超戦艦 Großer Kurfürst 作:U・K・Owen
某日
「ただいま〜!」
ボロボロのアパートに備え付けられたこれまたボロボロの扉がついに壊れてしまうのではないかと思わせるほどの勢いで開かれる。その後に続く声は、今年で十五になる私の妹が学園から帰ってきたことを知らせた。
「おかえり。パンケーキ作ったから一緒に食べる?」
「ホント!?食べる食べる!」
授業で疲れていたのか私の言葉を聞いた妹は一目散にリビングへ向かうと、出来立てでまだ湯気が立ち上っている小麦色の円盤に目を輝かせた。作り終わってから妹が委員会などの用事で遅れたらどうしようかと思い至ったが、杞憂であったようだ。
荷物を自室に投げ捨てた妹が洗面所へと走るドタバタという音を聞きながら私はナイフと二つのフォークを手に持ってパンケーキが置かれた机の前に座る。妹が来る前に切っておこうと思ったのだが、急いで済ませたのか掌に水滴を付けたままリビングへと帰ってきた妹はテーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろすと、切り分けられていくパンケーキを目を輝かせて見ていた。
途端、妹が思い出したかのように顔を上げてこちらに視線を向けると少しよだれが覗いていた口を開いた。
「そういえば、今度学園でお祭りやるんだって!お姉ちゃんも来ない?」
「お祭り……?」
はて、あの学園にそんなイベントは少なくとも私がいた頃はなかったはずだが。
「今日生徒会長が言ってたんだけどね、何か学校全体を使って行事をする……っぽい?一般の人も入れるんだって」
学園全体規模での行事。
そう聞いた私は、数年前のあの忌まわしい記憶を思い出さずにはいられなかった。
周囲を埋め尽くす真っ赤な業火。天井に張り付く重々しい煙。クラスメイトか教師の物かすら判別できないほどに埋め尽くされた絶叫。
あれは当に正しい意味での地獄だった。
第四施設事故。
今はそう呼ばれているらしいアレは、公には原因不明ながらもメンテナンス不足などの人為的な要因が発見されなかったために偶発的な事故だとされている。
……本当のことなどどうでもいい。もう私にはそれを追求するだけの気力すら残っていなかった。ただ今は、それで納得していたかった。
あの事件で、本当に多くの人が亡くなった。
でも、私の交友関係には空白ができることはなかった。
――たった一箇所を除いて。
エレオノーレ・ミラ・フュルスト。
クラスの中心と聞かれれば彼女以外のクラス全員が満場一致で名前を上げた生徒は、あの大火に呑まれてクラス名簿から焼け墜ちてしまった。
私は気づいたら避難所のベッドに横たわっていたので実際にそれを見た訳では無いが、聞く話によれば彼女は大火が施設を蹂躙し始めた直後から施設内を駆け回り、両の脇に逃げ遅れた生徒を抱えながら救助活動に奔走していたらしい。
学園にいた頃から恐らくは無意識に振りまいていたのだろう善性のままに動き、私を含め犠牲者リストに載るはずだった多くの名前を二重線で掻き消した彼女は、最期にはその善性の対価となる形でその命を燃やした。
善性と言えばもう一人。天羽琴乃という少女も、あの事件で命を散らした。
エレオノーレちゃんがあくまでも私達のクラスを中心に学年へ少なくない影響力を持っていたこととは対称的に、彼女は初めから生徒会長として学年全体にその名が知られていた。
曰く、文武両道、才色兼備。そのような美辞麗句が例外なく当てはまる、生徒からは勿論、教師陣の多くからも支持されていた超人だった。
だが、私に言わせてみればそんな完全無欠の超人より世界史のテスト返却で大袈裟に崩れ落ちるエレオノーレちゃんの方が親近感が持てる分、間違いなく身近な存在だった。
クラス……いや、学年の中心的存在だった二人がいなくなったことは私達の心に大きすぎる傷を残した。琴乃ちゃんと話したことがない人はいなかったし、当時主流だった霧の艦隊に関するレポートや研究課題の作成においてエレオノーレちゃんにお世話にならなかった人はいなかった。
それは私達の授業を受け持つ教師達も例外ではなく、学園は暫くの間原因となったあの大火とは正反対の暗さと冷たさに包まれた。
特に、私やエレオノーレちゃんと同じクラスで、学年が始まってからいつのまにか仲良くなっていた織部僧という少年はソレが顕著だった。元々彼はエレオノーレちゃんと組んで研究を行うことが多かったのだが、第四施設事件の直後からそれは徐々に急進的で、歪なものになっていった。
一時期は資料室で寝泊まりしているなんて噂が流れたほどだ。
だからこそ、それらがある時を境に前触れもなくパタリと止んだことは、……クラスメイトにこんな言葉を使いたくはないが、はっきり言って不気味ですらあった。
かくいう私も、平静でいることはできなかった。
意外なことに、そうした意味での精神的なことが私に影響することはあまりなかった。しかし、それは私が薄情な人間であったというわけではない。
考えてもみてほしい。英雄的な一人の少女が、火中の第四施設で数え切れない程の人を救い、最後にはその身を呈して一人の少女を瓦礫の奥へ投げ込んで助けた。
嗚呼、なんて感動的な物語だろうか。そう、私もテレビの前でカメラに捉えられた映像を眺めるだけの第三者であったならば思っただろう。
だが、最後の少女としてみればどうだろうか。朝玄関のドアを開けてから好奇心と欲に塗れた機械の目に晒され、帰って玄関のドアを閉めるときまでその目が瞬きをすることはない。
ほとぼりが冷めた頃には、既に私の目からは何も流れなくなってしまっていた。
私が学園の門を最後に潜ったのはその頃だった。
学費の少なくない割合を払ってくれていた両親には本当に申し訳なかったが、どうやら私の精神はそれほど頑丈ではなかったようだ。
学園を出てしばらくした頃、学園内でまた何やら大きな事件が起きたとのニュースが流れたような気がするが、私にとってはもうどうでも良かった。たとえその関係者の中に見知った顔があったとしても。
数ヶ月後、妹が学園に入ると聞いたときは引き留めようかと逡巡したが、私の個人的な苦い思い出で妹の行く道を歪めてしまいたくなかったので、何も言えなかった。
さらに数ヶ月して、妹が私の家にやってきた。
元々地方の片田舎からやってきた私は、学園に併設された寮で暮らしていたが、学園から去った私が居続けられるわけもなく、学園から少し離れたアパートを適当に見繕って日雇いのバイトで少ない生活費を稼ぎながら日々を過ごしていた。
退学の件でかなりの負い目を感じていた私に両親からのお願いを跳ね除けるだけの理由もなければ、それをするだけの気力もなかった。
かくして久しぶりに顔を合わせた妹は、私の変貌にしばし面食らっていたようだったが、すぐに私の手を引くと道中で見つけたらしい公園へと駆け出した。青い海とそれを遮るようにそびえ立つ防護壁がよく見えるその公園には、何やら真新しい石碑のようなものが街を望む場所に建てられていた。
石碑の前にこじんまりと置かれた解説のような石板によると、この石碑はあの第四施設事故の慰霊碑らしい。夕日が反射してよく見えなかったが、辛うじてその中に浮かぶ極端に長い文字列だけは見逃すことができなかった。
それを認識した瞬間、視界の端にここ数年見ることがなかった歪みが映り込んだ。
懐かしいその情景が脳裏に思い浮かび、なんとも言えない感傷的な気分になっていた所で、早くもパンケーキを食べ終えたらしい妹が洗面台に器を運びながらパンケーキの欠片が端についた口を再び開いた。
「私もイベントの司会やるからさ、お姉ちゃんも来てよ。少しは楽しまないと」
妹は学園に入学して私の家に住むようになってから、それまで以上に私を積極的に連れ回すようになった。以前から消極的な性格だった私は初めこそ若干鬱陶しく感じていたが、今となっては感謝している。妹が来る前はパンケーキのような嗜好品を作る余裕なんてどこにもなかった。物理的にも、精神的にも。
「そう……だね、お金にも余裕が出てきたし久しぶりに行ってみようかな。パンフレットとかある?」
「もちろんあるよ!今取って来る!」
ただでさえ薄い床下が抜けてしまいそうな勢いで自室に向かった妹はすぐに小さな紙を手に持って同じようにこちらへ駆けてきた。
いつもと同じ様な満面の笑みで差し出されたそれを、最近ぎこちないながらも慣れてきた笑みを浮かべながら受け取る。事件の直後ほどではないが、今でもふとした習慣に私の表情筋がちゃんと仕事をしているか不安になる。
渡されたパンフレットにはデフォルメされた学園内の地図が鮮明に描かれており、この学園祭がいかに本気で行われているかが伺えた。
「えっと……そのイベントはどこでやるの?」
「んと……ああここ!入口の直ぐ側で――」
上機嫌そうな妹の声を聞きつつ、私はまだ手を付けていなかった自分の分のパンケーキにフォークを刺した。既に湯気は消え失せ、生地も少し冷たくなってしまったが、あの事件の後に一人で食べた購買のおにぎりよりは何倍も美味しかった。
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某日 横須賀 第四施設跡
「全く、鬱陶しい、ですねえっ!!」
スィノプが自身の周囲に絶え間なく降り注ぐ二色の光線に辟易としながらそう叫ぶ間にも、彼女を前後左右から押しつぶすように光の雨が迫る。彼女はそれを上空に飛び上がることで回避したが、その歩みは光線の主と戦闘を始めてから殆ど動いてはいなかった。
それが意味するものはつまり、欧州方面艦隊第一特務艦隊の旗艦である大戦艦ソビエツキー・ソユーズの実質的な副官としてソユーズの姉妹艦には劣るものの、人類を蹂躙することに慣れきってしまった他の艦とは隔絶した戦闘能力を誇る彼女が、一方的に足止めされている事実であった。
押し寄せる光線の量そのものは然程出鱈目なものではなく、普通なら十分に対処が可能なものだったが、的確に進行ルートを寸断し、ついでとばかりにスィノプ目掛けて放たれるものも否応なく回避を必要としてくるため、中々歩を進める事ができずにいた。
何より厄介なのは、単純な物量差が圧倒的に相手に傾いているということだった。
何しろ相手の後援者は他ならぬ総旗艦。そこから供給を受けているのであろう相手の兵装は幾ら破壊してもすぐに補充され、精密な弾幕を形成し続けていた。
なお、この物量は北洋方面艦隊では望むべくもなかった補給を気にしない無制限戦闘という環境で無意識下におけるテンションが高まったイブキによるものだということについては、スィノプは知る由もない。
ともかく、スィノプの演算データベース内において、自身をこれだけ拘束することができるほどの経験を積んだ巡洋艦の所在など一つしかありえなかった。
とどのつまりは、恐らくだが自身の属する特務艦隊の旗艦であるあの寝坊助の危惧が見事に的中してしまったということだろう。
現状、スィノプに目立った損害はないが、それは相手の目的があくまで足止めにあるからに他ならない。ルートの破壊に使われている武装が全てあの精度でもってこちらに砲口を向けたら――避けられる自信は無い。
といっても、こちらが一方的に捕捉され攻撃を受けている上、物量もあちらが上。この場における戦闘の主導権は間違いなくスィノプの手中からは零れ落ちていた。
そうなれば防衛戦の突破はもう一方の戦線で戦闘を続けるキリシマとハルナに託すしかないが、通信を聞く限りどちらも本調子では無いようで、正直言ってそちらにも期待はできなかった。
ではどうするべきか――と、この弾幕の中で思考を続けられる時点でスィノプの練度が伺い知れるが、その演算領域を持ってしても現状維持以上に有効な手立てを弾き出せずにいた。
そうしてしばらくした頃、キリシマから予想だにしなかった通信を受け取った。
「……成程、何故かは知りませんが、ありがたく使わせて貰うことにしますか」
小さくそう呟いたスィノプは周囲の地面から細かく輝くナノマテリアルを巻き上げ、先程から自身を狙っていた兵装群とは比べ物にならない程巨大な砲塔を形成すると、未だ自身に向けて光条を吐き出し続ける兵装群へとその砲口を向けた。薙ぎ払うようにそれが根本から旋回すると、少し遅れるようにして砲口から放たれた光が慌てて退避するように動く兵装群に追いすがり、その大部分を銀砂へと還した。
最早先程までの物量の差は消滅し、スィノプの手には再び武器が握られた。
今ここにおいて、第四施設防衛戦は新たな展開を迎えることとなる。
GK「なんだよ
エコソ「私がやりました」
次回は多分ちょっと遅れます
ムサシ追撃戦、GKちゃんは?
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参加
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不参加(ティルピッツ主導)