1.
しんしんと星が輝く夜23時すぎ。
真夜中といって差し支えないこの時間帯に、一つの影が窓際の椅子に座り込んで動かない。
シャワーも浴びたし、明日の支度も終えている。
あとは寝るだけだというのに全く眠れずにいるようだ。
手元のポータブル端末で偶然流れてきた、あるポケモンについての記事を目にしてから、かれこれずっとこんな調子でぼんやりとしている。
はあ。
影から重いため息が聞こえる。
気怠げに端末を操作すると、次々と同じポケモンについての特集が流れるように表示されていく。
それらをしっかり最後まで目を通してから画面を消すと、
はああぁ。
さらに重いため息が降ってきた。
おもむろに手にしていた端末をベッドに放り投げ、立ち上がり出窓を開け放つ。
見下ろした町並みは夜更けにふさわしく、ひっそりとした静寂に包まれている。
柔らかな月明かりに照らされて、鋭利な薄水色の横顔と背中に流れる山吹色の皮膜がゆらりと浮かび上がる。
若いインテレオンだ。
つるりとした肌に苦悩の色を滲ませ、頬づえをついた口元からはまたひとつため息が漏れた。
暦のうえでは春とはいえ、まだまだ夜風は冷たいはずなのに、今度はぼうと外を眺めたまま動かない。
そして、おもむろにベッド脇のサイドテーブルに飾っていた花瓶を険しい目つきで見据える。
それは2週間ほど前に購入した早咲きのバラだ。
たまたま通りすがった花屋の店先に飾ってあったもので、その時は瑞々しく咲いていたというのに、今では見る影もなくうなだれている。
なんとなく、先輩の好きそうな色だったから。
ちょっとした思いつきで購入した小ぶりの花束を家に持ち帰ってから、はや数日。
久しぶりに会うだけで、ましてやただの先輩後輩という間柄なのにバラの花束なんて、さすがにキザすぎやしないかとか、渡して引かれたらどうしようとか、ぐるぐるとひたすらに考えこんでしまった。
そこから意を決して、花束を片手に先輩のもとへ向かったまではよかったものの。
既に仕事に行ってしまったのか、はたまた別の予定があったのか。
春になったらまた会おうと約束していた麓の修練場に、先輩の姿はなかった。
そりゃ、春になったらってだけで、いつ会うかなんて日にちを決めてなかったけども。
悩みに悩んだ末に、へたに覚悟を決めて向かったものだから、その後の落胆が酷い。
そして、その日から何日かおきに約束の場所に顔をだすものの、いまだに会えていないのである。
春になったらまた会おうって言ったのに、なあ…
重いため息をまた一つつくと、手を伸ばして花瓶から萎れたバラを一本引き抜く。
眉間に皺を寄せ、手元を見つめること数秒。
「すき、きらい、すき、きらい…」
190センチのスラリとした体を丸め、あまりにも真剣な表情で小さな花びらをちまちまとめくり始める。
長身に見合う長い指を器用に動かし、ボソボソと呟きながら一枚一枚花びらを摘み取っていく姿は、正直かなり奇っ怪だ。
しかし、当の本人は至極真面目である。
ある程度摘み取ったところで手を止め、残りの枚数を数える。
そして最後の一枚が悪い方で終わることを悟り、
「はあーっ…。」
崩れ落ちるように出窓に突っ伏してしまった。
最後に会ったのが去年の年の瀬だったから、もう2カ月近く会っていない。
先輩はポータブル端末を持っていないから、連絡手段は手紙くらいなのに、その配達さえ冬の間はお休みだ。
先輩の住む山向こうの渓流付近は、冬になると雪で道が閉ざされてしまうからだ。
会いたいのに会えない。
たかが2カ月。されど2カ月。
どんよりと項垂れる姿は、普段の自分の様子を知るものが見たら、きっと驚くに違いない。
それくらい落ち込んでいる自覚はある。
もし知り合いが同じことをしていたら、なにをやってるんだと腹を抱えて笑う自信がある。
つらりつらりととりとめもない事を考えながら、手元のをバラを改めて眺める。
既に半分以上毟られ、力なく項垂れる花弁はまるで自分のようだな、と柄にもなく考えて頭を振る。
今日は感傷的になりすぎた。
それもこれも全部、先程放り投げた端末で見かけた記事を読んだからだ。
記事の内容は至ってシンプルで、先輩の今までの功績とこれからの活躍についてをまとめた、至って普通の特集記事だ。
その対象が自分にとって、ずっとずっと追いかけ続けた背中で、改めて自分との差を見せつけられたような気になってしまった。ただそれだけだ。
冷たい夜風がひゅうと頬をなでる。
…もう寝よう。
ため息をついて窓枠に手をかけたとき、
「インテくん、こんばんは。」
思いもしなかった声が頭の上から降ってきた。