ババアから逃げ出して一人で過ごす時間が増えたが、孤独を感じたことはなかった。
肉体を降ろす呪術は、一部だけを降ろすならともかく全身を変えるとなると呪力の消費が激しい。だが、魂だけを降ろして繋ぎ止めるだけならそれほど消費しない。
魂を降ろす術式は自身に宿す方法と自身を要石に低級呪霊程度の呪力で幽霊のような形で留める方法の二通りがある。
いつも俺の周りには沢山の無邪気な魂が居てくれた。
無感動で無表情だった俺を心配して、代わりに怒って、いいことがあると笑って飛び回る。みんなはたくさん話をしてくれた。苦しいときには気にかけてくれた。辛いときには側に寄り添ってくれた。
そのうち絆されて気がつけば一緒に笑っていた。
この子たちが居なければ俺は呪霊のような化け物に成り果ててたか、命を何処かで捨てていた。
心の拠り所だった。
触れることは出来ないのに何故だか温かいと感じる。冷え切った胸の奥底から柔らかな心地良い熱で満ちていく感覚。その優しさが俺を人間に戻してくれた。
ババアの教育で完成された呪詛師としての冷酷無比な拝神崇。社会で生きるための心ある人間としての拝神崇。
その側面を作ってくれたのは間違いなくあの子達のおかげだ。
だからこそ、日に日に罪悪感と後悔が大きくなっていった。
みんなは優しくしてくれた。誰も責めてこなかった。むしろ気遣ってくれた。
でも、そこに甘えてはならない。だって、だってみんな俺が殺したようなものなのだからだ。その上、みんなの両親まで…。
自分の愚かさに反吐が出る。
術式を拡張しようと思ったのは、彼らを本気で生き返らせようとしたところからだった。そう、謝罪も償いも何もかも遅いかもしれない。それでも、それでもだ。何かを取り戻せるかもしれない、何でも良い。何かを償えるかもしれない。だから、何かしなければならなかった。
可能性があるならそれにかけるしか無い。
俺の術式なら死者を生き返らせることだって可能かもしれないと本気で思ったのだった。
十代にありがちな全能感と情熱と盲信。
その為なら命をかけれる、と。
たとえ死んでもみんなの元に帰るだけだ。なんて、自分は地獄に行くだろうから、会えやしないけど。
強くなって自由になること。
みんなを生き返らせること。
その為には生き残ること。
その全ての矢印の方向に術式の真髄へ辿りつくことに繋がっていた。
術式拡張前のオガミ家の降霊術は遺体が必要不可欠で生き残るためにも必須アイテム。闇取引、ダークウェブに呪詛師ネットワークだけでは望んだものが手に入らない。
だから、十代の半ばの頃、御三家、代々続く呪術師の家系、高専の墓地、死んだ有名な呪術師の墓荒らしや何なら高専の遺体安置所に命がけで潜入していた。
どんな家だって留守にするときや隙のある瞬間はある。
ちゃんとそういう時を狙って計画的に犯行しても半殺しに遭うことなんて当たり前で、でも怖くはない。それ以上の価値がある。
そんなときだった。
「何してんの? お前」
忘れやしない。今でも時々不意に思い出す。
あの蒼穹を宿す美しい目を。
その地位も術式もあり方も、存在として格が違うのだろう。
でも、感じたのは恐怖でも憧れでも憎悪でもなく、呪術の可能性。あれだ。あれを越えたその先にきっと俺が求めたものが手に入る。
あの頃はそう、本気で信じていた。
2018年10月31日 渋谷 19︰00前
「君は私と待機だ」
「ええ!? 今俺めちゃめちゃバトる気でいたんすけど?」
「まったく。君への依頼を忘れてしまったのかい? 馬鹿だな」
「いや、忘れてませんけども! えっでもほら俺いると成功率爆上がりしますよ。御三家相伝の術式持った人間の遺骨とかもらってるし、割りとタイマン出来るくらい準備捗ってますよ……?」
「それはこれまで働いてくれた報酬だろう? ここはみんなを信じて任せようじゃないか」
ああ、みんな消耗させるか使い潰すつもりなのね。察っし。
「まあどうしてもって言うなら止めはしないけど、あんなのとタイマンしようだなんて、頭どうかしてるよ。是非私の居ないところでやってくれ」
「あら羂索さん。さっきからお言葉がお汚らしいでございますわよ! わかりましたわよ! 大人しくしますわよ。仕事ですものねぇ!」
「不満かい? レディ?」
「うっわ。キッショ。そういうノリで来んのかよ」
「君も大概ひどくない?」
駄弁っていると痺れを切らした漏瑚が叫ぶ。
「おい。何してる! いい加減配置につけ!」
「「はーい」」
渋谷事変が始まる