無頭竜壊滅の次の日
「達也君、よく寝れた?」
「あぁ、すまなかったな先に眠ってしまって」
「しょうがないよ」
現在はモノリス・コード本戦の準決勝の試合を見に来ていた。と言っても新人戦の様な不安要素なんてものは微塵もなく順調に勝ち進んでいる所である。
「それにしても昨日は何があったんだ?深雪から『空いた口が塞がらない』なんて連絡が来た時は驚いたんだが・・・・」
「なんて言うか・・・・」
「人類の未来は明るいって事が分かった」
「?」
雫の言葉に疑問を持つがドラえもんが「後で見せるから」と言ってその場を納めた。ちなみに準決勝は勿論一高の勝利となっていた。
「十文字くん、いる?」
選手控え室のインターホンを鳴らした真由美がドアに呼び掛けると、少しして上半身がタンクトップ、下半身がプロテクトスーツ姿の十文字が姿を現した。
「すまないな、こんな格好で」
「気にしないで。別に裸ってわけじゃないんだから」
十文字の言葉に、真由美はニッコリと笑ってそう返した。仄かに香る制汗剤特有のアルコールの匂いが、彼への印象を好ましくさせる。
「決戦のステージが決まったわ。ちょっと良いかしら」
「ああ」
それを伝えるだけならば、その場で言えば済む話だ。しかし真由美がわざわざ場所を移そうとしているということは、その話題が単なる隠れ蓑であることを意味している。十文字はそれを即座に理解し、彼女の背中をついていった。
人気ひとけの無い場所まで移動したうえで遮音障壁を作り出した真由美が、ようやく口を開いた。
「父から暗号メールが来てたわ。師族会議の通達だって」
「ほう。俺のところには来ていないな」
十文字の言葉に真由美は意外そうな表情を見せたが、暗号を解くには結構な時間1人になる必要があることを考え、チームメイトに怪しまれると十文字家が判断したのだろう。
「一昨日、一条くんがのび太君に倒されたでしょう」
「それで?」
十文字の問いかけはそれが、ではなくそれで、だった。いや、実はこの問いかけ自体、形式的なものだった。
「十師族はこの国の魔法師の頂点に立つ存在であり、常に最強の存在でなくてはならない。たとえ高校生の競技大会であろうとも、十師族の実力に疑いを残すような結果を放置しておくわけにはいかない、だそうよ」
「あの試合はお遊びで片付けるレベルではなかったがな」
セリフだけなら反論だが、口調は淡々としたものだった。
「つまり、十師族の強さを誇示するような試合を師族会議は求めている、ということだな?」
「えぇ・・・・こんな馬鹿馬鹿しい事を、十文字君に押し付けたくはないんだけど・・・・」
「いや、これはむしろ十文字家次期当主の俺が一人で処理すべき事だ。気を遣わせて済まなかったな」
「その程度の事は別にいいんだけど」
気持ちの持って行き場が無いのか、真由美は珍しく本気で何の意味も無い愚痴をこぼす。
「ホント、馬鹿馬鹿しいったら・・・・・のび太君が傍流であっても十師族の血を引いているなら、こんな三流喜劇き巻き込まれる事も無かったのに・・・・」
「思ったのだが、野比は本当に十師族に関わりは無いのだろうか。あれだけの腕があるのならそれなりに目立ってもおかしくないと思うのだが・・・・」
「本人と千葉さんの話では生まれ持っての才能とその才能を鍛えてくれた人がいるらしいわ。目立たなかったのは他の部分が悪目立ちしちゃってたからみたいだけど」
そうか、と言ってその場の話は終わった。
渓谷ステージで行われているモノリス・コード決勝戦は、まさしく一方的な試合だった。
対戦カードは一高対三高。三高選手は先程から“1人”の一高選手に対し、氷の礫を飛ばしたり崖を崩して岩を落としたり沸騰させたお湯をぶつけたりと、ありとあらゆる攻撃を集中して浴びせていた。
しかしその一高選手――十文字は、まるで何も起こっていないかのように平然とした表情で、悠々とステージを闊歩していた。彼の周囲に展開している障壁が、質量体の運動ベクトルを逆転させ、電磁波や音波を屈折させ、分子の振動数を一定に抑え込み、サイオンの侵入を阻害する。
十文字家の魔法師は、卓越した空間把握能力を磨き上げて数々の領域防御魔法を駆使することから“鉄壁”の異名を取っている。そしてその真骨頂とも言えるのが、現在十文字が展開している多重移動防御魔法“ファランクス”である。
単に魔法防壁を維持するだけではなく、何種類もの防壁を絶えず更新し続けていることにより、あらゆる攻撃魔法を無効化しながら進軍する魔法である。その姿はまさに、何列もの兵士が一塊となって行進することで、集団としての防御力を高めながら、先頭の兵士が倒れても即座に次の兵士が攻撃を始める重装歩兵密集陣営を彷彿とさせる。
まるで集団の兵士に迫られているプレッシャーを覚えた三高選手は、1歩1歩確実に近づいてくる十文字に対して攻撃の手を休めることができなかった。少しでも手を休めた途端に襲い掛かってくるのではないか、という強迫観念が彼らに“逃走”も“無視”も選択させないでいた。
しかし、彼らは甘かった。
十文字と彼らとの距離が10メートルほどにまで近づいた頃、十文字は彼らから怒濤の攻撃を受けているにも拘わらず、地面を勢いよく蹴って彼らとの距離を詰めた。巌のような体が加速・移動魔法も相まって水平に宙を飛び、内部への侵入を許さない障壁を張ったまま彼らにショルダータックルをぶちかました。
まるでトラックにでも撥ねられたかのような衝撃を受けて、三高選手は次々と吹っ飛ばされ、地面に勢いよく激突して意識を失っていく。
結局、十文字に1回たりとも有効なダメージが通らないまま、そして十文字以外の一高選手を1歩も動かさないまま、一高チームが総合優勝に華を添える完全な勝利を収めた。
観客席からも惜しみない拍手が贈られた。“圧倒的”というよりも“凄まじい”と表現した方が適切な試合を目の当たりにしたせいか、その拍手はどこか夢見心地で曖昧なものだった。
「凄いです、あれが十文字家の“ファランクス”・・・・」
一高の応援席で試合を観ていた深雪も、拍手をしながら凡庸な感想を呟くしかなかった。
達也も同じように拍手をしながら、しかし深雪とは違う感想を抱く。
「いや、あれは本来の“ファランクス”ではない気がする」
「そうなのですか?」
「今までに見たことがないから憶測でしかないが、最後の攻撃は“ファランクス”本来の使い方ではないように思える。だとしたら、十文字先輩の力量は相当なものだと言わざるを得ないな」
達也の言葉に深雪が頷いたそのとき、観客の拍手に右腕を突き上げて応えていた十文字が不意にこちらに視線を向けた。
一瞬自分に向けたのかと考えた達也だったが、すぐに自分の後ろが定位置だったのび太に向けたものだと思い至った。
“俺はお前より強い"
そう告げている様に見えていたが、メッセージを送られている当の本人は
「やっぱり凄いなぁ」
と、メッセージに気づくことも無く単純に凄いなぁと思っていただけだった。
そしてこのモノリス・コードを持って今年度の九校戦の全ての競技が終了し総合優勝は第一高校となった。
表彰式と閉会式は午後3時半から行われ、午後5時には終了した。これをもって、競技場での九校戦は幕を下ろした。
なぜわざわざこんな回りくどい表現をしたかというと、正確には“九校戦”は終わっていないからである。とはいえ、互いの威信を賭けて競い合うようなものではなく、むしろ互いの健闘を称え合う場だといえるだろう。
午後7時から開始されるのは、“後夜祭”とも呼ばれる合同パーティーである。大会前に行われた懇親会とは違って純粋な親睦会であり、毎年少なからぬ遠距離恋愛カップルが誕生するほどだ。また参加者は高校生だけでなく、魔法師社会で有力者と称される魔法師関連企業の社長や魔法大学の関係者も含まれるため、将来魔法師として活躍することを目指している彼らにとっては自分を売り込むまたとないチャンスでもある。
それはのび太も例外ではなく先程まで数人から話をかけられていた。主に国防陸軍の関係者からであるが・・・・。
そしてその話は終わり、ようやくパーティーの料理にありつけていた。
「色々大変そうだね」
「まぁ、あっちよりはマシだったよ」
そうドラえもんに言いながらある方へ視線を向けると、そこには人だかりが出来ていて、その中心には深雪が立っていた。
深雪の周りに集まる人垣の中には他校の生徒、大会の主催者、基地の高官、大会を支援している企業の幹部といった魔法関係者だけでなく、芸能プロダクションや広告会社の人間といった本来魔法師とはほぼ無関係の人種も紛れていた。もっとも、鈴音が深雪の横で冷ややかな視線でガードしてくれている。
「そう言えばドラえもん、部屋に居なくて良かったの?」
「部屋にいても暇だからね」
と、ウェイター姿のドラえもんが言う。ちなみにドラえもんの事は一高の人たちには説明済みであり、そのうちの数名が昨晩のタケコプターの披露会に立ち会っていて口をあんぐりさせていた。
「野比君、ここにいたんだ・・・・って、ドラえもん君?!」
「やあ、久しぶりだね。出来杉君!」
「あっ、連絡するの忘れてた。ドラえもん帰ってきたんだよ」
「そう、なのかい・・・・・はは、でも君達らしいや」
「あははは、それでどうしたの?」
「優勝の祝いとこれを渡しにね」
出来杉は小さいアタッシュケースをのび太の前に出し、のび太は受け取る。
「これは?」
「ちょっと遅めの誕生日プレゼントさ。8月7日の」
「・・・・・あっ!すっかり忘れてた」
小学生の頃は秘密道具を使って一悶着起こすほど自身の誕生日を楽しみにしていたはずなのに、今年は九校戦があったりそれに連なる事件があったりと大忙しで忘れてしまっていたのだ。
「忙しかっただろうに。ありがとう!中、見てもいい?」
「勿論」
のび太はアタッシュケースのロックを外して開く。その中身はリボルバーのシリンダーが2つ入っていた。
「これ・・・・」
「野比君のCADの新しいカートリッジさ。中身に関しては終わったあとに話そう、今はパーティーを楽しんで」
「うん、分かった。じゃあ後でね」
そう言って出来杉は離れていった。すると出来杉と入れ替わる様に十文字が近づいてきた。
「今のは三高の出来杉選手か?」
「あっ、はい。小学生の頃から仲良いんです」
「そうだったのか、それは?」
「あぁ、えっと、誕生日プレゼントなんです。8月7日、それが僕の誕生日だったので」
「8月7日か、ちょうど新人戦が始まったタイミングだったな」
「今までは色んな人がお祝いしてくれたんですけど、今年はそうもいかなかったんで」
「新人戦なら他の事は気にしていられなかったのだろう。それ程まで一高の為に頑張ってくれたこと、感謝する」
「いや、そんな・・・・と、所で十文字先輩はどうしてこっちに?」
恥ずかしくなったのか話題を変えて話を逸らす。
「む、そうだった。野比、少し付き合え」
そう言って十文字は通りかかったウエイトレスに空にしたグラスを渡して背を向け、のび太もそれに続いていく。
大会開幕直前の夜、武装した侵入者を捕らえた庭は、今夜、忍び寄る人影も気配もなく静まり返っていた。しかし完全な静寂では無い。誰かが窓を開けたのだろう。微かに、楽の音が聞こえている。そのわずかな音色が、静けさを一層深いものにしていた。
しかしのび太はそんな雰囲気が苦手なのか、なんとか話題を出す。
「そ、そう言えばそろそろ祝賀会始まりませんでしたっけ?」
「心配するな。直ぐに済む」
実は今行われている後夜祭の後に一高の貸切で優勝祝賀会が開かれる予定になっている。しかし十文字は一高チームの幹部である為当然出席しなければならないのだが。
────大した用事じゃないのかな?わざわざ呼び出したのに。
どうやら短時間で決着する用だったのが分かった。
「野比、お前は十師族の一員だな?」
「えっ?い、いえいえ!そんなわけないじゃないですか!そんな凄い血筋ならこんなに成績悪くないですよ!」
と、自虐的な理由ではあるが、のび太の完全否定する為に思いついた言葉だった。
「そうか・・・・」
「・・・・どうしてそんな事を聞くんですか?」
「うむ、野比、俺はあのモノリス・コードの試合を見て、お前の実力が十師族に匹敵するものだと判断した。そんな逸材を放っておくのは実に惜しい、だから俺は、いや、師族会議、十文字家代表補佐を務める魔法師として助言する。野比、お前は十師族になるべきだ」
「え、えぇ?!」
「驚くのも無理はないか、お前は将来この国を守護する為にきっと役に立つが、才能があまりにも突出しすぎている。恐らく通常の手続きではお前の才能は評価されづらいだろう」
「・・・・大きな家柄に入ればそれは関係なくなるって事ですか?」
「そうだ、それにそっちの方が色々都合がいい時もある」
「でもそういうのってどうやってなるんです?」
「簡単だ。そう家柄の人間と結婚すればいい」
と、十文字は簡単に言うが一般家庭(一般家庭と言っていいのか)出身ののび太に縁談の話なんてものは遠い世界の話に聞こえてしまうのだ。しかし十文字は続ける。
「そうだな・・・・七草はどうだ?」
「どうだ、って言われましても・・・・・僕は、結婚とかそう言うのは分からないんですが・・・・・っと言うかそういった話なら真由美さんと十文字先輩でそんな話とか来ないんですか?」
「たしかにそういう話はあるな」
十文字の反応からして特に盛り上がっている様子は無い。恐らく友人としては仲がいいものの婚約者などの話は無いのだろうと考えるが一応聞いてみる事にした。
「真由美さんはタイプじゃないんですか?」
「いや?七草はあれで中々、可愛い所がある」
どっちなの、と煮え切らない回答を貰ってしまい少し戸惑ってしまうが十文字はそれを気にせず更なる提案をしてくる。
「もしや・・・・野比は歳を気にする方か? ふむ、ならば七草の妹はどうだ?最後に会ったのは2年前だが、2人とも将来が楽しみな美形だったぞ」
「そ、そうなんですね・・・・・」
会ったことのない人達のことを言われても、と内心思ってしまった。
「しかし野比、あまりのんびりしては居られんぞ。十師族の、一条家の次期当主に正面からの1対1で勝利する事の意味はお前が考えているよりずっと重い」
自分で決めたこととはいえ、同じ十師族の人間にそのような事を言われるということは相当な事案なのではと不安で頭がいっぱいになりかけた。が、十文字がのび太の肩にそっと手を置き
「のんびりしては居られないかもしれないが、まだ時間はある。しっかり考えておくといい。・・・・そろそろ後夜祭が終わるタイミングか、俺は先に戻る。野比もあまり遅くなるなよ」
そう言い、十文字は会場へ戻って行った。そして1人になったのび太は近くの噴水に腰をかけて物思いにふける。
正直十師族とか、結婚とか、全然考えてこなかった。いや、そう言うの想像はした事はあったが実際そんな話をされるとは思ってもみなかった。
「これからどうなるんだろう・・・・」
のび太の言葉は誰に聞かれることも無く噴水の音にかき消されていった。
その後祝賀会に遅れながら参加し、それも終了すると時刻は午後10時を過ぎていた。後夜祭の時の約束で出来杉に連絡する。流石に起きていないかと思ったがすぐに出てくれ、ホテル近くの演習場の一部を借りた。
「こんな時間になってごめんね」
「構わないよ、寧ろこんなタイミングでしか見れないからね。取り敢えず渡したシリンダーを取り付けたかな?」
「うん」
「なら」ポチッ
出来杉は手に持っているタブレットを操作し、数メートル先に藁人形を出した。
「あれに向けて撃ってみて」
「分かった」
と、のび太はいつも使っている魔法と同じ感覚で魔法を放つと紫色の閃光が放たれ、真っ直ぐに藁人形に直撃した。使った魔法にも驚いたが、のび太はこの魔法に見覚えがあったのだ。
「これ、もしかして・・・・“ショックガン"?」
そう、今の魔法はのび太が散々使ってきたドラえもんの秘密道具の1つ、ショックガンに似ている事に気がついた。
「そう!しかもその効力もショックガンを模しているから直接人にぶつけても気絶する程度の威力にしているんだよ」
「すっご!よくここまで作れたね!?」
「いやー苦労したんだよ。っといっても僕だけじゃなくて吉祥寺君にも手伝ってもらったんだけどね?」
「そうだったんだ、今度お礼を言わないと」
「ははっ、伝えておくよ。それで野比君、使い心地はどうだい?」
「全然違和感ない、いつもの感覚で撃てるよ」
「良かった。色々調整が大変だったから、野比君の感覚とズレがあったらどうしようかと思ったんだけど、合っててよかった」
その後も何発か撃って動きを確認して満足のいくものだった事を確認し、出来杉とのび太はそれぞれの部屋に戻って行った。
はい、これにて九校戦編は終了となります。
どうでしたかね。色々詰め込み過ぎた感があったようにも感じますがこれからもそんな感じで言ってしまうと思うのでどうかよろしくお願いします。
夏休み編頑張ろ
ちなみに余談ですが、この話の中にのび太のヒロイン候補がちょこっと上がりました。まぁ、完全に決まった訳ではありませんが、今のところ5人確定しています。増えることはあっても減ることは無いのでそこんとこおなしゃす