「こんなところって……もちろんあの人に頼まれたからですけど」
「いや、アンタってあの
「その401バカっていうのが果てしなく気になりますけど、まぁそうですね。否定はしません」
イブキは授業間の暇な時間の多くを学園に設置された図書室で過ごしており、そんな彼女を外へと連れ出そうとする姿が多くの生徒に目撃されている妹のクラマとは反対に、やや内向的な性格として見られていた。
それはタカオも例外ではなく、グローサー・クルフュルストのような者を苦手とするようにしか思えなかった。
「だったらなおさら、あの傍若無人なやつに特に何も言わずに付き合ってるのが違和感あってね」
「…………そういうことですか」
「お姉ちゃん、三番搬入口に発見。こっちに向かってきてる」
イブキが缶コーヒーを床において答えようとした直後、寝転がっていたクラマが急に立ち上がったかと思えば、備えていた相手がここまでやってきたことを告げた。
「ちょうどいいです。一つ、話をすることにしましょう。クラマ、観測役頼める?」
「オッケーオッケー!」
<<<<>>>>
横須賀 第四施設三番搬入口
――感情っていうのは、私達には理解できないほど複雑で、難解で、何より面倒くさいものなんですよ。
「こちらキリシマ、目的地に到着した。オーバー」
「オーバーも何も、私達もここにいるが」
「雰囲気だよ雰囲気」
「そういうものか」
――時に、その持ち主に生きる希望を与え、時に持ち主に凄惨な死すら与える。
海洋総合技術学園で行われている学園祭の日程も佳境に入り始めていた頃、キリシマ、ハルナ、そしてスィノプの三名の姿は会場内にはなく、学園の奥に隠されるように建造された小さなトンネルの入口にあった。
公式には三番搬入口と呼ばれているそのトンネルは今は機能を停止している第四施設に通じており、大火によって第四施設が廃墟になり、その中に息づいている秘密に中央管区政府が触れた後に建造されたものだった。
――ですが、私と……あの人は、そんな感情について少なくとも貴方達よりは詳しく知っているつもりです。
世間的に第四施設事件は学生の実習中におきた悲劇的な事故ということになっており、その現場へ運び込まれていくものは解体用の機材で然るべきだ。
だが、真実は中央管区政府の知るところとなり、彼らは第四施設跡をおいそれと解体するわけには行かなくなった。
運び込まれたのはクレーンではなく警備用のドローン、事故の記録に書き込まれたのは凄惨な事故現場ではなく人知を超えたナニカ。
そのようなことが世間に露見したら何が起こるか予測できない。
ならば、 それに関するものは秘されなければならない。
それが新たなトンネルの工事を必要とするものだとしても、政府に躊躇などなかった。
第四施設内部の秘密は、それほど重要なものだったのだから。
――ですが、だからこそ言えることがいくつかあります。
しかし、結果から言えばそれらの隠蔽工作は完全には成功しなかった。
『第四施設にはなにかがある』
漠然としながらも、都市伝説のような形で広まったその噂は軍部を離れ、一介の政治家として政府に関わっていた良寛の耳にも届いた。それほどまでに、その噂は実感を伴っていた。
――そのうちの一つとして、教訓めいていますが。
「妨害なくここまでこれましたが、これからどうします?」
――『孤独は人を殺す』というものがあります。
今回限りということで一時的な協力関係を結んだスィノプが言う通り、簡易的なハッキングによって監視カメラを誤魔化すことで特に妨害を受けることなくこの搬入口にたどり着くことができたが、妨害があるならこの先、学園祭によって人の注目が減っている第四施設周辺と考えるほうが自然だった。
予想される相手はタカオとクラマ、それに例の二人組。
――ここからは私の持論のようなものなのですが
こちらの戦力はスィノプを合わせて大戦艦三隻だが、北洋方面艦隊の戦力や増援の有無が把握しきれない以上、安心することはできない。
――私は『孤独』こそが人を死に至らしめるのではなく、その本質は『不必要』なのだと考えています。
「決まってるだろ、正面からぶつかって突破するだけだ」
――簡単に言ってしまえば、ヒトは誰かに必要とされなければ生きていけないのですよ。
そう言ってキリシマはその小さな足をトンネル内へと進めた。
――それは友人でも、家族でも、はたまた自分ですら構いません。
この場所が既に正面という言葉から程遠い場所であることには、誰も触れなかった。
――とにかく、誰かに『生きてほしい』と、そう願われなければ生きてはいけない。
大型トラックが辛うじて侵入できるギリギリのサイズに設計されたトンネルを進む。
現在はもう使用されていないものの、定期的な管理とメンテナンスは行われているらしく、明かりはないが廃墟特有の不気味さもあまり感じなかった。
――一部の例外こそいますが、大方はそんなものです。
「そういえば、今日はいつものスーツじゃないのな」
――どれだけ裕福で、何一つ不自由のない生活をしていたとしても、それが無いだけで人は容易に縄に手を伸ばす。
基本的に寡黙なハルナとは違い、落ち着きのないキリシマには閉鎖的な空間は身に余るものであったらしく、息苦しさに耐えかねたように後ろのスィノプへと声をかけた。
――今、面倒くさいと思ったでしょう?
彼女は先日協力関係を結んで以来学園内で情報の交換を行う際は常に身にまとっていたシンプルな黒のスーツではなく、薄い青色のツナギを着ていくつかの金属製工具を腰につけていた。
――そう、面倒なものなのです、人間というものは。
「今日はイベントらしいですからね、設備作業員のほうが場所を抜け出しやすいかなと」
――だからこそ、人は繋がりを求める。
学園祭の開催には、多くの民間企業も関わっている。
その内容が多くが各種装置の設営や会場の警備であり、学園内は学園祭を楽しむ学生や周辺の住民の他にも多くの人間がたむろしていた。
――たとえ誰かから必要とされなくなっても、他に縋れるものがあるように。
「というか、最初から思っていたんですけどあなたのそれってわざとやっているんですか?」
――それは、例えメンタルモデルといえども例外ではありません。
そう言葉を返したスィノプの視線は下を向いており、その先にはさきほどこちらを振り返ったキリシマがおり、スィノプの言葉の意図が分からないというふうに首を傾げていた。
――当然でしょう? 感情とは、そういうものです。
やがてその言葉が示している内容に気が至ったのか、明かりの少ないトンネルの中でも分かる程に布でできたその体を震わせた。
――私から見ればあなたも十分に面倒くさいですよ
「こっ……これは………」
「事情があるんだ、そっとしておいてくれ」
言葉を続けられず震えるばかりのキリシマを見かねたのかハルナが制止を求める。
――話を少し過去に戻しましょう
メンタルモデルの状態で小さなクマの着ぐるみを被らなければならない事情とは一体どんなものなのだろうかと勘案しながらも、とりあえず今は気にせずに歩を進めることにした。
暫く歩くと、トンネルを抜けたのか昼特有の温かい日の光が三人を包んだ。
――貴方もよく知っている、十七年前に。
トンネルの中にいたのは数分間だけだったはずだが、薄暗がりに慣れてしまった三人には実際の光度以上に眩しく見えた。
眼の前にはところどころ壁が剥がれ落ちて焼け焦げたパネルがいたるところに散らばっている建物が建っていた。
見た目は完全に廃れた廃墟だが、ここが彼女達が目的とする第四施設跡であった。
――あのとき、私達は求められた、必要とされた、生きてほしいと願われた。
「ここが……」
スィノプが第四施設跡を見上げ、思わずというふうに声を漏らす。
「歓迎もバッチリだな」
ハルナがそう言った直後、彼女が投げた小石が上空を漂っていた警備用のドローンに命中し、ドローンは煙を上げながら落ちていく。
――他でもない、あの人に。
「おいおい、余り目立つことはやめてくれよ?」
「大丈夫だ、問題は……あるがな」
――意思を持った兵器として、人とともに暮らす存在として、他に同胞のいなかった私達は、まばゆいまでのその光に縋った。
ハルナが指を指した先には、中央管区政府が設置した警備用のドローンの残骸……ではなく、
その様子はつまり、自分たちが既に相手に捕捉されたことを示していた。
――当たり前でしょう
「………っ!!」
「……たしかに、手厚い歓迎ですね」
――ヒトは、必要とされなければ死んでしまうのですから
読みにくいのは今回でおしまいです、多分。
前回の隠し文字、全部で18個ありました。
見つけられましたか?
それはそれとして、花粉は滅びればいいと思います。
あと、アルペ二次の新規供給を求む。
ムサシ追撃戦、GKちゃんは?
-
参加
-
不参加(ティルピッツ主導)