「えっと・・・・今の話、本当なのかい?」
「あぁ、CADは俺が準備しよう。1人1時間でバッチリ仕上げてやる」
CADを白紙の状態から魔法師個人にあわせて使用可能な状態にするまで調整するには通常その三倍の時間が必要と言われているが、幹比古はあまり驚いた様子はなかった。
1つはCADの調整を1時間で仕上げる事の凄さがわかっていなかったのもあるのだが、この4日間だけで散々『ビックリ箱』を見せられた所為で、
『達也ならなんでもありかな』
という気持ちがうまれていたからだった。
「大丈夫?もう9時だよ?自分のもあるでしょ?」
このメンバーの中でもCADの調整の手間を知っているエリカが、唯一、心配そうな顔で問いかけてきたが、
「大丈夫だ、自分のなら10分で終わる」
「は、ははは・・・・心配するのがバカバカしくなってくるわね」
「まぁ、実際はそれほど余裕があるって訳では無いんだがな」
「えっ?」
これまで聞いた事のなかった達也の弱音、それに驚く一同。
「なんせ急な話だからな。作戦らしい作戦も立てられない。練習する時間なんてあるはずもないから、ぶっつけ本番で行くしかない。大雑把な段取りをつけて後は出たとこ勝負なんて力ずくと変わらない。俺にとっては、不本意な条件ばかりだよ」
「でも悪知恵が達也君の持ち味だしね!」
「酷い言われようだな。のび太」
達也の弱音、と言うより愚痴のようなものを聞かされ、重くなった空気がのび太とのやり取りで肩の力が抜けた。
「・・・・はぁ、決まった事に今更言うこともないか。それで、僕は何をすればいいのかな?」
「それなんだが、遊撃を頼みたい」
「遊撃?」
「守備と攻撃、両方を側面支援する役目だ。幹比古の得意とする古式魔法の知覚外からの奇襲力と隠密性に期待しての役割だが・・・・、人前で魔法を使うのはマズイか?」
「秘密にしているのは魔法そのものの原理じゃなくて発動過程だから、CADで使えば問題無いよ。――でも、大丈夫なのかい? 前に達也は言ってたじゃないか、僕の、吉田家の術式には無駄が大きいって」
「ああ」
あまりにもハッキリとした物言いに、レオと美月は驚きで目を丸くし、彼の“過去”を知るエリカはあからさまに体を硬直させた。
「つまり達也は、もっと効率的な術式を教えてくれるのかな?」
「いいや、アレンジするんだ。無駄を削ぎ落とし、より少ない演算量で同じ効果を得られる魔法式を構築できる起動式を組み直す」
幹比古の使う古式魔法には、長い呪文を必要としていた頃の名残で術式固有の弱点を突かれないよう偽装が施されている。しかしCADによって高速化された現代魔法では、術式固有の弱点につけ込むという対抗手段は起動式の段階で魔法の種類を判別できない限り意味が無い。達也の言う“無駄”とは、そのことを指していた言葉だったのである。
だからといって、古式魔法が現代魔法に劣っているということではない。達也が先程言った通り、奇襲力と隠密性においては古式魔法に軍配が上がる。だからこそ達也は、メンバーに幹比古を選んだのだから。
「分かった。僕の使う術式は呪符だけじゃなくてCADにもプログラムしてるから、達也が思う通りにアレンジしてみてよ」
「ありがとう。信用してくれたついでに、もう1つ聞きたいことがあるんだが」
「良いよ。僕がここに来たのは父がそう命じたからだ、そのせいで秘密が多少漏れても文句は言えないはずさ」
いや、それはどうだろうか、と達也は思ったが、ここで話の腰を折る利点は無いため黙殺する。
「手短に訊く。“視覚同調”は使えるか?」
「・・・・そんなことまで知ってるのか、さすがだね。“五感同調”はまだ無理だけど、一度に2つまでなら使えるよ」
「よし。これで少しは作戦に幅が生まれる」
幹比古との話は一段落ついたタイミングで、レオがずっと気になっていたことを尋ねる。
「ところで達也、遊撃は幹比古だとして、攻撃と守備は誰がやるんだ?」
「・・・・問題はそこだ。結論を言うと相手とステージで変える、拓けたステージならのび太、障害物が多いステージなら俺が行く」
障害物が多いならのび太の方がいいのでは?と思われるが予選第1試合やテストで見せた動きを見てのび太の逃げ足ならばと考え、その作戦でいくつもりなのだ。
「なんか行き当たりばったりだね・・・・」
「仕方がないさ、こればっかりは。それよりも時間が惜しい、俺はCADの準備をするからそれまでのび太と幹比古はある程度動きの確認をしていてくれ」
「分かった」
現在、夜8時を過ぎた所であり睡眠時間を抜いても試合まで数時間しかない為、3人はそれぞれの役目の為に練習を始めた。
九校戦8日目。新人戦5日目(最終日)
モノリス・コードの会場は、困惑の空気に包まれていた。一高が第2試合で相手選手の悪質な反則行為によって怪我をし、本来ならば残り2試合を不戦敗になるところを、急遽代理の選手を立てて予選を続行することが認められたからである。
予選は各校がそれぞれ4試合行い、勝利数の多い上位4校が決勝トーナメントに進出する。勝利数が同じ場合は、試合時間の少ない方が上位となる。そしてここまでで一高は四高戦での反則勝ちも含めて2勝しているが、今日戦う二高と八高に負けてしまうと決勝トーナメントの進出は叶わなくなる。
二高と八高に勝つと、決勝トーナメント進出は一高・三高・八高・九高。
二高に勝って八高に負けた場合も同じ。
二高に負けて八高に勝つと、決勝トーナメント進出は一高・二高・三高・八高。
つまり二高にとっては、本来ならば決勝トーナメントに進出できたにも拘わらず、一高に負けると予選敗退となってしまうのである。かといって八高に勝った後に手を抜くと、九高から八百長だと騒がれるだろう。
「というわけで、八方丸く収めるためには、一高が2敗して予選敗退が望ましいんだろうな」
「それで、そうするの?」
「まさか。やるからには勝ちに行く、というか負けては特例で試合に出させてもらう意味が無い」
「だよね〜」
「それにしても今回のフィールド、やけに相手チームに優位だね」
「そうなの?」
「あぁ、八高は特に野外演習に力を入れている。森林ステージは彼等にとってホームなんだが、ステージ選択はランダムのはず。何か作為的なものを感じるな」
「考えすぎじゃない?そうなる可能性はあるんでしょ?」
「それは、そうなんだが・・・・」
「2人とも、そろそろ時間だよ。フィールドに行こう」
観客席
モノリス・コードの会場の1つ、森林ステージの客席に、第三高校の一条将輝と吉祥寺真紅郎、出来杉英才の姿があった。
「第一高校の選手が怪我をしたって聞いたときは凄く驚いたけど・・・・、その代役としてまさか例のエンジニアが選手として出てくるとはね」
「あぁ、そうだな」
「しかもこの試合では彼が攻撃オフェンスみたいだよ。2丁の拳銃型に加えてブレスレット型のCAD・・・・、彼のことだからハッタリなんてことはないんだろうけど、はたして同時に3つのデバイスなんて使いこなせるのかな?」
彼等の疑問もご最もだ。普段から達也の突拍子の無い行動を見慣れている一校の面々と違い、複数のCADを使うなんて事“普通は"ありえない。
しかし彼等のそんな疑問に答える人などいるはずもなくそのまま試合開始となった。
一校テント
「八高相手に森林ステージか・・・・」
「普通ならこちらが不利だと考えるだろうけど」
「それについては、向こうも計算外だったはず」
幹比古の言った『第八高校にとって森林ステージはホームグラウンド』というのは、第一高校の天幕でモニターを見つめている真由美・摩利・鈴音の3人も同じ意見だった。しかしそれでは今回は第一高校が不利なのかというと、その点について3人はさほど心配していなかった。
達也に関しては特に言わなくてもこう行った場面でも活躍するだろうと判断されている。幹比古の事も達也から話を聞いている為今回のステージと相性がいい事も理解していた。強いて懸念するならのび太の事だろう。
勿論彼の実力も問題なく前日の試合を見ても何も問題がない、が、今回のび太が受け持つポジションは守備、彼の戦い方は前衛向きな戦い方であるためそこを気にしていた。
そもそも何故今回はのび太が守備なのか、と言うと達也と幹比古(特に幹比古)が試合に慣れるため今回はのび太が守備を担当する事になったのだ。
「流石にモノリスをほおっておいて攻めるなんてことしないとは思うけど」
「実際、どう戦うのでしょうか・・・・」
互いのモノリスは、直線距離にして約800メートルほど離れている。CADを携えて、生い茂る木々の間を縫い、いつ来るか分からない敵に警戒しながら進むことを考えると、途中戦闘が無かったとしても最低で10分は掛かる距離だと見るのが普通だ。
しかし試合開始から5分も経たない内に始まった戦闘は、八高のモノリス付近で行われていた。
加重系の魔法で目の前のディフェンダーに片膝をつかせた達也は、魔法を使わずに持ち前の脚力で八高のモノリスへと疾走する。それを止めようとディフェンダーがCADを達也の背中へと向けるが、起動式が展開されたその瞬間、まるでサイオンが爆発するかのようにそれが掻き消されてしまった。
ディフェンダーが驚いて立ち尽くしている間に、達也はモノリスの鍵を開く専用の魔法を放った。八高のモノリスが開き、勝利の鍵である512文字のコードが外界に晒された。このコードを審判席に送信すれば、一高の勝利となる。
しかし達也はコードが現れたことを確認すると、すぐさま森の中へと逃げていった。さすがの彼も、敵の妨害に晒されながらコードを打ち込むのは至難の業だった。
ディフェンダーは他の一高選手の影を気にしながら、彼を追い掛けて森の中へと入っていった。
いくらここが富士演習場とはいえ、実際に富士の樹海を使って競技をしているわけではない。演習場の一部に人工の丘陵を作り、そこに木々を移植した訓練用のステージである。すでに移植から半世紀は経って自生化しているが、たかだか800メートルの道を迷うような密林ではない。
しかし八高のメンバーであるその選手は、完全に自分の現在位置を見失っていた。
「くそっ!こそこそ隠れてないで出てこい!」
苛立ちのあまり声を荒らげる彼だが、当然ながらそんなことで姿を現す相手ではない。彼は舌打ちをすると、先程から鬱陶しくて仕方のない耳鳴りを打ち消す魔法を発動した。そのときに使ったCADをホルスターにしまい、代わりに携帯端末型のCADを取り出し、断続的に襲い掛かる耳鳴りに対抗しながら一高のモノリスへと進んでいく――
と、彼自身は思い込んでいるのだろう。
本人は高周波音ばかりに気を取られて気づいていないが、彼は低周波音によって三半規管を狂わされていた。ヘルメットによって視界が制限されている中、右に左に方向転換をさせられてしまったことで、自分が今どちらを向いているのか分からなくなってしまっている。そして迷うはずのない人工的な環境という思い込みが、自分が迷っていることに気づけなくなっているのである。
これこそ、幹比古による精霊魔法“木霊迷路”である。
仮に彼が魔法によって方向感覚を狂わされていることに気づけたとしても、術者がどこにいるのか判別するのは非常に難しいだろう。なぜなら幹比古は精霊という独立情報体を用いて、離れた場所から彼に魔法を仕掛けているからである。
この奇襲力が、現代魔法には無い大きな利点だ。モノリスに近づいていると思い込みながらどんどん後戻りしていく彼を尾行しながら、幹比古はどうやって彼を行動不能にしようか考えていた。
「――あった、モノリスだ」
3人目の八高選手は、2つのモノリスを結ぶ直線経路から大きく迂回して細心の注意を払いながら森の中を突き進み、一高のモノリスまであと50メートルほどまでやって来ていた。乱立している木々の隙間からモノリスが見えたとき、彼は無意識に安堵の溜息を吐いていた。
しかし、本番はここからだ。モノリスを開ける“鍵”を発動させるには、半径10メートル以内にまで近づかなければならない。10メートルというのは、物陰に隠れていない限り確実に発見される距離だ。相手のディフェンダーに発見されれば、激しい戦闘になることは容易に想像できる。
問題は、そのディフェンダーが誰かということだ。
この試合から代理出場している2人の選手については、情報がほとんど無いため何の魔法が得意なのか分からない。しかしどちらも二科生という補欠扱いの生徒らしいので、ほとんど注意する必要は無いだろう。
しかし今守備をになっているのは第一試合から出ているのび太、しかものび太はスピードシューティングにも出場している為、のび太がどれ程の腕前を持つかも知られている。しかも前二試合でのび太が典型的な前衛タイプの戦い方をしており、守備には向かないだろうと八高選手は考えていた。
八高選手は隠れた場所からゆっくりとモノリスに近づき、モノリスを開く専用魔法の射程距離に入る。そう思った瞬間
ズドンッ!
「クハッ!?」
頭、それも頂点の部分に謎の衝撃を受け八高選手はその場に倒れてしまった。当然本人も何が起きたのかさっぱり分から無かったが、彼の意識が薄れていく中でちょうど自身の頭上に視線がいき、そこにはうっすらと魔法が発動された痕跡が見えたのだった。
一校テント
「今、何が起きたの?」
「八高選手が頭に何かしらの攻撃を受けたのは分かりましたが・・・・」
「あっ、リプレイが出たぞ・・・・・・・・え?」
今の一連の動きがリプレイとしてモニターに流れる。映像には八高選手がゆっくりとのび太の左側の背後から近づいていたのだが、のび太は振り向くことなく後ろに向かって空気弾を放った。飛んで行った空気弾はそのまま直線上にあった木に当たる直前にリフレクターの魔法が発動、空気弾は左に跳弾し八高選手が隠れていた木に向かっていき、再度リフレクターが発動、リフレクターに触れた空気弾は八高選手の頭部に直撃、八高選手はそのまま意識を失った。と言うのが今の流れだった。
「「「・・・・・・」」」
「真由美・・・・今の、マルチスコープ無しで出来るか?」
「無理に決まってるでしょ?!」
と、改めて1年生達の実力を思い知った真由美達、そうこう言っているうちに試合終了、八高選手全員リタイアによる一校の勝利となった。
観客席
「出来杉、あんなの出来るなんて聞いてないぞ・・・・」
「あはは、僕もまさかあそこまで出来るなんて思わなかったんだよ。間違いなく僕が最後に見た時より腕を上げている。客観的に見ても新人戦の中じゃ間違いなく強い部類だろうね」
「それは僕も思ったよ。それに彼だけじゃない他の2人もさ。吉田選手の方は、古式魔法使いなのかな。現代魔法じゃあ見かけない魔法を使っているから奇襲なんかが強いね。そして司波達也、
「なるほど、確かにあれだけのアレンジスキルがあるなら普段からハードの方も高度にチューンナップされた物を使っているだろうな。急な代役だった影響が出ているということか」
「そう。だから彼の魔法自体に関しては“術式解体”以外の魔法はあまり警戒する必要は無いと思うよ。むしろ彼の駆け引きに嵌ってしまうことを警戒するべきだ」
「真正面からの撃ち合いなら恐れるに足りない、か。だが、それだと」
「うん・・・・そういう場面なら野比君が前に出てくるだろうね」
将輝の言いたいことが分かった出来杉はその質問に答える。一校の編成はなんの偶然か、それぞれが短所をカバー出来る編成となっていたのだ。
「だったら俺達はどう出るべきだ?」
「そうだね・・・・・・・・・やっぱり正面からの撃ち合いの方がいいかも」
吉祥寺は一条の質問に少し考え込み、出した答えが先程出した『正面からの撃ち合い』だった。
「え、でも・・・・」
「まだ続きがある。確かに正面の撃ち合いになったら野比選手が出てくるけど、どちらかと言うと奇襲とかの意識外からの攻撃が得意なんだと思う。だから野比選手と司波選手2人を相手する時は真っ向から力勝負に引きずり込めば、100%将暉が勝つよ。例えば試合が『草原ステージ』だったら九分九厘、僕達の勝ちさ」
「成程な」
どうしよう。予選の続き、ダイジェストじゃダメかな