そんな7話。
「シュナイダー、死なす」
据わった目で620がそう言いつつ、目の前のレーションにスプーン突き立てる。本日のメニューはアーキバス社製のDレーション、これを食べれば強化人間が一日に必要とするエネルギーと栄養素を全て賄えるという完全食である。問題は見た目が最大限好意的に見ても紙粘土の塊である事と、油分を強引にスポーツドリンク風に仕立て上げた味な事だろう。
「620、食べ物を粗末にするな」
そんな正直強化人間の俺達ですら食事と呼ぶのに抵抗がある物体を口に運びつつ、ご主人がそう620を窘めた。怒るとこそっちなんですね。
「あーきばすけいれつはなかなかしょうばいじょうずだぞますたー、あのきんがくでじゅう4きゃくをげきはさせるんだからな」
そう言って617が皮肉気に頬を歪める。曰くシュナイダーから汚染市街地へ移動中の大豊MT部隊を襲撃する依頼を受けたそうだ。参加人数は先輩達を含めて10人、はっきり言って楽勝の筈だったらしいのだが。
「うそつきー」
どうやら大豊のMT部隊はBAWSから重4脚MTを買い込んでいたらしい。移動中の部隊に2機ほど配備されていて、大騒ぎになったそうだ。
「生き残ったのは私達だけだったけどね」
調査が完璧でない以上敵の戦力に増減があるのは致し方の無いことであるが、どうにもアーキバスは意図的に伝える戦力を過小申告しているきらいがある。その結果が10名中6名の死亡だった。恐らく受けたのが先輩達でなければ全員死亡の上で作戦は失敗していただろう。
「おそらくふどうせんりょくのまびきだろうな」
星外から持ち込んでいる戦力はアーキバスが最も優位にある。これは各社の基本戦術の差によるものだ。アーキバスはヴェスパー部隊という強化人間を中核とした比較的少数精鋭の戦力に対し、ベイラムはレッドガンというAC部隊を投入してはいるが、主戦力はMT部隊の物量に頼ったものだ。当然必要とする人員・物資の量はベイラムの方が多くなる。一般的な星系での争いならともかく、惑星封鎖機構による封鎖を掻い潜っての戦争ではベイラムが劣勢となるのは必然と言えた。故にベイラムは不足する戦力を現地で調達する必要があり、それが独立傭兵という訳である。
「アーキバスらしいやり口だな」
自前の強化人間以外は信用しない。アーキバスにとって外部の戦力とは使い捨ての消耗品と大差無い存在なのである。故に使い潰すことにも一切躊躇がない。
「けどアーキバスの依頼を避けるのは難しい」
まあそうだろう。現在ルビコンで傭兵へ依頼を出しているのは大半がアーキバスとベイラムなのだ。アーキバスの依頼を避ければ受けられる依頼は文字通り半減する。傭兵ランクを上げるにはどう考えても不利だ。
「ふゆかいだがこのていどのいらいならばわれわれのせんりょくをもってすればもんだいないだろう。ゆうせんするべきはらんくのしょうかくだ」
ご主人の目的を考えれば傭兵なんぞせずにさっさとコーラルの集積地へ向かってしまえば良いように思えるが、話はそれ程単純ではない。俺達は現在のルビコンで指折りの戦力ではあるが、内実は1人の指揮官と5人のパイロットなのだ。強化人間が一般人よりも遙かに頑強だと言っても疲労するし眠りもする。搭乗するACだって被弾すれば損傷するし限界を迎えれば動かなくなる。企業が本気になって潰そうと思えば残念ながら出来てしまうのが今の俺達だ。だからギリギリまでは傭兵として動き、最後の一歩で先んじて掠め取るというのが俺達に出来る最善の計画だ。…まあ、今後を考慮すればその最後だってそんなに簡単な終わりには絶対ならないのだが。
「617達は当面今の活動を継続する、だがベイラムの依頼を優先しよう。621、お前は次の依頼が終わったら少し出て貰う事になる」
「出る?」
「まだ交渉中だが、レッドガンとの共同作戦に参加する」
ああ、ガリア多重ダムか。
「了解」
「それと618、お前もそちらに参加してもらう」
「解った」
…なんだと?
「マスター、618も一緒なのか?」
「ああ、向こうからの指名でな」
「レッドガンとは何度かやってる。心配しなくていいよ」
それは協同したという事か?それともやり合ったと言う意味か?
「ルビコン解放戦線の輸送ヘリ襲撃はお前なら問題ないだろう。機体の確認が済み次第出撃しろ」
ご主人の言葉に頷きながらどうしたものかと考える。装備の件といい今の状況は明らかに最初の一回ではない。となればガリア多重ダムでルビコン解放戦線から裏切りの提案があるだろう。無視してしまっても良いのだが、そうなると後にオールマインドからの接触がなくなってしまう可能性がある。正直アレが暗躍した所で大した影響は無いように思うが、それでも万一出し抜かれてコーラルリリースをキメられたら目も当てられない。しかし裏切る場合は618の同意が必要となると不確定要素が多すぎる。誰だ、シナリオをこんな滅茶苦茶にしたの、俺だわ。
「618、621仕事だ。ベイラム本社の作戦に参加する。ブリーフィングを確認しろ」
具体的な方策を見つけられぬまま作戦決行日が来てしまった。ミシガンのおっさんがブートキャンプのテンションで行う概要の説明を聞く。
『貴様らにはそれぞれコールサインG13とG14を貸与する!G13、G14復唱!』
『……』
当然のように俺も618黙ったままだ。録音音声に返事をしても意味が無いからな。
『復唱したか!?では準備を始めろ!愉快な遠足の始まりだ!』
「はじまりだー」
後ろで何故か聞いていた619が嬉しそうに復唱する。いや、お前は今回行かんだろ。
「相変わらず暑苦しい」
呆れた口調だが618も表情は何処か楽しそうだ。まあミシガンのおっさんはうちのご主人に似た感性の人間だからな、性格は似ても似つかんが好意的な感情を持ってしまうのも仕方が無い。
「G13か、名前が増えたな、621。レッドガンの流儀を堪能してこい」
ご主人がそう言って俺の肩を叩く。それに対して俺は一つ仕込みをする事にした。
「マスター、先程説明をしていた人物だが」
「奴はG1ミシガンだ。レッドガン部隊の総長にして最高戦力でもある」
うん、知ってる。
「…以前大豊MT部隊を襲撃した際、連中がその名前を出していた」
「なに?」
レッドガンはベイラム専属のAC部隊という肩書きであるが、実際には支援戦力としてMT部隊も運用している。恐らくあの時の増援はその一部だったのだろうが、俺は敢えて誤解を招く言い方をした。理由はアーキバスへの不信感を募らせる為だ。
「先輩達の一件もある。連中と近づき過ぎるのは危険かもしれない」
それだけ言って俺は自機のコックピットへ向かう。バランスを取ると言うのは結構難しいな。だがあまりアーキバスに力を付けられるとどっかの黒幕より面倒な暗躍をしてくれるからできる限り妨害したい。
『準備はいいか?出発するぞ』
そんな事を考えている内に輸送ヘリへと詰め込まれ、気が付いたらガリア多重ダム近郊である。ヘリから降りると同じ様に別の機体から2機のACが降りてきた。G4ヴォルタとG5イグアスだ。
『全員揃ったな!これよりベイラムグループ専属AC部隊レッドガンによる作戦行動を開始する。突入しろ!役立たず共!!』
こちらの状況を確認していたのだろう。全員の準備が整った辺りでミシガンがそう命令を下してきた。そして作戦開始早々にイグアスが挑発的な軽口を叩く。
『独立傭兵かよ、野良犬の世話をしろとはレッドガンも舐められたもんだ』
『関係ねえ、俺達で終わらせりゃあいい』
釣られる様にヴォルタがそう相づちを打つ。だがその威勢の良い言葉に対し彼等の動きは実に慎重そのものだ。遮蔽物を利用し小刻みに移動を繰り返す。特にイグアスはヴォルタの後方に付き、味方を盾にする動きだ。まあヴォルタの機体はタンクの重量フレームだから正しいと言えば正しいのだが。
『ふっ、レイヴン。アイツらに少しACの戦い方を教えてやろう』
それを見た618が鼻で笑いながらそんな事を言ってくる。どうやらイグアスの野良犬発言に腹を立てたようだ。俺としても異論は無いため短く了承の返事をすると、二人揃ってアサルトブーストで敵前衛へと突っ込んだ。前衛なんて言ってもその戦力は武装車両と3機程の量産型MTだ。俺や618にとっては居ないも同然だ。ミサイルで武装車両を吹き飛ばし、ショットガンでMTを破壊する。その頃には618もMTを屠り、肩のグレネードを変電施設にぶち当てていた。
『目標、1基破壊だ』
冷静なご主人の声が通信に流れると同時にイグアスが舌打ちをした。どうやら先手をとった事が彼のプライドを刺激したらしい、実にチンピラな脳みそである。
『よう、野良犬共。お前らのような木っ端は知らんだろうがな、俺達レッドガンは壁越えにアサインされている。この仕事は慣らしだ、終わったら土着共の要塞を落としにかかるのよ』
だから今は本気でやってないんですよアピールをするイグアス。イグアスほんとお前、そういう所だぞ?案の定通信を聞いていたミシガンのおっさんが雷を落とす。
『G5、オマケとの交流に余念が無いようだな?ついでに仲良く刺繍でもして、そのよく回る舌を縫い付けておけ!』
『ぷっ!』
そんな彼に対し、618がわざと聞こえるように吹いて見せる。此奴煽りよって。
『っ!?』
目に見えてイグアスの動きが荒くなり、敵へと突っ込んでいく。例の声が聞こえているんだからこいつも旧世代型の強化人間の筈なんだが、実に感情が豊かだ。まあ今の俺や先輩を見るに、寧ろ今までの621の方が少数派なのかもしれない。
『目標、2基破壊』
そんな埒もない事を考えつつ、二つ目の変電施設をパルスブレードで切り裂いていると、愉快そうな声音でヴォルタが声を掛けてくる。
『やるじゃねえか、ズブの素人って訳じゃねえか』
コイツは声音と口調こそ悪いが基本的に仲間思いの良い奴だ。だからこそ早死にしたとも言えるが。
『G4、一体いつから貴様が素人でなくなった?批評家はレッドガンには要らん!改めろ!さもなくば荷物を纏めろ!!』
そんな説教が通信に響く中、618とイグアスが争う様にMTを撃破する。
『飼い犬の癖に行儀も腕も悪いね』
意趣返しの様に618がそうイグアスを挑発すれば、負けじとイグアスも言い返す。実に空気は最悪である。
『けっ、まあザコ相手に調子に乗る位がテメエら野良犬にゃあ似合いだ』
『…三度目』
低い声音でそう口にした618に気付かずに、イグアスは致命的な一言を口にしてしまう。
『お前らみたいな野良犬を飼っていい気になってるハンドラーとやらも大したことはなさそうだ』
『いつまで喋っている!準備運動は終わりだ!続けるぞ!役立たず共!』
更に最悪だったのは618が何かを言い返す前にミシガンがそう遮ったことだ。イグアスは舌打ちをしつつさっさと前進してしまい、行き場の無い怒りに618が息を荒くする。そしてその瞬間狙った様にご主人から通信が入った。
『二人とも待て、暗号通信が入っている』
『独立傭兵レイヴン、こちらはルビコン解放戦線だ。単刀直入に言おう、こちらに付きレッドガン二名を排除して貰いたい』