アカク サク バラ ノ イバラ
愛するが故に、
全てを望み、
……貪る。
夕闇の空は赤く燃えている。
煌々と、炯々と、寂しげな色をして燃え盛っている。
それは夕陽の照らす赤焼け空ではなかった。
暗い空を明るく照らすその光は、地上で燃え盛る火による物だった。
パチパチと爆ぜる音が聞こえてくる。
焦げ臭い油の臭い。木の焼ける臭い。血臭。
離れていても感じられる熱気に顔は火照り、時折吹き付けた冷ややかな風が心地良い。
燃えている。
大切な物の全てが今、燃えて消えていく。
――護りたかった人の想い出が。
――護りたかった人の家族が。
――護りたかった人の家が。
今、燃えている。
全てを焼き尽くさんと、赤々と燃えている。
一際強い風が吹いた。
轟と吹いた風が身体を揺さぶり、俺は堪える気力と体力も無く、その場に膝を着いた。
柔らかな芝の感触。
ここで以前、三人でお茶を飲んだ。
忍と、ノエルと、俺で。
談笑し、紅茶を楽しみ、時にゲームを講じ。
懐かしいと言うには余りにも最近の記憶。
しかしもう、この風景をもう一度見る事は叶わないだろう。
燃えている。それら全てを引き連れて、残酷に――――
「ノエル、ノエルゥゥゥ――――ッ!!」
泣き叫ぶ、慟哭する、月村忍の姿を、俺は確りと脳裏に刻み付けた。
目尻から滂沱と零れ落ちるその涙を。
引き付けを起こしたかのように慄く身体を。
硬く握り締められた手の平から流れる滾る様に赤い血を。
金切りにも似た、ただただ叫ぶその言葉の名を。
願わくば今度こそ、その総てを護れるようにと。
広い館は現在も修復作業が行われている。
夜の一族として日本でも三家に入る月村家の邸宅だから、その広さは途方もない物だった。
といっても、その広さ故に燃え広がった箇所はそう多くはなかった。
屋敷の四分の一、一般家庭に計算して六軒分ほどだ。
多量の金額を湯水の如く使用した修復作業は早く、昼夜を問わず進められた。
その甲斐も有って、今ではその七割が元に戻っている。
改めて吹き抜けになったダイニングから周りを見渡す。
……この広い館を一人で掃除をしていたのか。
そう思うと、気が遠くなる所業だった。
ノエル・K・エーアリヒカイト。
飽くまで裏方にあり、その技法の高みを気付かせなかった女性。
高級感溢れる適度な弾力のソファに身を置きながら、再び新聞に目を落とす。
あの事件から一週間。
信じられないような事が、海鳴経済新聞の二面に載っていた。
事件の首謀者――月村安次郎が、獄中で突如心不全により死亡した・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・らしい。
一族による処分は既に下されていて、その中に死に関する事は無かった。
ショックに因る真実の意味で病死したのか、はたまた何者かの手で、暗殺されたのか。
元華族である夜の一族の背景を考えれば、事実の捏造も容易であろう。
疑惑は膨らむばかりだが、未だノエルへのショックから立ち直れていない忍に聞く事は躊躇われた。
「……それで、私を呼んだ訳ね、高町君」
「はい。俺の知る唯一の忍の、こちら側の信用できる人物。綺堂さくらさん。貴女しか居なかった」
彼女、綺堂さくらさんは物憂げに溜め息をついた。
大人びた、落ち着いた印象を持つこの人は、頼りになる、と言った感じがする。
それはある意味、その人がそれだけ苦労をしてきた裏返しだろう、とも思う。
上品に紅茶を口に運び、一息。
こくりと上下する喉仏が本当に、妖艶だった。
動作の一つ一つが完成されていて、人を惹きつける。
物憂げな表情さえも男の同情を誘い、魅惑する。
月村忍という恋人が在りながらも、自制には強い精神が必要だった。
「へぇ……」
「何か?」
「ううん。何でも無いわ。少し知りたい事があって、その用はもう済んだの」
――それよりも。
そう前置きして、綺堂さんは俺の質問に答えた。
「月村安次郎に関しては、緘口令が既に布かれているの。当事者の貴方だから話すけれど、他言は無用でね」
「はい」
「故、月村安次郎。享年四十八歳。死因、外部からの強力な電圧によるショック死。
胸部に於ける体毛の一部に焦げ有。皮膚上に焦げ有。事故の可能性は皆無であり、
意図が検出されるが、凶器は発見されていない。目撃者はゼロ」
「目撃者がゼロって……檻の中でしょう? 監視員が居るんじゃないんですか?」
「HGSや夜の一族の能力の前に、一般人の監視がどれほどの役に立つか……知らない訳じゃあないでしょう?」
「…………」
それは、その言葉は、確かだ。
別段夜の一族やHGSではなくても、俺のような暗殺の手を知る者ならば。
そして内通者が一人でも居れば、同じ所業は可能だろう。
気配を殺し、一人一人、昏倒させる。
全く同じ様な完全犯罪は不可能でも、それに近い事を成し遂げる自信はあった。
しかし俺の能力は少なくとも、忍以外は知らない筈だ。
俺の経歴に関しても完璧な擬装が――本当に完璧な、捏造が――されている。
その為に俺は、億尾にも自身の事は出さず、
「なるほど」
とだけ頷いた。
話す事が多くなると人間はボロが出やすい。
相手に与える情報が多くなるのだから当然だった。
最上は、得るだけ得て与えない。しかし信頼は得る。
勿論、日本の夜の一族、その中でも三家に入る未来の綺堂が長にそんな最上の結果が得られるわけも無いだろうけれど。
俺の考えを承知した上で、綺堂さんは俺に情報を与えてくれている。
それだけ俺と忍の立場を知り、応援してくれている。
『混血』を忌避する夜の一族の概念中で、唯一の味方。
胸の底から湧きあがる、温かな物。
この人は、忍の味方だ。
俺はその事が。その事こそが何よりも嬉しかった。
――お前は一人じゃない。
ノエルと今会えなくても、お前は絶対に一人じゃない。
俺が居る。綺堂さんが居る。
もしかしたらそれ以上に。もっと、もっと――――
この思いを、伝えようと思った。