『さァ、これだけ待ってあげたんだもん……もう死ぬ準備はできたよねェッ!?』
剣を握った腕が、高く掲げられる。だが、それがロバートに振り下ろされることはなかった。
「まったく……このような雑魚相手にわしを駆り出すとは、セイリアも贅沢なやつじゃのう」
スパン──と、空気を切るような鋭い音が響く。刹那、アトラスの手首から下が、綺麗な断面を描き消失した。
『ァ、えッ……!?』
「じゃが……霧核対策部の連中はみなわしの愛しい孫のようなもの。それを傷つけるのであれば、誰であれ許しはせん」
アトラスの手を消し飛ばした玉藻は、いつになく真剣な表情でアトラスを睨みつける。だが、その視界の端に、尋常でない出血量の月白が映ったために、玉藻は目的を変えた。
(……ツキはひどく血を流しておるようじゃのう。わし程にもなればあの程度のクワガタは容易に潰せるが、一撃で潰すとなると相当の霧素が要る。その影響は、間違いなくツキにも出る。かと言って悠長に戦っていてはツキが手遅れになるやもしれん。となれば、わしのすべきは一つじゃのう)
このまま戦っても、アトラスの撃破は可能だろう。それは間違いない。なにせ、玉藻は魔物の中でもS級に位置する最強クラスの存在だ。どれだけ成長速度が速かろうと、B級程度で太刀打ちできる相手ではないのだから。
だが、今の玉藻には守らなければならないものがある。目の前で仲間を失うことだけは避ける。それが、彼女が霧核対策部に入ったときに自らに課したルールだ。
「二度とわしの家族の前にその面を見せるな。次はないぞ、若き魔物よ」
玉藻の小さな掌が、地面に触れた。光の円が広がっていく。すると、アトラスがそこから弾き出された。
『ぐげッ!?』
アトラスはなんとか起き上がり、玉藻がいたところに視線を向けるが、すでにそこには誰もいなかった。
『くそォッ!!あの狐よくもォッ……!!』
やりきれなさから地団駄を踏む。だが、ほかに何かすることがあるわけでもなく、ダンゴムシを逃がすよう命令されただけであったため、アトラスはすごすごと『巣穴』へと戻っていった。
(……でも、ぼくもだいぶ強くなったんだし、自分で何か考えて動いたほうがいいよねェ?)
その胸の中に、独り立ちしたいという欲が生まれ始めていることに、『巣穴』のメンバーはまだ気付いていなかった。
「……これで、ひとまず一命は取り留めたわ。ただ、やっぱり血が足りない。しばらくは絶対安静。勝手に動くことはあたしが許さない」
基地に運ばれ、桃代の治療を受け、なんとか月白は意識を取り戻したが、ドライバーは取り上げられてしまった。
「ま、待ってください……また魔物が出たら……僕は、戦わないと……」
「はぁ?……悪いけど、ライダーシステムってのはそれなりに体に負担がかかるものなのよね。そんなに変身したいのなら一回やってみなさい。あたしがこれを取り上げた意味がわかるはずよ」
血走った瞳で言う月白に、桃代はため息を吐き、ドライバーを投げ渡す。
「変身……」
『Error.』
「……ッ!?」
月白はそれを装着し、変身しようと試みるが、アクティベーターを押し込んでも、ドライバーから僅かな霧素が漏れ出るばかりで、肉体が変質する素振りは見えない。
「当然よ。クロッシングドライバーは肉体を変質させて、その上に霧素で作った装甲を被せることでライダーに変身させる装置。その大元の体が衰弱してる以上、まともに変身できるわけもないでしょ」
わかったらさっさとよこしなさい。桃代はそう言うと、半ば強引に月白の腰からドライバーを引っ
「ま、待ってくだ……」
「だから寝とけって月白。アイツの態度が気に食わねぇのはアタイもわかるが、今のテメェに無茶させたら本気で死ぬって思ってっからああ言ってんだよあの人も。テメェだって本当はわかってんだろ?」
その場を去る桃代に追い縋ろうとする月白を、乙姫が引き止める。
「寮まで帰んぞ。とりあえず今は寝て頭冷やせ」
「わかり、ました……」
釈然としないといった表情で、月白は頷いた。
「……そいつ連れて帰るって言っても足がないだろ?俺が乗せてくよ」
「あ?……ま、今回はお言葉に甘えさせてもらうとするか」
月白に肩を貸しながら歩く乙姫に、ロバートが声をかける。乙姫は頷くと、月白を後部座席に座らせ、自分は助手席に腰掛けた。
「……なぁロバートさんよぉ、アタイの記憶が正しけりゃ、アンタは確か月白のこと嫌ってたよな?どういう風の吹き回しだ?」
月白が眠りについたことを確認すると、乙姫が問うた。
「いや、嫌いでも怪我してたら連れ帰るくらいはするだろ。嫌いな奴だからって見捨てたりなんかしたら、俺は俺を嫌いになるだろうし」
「つっても、足貸すっつった時のアンタは嫌そうな顔してなかったぜ?」
はぁ。ロバートはため息を吐く。信号が赤になったため、車を止めた。
「……俺はさ、俺より後に入ってきたくせにバレさんにドライバー貰ったり、セイリアさんに認められたりする月白を妬んでたんだよ」
「ハッ、器の小せぇことで」
「だろ。自覚はあるんだよ」
自嘲的にロバートは笑う。
「……けど、俺はこいつに助けられた。あんなに突き放すような態度を取ってた俺を、こいつは躊躇わずに助けたんだ」
「コイツのお人好しは相変わらずだねぇ。昔っからテメェのことを勘定に入れずに突っ走るバカだったが、まだ治ってなかったのかよ。……ま、そういうとこがコイツの長所かも知んねえけど」
ロバートの言葉を聞き、乙姫は苦笑した。誘宵学区にいた頃から、月白はどこまでも突き抜けたお人好しだった。人が無茶をするときは必死で止めようとするくせに、自分は平気で無茶をする。だから、乙姫は月白を面白いと感じたのだ。
「……あぁ。こいつに助けられて、俺は自分がいかに小さかったか気付いたんだよ。こいつは、認められるべくして周りに認められる強いヤツなんだって」
信号が変わる。車を発進させ、ロバートは言う。
「……だから、俺はもう、月白を嫌ってはない。勝手に嫌って、勝手に認めて、勝手にやってろって話だけどな」
寮が見えたため、ロバートは車を止め、二人を降ろした。
「それじゃ、あんまり無茶させないようにな」
「わかってるっての。アンタはアタイをなんだと思ってんだよ」
月白は、夢を見ていた。
「いい?目の前で困ってる人がいたら絶対に助けなさい。人助けは人間として最大の美徳よ」
黒い髪に、青い目。月白と似通った外見的特徴を持つ少女が言う。
「姉さんって、本当にお人好しだよね。なんでそこまで善人ぶっていられるのかね。善人みたいにしてるのって疲れない?」
「あら、私が善人じゃないみたいな言い方ね?言ってくれるじゃない」
月白に姉さんと呼ばれた相手──月白の実姉・月白
「確かに、周りに困っている人がいないか周りに目を配りながら生きていくのは少し疲れるわ。少しだけね。けれど、その人を助けたとき、感謝の気持ちを伝えてもらえたら、かなりの達成感を得られるわ。もちろん、そうじゃなくても困っている人は助けるべきだとは思うのだけれど」
満面の笑みで、鶫は人助けについて説く。
「まぁ、気持ちはわからなくもないけど……」
「でしょう?自分が誰かの役に立っている実感を得られるし、相手の方も困っているところを突破できて、ウィンウィンなのよ」
月白が同意すると、鶫はさらに声のトーンを上げて、月白の肩を掴んで揺らした。
「だから、飛鳥も人を助けなさい!周りの助けられる人はみんな助けるくらいの気概で生きると、視野も広くなるわ!!」
「あれ……?あぁ、僕、寝てたのか……」
自室のベッドの上で、月白は目を覚ました。
「おっ、起きたか月白。消化の良いもん適当に買ってきたから、なんか欲しいもんあったら言えや」
ベッドの横に座り、携帯をいじっていた乙姫は、月白が目覚めたことを確認すると、満面の笑みでスーパーの袋を見せびらかした。
「……そうですね。うどんとかあります?」
「あるぜ。……テメェはほとんど料理しねぇから知らねぇだろうけど、アメリカのスーパーってなすげぇモンなんだよ。だいたいの食材がなんでも置いてやがる。さすがは人種の坩堝、タブンカキョーセーシャカイの極致ってなぁ」
茹でるからちょっと待ってな。そう言って、乙姫はコンロの方に向かう。
「にしても、随分と幸せそうな寝顔してやがったじゃねぇかよ月白。なんかイイ夢でも見てたか?」
うどんを茹でながら、乙姫は問うた。
「いい夢……というか、昔の夢を見てました。ほら、僕の姉の」
「あー、なるほどな。姉貴の夢見てあの寝顔とか、テメェは随分なシスコンみてぇだな?」
「うるさいですよ乙姫……」
少し弱ったような声色で、月白は苦笑する。茹で終わり、器に盛られたうどんを受け取り、月白は続ける。
「その……昔、姉さんに率先して人助けをしろって言われたんですけど、その時の夢を」
「へぇ……つまりテメェは姉に言われたから人助けをしてるってわけか?やっぱシスコンじゃねぇか」
「いえ、最初はそうでしたけど、今は自分の意思で好き好んでやってますよ?」
「だとしてもテメェがシスコンなのは変わらねぇだろ」
乙姫はからかうような笑みを浮かべ、うどんを口に運ぶ月白の頬をつついた。やめてください、月白はそう返す。
「そういや、テメェの姉貴って今海外にいるんだったな。今どの辺にいるとか聞いてねぇの?」
ふと、思い出したように乙姫は問うた。以前、鶫の話は月白から聞いている。人助けが趣味の善人で、現在はNPO法人を立ち上げ、世界中を転々としているのだと。
「最近はあまり連絡も取れてないのでよくわからないですね……あ、でも今の仕事がひと段落したらアメリカに来るって言ってました。久しぶりに会いたいって」
「はぁん、なるほどな」
月白が答えると、乙姫はけっけっと笑って返した。
「弦巻、今日は月白は休みか?」
翌日、乙姫が学校のカフェテリアで一人寂しく昼食を取っていると、ジャックが声をかけた。
「あ?テメェに教える義理はねぇだろ」
「冷たいことを言うな弦巻。おれと月白はブラザーなんだ、ブラザーの健康くらい気遣わせろ」
「うわっ気持ちわり。月白はテメェとブラザーんなった覚えはねぇっつってたぞ」
「あぁ、知っている。おれが勝手に言っているだけだからな」
「いや自覚あんならやめろよ……」
月白の安否を問うジャックに、乙姫は冷たく言う。
「ま、別に言うくらい構わねぇけどよ。魔物にやられて怪我して絶賛療養中だ。最低でもあと一週間は見ねぇと不味いって上には言われてる」
「魔物に……?それは、やつが追っていると言っていた魔物にか?」
「違うはずだ。アイツの話だと、その魔物を逃がしたクワガタみてぇな魔物にヤられたんだと。ったく、アイツも学習しねぇよなぁ」
嘲笑うように言う乙姫だが、その声色にはわずかな心配の色が込められていた。
「……クワガタの魔物?」
「あぁ、知ってんのか?」
「いや、直接は知らんが。……確か、うちの会長が言っていたと思う。近頃出てきた魔物で、人の言葉を話し、異常な耐久力を持つと。それで合ってるか?」
ジャックは、冷や汗をかきながら乙姫に問う。
「多分な。クワガタの魔物がこの短いスパンで二体も出るわけねぇだろうし。……だが、そうなると結構にやべぇんだよな」
乙姫も、同様の状態になりながら答える。
「あのクワガタ野郎、めちゃくちゃ強ぇんだ。アタイは霧核対策部の連中と協力してなんとか撤退にまで追い込んだが、四人がかりとはいえC級相当が撤退させたような相手に、B級を狩れるアイツが負けると思うか?」
「……つまり、そのクワガタは成長しているというわけだな?」
「簡単に言やそーゆーこった。……最近、魔物が出るのも増えてきてるし、もしウチの戦力になる連中が軒並み出払ってる時にアレが出たりしたら、その時はどうなっちまうんだろうな?」
乙姫は、少しだけ怯えたような調子で言った。こんな時、おれはどうすればいい?ジャックは苦悩する。かりそめの強がりを口にすべきだろうか。いや、お世辞にも自分は強いとは言えない。C級程度であれば容易に撃破する自信はあるが、B級にはほとんどの場合手も足も出ないのだ。その中で下位の魔物であれば苦戦しながらも倒せるかもしれないが、XOを撃破するほどの強さを持つ、“最低でも”B級の魔物を倒すなどという大口を叩けるほど、ジャックは自惚れてはいない。
(……強がったところで、おれがクワガタを倒せるわけでもない)
そもそも、乙姫はそのような強がりを嫌うタイプの人間だろう。もしも、いつもジャックがしているような独善的な救済を、根拠もないままに行ってしまえば、彼女は激昂することは容易に想像できる。短い付き合いではあるが、そのことはジャックも察していた。
(……悪いな弦巻。おれは、お前の力になることはできん。もっとも、そんなことは望んでいないだろうがな)
「はーァい月白きゅ〜ん、お熱ピッピしましょうね〜〜」
「なんですかその口調……気持ち悪いのでやめてください」
「ンだよツレねぇ奴だな」
帰宅した乙姫は、上着を脱ぎ捨てると、すぐさま体温計を月白に投げ渡した。月白がそれを脇に挟むと、少ししてからピーッと音が鳴った。見せろ、とだけ言い、月白の手からそれを奪う。
「……平熱だな」
「平熱ですよ。そもそも怪我して熱出すなんてフィクションの世界だけでしょ」
「うるせぇな。アタイだってわかってっけど桃代サンが計れってうるせぇからやらせてんだよ」
傷口から菌入ってたりするとまずいからよ、と乙姫。
「そんじゃ、アタイは買い物行ってくるわ。アリスの子守りとかいうクソめんどくせぇ仕事押し付けられちまってよ。さっさと終わらせて帰ってくっから、まぁ待ってな」
「……僕に気を遣ってるのであれば、それは大丈夫ですよ。別に僕はその辺気にしませんから」
「……誰もテメェに気なんか遣ってねぇよ、自意識過剰か」
そう言いつつも、乙姫の頬は少しだけ赤く染まっている。月白の指摘が図星だったのだろう。乙姫はスポーツドリンクを月白に向かって投げると、そのまま寮を出た。
「おいアリス。テメェ何遠慮してんだよ」
「ひぃっ……え、遠慮なんて、してな……」
「してんだろ。アタイがその程度も気付かねぇと思ったか?」
アリスを連れてデパートに向かった乙姫は、どこかよそよそしい雰囲気を醸すアリスに、僅かな苛立ちを込めながら言った。
「ワガママ言えとは言わねぇが、いちいちアタイの顔色を伺うな。そういうヤツ、大っ嫌いなんだよ」
「ご、ごめんなさい……」
謝罪の言葉を述べたアリスは、迫る乙姫の腕に怯え、目を瞑る。その手は、アリスの予想に反し、彼女の頭を撫ぜた。
「ぇ……?」
「あ?ンだその反応。まさかアタイがその程度でテメェを叩くとでも思ったかよ?テメェの中のアタイ像はなんなんだよ」
「え、えっと……」
けっけっとからかう乙姫に、アリスはしどろもどろになりながら目を泳がせる。
『乙姫。
「テメェのじゃねぇだろバラバラ殺人女。まぁアタイのでもねぇしアタイのにする気もねぇけど」
『……その呼び方はなんとかならないのでしょうか』
「だってテメェを名前で呼ぶのなんか癪だしよ。一回アタイのこと殺そうとしてきたし、そもそもテメェ中身書き換えられてんだろ?何考えてんだかわかりゃしねぇ」
苦言を呈する風刃乃を睨みつけ、乙姫は言った。二人の視線がバチバチと火花を立ててぶつかり合う。もっとも、風刃乃に視線を放つ目はないのだが。
睨み合う二人を仲裁しようと、アリスが割って入ろうとした、次の瞬間。
デパートの片隅、買い物客が群れをなす一角が、仄暗い帳に包まれた。
「この空気の重さ……アレか……ッ!!」
捕食猟域。魔物が人間を喰らうために生成する、内側からの脱出を禁ずる空間。それが、たった今開かれたのだ。
『アリス……下がっていてくださッ!?』
アリスを下がらせようとする風刃乃だったが、直後、黒い衝撃を受け、その身体は宙を舞った。
『やァ、また会ったねェ。ギター弾きのきみィッ!!』
その衝撃を放った主──アトラスは、風刃乃やアリスのことなど気にも留めず、乙姫の肩に手を回す。
「触んじゃねぇよクソが……ッ!!」
『そう言わないでよォ。ぼくはきみに交渉を持ちかけにきたんだよォ?』
すぐさま距離を取る乙姫に、値踏みするような視線をアトラスが向けた。
『黒髪ィ……XOだけどォ、どこにいるか知らなァい?』
その言葉から、敵の狙いが月白であることを知り、乙姫は表情を歪める。こんな時に限って戦力になりそうな三人は別件で出ている。かと言って、友人を魔物に差し出せるほど、乙姫は腐ってはいない。
『XOがどこにいるか教えてくれたらァ……そうだねェ。捕食猟域解いてェ、ここにいるみんな逃してあげちゃおっかなァッ!!』
どうするゥ?アトラスは問う。今、乙姫は選択を強いられている。友人の命を差し出し、大勢の命を救うか。あるいは、大勢を犠牲にし、友人を守るか。
「ハッ。ンなモン決まってんだろ。……ここでテメェをブチ殺して、ここのパンピーも月白も守ってやらァ」
『ぷッ。はははッ!!できもしないことをカッコつけて言うねェきみィッ!!いいよォ、ここにいる全員食べて、XOも食べ殺してあげるからさァッ!!』
乙姫の返答を受け、アトラスは口を裂いた。どす黒い粘液がこぼれ落ちる。乙姫はカバンから拡声器を取り出し、臨戦体制をとった。
「B級の魔物……それも、限りなくA級に近い、か。こんな時に会長は何をしている……ッ!!」
その頃、ジャックは携帯に映った通知を見て、どう動くか迷っていた。これがいつもなら、ガブリエルに連絡をして討伐に向かうところだが、こんな時に限って連絡が取れない。規則で魔物の討伐の際は彼に直接、あるいは電話を通じて口頭でその旨を伝えなければならないと言うのに。
(俺は、どうすればいいんだ……ッ!!)
『カッコつけた割には、随分と弱いねェッ!!』
ボロボロになった乙姫を見下し、アトラスは言った。その視界の隅には、同様に傷だらけの風刃乃もいる。
「ク、ソが……ッ!!」
『弱い犬はよく吠えるねェッ!!でもォ、そのまま殺すってのもちょォッと可哀想だしィ、最後にチャンスをあげよっかなァッ!!』
アトラスは乙姫の髪を掴み、怒りと屈辱にまみれた顔を真っ直ぐに見据える。
『XOの居場所ォ、いい加減吐きなよォ』
「ハッ……やなこった」
月白の居場所を知ろうとするアトラスに中指を立て、乙姫は笑った。直後、気絶しない程度の威力のボディブローが叩き込まれた。
「ご、は……ッ!?」
『ぼくよりもバカって意外と居るよねェ?……まァ、なんでもいっかァ。ぼくがチャンスあげたのにそれを捨てるなんてェ、とんでもないバカも居るもんだねェッ!!』
死ねェッ!!アトラスは黒光りする双剣を高く掲げる。だが、それが振り下ろされる直前で、氷の槍がアトラスの脇腹を貫いた。
「ロバート、さん……ッ!!」
「……俺だって、本当はこんな面倒ごとには関わりたくないんだよ」
その槍を投げた主──ロバートは、冷や汗を浮かべながら言う。
「けど、俺は月白に助けられた。後輩にできることを、先輩の俺がしないわけにもいかないだろ」
そして、再び掌をアトラスに向けた。
『あァ、そういえばきみもあの時いたねェ。まァ、特に何も出来ずにボロクソにやられてたけどねェッ!!』
アトラスは嘲るように言うと、地面を蹴った。ロバートの放つ氷柱を剣で跳ね除け、顔の中心に強烈なパンチを叩き込む。
『カッコつけて出てきた割にはァ?どォいつもこォいつも弱いねェッ!!そんなんでぼくに勝てると思っちゃってるのがほんッとォにバカでグズで愚かだよねェッ!!』
アトラスは高らかに笑い、双剣を投げつける。しかし、それは、横合いから飛散した光弾によって弾かれた。
『次から次へとバカの来場に事欠かないねェ?人間ってみんなそうなのォ?』
呆れたと言わんばかりに、アトラスは肩をすくめる。
「テメェは……ッ!!」
乙姫は、その来訪者に、目を見開いて驚きを示した。当の光弾の射出者も、自分の手を見つめ、混乱したような素振りを見せている。
「おれは、何をした……?」
右手に握られたインジェクトガンナーに視線を落とし、ジャックは呟いた。
民間のハンターが狩りを行う時、要請がなければ公安のハンターは手出しすることができない。そのルールは厳格に定められているが──その逆もまた然り。
今回の場合、ロバートが討伐に向かっていた。本来であればジャックの行動は許されるものではない。組織の規則を破り、ハンターとしての規則も破る。ただ解雇されるだけで済めば奇跡と言っていい。故に、ジャックは自らの行動に確かな混乱と疑問を覚えていた。
『自分が何をやったかすらわからないなんてェ、人間ってやつは本当に愚かな生き物なんだねェ?』
アトラスの嘲笑が響く。ジャックはそれを気にも留めず、インジェクトガンナーを構えた。
「……来てしまったものは仕方ない。処分は甘んじて受け入れる」
ただし、とジャックは続ける。
「それは、ここを切り抜けてからだ。……ブラザーの仇よ、貴様はここでおれが倒す!!」
『へェ、きみィ、XOの兄弟なんだァ。じゃァ……死にたくないならどこにいるか教えてよねェッ!!』
「生憎だが……おれもブラザーがどこにいるかなど知らんッ!!」
アトラスの突進を、『猫』の脚力で飛び上がり、回避する。そして、ガラ空きになった頭上の、弱点であろうところを見抜き、光弾の嵐を放った。
『いッ……たいなァッ!!』
苛立ちを隠そうともせず、アトラスが双剣を振るった。脚力をブーストし、回避を試みるが、完全に避け切るには、僅かに力が足りない。霧素の爪を出し、斬撃をすんでのところでいなし、衝撃を最小限に抑える。
だが、そもそもにおいて力の強い魔物だ。押し殺しきれずに、ジャックの上体が僅かにのけぞった。
「ま、ず……ッ!?」
そして、その隙を、アトラスは見逃さない。ジャックの顎に、打撃が叩き込まれる。
脳が揺れる。まともに立っていられない。ジャックは足元をふらつかせながら倒れた。
『さァ、皆殺しの時間だよォ』
「残念、そうはいかないぜ?」
今度こそ。アトラスがジャックの首に刃をかけた瞬間のことだった。デパートの一角を包んでいた捕食猟域が砕け散ったのは。
『なッ、えェッ?な、にが……起こってる、のォッ……!?』
目の前で起こっている事態に、アトラスは腰を抜かしながら。混乱を隠せない様子で呟く。当然だ。捕食猟域を外部から破壊することは、限りなく不可能に近いのだから。
「かい、ちょう……?」
「おう、その会長だぜ。……ったく、ジャックちゃんさぁ、脱皮すんのが遅いのよ」
捕食猟域を破壊した張本人は、悪びれもせずにジャックに手をかざした。するとどうだろう。体に蓄積されたダメージがみるみるうちに消えていくではないか。
「ま、これでジャックちゃんも覚醒したわけだ。今までのオレ様の許可なしに何もできなかったのが、随分と成長したじゃないの」
ガブリエルは笑い、カバンからバックルのようなものとジェクターを取り出し、ジャックに手渡した。
「これは……?」
「オレ様からの贈り物さ。言ってたろ?インジェクトガンナーの空洞が何のためにあるのかって。その答えがソレだよ」
戸惑うジャックの腕からバックルを奪い取り、それを無理矢理に装着させると、先程のアトラスの攻撃で吹き飛んでいたインジェクトガンナーをそこにスライドさせ、セットさせた。
「ジェクターのボタンを押してそこに入れる。んで引き金を引く。あとは流れだ、頑張りな」
相変わらず適当な人だ、とジャックは心の中で呟く。だが、悠長に遊んでいられる暇はない。アトラスが、再び起き上がろうとしていた。
「なるほどな。……ブラザー、おれも今から、お前と同じステージに立つ」
ジャックはジェクターのボタンを押し、それをバックルに装填されたガンナーの空洞に差し込んだ。
『Cat』
「変身」
そして、その引き金を引いた。銃口から放たれた弾丸が、ジャックの体を囲むように飛ぶ。
『Inferno Gatekeeper! Angelic Cat Rider!』
ジャックの体が、猫のような装甲に包まれていく。
「さぁ、好きに暴れろ。仮面ライダーザハーニオ」
変身の完遂を見届けたガブリエルは呟いた。ザハーニオは、アトラスを真っ直ぐに睨み、言い放つ。
「──渡れ、ここが地獄の彼岸だッ!!」
『どれだけ強がったところでェ……XOと同じライダーであるきみにぼくは倒せないよォッ!!』
「どうだかな。……表に出ろ、怪物ッ!!」
叫ぶアトラスに向かって飛びかかり、ザハーニオはキックをその胸に叩き込んだ。足の紋章から衝撃波が逆流し、アトラスの体は吹き飛ぶ。
『よくもォ、やったなァッ!?』
デパートの外まで引きずり出され、アトラスは叫ぶ。
「『よくもやったな』、か。それはおれの台詞だ。聞けば、ブラザーはオマエと戦って負傷したそうだな。ここは戦場だ。情けをかけろとは言わんが……それはそれとして、存分に逆恨みさせてもらうぞ」
ザハーニオは爪型の武装をその手に出現させ、くいくいっとアトラスを挑発した。
『ふざけるなァ、きみだけはぼくが殺してやるゥッ!!』
アトラスが双剣を投擲する。それを、爪で撃ち落とす。
「どうした?侮っていた相手に一杯食わされてお冠か?」
ザハーニオはニヤリと笑い、地面を蹴った。アトラスの懐に潜り込み、爪で打ち上げるように斬撃を放つ。
『ははッ、遅いんだよねェッ!!』
その斬撃が届く直前に、先程打ち落とされた双剣が、アトラスの手元まで舞い戻った。アトラスは爪を弾き、ザハーニオの腹に向かって突きを繰り出す。
「ごふ……ッ!?」
衝撃で、その体が宙に投げ出される。迫る追撃をなんとか躱し、ザハーニオは着地した。衝撃を、足の裏のエンブレムが吸収していく。
(知ってはいたが、ヤツは強い。ならば……弱点を突き、一撃で沈めるッ!!)
コンクリートを足の裏で擦りつつ、ザハーニオは両目に力を込めた。アトラスの弱点──硬い甲殻の隙間、ほんの僅かに皮膚が露出している箇所に、狙いを定める。
『へェ、弱点狙うんだァ。でもォ、何したいかバレバレな時点で無駄だと思うけどねェッ!!』
だが、弱点の捕捉に時間をかけすぎた。その隙は、アトラスにとってはあまりに大きなものだった。飛び上がり、双剣を構えるアトラスを回避するだけの余裕は、今のザハーニオにはない。
『死ねッ、人間ッッ!!』
双剣がザハーニオに迫る。しかし、それはザハーニオには届かなかった。
「くたばれクソ虫野郎ォォォォォォッッッ!!」
背後から響いた爆音波と、空気を貫く氷柱が、双剣を握る腕を撃ち抜いたのだ。
『どこまでもォッ、人間ってやつはァァッッ!!』
アトラスは怒りを露わにし、攻撃を放たれた方へと振り返る。それが、命取りとなった。
「感謝するぞ弦巻。そして名も知れぬ公安のハンターよ。オマエたちのおかげで、おれはその魔物を狩ることができる」
ザハーニオは、ドライバーの引き金を引く。電子音が必殺技の承認を示した。
『Re-Inject! Cat Injecting Burst!!』
両足に霧素が集まっていく。ザハーニオは強く踏み込み、高く飛び上がった。
「──消し飛べェ!!」
アトラスの外殻の隙間から、霧素によって何倍にも増幅された衝撃が伝っていく。それはその肉体を爆散するに至らしめた。
再起できなくするために、霧核も破壊しようと試みたが、そう思った際にはすでに霧に紛れて姿を消していたため、叶わなかったが。
「あーりゃりゃ。アトラスちゃんやられちゃったか。こいつは私様にも予想できなかったねぇ」
逃げ帰ってきた霧核からアトラスを再生させつつ、イースは呟く。
「ま、今更ライダーが増えたところで、もうパニックナイトは止まらねぇ。せいぜい仮初めの平穏に浮かれてな」
《b》次回予告《#b》
ガブリエル「ジャックちゃんおめでと〜う!!いやぁ、キミならやってくれるって信じてたぜ?」
ジャック「はぁ、そうですか……会長、なぜあの時連絡がつかなかったんですか?やっぱりおれの様子を伺ってたんですか?」
ガブリエル「ん〜、それもあるんだけどねぇ、それだけなら六十点くらいかなぁ」
ジャック「……では、何を?」
ガブリエル「爆乳美女口説いてた」
ジャック「は?すみません会長、疲れからか耳が悪くなってるみたいです、もう一度お願いできますか?」
ガブリエル「だから、爆乳美女口説いてたんだって。そりゃもう出会って五秒で即ハ」
ジャック「ひ、人がどう動くか悩みまくってた時に……ッ!!」
ガブリエル「次回、仮面ライダーO’!『PANIC NIGHT』!」
ガブリエル「いやでも爆乳っていいだろ?オレ様爆乳美女の尻追ってアメリカまで来たみたいなところあるし」
ジャック「その情報だけは聞きたくなかった……」
墓脇です。
今回、散々フラグ立ててたジャックちゃんがようやく変身してくれましたね。
三話あたりからずっと変身フラグ立ててたような気がしますが、実は当初はジャックに変身させる予定はなかったんですよね。
わたしが最初から変身させる予定で出してるキャラの名前には一定の法則があると何話だったか忘れましたがOのあとがきで語っていますが、ジャックはその枠組みに含まれていません。
ではなぜそんなジャックを2号ライダー的立ち位置に据えたかというと、そっちの方が美味しいと感じたからです。
だって二話見てみ?完全に後から2号ライダーになるキャラじゃん。そんなつもりなかったのに。
ジャックの変身したザハーニオは彼専用のライダーというわけではなく、立ち位置としては量産型ライダーの括りになっています。
これについては今後本編で語られると思いますので、その時になったら「あぁそういやそんなこと言ってたな」と思っていただけたら。
さて、今回のエピソードでジャックは許可を取らず自分の意思で行動することを覚え、ロバートと月白の不和も解消されたところで、次回はこれまで散々不穏なワードとして出てきたパニックナイトがその全貌を表します。
これからの話は、O’第一章を締め括る話になるので、ぜひ楽しんでいただけたらと思います。
月白の姉はそのうち本編にも出てくると思います。最初死んでそうな感じで出てきたけど普通に生きてますからね。