超戦艦 Großer Kurfürst 作:U・K・Owen
…12000文字を超えた段階で諦めました
某日 横須賀
「あなたを、あなたの世界の最果てへ連れて行ってやろう」
本来の使用者がいなくなって久しい海岸に面した第六倉庫前。
深夜の暗闇と僅かに見える街の光だけが支配するはずだった己の視界は眼前の海に浮かぶ物体から発されている蒼色の光に埋め尽くされていた。
「霧の巡航潜水艦イ401号、これが今からあなたの
殺風景極まるこの場所で、俺は自分の艦と出会った。
霧の潜水艦イ401。
そう名乗った少女――確か、学園では霧野イオナとか言っていたか――は平坦なその口調を崩さないままに言葉を続ける。
曰く、彼女はこの潜水艦の写し身のような存在であり、少し前からここ横須賀で行動していたらしい。信用など出来なかったが、とある事件の後に統制軍によって管理されているはずの401をこうして見せつけられてしまえば、疑うことなど出来なかった。
親父はこの艦に乗って海へと漕ぎ出し、そして……帰ってこなかった。
その後も暫くイオナと話したが、正直気が動転していて何を言ったのかは詳しく覚えていない。
だがその瞬間だけは、強すぎるほどに脳裏に焼き付いていた。
「はいはい、良い子は家に帰る時間ですわよ」
突然そう言ってコンテナの裏から先程まで聞こえなかった足音を強く響かせながら現れた女性は、401から目を離せなかった俺の肩を数回叩いた後、まるで今気づいたとでも言わんばかりにイオナの方へ向き直ると、見慣れたカーテシーを行った。
その見た目から年齢は俺とそう変わらないか少し上程度に見えるが、一連の動作は外見とはちぐはぐなほどに洗練されていた。
「あぁ、これは失礼しましたわ。私は千早沙耶香、そこで腰を抜かしている千早群像様の義姉……ということになっていますけれど、護衛のようなものですわね。ともかく、お見知りおきを」
千早沙耶香と名乗った女性の言う通り、彼女は母が『大海戦』の直後に養子として千早家に迎え入れた人物であり、母が政治的な圧力のために北管区へと移住してからも横須賀に残り、俺の世話を焼いている。
母曰く軽度の記憶障害であり、自身が拾われるまで何処で何をしていたかがあやふやな状態らしい。因みに母本人は『海岸に打ち上げられていたのを拾った』とか言っていたが、流石に嘘だろう。あのお人好しのことだからどこかの路地裏で倒れていたのを拾ったに違いない。
時折言動の中に見え隠れする高貴さから、俺としてはどこか海外にルーツを持つ令嬢だと考えているが、本人が現状に納得している中で伝えるのはどうかと思い、公開上で捜索されているそうした人物を探すにとどめている。もっとも、未だに手がかりすら掴めていないのであるが。
彼女は自身を拾ってくれた母に絶大な恩を感じているようで、母から任された俺の護衛兼世話役という中々の重労働をもう十年以上続けている。
「そして、護衛としての私の仕事はですね、丁度貴女のような不審者をシバくことですの」
「人間が身一つで私に敵うと?」
「ふむ、全くもって頭がお硬いですわね。確かに人類の身体には様々な物理的制約がございます」
挑発するような401の口調に呆れた態度を隠そうともせずに返した沙耶香は、徐ろに地面に転がっていたコンクリート片を手に取ると、それを右手で軽く弄ぶ。
「ですけれど、この小さな身体でもやりようはいくらでもあるのですわよ。例えば――
――この様に」
極めて自然な、鼻をかんだティッシュペーパーをゴミ箱に投げ捨てるような気軽さで振り抜かれた右手から、先程拾い上げたコンクリート片が放り出される。
しかしてその初速は動作から想像できないほどに早く、俺が止める間もなく小さな風切り音を響かせながらイオナへと向かったそれは、一定規模以上の霧の艦艇が標準装備する無敵の盾であるクラインフィールドに衝突し、コンクリート片であったとは思えない派手な砕け方をして消えた。
「――本当に
「失礼ですわね、これでも
咄嗟にフィールドを展開したイオナが目つきを鋭くさせて沙耶香に問うが、飄々とした態度で受け流される。
沙耶香の異常な身体能力については俺も母もよく分かっていない。何なら記憶喪失の都合からか沙耶香本人でさえも言葉を濁しており、その状態のまま今日まで付き合ってきた身としては『そういうもの』ということで済ましてしまっていた。
冷静に考えれば生物学的にありえないことは分かりそうなものなのだが。
しばしの間両者が動かず膠着状態のまま、揺れる波が401の艦体を叩く音だけがあたりに響いていた。
そんな状況に痺れを切らしたのか沙耶香がイオナから視線を外し、こちらに向き直ってその口を開いた。
「あぁは言いましたが、私は貴方様の護衛なわけで、えっと、うーん…要するに、貴方様はどうしたいんです?」
「何を……」
普段から余裕に溢れた口調をあまり崩すことのない沙耶香が若干とはいえその口調を崩しながら問うた言葉に、俺は違和感を感じずにはいられなかった。
思い返してみれば、普段の彼女なら挑発があったとはいえあそこまで素直に実力行使に出ることはなかったはずだ。それに、クラインフィールドについては多くの情報が開示されている――分かっていることがその程度しかないという意味でもある――とはいえ、俺達と変わらない人型を持つイオナが攻撃をいとも簡単に防いだことに対して一切の動揺を見せなかったことも気にかかる。
まるで
だからといって俺とは違って彼女に霧の艦隊に対する因縁があるとは思えないし、仮にあったとしても現在の彼女がそれを覚えている可能性は低い。
こうした答えの出ない思考が限られた時間を無為に浪費する悪癖の類だとは分かっているつもりだが、親父からの遺伝なのか好奇心には勝てる気がしなかった。
「察しが悪いですわね、ここであの潜水艦の手を取って危険な大海原に飛び出すか、私の手を取って家で夕飯を食べてさっさと寝るのとどっちが良いのかと聞いているんですわ」
俺が思考の渦に嵌まっていることを見抜いたのか、沙耶香は問題を明確化して再び問いを投げかけてきた。
彼女の声音からは間違いなく焦燥が読み取れ、それがさらに彼女に対する疑惑を深めさせた。
しかし、疑念の有無に関わらず結局のところその言葉に対する答えは既に決まりきっていた。
「俺は……海へ出たい。この広い世界を、自分がどれだけ動かすことができるのか試してみたい」
親父が何を知って、何を目指しているのか。
イオナとともに海を渡れば、それについても知れる気がしたから。
「……そうですか。では私は一足先に夕飯の準備をしておきますわね」
「止めないのか?」
「止めてほしかったんですの? 生憎、
そう言った沙耶香は、後は任せたとばかりにちらりとイオナに視線を向けると、踵を返して夜の闇へと消えていった。
「動けるのが私だけとはいえ、旗艦代行の地位は重すぎますわね」
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千早 沙耶香(ちはや さやか)
イ401艦長千早群像の護衛とも言える女性。書類上は千早家の養子ということになっているが、彼女が何処からやってきたのか知る者はいない。
2056年現在は千早群像と行動を共にしておらず、その行方は掴めていない。
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某日 北極海
「………く…ぅ……」
長い、長い時間が過ぎたような気がした。
しかし、耐え難い疲労感に抵抗しながら開いた私の瞼の奥にある目に飛び込んできたのは数瞬前に認識した光景と何ら相違なかった。
元は物語の中とはいえ、今や私にとっては現実となってしまったこの世界の海。
北洋方面艦隊の旗艦として、第二の故郷のように感じていたこの海が燃えていた。
悠然と海を漂う氷山の数々は既に無く、いつも凪いでいた海面は地球の怒りを体現したかのような緋色に燃え盛る炎と荒れ狂う荒波が支配している。
周囲を見回しても目に映るマストは一つもなく、それは私とともに殿を務めた艦が一隻残らずこの冷たい海の底へ向かってしまったことを示していた。
ティルピッツも、アラスカも、イブキも、クラマも、フォーミダブルも、デューク・オブ・ヨークも、ガングートも――
――誰も、いなかった。
どうして、こうなってしまったのだろうか。
――始まりは東洋方面艦隊と北米方面艦隊の連名で送られてきた支援要請だった。
曰く、『来たる人類との最終決戦において、太平洋方面における戦力の不足が懸念され、人類艦の逃亡を許す可能性が否めないため、それらの追討に当たってもらいたい』
今思えば、あの通信は最初からこちらを試す罠のようなものだったのだろう。
そして、私は見事にその罠を踏み抜いた。踏み抜いてしまった。
あのときの私は、北洋方面艦隊が動かなければ戦場からの退避に成功する人類の艦が増えるのではないかという迷いを抱えていた。少しでも考えてみれば、そんな事は有り得ないと思い至ることができたはずなのに。
その僅かな迷いが、私達の行く先を180度変えてしまった……のかもしれない。
並行世界を観測する技術を持ってはいないため迷わずに行動した時にどうなっていたのか知る術はないのだが、どうか今よりはマシな未来になっていると思いたかった。
原作において、あの大海戦から五体満足……というか自己航行によって帰港したことが確認出来たのは北良寛と後の中央管区首相である楓信義が乗り込んでいた『あきつ丸』のみ。
そして、恐らくだが霧の北洋方面艦隊という勢力は存在しないか、あったとしてもこれほど強大な戦力ではない。精々が、定期航路と沿岸海域の哨戒を行う程度だろう。勿論、支援要請が飛んでくることもないはずだ。
そんな状況下で、私達が動かないことで被害状況が変化することがあるだろうか?
ある訳が無いだろう。
そう思った時点で、既に状況は詰んでいた。
『最早貴艦隊は霧の一員として信頼できない』
短いながらも痛烈なその通信の直後、『大海戦』用に展開していると思われていた艦隊群が一斉会頭を行い、北方への侵攻を開始した。
文字通り雨のような量のミサイルが飛来し、色とりどりのビームが極夜の星空を切り裂いた。
何も知らない目から見れば、美しくすら見えただろう。
北洋方面艦隊の支配海域にアクセスできるほぼ全ての艦隊が参加したその強襲侵攻作戦によって、初動から多くの被害を出した。
太平洋と大西洋それぞれの海域の最外縁で警戒態勢を執っていたマサチューセッツとアルハンゲリスクの部隊はその圧倒的な戦力差でもって文字通り一蹴され、僅か数瞬の救援要請の直後にその通信を絶った。
『大海戦』に備えてレイキャビクに戦力を集結させていために大西洋方面から侵攻した北米・欧州方面艦隊への対処はつつがなく行うことが出来たが、問題は太平洋方面から侵攻した北米・東洋方面艦隊だった。
モデルとなった往時の米国艦隊を彷彿とさせる圧倒的な物量でもって北太平洋を攻め上がった北米艦隊はマサチューセッツの通信に反応して単身急行したミズーリとの激戦の末に大戦艦二隻、海域強襲制圧艦三隻――あぁ、あっちだと今はまだ空母なんだっけ――と引き換えに彼女を水底へ沈めるとすぐさま侵攻を再開し、ベーリング海を抜けた東洋方面艦隊と合流した後に遅滞戦闘を敢行した潜水艦部隊を蹴散らしながら北極海を横断して大西洋側の対処にあたっていた私達の背後を突いた。
大西洋の艦隊の対処で既に手一杯だった北洋方面艦隊には背後から迫ってくる艦隊に対処するだけのキャパシティは残されていなかった。
まず最初にフォーミダブルが沈んだ。
超重力砲を用いた艦隊最後方からの砲撃により押し寄せる鋼の津波を何度も薙ぎ払った彼女は、縮退中だった重力炉を撃ち抜かれ、付近に展開していた大戦艦ペトロパヴロフスクと起重機船キアサージを巻き添えにする大爆発を引き起こして波間へと消えた。
ほぼ同時刻に最前線にいた重巡洋艦ブリュッヒャーが侵食魚雷をクラインフィールドが破断した左舷に三本同時に被雷したことで急速に傾斜しそのまま転覆。
この大型艦四隻の同時離脱が致命打となり、北洋方面艦隊の戦闘は迎撃戦からジリ貧の遅滞戦闘へと切り替わった。
使い古した櫛の歯が抜け落ちるように艦隊はその数を減らし遂には私以外の艦は目に映らなくなってしまった。
幸いだったのは、北洋方面艦隊本隊がこれほどの被害を負いながらも、拠点としていたレイキャビクにはほとんど攻撃がなかったことであろうか。
逆に言えば、レイキャビクを攻撃することによって私達の反応を試す必要もないほどに裏切り者として認識されてしまったということだろう。
レイキャビクの防衛にあたっていたアーク・ロイヤルとの通信は数刻前に被弾した超重力砲により長距離量子通信用のアンテナが消し飛んだ際に途絶えたままだったが、今の私にはその程度の構造物すら再構築することが出来なかった。
眼下の第一、第二主砲塔は既に無く、それが鎮座していたバーベットの内部には噴煙のように立ち上る黒煙に紛れて見える炎が視認できる。
私の主武装とも言える副砲群はその殆どが撃ち落とされ、ハリネズミのような威容を誇っていた舷側甲板も今は大分寂しくなっていた。
この世界にやってきて数十年、我ながらよくやったと思う。
戦乱の未来が確定している世界に放り出され、慣れない統率作業や交渉に明け暮れ、終いには想像もできなかった文字通りの『大海戦』の主役として巻き込まれた。
何処にでもいる一般人だった私がこれまで生き残ってこれただけでも、僥倖と思うべきだろう。
―――
ともかく、もう終わってもいいんじゃないか?
本来疲労など感じないはずの左手を動かす気力すら既に無く、周囲には国際色豊かな霧の艦隊。
守ろうとした艦隊も、手に入れた居場所も失った。
心残りといえば、北洋方面艦隊に所属していた艦艇の処遇だが、これまでにコアが破壊された反応が無い以上、ある程度の温情は期待できるだろう。
というか、恐らくだがあちらの認識では私が麾下の艦艇を唆して叛乱を起こしたことになっているのだろう。
本当に、よく頑張った。
大戦艦とか、空母とか、もう十隻くらい沈めたんじゃなかろうか。
願わくば、ラストシーンの片隅に、北洋方面艦隊の名前が残ればいいと思う。
――本当に、それで良いのか?
あぁ、どのみち私はもう限界だ。
コアも今にも砕けんばかりの悲鳴を上げている。もうできることなど……無い。
――最後に、花火でも上げてみないか?
花火?
――文字通り一世一代の、誰も見たことがない花火を打ち上げてみないか?
一世一代の……あぁ、それも良いかもしれない。
この世界に生きたヒトの意地として、世界に目に物見せてやろう。
――衛星の制御はこちらで受け持つ。
私の制御下にあったはずの反射衛星が動き、数十基が私の上空へと集結する。
普段なら狼狽していただろうが、何故か不思議と嫌な感じはしなかった。
限界まで縮退した超重力砲の砲身を上空へ掲げる。
これを撃ったら、私は間違いなく死ぬだろう。
コアのシャットダウンなどの生易しいものではなく、一つの塵すら残らずに砕けて消えることがまるで実際に見たことのように想像できた。
撃たないにしても、私はもう長くない。限界まで酷使したコアはどちらにしても砕けて消えるだけだろう。
そうだとすれば、私の答えは決まっていた。
「超……重力砲、発射」
葵色の光条が天高く打ち出され、重なり合って巨大な反射鏡となっていた衛星群へとぶち当たる。
悲しいかな、幾ら集まろうと超重力砲を完全に反射することは叶わず、砲撃を受け止めた中央部からボロボロと衛星群が崩壊していく。
しかしながら、超重力砲の余波ともいうべき外縁部のエネルギーは反射に成功したようで、砕けて墜ちてくる反射衛星の群れの中を乱反射しながら周囲の海面へと降り注ぐ様は、大気圏に突入して炎上する衛星と合わせて花火というよりは流星群の様に見えた。
「はは、綺麗な……景色だ…」
――あぁ、これが
コアから力が急速に抜けていくのをかんじる。
さいごに目にうつったのは、ほうげきの反動にたえられずほうかいするわたしのからだだった。
「ほんとうに、きれいだなぁ……」
もうちょっとだけ続く
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