そんな9話。
壁越えの前に一つ終わらせておくべき依頼がある、それがストライダー護衛だ。ストライダーは採掘艦と呼ばれる全長5キロ、全高1.7キロになる巨大作業艦である。元々は名前の通り各地を移動し資源――コーラルの事だ――を採掘する為のものだったが、ルビコン解放戦線によって武装が施され移動拠点として利用されている。その巨体と搭載された主砲、通称アイボールから放たれる攻撃は企業にそれなりの脅威と映ったらしく、珍しくアーキバスから撃破の依頼が出されていた。まあ先に言ったとおり俺が受けたのはその逆、ルビコン解放戦線からの護衛依頼だ。
『助力に感謝する。レイヴン!』
依頼を受ける旨を伝えると、依頼担当者は随分と嬉しそうに礼を言って来た。おいおい、頭お花畑か?俺は一つ前の依頼で報酬に釣られて雇い主を裏切っているんだぞ?もしかして1回でも味方したら仲間だとか考えていないだろうな?
「ん?そうびを変えていくのか?」
アセンブリを弄っていると617がそう声を掛けてきた。格好からして恐らくシミュレーター訓練だろう。
「ああ、護衛任務だからな」
「…ごえいにんむだよな?」
ショットガンを降ろしてバズーカを装備する俺を見て617が訝しげな表情になる。これそんなにおかしいですかね?
「621は変人」
彼女の後ろから来た620が容赦ない評価を下してくる。言葉の暴力ってご存じですか?
「ほっとけ」
「まだはやいだろう?」
言いながら準備を終えて機体に乗り込もうとすると、617が不思議そうにそう言った。事実今から出れば約束の時間よりも1時間は早く現場に到着する。
「シミュレーターで確認はしているが、実際と差異が無いとは限らない。一応下見がしたい」
そう言う事にしておく。何せ時間通りに行っては手遅れだからだ。少なくとも俺の中にある記憶では、現場に到着した時点でストライダーは襲撃されており、近付く暇も無く撃破されている。それもたった2機の無人兵器によって。だが現状そんな事を言っても620の言ではないが俺が変人扱いされるだけだ。だから適当な理由をでっち上げたのだ。
「入れ込んでる?」
「まさか」
620の問いかけにそう答える。前回に引き続き連続してルビコン解放戦線の依頼を受けているからだろう。だが別に弱者の力になりたいとか、彼等の境遇に同情したとかそんなお綺麗な話じゃない。ご主人の目的を考えればコーラルは少しでも多く消費された方が良いし、現状一番の消費先は彼等ルビコニアンなのだ。それに今後の争奪戦を考えれば、彼等に力を付けて貰うのは俺達の付け入る隙を作る意味でも価値がある。
「雇い主の情報を鵜呑みにして下手をしたくないだけだ。弱小組織じゃ情報収集だってそれなりだろうしな」
そう言って俺はコックピットにさっさと収まる。今回は輸送ヘリを用いずに単独で向かう事になっているから、案の定ご主人からも声が掛かった。
『どうした621、少々早いようだが』
620へした説明を繰り返すとご主人は一度沈黙するが了承してくれた。それどころか不安なら先輩の誰かを連れて行くかとまで聞いてくる。有り難い提案だがここで奴らに目を付けられるには一人で対処する必要があるだろう。
「大丈夫だ、マスター。問題ない」
『…そうか』
そうしてストライダーへ向かうと、今度は責任者らしき人物から通信が入る。
『こちらはストライダー、独立傭兵レイヴンか?随分早いようだが』
警戒を帯びた声音に俺はなんとなく安心を覚える。そうそう、この位の警戒心は持っていて然るべきだ。
「周辺状況を確認しておきたかった。安心しろ、追加料金を払えなんて言わん」
『…そうか、味方の部隊が合流するまで後3時間ほどある。貴様にはその間の護衛を頼みたい』
移動進路はベリウス中央方面、恐らく壁越えに対応するべく戦力の移動を行っているのだろう。こいつはまいったな、このままストライダーを生き残らせた場合、先輩達の脅威になりかねない。
「了解」
そう答えつつも俺はどう動くべきか思案する。記憶において壁越えにストライダーが現れた事はない。それはどのルートであっても壁越え前にストライダーが破壊されるからだ。護衛を受けなかった場合はアーキバスの依頼で621が破壊するし、受ければ連中が破壊する。だからここで俺が守り切った場合、高確率でベイラムの壁越えに現れるだろう。アーキバスから再度依頼があるにしても、ベイラムの壁越え前にルビコン解放戦線の戦力を削ってやる必要は無いからだ。ならばここで依頼にしくじるのが最善か?
――コーラルが無ければ、ミールワームが育たない。
――今日も子供達が飢えて死んでいく…。
ストライダーを見捨てようとした瞬間、そんな言葉が脳裏をちらつく。俺は顔を顰めつつ頭を振った。だからなんだ?辺境の惑星で飢えた子供が死ぬなんてのはありふれた話だ。子供が死ぬのが嫌なら、銃なんて捨てて惑星封鎖機構にでも保護を求めれば…、駄目だろうな。惑星封鎖機構はルビコン3を監視している。それはつまりコーラルが残っていることを、そして彼らルビコニアンがそれを利用していることを承知しているはずだ。封鎖した惑星の在留者を強制退去させない理由は単純にして明快。追い出した彼等の口からコーラルがまだ残っている事を漏らされたくないからだ。だがその状況は既に前提が覆っている、なら可能性はあるか?
…いや、無理か。今のところ情報を得た星外企業はベイラムとアーキバスだが、この情報が拡散すれば更に多くの企業が参入してくる恐れがある。第一星外企業でもトップの2社が動いているんだ、その周辺を探っている企業からすれば生きたルビコニアン自身がコーラルの存在を証明する証拠たりえる。いや、優先順位を間違えるな621。最優先事項はご主人と俺達の生存だ、それ以外は全て余計なものに過ぎない。
――これからのお前の選択が…、お前の可能性を広げることを祈る。
――わたしたちをおまえひとりにきけんをおしつけるひとでなしにしてくれるな。
家族の声がまるでささやき声のようにリフレインされる。自分の命より大事なものなんてあるか?生き残る以上に優先する事なんて存在するのか?
…答えは“ある”だ。だからご主人はルビコンに戻って来た、先輩達は文字通り死んでまでその道を作った。そして数多の621だって、それがあるから何度死んでもこのルビコンへ、ご主人の猟犬として降り立ったのだ。
『本艦に接近する反応を確認した!レイヴン迎撃を!』
『こちらでも確認した。621、少し早いが仕事の時間だ』
俺が覚悟を決めるのと同時にそう通信が入る。そして思わず俺は笑ってしまった。そうだ、俺に想像出来る事をご主人が思い至らない訳がない。それでもこの依頼を俺が受けることにご主人は反対しなかった。ご主人は俺の選択を信じてくれたのだ。ならば彼の猟犬として俺がすべきことは一つだけだ。
「目標を視認」
『確認した。…これはシュナイダーのMTではない。C兵器か!?』
通常のMTどころか惑星封鎖機構の特務機体と比較しても遜色ない速度で接近してきた奴らは、俺へ向かって躊躇無く砲弾を放ってきた。まあ無人兵器にそんな情動を求める方が間違っているが。
『応戦しろ621、話合いの通じる相手ではない』
「了解」
言いながら俺は砲弾を回避しつつミサイルを発射する。腕武器の方は相手の速度が速すぎてロックが間に合っていない。
『敵はルビコン調査技研の無人兵器、アイビスの火で失われたはずの遺物だ』
ルビコン調査技研。半世紀以上前にこのルビコン3でその名の通りコーラルの調査と技術開発を行っていた組織だ。彼らは企業や惑星封鎖機構などとは別の組織であり、それ故かコーラルの危険性を理解するにつれて彼らは武装化を始める。C兵器と呼ばれるそれらの無人兵器群はコーラルという半永久的に利用可能なエネルギーを動力に、こうして半世紀経った今でも主の命令を守り、この地を駆けている。まあ、今回は少しばかり事情が違うのだが。
「先ずは一つ」
コーラル式のジェネレーターは通常とは違った特性がある。それがエネルギー回復だ。一般的に出回っているジェネレーターはエネルギーの回復にも少量のエネルギーを用いるため、限界まで使用すると回復が鈍くなる。ところがコーラルジェネレーターはコーラルの真空状態において最も増殖スピードが速くなるという特性を利用しているため限界まで使用した後、急速に回復するという仕様なのだ。これを無人の機動兵器に搭載するとどうなるか。戦い慣れた人間ならともかく、効率を優先するプログラムはジェネレーターが最も効率の良い機動を行う。つまり散々動き回った後、唐突に休憩を挟むのだ。稼働している時間が長い分、その時間で圧殺出来れば問題ないが、そうで無ければ致命的な隙となる。案の定動きを止めた1機にバズーカを叩き込みスタッガーを取ると、俺はパルスブレードとミサイルで追撃し止めを刺す。その頃にはもう1機も動きを止めていた。うん、正に実戦を知らない技術者が理論と効率だけで造ったという兵器だな。再装填の終わったバズーカを当て、ミサイルを撃ち込めばそちらもスタッガーを引き起こしその場に擱座する。あとはパルスブレードで切り裂くだけの簡単なお仕事と言うヤツだ。
『敵影、まだ来るぞ!…偶然居合わせたにしては数が多すぎる』
だが当然ながらこれだけでは終わらない。更に耳障りな擦過音を響かせながら車輪のようなC兵器が現れ、更に先程のMTモドキもやって来る。中々に大盤振る舞いだな、もしかして製造プラントでも押さえているのか?
『今は戦闘に集中しろ621』
そんな事を考えていたらご主人に注意されてしまった。まあ殺傷能力は惑星封鎖機構の装備並だからな。ご主人の言う通り油断は良くない。馬鹿正直に突っ込んでくる車輪野郎にバズーカをたたき込みつつMTモドキへミサイルを放つ。調子に乗って側面の火炎放射器を向けてきた奴はパルスブレードで切りつけた後蹴り飛ばして爆発させる。うん、対処方法さえ理解していればやはり無人兵器は雑魚だな。
『…打止めのようだな、広域レーダーにも反応は無い』
『終わったのか…?こちらストライダー、当艦に被害は無い。レイヴン、よくやってくれた。引き続き護衛を頼む!』
俺の戦いを見ていたのだろう、ストライダーからは歓声混じりの通信が入る。そうだ、もしご主人が死んだ友人達の意思をその遺産を清算するなら、彼らの死を背負う事になる。他星系にすら被害を出す災害を未然に防ぐ為に必要な犠牲だとしても、ご主人がそれを割り切れるとは思えないし、俺としてもそんなものを背負って欲しくない。
『先程の機体については、俺の方で調べておく。621、お前は引き続き護衛を続けろ』
「了解」
いつものように短く答えつつ、俺は決意を固める。今度こそこの巫山戯た悲劇の終わりを俺が変えるのだと。
ストック切れたのでここからは週1ペース(予定)です。