嗚呼――――――――絶望が余りに近く……。
青白い月明かりが戦場を照らしていた。
その深く広い森その物が二人の戦場で、木々や飛び出した岩、段差すらもが互いの獲物の一つだ。
機動に長けた近距離戦だった。
ハイレベルなアウトボクサーの様にお互いが左回りに展開しながら、幾度となく近寄っては火花を散らす。
そして互いに決定的な打撃を与える事無く、その場を離れ、互いの間合いを計る。
「やるじゃあないか、人間風情!!」
「その言葉そのまま返す、多芸素人が!!」
交錯。飛び散る火花が陰影をつけて俺達の顔をくっきりと浮き上がらせる。
顔に浮かぶのは、戦闘への笑み。黒と白。蒼く光る目が、この上もなく怖ろしい。
時に薄皮を裂き、時に獲物を砕き、俺たちは互いに、高速に移動を続けていた。
小刀は一本使い物にならず、氷村の爪はもはや四度生えかわっていた。
呼吸は乱れない。
氷村は元より備え持った遺伝子によって。
俺は日々の鍛錬で鍛え上げた心肺機能によって。
かすかに速い呼吸を続けながら、俺たちは常に動き、隙を探し、その隙を作り出す為にワザと己の隙を作り出したりもする。
その途中、胸元で震えた携帯は都合三度、音もなく着信を告げる。
何らかの進展があったのか、はたまたその都度別の人間からか。
しかしそちらに気を向けている余裕は無い。
本当の隙を見せれば、その時点で俺の首が飛んでいる。
持って生まれた遺伝子の違い。
氷村が己惚れるのも致し方ないか、と苦笑する。
己の精魂込めて鍛え上げた肉体と、技術と、経験の十九年が、持って生まれた物だけで秤を取れている。
それは大きな侮辱だった。
自らの生涯に対する侮蔑に他ならない。
非才の身だからこそ努力を求めた。その先に力があると信じた。
努力無き天才よりも、努力する凡才の方が上だと、盲信してきたではないか。
それを今こそ証明する時だった。
多対一の事も考えて持ちに持った飛針も三分の一を消費し、残り二十。
身にかかる重みは無くなりつつあった。
それは同時にこの身を軽く、素早くする事と同義。
まだ氷村はこちらの切札に勘付いていない。
恐らくは最初にして最後の機会。
使い所の難しい札だった。切る前に負傷すれば、それだけで札の効力は地に落ちるだろう。
その札を今、切る。
更にギアのひとつを上げ、高速に回転したまま小太刀を振り、抜く。
「ぬぅ――――!?」
声を上げて、少し……ほんの少しだけ身を硬くした氷村へさらに裏をかく為、
今の今まで温存していた神速を使用する。
大きく脈拍する心臓。
色を失う視界。
高度な戦闘によって高められていた集中力が、嘗て無いほどの精度の神速の世界へと導いた。
殺れる。冷静にそう判断する。
小太刀に迷いは無かった。
「てやぁああああああああああ!」
珍しく、威勢を上げて斬りかかった。
御神流奥義之壱、虎切とらぎり。
近接最遠距離を誇る二振りの抜刀技・・・・・・・。
刀身が短く、鞘が短く。小太刀だからこそ出来る、最速の二刀抜刀術。
氷村の爪を一太刀が切り裂き、もう一太刀が肩口から袈裟に断った。
肩甲骨と鎖骨を断つ硬質な手応え。……しかしそれでも心臓には届かないか!!
「ぐくぅっ……!」
「くぉっ!?」
苦鳴をあげたのは同時。
氷村の戦闘技術を甘く見た代償か。
文字通り、己の身を斬り捨ててまでの、捨て身。
ザックリと前腕外部の筋肉を切り裂かれた。
溢れ出す血液と、奔流してくる痛覚に、意識が押し流されそうになる。
人体の構造上、出血を減らそうと一気に血圧が下がり、最悪意識がブラックアウトする可能性もある。
即座に脇を畳み、飛針を上腕に巻きつけて簡易止血。
一時的に握力が効かず、チャリ、と小太刀が地面に落ちた。
氷村と俺の血で刀身は濡れ、柄はぬめる。
薄暗い戦場を、血の匂いが覆っていた。
対峙した氷村の様子を探る。
在ろう事か、未だ氷村は意思ある眼でこちらを見やり、微笑すら浮かべていた。
「ふ、ふふふ……」
「何を……笑う」
「人間風情も……中々に、やる、もの、、、、だ……」
ドッと、氷村の体が膝を着いた。
しかしそれ以上は倒れない。まるで屈服を拒絶するように。
瞬間、強固な意思が込められていた目が、ただのガラス玉へと変わっていた。
曇りガラス。その奥底すら覗き込めない。
「刃は、達していたのか……」
そうだとは気付かなかった。
それほどまでに極々僅かな傷。
しかしそれは、心臓と脳以外に確実な致命傷を持たない夜の一族だからこその、絶対的な弱点だったのだろう。
呆気ない幕切れだったと思う。
しかし今確実に、一つの事象が終わりを迎えたのだ。
傷口を押さえながら、深く息を吐いた。
これでノエルを取り戻せた。
後は忍の所へ戻るだけ。
そう。
それは紛れも無い――――油断。
大きな土煙を上げて氷村の体が消失した事に、俺は咄嗟に距離を取る事以外の反応が出来なかった。
氷村の姿は瞬く間に変わり、蝙蝠へと変化していた。
死んでいなかった。
決め付けて、油断していた。
相手は化け物なのだ。霞にだって化けられたのだ。何故死んだと勝手に決め付けたのか。
悔やんだ。絶好の機会ではなかったか。
あの時こそ、奴の首を断ち、臓腑を引き摺り出し、確実に命を絶つべきだったのだ。
二度三度と、こちらを挑発するように遥か高い頭上で円を描いて飛躍する蝙蝠を苦々しく睨み付けながら、逃げるか、と言葉だけの挑発をする。
キーキーという返事が返るかと思えば、予想に反して変わらぬ声で返答があった。
「そう、逃げよう。尻尾を巻いて、な」
「誇り高き純血のお言葉とはまるで思えん。痛みの余り誇りすら失ったか!」
「ふん、減らず口を。しかし認めよう。高町恭也。お前は人で在りながら数少ない、我ら一族に相対するに相応しい人間だった。次の機会までその命預けるぞ。決して無駄に散らすな……?」
「なに……?」
――――ぞわり。
背筋が冷えたのは一瞬だったが、それは確かに危機を、感じさせた。
「機会はいくらでも在る。貴様らが寝ている時、出掛けている時。情事に耽る時。僕はそっと忍び寄り、ノエルを壊すか、攫うかすれば良いのだから」
ふぁさ、と小さな羽音を残して、氷村は飛揚していった。
遠く、月に向けて、飛んでいく……飛んで行く。
「ふむ。行ったか」
安心した途端に、寒気が襲う。
脈動は激しく、息は荒い。
熱された吐息は、出もしない血の味がする。
頭が痛い膝が痛い腕が痛い。強烈な耳鳴りが煩過ぎる。
三半規管に異常があるのか、はたまた危機感の低下から来る集中力の低下か。
一度は抑え込んでいた腕の怪我によるショックが一気に押し寄せてきた。
ブルブルと痙攣する足を引きずって、近場にあった八景を拾い、鞘に収める。
良く戦えた物だ、と苦笑する。
酷使に酷使を重ね、肉体的にも精神的にも限界だった筈の膝。
見事、俺の意志に応えてくれた。
ありがとう、と言葉にならぬ感謝を込めて、撫で擦ってやる。
ズクズクとした痛みが少しだけ引いて、それが感謝への答えのような気がする。
ノエルを探す。……何処だったか。
戦場をあっちへこっちへと移動したせいで、探すのに手間取る。
GPSがある事に気付いたのは、ノエルの服につけられたボタン型発信機を見た時だ。
「よっぽど、俺も可笑しいな……ふぅ」
嘲笑を浮かべながら、次々に戦闘中の合間に起こった事を思い出した。
そう言えば電話だ。
誰からだろうか。
携帯電話を取り出し、履歴を見る。
余り使った事はなかったが、最近漸く覚えた機能を使って、美由希の元へとコールをかける。
直ぐに出た。
とりあえず携帯電話は胸元に。
「あ、師範代。無事ですか?」
「まあ、多少の怪我は負った。が、命に別状は無いし、恐らく今回の戦闘はこれ限りだろう」
「良かった……」
「で、何か変わった事はあったのか?」
「あ、はい! 那美さんなんだけど、今は忍さんの家へ向かってるみたいです」
「という事は……これまで消息が掴めなかったのはただの偶然か」
「何でもデパ地下で掃除道具と夕飯の準備に忙しかったみたいで……偶然その場に居合わせたさくらさんが、送ってくれてるみたいです」
「……なら良い。急ぐようには言ってあるな?」
「はい」
杞憂か。
ほっとする反面、人騒がせな、という思いが湧き上がる。
こういう急場において、那美さんの性格は他者へ極めて大きな重荷を与える。
本人が自覚して、克服しようとしているから文句の言いようが無いのだが、それでも腹立ちが湧き上がるのはまあ、仕方が無い。
「っ……ぐ、ぅうっ……!」
「恭ちゃん?」
不意に増した痛みが、思わず態度に出てしまった。
脂汗がどっと滲み出て、額にかかった髪をべたりと塗らした。
途端に普段の対応へと変化する美由希に仕方の無い奴だ、と苦笑する。
「大丈夫だ。これからノエルさんを回収して、綺堂さんと忍に合流する。ご苦労だったな」
「うん、お大事に。忍さんとさくらさんに宜しくって言っておいてね」
「ああ。じゃあ――――――――」
じゃあな、と言って、携帯を取り出し、通話を切るつもりだったその瞬間。
何かが突如視界の端を走り、近寄り、拡大し、眼球を喰らう。
衝撃。灰色の姿。
――――ドバッと、一瞬で視界が血に染まった。
「グッ――――!?」
真逆、氷村か!?
大きな衝撃に躰が弾け飛んだ。
三メートルほどをほぼ水平に飛ぶ。鍛錬で染み付いた反応が無意識に回転受身を取らせる。
四つん這いになりながら、真っ赤な視界の中で意識を集中する。
このまますぐに気絶しそうなほどの激痛。
だが、このまま気絶すれば間違いなく死ぬだろう。
そこからは意志の勝負だった。
耳鳴り。強烈な耳鳴りが聴こえる。そして、雨の音。片方の鼓膜が破れたか。
見回す。
敵の姿を。あれは武器ではなかった。
ノエルに近寄り、その姿を捉える。
相手の狙いが俺単体なのか、それともノエルなのか。
後者とすれば、ノエルも守り切らなければならない。
頭痛《紅い視界》、寒気、耳鳴り《酷い》、眩暈《耳鳴り》。
だらだらと湧き上がる思考。
考えが纏まらない。眼窩だけでなく、その奥まで傷ついたとでも言うのか。
それとも早くも失血量が、思考を奪うほどに達しているのか。
殆ど音が聞こえない。耳鳴りと、雨。雨の音。
視覚と聴覚を失って、多量の失血に右前腕の損傷。
勝てる可能性は限りなく低い。
ノエルを担いで逃げるのが最上か……。
敵の姿を探す。攻撃の有った方向へと向き、闇を凝らす。
ゆっくりと浮き上がる人影。
「真逆……」
何故だ。
怒りを覚えるよりも早く、そこには呆然とするしかない。
予想を遥かに超えていた結末。
膝元から力が抜けた。
先ほどの氷村の様に膝を突き、前を睨む。
「何故――――――――!!」
「何故貴女なんですか、・・・・・・・・・・綺堂さん――――っ・・・・・・・・・!!」
絞り出た声は、血を吐くようなそれだった。
綺堂さくらの口元が、赤く俺の血で染まっている。
何故此処にいるのか。
何故俺に攻撃を加えたのか。
全ての思考が疑問で埋め尽くされた。
あれほど俺達の仲を応援してくれていた綺堂さんが、何故?
そもそもどうやって此処が分かったのか。
那美さんはどうした。
分からない。ワ カ ラ ナ イ。
嫣然とこちらを見つめる綺堂さんを、俺はまず自分の幻覚という可能性を考えた。
多量の失血に、片目。見間違いの可能性だって、ない訳じゃない……。《本 当 に ?》
だが、感じる気配が、その可能性を否定する。
ならば、彼女が俺を助ける為に近寄った……《なら俺に危害を加える必要が無いじゃないか》
そんな筈は無いと、飽く迄信じたがる心と、否定する理性。
正反対の思考の渦に、頭痛が一層強まった。
くそ、一体何を信じれば良いというのか……。
ふと、過去を回想する。
現状で信じれる材料が無いのなら、その材料を過去に求めようと思った。
――――最初に頼ったのは、俺の方だった。
『はい。俺の知る唯一の忍の、こちら側の信用できる人物。綺堂さくらさん。貴女しか居なかった』
『月村安次郎に関しては、緘口令が既に布かれているの。当事者の貴方だから話すけれど、他言は無用でね』
『事故の可能性は皆無であり、意図が検出されるが、凶器は発見されていない。目撃者はゼロ』
『HGSや夜の一族の能力の前に、一般人の監視がどれほどの役に立つか……知らない訳じゃあないでしょう?』
――綺堂さんは、工事の現場監督と話をつけていた。
『ストップ。わざわざ遊をここに呼んだのは、月村家に対する援助の為なんだから』
『お家断絶って事だけは避けとかないと』
『私は信用できる人員を警備や世話役として送るとするわ』
――雪原を送り込んだ大元を聞くと、氷村が沈黙した。
――小さな動揺。
いつだって、綺堂さんは俺達の味方の立場に立って、サポートしてくれていた筈なのに。
……そうか。全ては最初から、都合の良いように……。
最初から全部が、仕組まれていた。
裏切られたと、そう思うに足る背反だ。
「総て。そう、総てが貴女の仕組んだ事だったんですね?」
「そう■」
耳鳴りがまだ酷い。声が聞き取りにくく、それを想像で補わなければならなかった。
「何故こんな回りくどい方法を、使う必要があったんですか」
「何故って、忍に悟られない為じゃない」
さくらさんはゆっくりとこちらに歩み寄る。
俺の脚は……動かない。
せめて一太刀。こんな事をした責任と償いと、後悔を。
そう思うと言うのに、まるで脚が動かないのだ。
「人と夜の一族が共存するのは、所詮不可能なのよ。忍の為にも、あなたがいて貰ったら困るの、解るかしら?」
「馬鹿な……あなた達は、まだそんな事を……」
「私もかつて夢見たわ。その為に努力もしたし、行動も起こしたし。でもね、人は余りにも脆弱なのよ」
あの日。
遠いセピア色に色褪せた、過去の思い出。
楽しくて、嬉しくて、世界には幸福が満たされていたかつての日々。
綺堂さんもまた同じように、昔人を愛し、そして失った。
相川真一郎という一人の男。
『この僕を! これほど侮辱したのは ! ……あの相川以来だ……!!』
氷村遊の心を最初に砕いた人。
綺堂さくらが愛した人。
「事故だったのよ。どうって事の無い筈の、小さな事故。でも私達よりもはるかに弱いあの人は、簡単に死んだわ」
だから、なのか?
「そのとき知ったの。私たち夜の一族の伴侶には、結局夜の一族しかなれないんだって」
「馬鹿な……」
そんな。
そんな事で……。
自分の恋が悲劇に破れたという、それだけの事で……っ。
「人を殺し、あまつさえ操ろうと言うのか!!」
脚よ、動け。
今一度、この悪女に制裁の一振りを。
良し! 動いた!
「良く聴け。そして魂に刻み込め。人の生涯は、人の命は、そんなにも安くはない!」
「少なくとも、私達よりは安いわよ? 生態ピラミッドにおいて人が私たちの下位に属するのは、どう考えても必然でなくて? 幻想を見るのは止めたの。生殖において私たちが劣ると言うのならば、それを受け入れるべきだったのよ。人は人、夜の一族は夜の一族。 今だから言える。私の過去は、言葉通り、去った過ちだった……」
浮かび上がる嘲笑。
その顔を目掛けて飛針を五本。時間差をつけて鋼糸を三本。
驚く事に、飛針は全て弾かれた。高速に回転する多数の飛針が、だ。
絡まった二本を即座に引き絞り、切断する……くそ、霞か!?
「無駄よ。遊ほどの力は無いけれど、遊程貴方を甘くも見てないの」
そんな事、知った事か!
「俺達の存在を否定すると言うのなら、俺も貴女を、否定しなければならない!」
「すれば良いわ。その傷だらけの体で、出来るなら」
疾る。もう、体の痛みは感じない。
鞘に手を添えて疾走。
抜刀四連撃。それしかない。
俺の持つ最高威力、最高射程、最高速度。
御神流奥義之六、薙旋!
相手が霞だと言うのなら、その霞さえも断ち斬ってみせる!
「はぁあああああああああああああ――――!!」
「古より来たれ――――虎狼」
飛び出してきた異様な狼の突撃を、一刀で切り伏せる。
返す刃で更に一太刀。防ぎに来た爪を弾き、切り落とす。
ここから捻転。
コンマ零秒だけ背を向け、更に加速。
残す二刀で、貴様の顔を――――
「くそっ、何処だ……!?」
「――――ここよ」
「っ…………!」
潰れた視界の、その下方。
最も視界の届き難い場所に、狼そのものと化した綺堂さくらの姿があった。
「貴様は……」
「そう、私は純血には程遠い、本物の混血。そのルーツは同じ物なのだけれど、ね」
巨大な牙が、身を引き裂いた。
人形が放り投げられたかの様に体が宙を舞い、くるくると回転する。
糸の切れた操り人形が如く、俺は無様に地に這い蹲って倒れた。
左脇腹がごっそりと抜け落ちている。
どうやら出血が気管系か食道系に達したらしい。口からごぼりと血が溢れた。
しかし少なくとも、一太刀は喰らわせられた。
人の姿に戻った綺堂の左腕が、上腕から消えている。
腕から飛び出した狼は、綺堂の腕その物だったということか。
「残念だけど、跡形も無く殺すわ。忍に気付かれる事だけは、有ってはいけないから」
「あのまだるっこしい遠回りな策は、本当に忍の為だけの対処か?」
「そうよ、あの子は私の、宝物だもの……」
忍すらも手中に収めようとするという訳か。
いや、そもそも忍しか眼中になく、そこに俺が入り込んだ。
だから目障りなハエを叩くかのように…………。
人は、人の意志は安くない。
きっと。それはきっとだ。
「肝に銘じろ。忍には絶対の安全を。そして行ったからには絶対に悟らせないと、ここに誓え」
「言われなくてもその心算よ。安心して……貴方の役目はもう、終わったのだから」
何か、言う事はないか。
この女に、誓わせておくべき事は。
死の間際に言うべき事は。
死ぬ、死ぬのか? こんな簡単に、踏み潰される様に俺は……。
亡骸すら残らず殺されるのが、俺の人生なのか。本当に……?
寒い。芯から冷え切ったように体が冷たい。死が近づいてきている。
糞、何故、何故俺がこんな目に会わなければならないんだ。
嫌だ、死ぬのは、嫌だ。悲しい。一人逝くのは、余りに悲しい。
言うべき事だ。
どうせ死神の鎌が俺の命を掻っ攫うというのならば、末期の言葉が俺の生涯を決める。
忍……ノエル、赤星、那美さん。
かあさん、父さん、なのは、レン、晶、フィアッセ。美由希。
ああ、そうだ。
俺の人生は生涯剣士。
ならば。ならばこの言葉こそが相応しい。
魂に刻めよ。そして恐怖に慄けよ、綺堂。
「御神の剣は一振りに非ず。我らが片腹が貴女の腸《はらわた》を貫くだろう」
必ずや、仇を。
霞がかかるように、急に思考が掻き消えていく。
……声が聞こえる。
呼ぶ声。父さんじゃない。
誰だ。護ってやろうと思っていた、誰の、こえ……
『恭ちゃん……恭ちゃん!』
は、ははっ、そ か、
携帯電話、まだ繋がって、、、た…………。
ならばまだ――――
――――絶望は、終わらない。
お読みいただきありがとうございます。
もう十年以上前の作品になり、今更出すのも恥ずかしいのですが、いまだとらいあんぐるハートを愛している方々がいるようなので、掲載しておきます。