「今日も行くんですか?」
宵の帳も遥か昔に降りた。黒の中でも特別黒い漆黒の闇に包まれ、夜空にチラつく星のような街頭すら眠っているような時間。この人は決まって身体を起こす。
「今日も…行くんですか?」
シーツをたぐり寄せ、少しの肌寒さを誤魔化す。あの人がベッドから居なくなるだけで、ここはこんなにも寒い。
「…何時から?」
「ずっと。」
黒塗りの顔からは表情は一切見て取れないが、きっと恐らく、絶対私を見つめて、悲しい顔をしている。
「ずっとずっとずっとずっと…見ないふりしてました。でも、もう耐えられない…1人の夜は…寒いのです…。」
頬を涙が伝う。夜に泣いたのはこれが初めてでは無い。この人が居ない時は何時も泣いて夜を明かす。ようやく帰ってきたと思ったら煙草と、濃厚な血の匂いを巻いて泥のように眠る。
「また貴方は私に隠してる。私をまだ拒絶している…ねぇ、何を隠しているのです…?」
暫く黙り込んで、彼女はベッドに腰を落とす。軋むコイル。身体はそちらへ少し揺れて、直ぐに引き寄せられる。
ベッド脇にある、あの苦くて辛い煙草を取り出して、咥えた。私はその煙草に火をつけるのが好きだ。身を委ねてくれるから。ライターに手を伸ばすと手が重ねられた。
「大丈夫。大丈夫だから、少しだけ待って。」
指を絡め、離せないようにしっかり握られる。細い指。私の身体を這って、よく私を揶揄う白い指。煙草を吸っていてもこの人の匂いしかしない、でも血の匂いは何時もする。可愛そうでカァイイ指。
反対の手でライターを握り締めて、少しして彼女の顔が爛々と照らされる。赤くなった煙草の先から煙が登る。
まだ、黙っている。咥えたまま、煙草を吸って少しだけ顔が見える。何時もよりも何か違う瞳。どこを見てるんだろう。
この人は、とても臆病だ。病的にまで、臆病だ。きっと私に見えないところで沢山泣いている。だから大丈夫、いつまでも待つよ。覚悟が決まるまで時間がいるんだよね。
身を寄せ、肩に頭を預ける。少しだけ跳ねた肩に頬を擦り寄せ、目を瞑る。この人の呼吸音が、煙草の毒を吸い込んで、吐き出すただその行為が、生きているんだと思わせてくれた。この匂いも、嫌いじゃない。
「…今日、あいつに近付くために、下の組織を潰す予定だった。」
はい。と静かに答える。手を撫でて、安心させながら。
「私はずっと、あいつに近付くために色んなことをしてきた。何人も殺した。」
はい。
「最近、スイッチが切れない時がある。」
はい。
「今日も、殺そうと思った。」
はい。
「私の復讐は…力なのかな。」
私は、暫く考えながら力無く煙草を咥えて、瞳の炎が揺らめいだ愛する人を撫で続けた。灰を落とすことも出来ないから、灰皿を差し出した。
「私も、人を殺しました…私は、汚い?葵ちゃんから見て。」
「いいや、ヒミコは…ずっと綺麗だよ…」
「貴方の手はいつも私を撫でてくれて、私の為に戦ってくれて、気持ちよくしてくれることを知っています。」
フィルターぎりぎりになった煙草を奪い取って少しだけ吸う。
「ゲホゲホッ…やっぱマズイです…」
直ぐに灰皿に押し付けて消してしまう。こんな不味いものを吸って本当に、駄目な人。
「ねぇ、手が血に汚れるなんて、ホントに思ってる?そんなの比喩ですよ。」
「分かってるよ、そんなことは…んっ…」
キスをした。本当は煙草なんて吸って欲しくない。でもこの人がまだ必要としてる。私の指でも吸っていればいいのに。
「ぷはっ…葵ちゃん、復讐やめるです?」
「それは…」
「やっぱり、私も着いてく。」
「言うと思った、そうさせない為に黙ってたのに。」
「そうだろうと思いました、だから我慢してたんです。」
首に抱きついて、自分の胸に顔を埋めさせる。少しだけ震えているこの人を、強く抱き締める。
「ヒミコ、苦しい…」
「葵ちゃんなんて窒息死してしまえばいいのです。そうすればもう苦しいこともないです。」
「むぐぐ…わ、分かったよ…でも危ないんだよ?むぐっ?!」
そんなことは、分かっています。そんなもの、貴方と一生を添い遂げると決めた時に、とっくのとうに覚悟を決めたのですから。
私は今までしてきたことをヒミコに話した。ヒミコはまた泣いていた。何時も泣かせてごめんね。嬉しい時だけしか泣かせないって決めてたのに。
ヒミコを連れて地下室に行く。指輪型のキーを何も無いただの壁に押付け、認証させる。
あいつの、憎むべき父親が残したものの一つ。データベースと、武器や防具、特殊な道具。そしてもう一対の指輪。それをヒミコに渡す。
「ヒミコ、結婚指輪の時はもっとまとものなのにするから。」
「むー、ムードの欠けらも無いけど…まぁいいです、指輪くれるなら!」
いつか、全て終わった時に旅行にでも行こう。その時に、もっとちゃんとプロポーズをしよう、そう決めた。
「こんなとこ、あったんですねー…これとか凄い良いナイフじゃないですか?」
「欲しかったらあげるよ、私は使わないし。」
ウキウキとナイフを選び始めたヒミコ。
「その…ほんとに行くの?」
そう問いかけると顔の横をナイフがすっ飛んでった。頬に血が伝う。
「くどい。葵ちゃん、私の事舐めすぎです。私これでも敵なんだよ?」
近寄って頬を舐めながら、そんなことを囁かれた。ヒミコは時々狡い。私なんか比にならないぐらい。
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