今日は論文の原稿とプレゼン用データの提出日。とはいえ代表の3人も達也もギリギリまで原稿をチェックする主義ではなく、提出用データは昨日の内に既に仕上げている。遥のアドバイス通り原稿は物理メディアに記録しており、昼休みに4人で集まって最後の点検をすると、メインである鈴音が代表して廿楽の所へと持って行った。
それを終えた達也が教室に戻ると、彼の席にはエリカが座っていた。彼が戻ってきたことに気づいたエリカはすぐさま立ち上がるが、そのまま達也のテーブルの隅に腰掛けるのを見て、彼は何か言いたげに口を歪め、結局何も言わなかった。
「達也君、美月が話したいことあるって」
「美月が? どうした?」
達也が隣の席の美月へと視線を向けると、確かに彼女は不安そうな表情をしていた。というより、何かを怖がっているように見える。
「えっと・・・・、視線を感じるんです」
「視線?」
「そう・・・・。今朝からずっと、何だか物陰からこっちを見ているような気味の悪い感じで・・・・」
「ストーカーの類か?」
「そんな! 私をストーカーする人なんて! ───何て言うか、個人の誰かを狙ってるっていうよりも、もっと大きな網を構えているような・・・・」
美月の言葉に、達也の目がスッと細められた。
「すみません、私の勘違いかもしれないけど・・・・」
「いや、勘違いじゃないよ。今朝から校内の精霊が不自然に騒いでいる。多分誰かが式を打っているんだろう」
自信なさげな美月をフォローするように現れた幹比古に、今まで黙っていたレオが口を開く。
「シキっていうのは、式神とかいうスピリチュアル・ビーイングか?」
「そう。僕達とは術式が違うから詳しいことは分からないけど、誰かが探りを入れてることは間違いない」
「でもそれって、珍しくないんじゃないの? 魔法科高校なんて、スパイにとっちゃ格好の標的だろうし」
「確かにそうだけど、普通なら外壁の防御魔法に阻まれたらその日は諦めるような輩ばかりだ。何度撃退されてもしつこく攻めてくるほど執拗なのは、少なくとも僕が入学してからは初めてだよ」
エリカの言葉をやんわりと、しかしハッキリと否定した幹比古に、達也が尋ねる。
「幹比古、自分達と違う術式と言ったな? それは神道系とは違うという意味か? それとも
達也のその問い掛けに、幹比古は表情を引き締めて答えた。
「・・・・日本の術式じゃない、と思う」
「つまりそれって、外国のスパイってことか?」
「そういうことでしょうね。──まったく、“警察”は何をしてるのかしら?」
目を丸くして驚くレオの隣で、エリカは溜息混じりで憤りを顕わにする。しかしそれは警察組織全体に対する憤りというよりは、誰か特定の人物に対するそれに感じられた。
ほんの僅かなその違和感に、達也と幹比古が不思議そうに首を傾げた。
密入国したと思われる外国人の行方を捜査する千葉寿和警部と稲垣警部補の2人は、横浜の山手の丘を歩いていた。つい先程まで横浜港埠頭近くの地域で聞き込み調査をしていたのだが、その結果が芳しくないため千葉の薦めで移動している最中である。
「警部、どこに向かってるんですか? こんな所に来ても、目撃者なんて出るとは思えないんですけど」
「いや、目撃者はいるんだ。ただ喋ろうとしないだけでね。だったらここは1つ考え方を変えて、蛇の道は蛇よろしく“蛇の巣穴”に飛び込んでみようと思ってな」
「・・・・まさか警部、裏取引でもしようっていうんですか? 違法捜査ですよ」
「そんなこと言ってられる状況かい?」
「・・・・まぁ、そうですが」
渋々といった様子で頷く稲垣を連れて千葉がやって来たのは、山小屋風のデザインをした落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。全開になっている観音開きの鎧戸から、芳醇なコーヒーの香りが漂ってくるのが分かる。
「・・・・警部、休憩が悪いとは言いませんが、今から“蛇の巣穴”に行こうってときに───」
「いいや、ここがその“蛇の巣穴”だよ」
「えっ? ということは、ここはもしかして───」
「いや、別にここのマスターは犯罪歴とかは無いよ。ただ普通の人より“情報網”が広いだけで」
「・・・・我々に尻尾を掴ませないほどの大物、ということですか?」
「大物と言うより、職人だけどね」
千葉は呑気にそう言って、“ロッテルバルト”と書かれた扉を開いて中へと入った。
ランチタイムは過ぎているが、結構客は入っていた。観光地が近くにあるからかとも思ったが、店内に賑わいは無く、静かにカップを傾ける年配者が多い。おそらく観光客よりも常連客の方が多いのだろう。
2人がカウンター席の端に座ると、千葉がブレンドを2つ注文した。
「警部、話を聞き出さなくて良いんですか?」
「まぁまぁ、そう焦らない。ここのマスターはどちらの仕事にも手を抜かない職人気質でね、ああしてコーヒーが出来るまでは何を訊いても答えちゃくれないよ」
本当にコーヒーを飲みに来ただけなのでは、と疑うほどにリラックスした雰囲気の千葉に、稲垣は疑いの目を向けながらもそれに従うことにした。しかし落ち着きは無く、先程からそわそわと店内を見渡している。
ふと千葉が隣を向くとそこには同じようにコーヒーを飲んでいる女性がいることに気がついた。
パッと見には美人という印象はない。身につけているものも平凡なブラウスとスカートだ。
しかしよく見れば顔立ちは整っているしスタイルもいい、わざと地味に見えるようにメイクしていると千葉には感じた。
千葉が隣の女性に目が行っていることに気がついた稲垣は咳払いをし、仕事に戻れと無言の圧をかけた。その時クスクスと小さな笑い声が聞こえた。
「・・・・ごめんなさい。いつ話掛けてくるかと思ったのに、一向にその様子が無かったようで・・・・女は苦手ですか、千葉の御曹司?」
「あ、貴女は・・・・」
「初めまして千葉寿和警部。藤林響子と申します」
その名前に千葉は驚愕した。古式魔法師の名門『藤林家の令嬢』であるのと同時に日本魔法界の長老である九島烈の孫娘が、彼の前で屈託の無い笑みを浮かべていた。
校門でA組の深雪・ほのか・雫の3人と合流して、総勢9人となった達也たちは駅までの短い道のりを一緒に歩き始めた。達也が代表補佐に選ばれてから9人全員で一緒に帰る機会はめっきり減っていたためか、特にレオとエリカ辺りが浮き足立っているように見える。
「それで達也さん、論文コンペの準備はもう終わったんですか?」
「一段落、といったところかな。リハーサルとか模型作りとかデモ用術式の調整とか、細々としたものはまだ残ってるけど」
「そういえば、美月のところで模型作りを手伝ってるんだっけ?」
「うん。中心となってるのは2年の先輩だから、私は何もしてないけど・・・・」
「模型作りは五十里先輩に任せっきりだからな。自然とそうなるんだろう」
「ん? じゃあ、達也は何してるんだ?」
「俺はデモ用術式の調整だ」
達也の答えに、雫がコテンと首を傾げる。
「普通、逆じゃない?」
「そうか? 物作りに関しては俺よりも五十里先輩の方が数段上だと思うが──」
「まぁ確かに、啓先輩は“魔法使い”っていうより“錬金術師”のイメージだよねぇ」
「錬金術師?RPG?」
「その例えで行くと達也さんは何になるのかな」
と美月が呟いた疑問は
「そりゃ、マッドサイエンティストでしょ」
「それはちょっと、世界観が違わない?」
「それじゃ、山奥で秘術を伝授してくれる賢者とか?」
「賢者っつーには、武闘派な気がするけどな」
「じゃあいっそのこと、世界征服を企む悪の魔法使いとか!」
「だったらもう、魔王とかで良くない?」
「達也くらいになれば、主人公と一緒に魔王を倒した後に『実は俺が真の魔王だったのだー!』って立ち塞がる真の黒幕くらいは普通にやりそうだよな」
言いたい放題な友人達を前に、達也はさすがに顔をしかめて頭に手を遣っていた。
そんな風に学生らしく賑やかに騒ぎながら歩いていても、達也とのび太は警戒を忘れてはいなかった。行きつけへ続く小路の入口で、達也達を尾てくる気配を顔を向けないように振り向いた。
「ねぇみんな、ちょっと寄っていかない?」
寄り道をして尾行をやり過ごそうとのび太が掛けた誘いに
「賛成!」
「達也は明日からまた忙しくなりそうだしな」
「そうだな、少しお茶でも飲んでいくか」
こうして全員はアイネブリーゼに入っていった。
中に入った9人は、いつものようにカウンターとテーブルに分かれて座った。のび太・達也・深雪・美月・ほのかの順でカウンター、残りのエリカ・レオ・幹比古・雫の4人がテーブル席となっている。つまりのび太のおかげで、達也が女の子を侍らせるハーレム野郎に見えることは辛うじて避けられた。
舌の肥えた達也や深雪も通うだけあって、この店のコーヒーはなかなかの物だ。なのでここにいる全員がコーヒーを注文する。
そうして9人分のコーヒーをお供に、達也たちは会話を再開した。内容はもちろん、論文コンペについてである。
「へぇ、達也くんが代表に選ばれたのか。凄いじゃないか」
「今年は確か横浜だったかな? 会場がいつも通り国際会議場なら、その近くに僕の実家があるんだよ。実家も喫茶店をやっててね、山手の丘の中程にある“ロッテルバルト”って店なんだが」
「実家も喫茶店なんですか」
「時間があったら寄ってみてよ。親父と僕のコーヒーどっちが美味いか、忌憚のない意見を聞かせてくれると嬉しいな」
「おおっ! マスターったら、商売上手だねぇ!」
のび太のからかいに、カウンターとテーブル席から笑い声が起こった。
そうやって会話も進み、達也のコーヒーが残り3分の1にまで減ったとき、エリカがクイッとコーヒーを一気飲みしてカップをソーサーに置いた。少しも音をたてていないところに、彼女の育ちの良さが滲み出ている。
そして彼女は、スッと立ち上がった。
「どうしたの、エリカちゃん?」
「ちょっとお花を摘みに」
彼女が店の奥に消えたのとほぼ同時、今度はレオがポケットに手を入れたまま立ち上がった。
「わりぃ、電話だ」
そのまま店の入口へと消えていくレオの背中を見送って、達也は幹比古の手元に注目した。メモ帳というより小さめのスケッチブックを広げて、何やら幾何学的な模様を描いている。
「幹比古、何してるんだ?」
「ん? いや、忘れない内にメモしておこうと思ってね」
「そうか。──あまりやり過ぎるなよ」
苦笑いを浮かべる幹比古を尻目に、達也は何事も無かったかのようにコーヒーを口につけた。
「僕も行った方がいいかな?」
「多分問題ないだろ。厳重にやるんだから」
「じゃあいっか」
喫茶店から数軒挟んだ所にあるその小道は、昼間でも人通りがほとんど無い。
そんな小道に、テイクアウトの飲み物を片手に建物の壁に身を預ける1人の男がいた。休息にしては真剣な顔つきであり、その視線は喫茶店の入口に固定されている。
と、そのとき、
「おじさん、あたしとイイコトしない?」
後ろから突然声を掛けられ、男は思わず飲み物を落としそうになるのを寸前で堪え、ゆっくりと後ろを振り返った。
そこにいたのは、先程店に入った高校生グループの中にいた、“美少女”と呼ぶことに何の躊躇いも必要ないポニーテールの少女だった。男は即座に脳内の記憶にアクセスし、彼女が周囲の友人にエリカと呼ばれていたことを思い出す。
入口から出た形跡は無いから店の裏口から回り込んだのか、と男は思いながら口を開いた。
「ま、待ってくれ!私は君達と事を大きくしに来た訳じゃない!」
「?」
「・・・・君達に話があるんだ、千葉エリカさん、そして野比のび太君に」
何故自分達の事をと思いながらも敵意がないことが分かったためエリカは幹比古の張った結界を解除させ、店に戻った。
もう終わったのかと達也は振り向くとエリカと共に見慣れない男が一緒に入ってきたのには驚いた。
店主が気を利かせて店の端のテーブルを用意し達也達は男を囲うように座る。そして幹比古も気を利かせて遮音結界を張った。
「それで、アタシとのび太に話って?」
「待て待て、それよりもこの人が誰なのかを聞く方が先だろ?」
「そうだったな。申し遅れた、私は
『銀河連邦警察 おとめ座銀河団支部』の
『ジロー・マーシャル』だ」
「ぎ、銀河・・・・」
「連邦・・・・」
「警察・・・・!!」(´✪ω✪`)
「・・・・・・・・ふぅ」
達也は頭を抱えた。またのび太案件か?とこの場から離れたくなった。
「それで、その銀河連邦警察さんがアタシらになんの用?」
「・・・・・それが、大変言いにくいんだが・・・・」
「大丈夫よ、アタシらちょっとやそっとじゃ驚かな───」
「君達が過去に壊滅させた組織
『ガルタイト工業』の連中が脱獄をした」
「「・・・・・・えっ、えぇぇぇ!!」」
「お前らでも驚くことあるんだな・・・・」