オガミ婆の孫(本物)   作:スターリー

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「死累累湧軍。十割、禪院直毘人」

 

 伏黒恵は選択を迫られる。

 命が僅かな時間で簡単に消えていく極限状態の中で必死に必死に考える。四人の中で領域の対抗手段があるのは自身と直毘人の二人だけ。そのどちらも死に体で反撃の目はない。あとに待ち受けるのは順番に嬲り殺しにされるという未来だけだ。

 

 特級呪霊を無傷で半殺しにした謎の男を無傷で倒した呪詛師。勝てるビジョンが浮かばない。

 

 ただ。

 

 ただ一つだけ、今持ちうる手段の中でこの状況から相打ちに持っていけるだけの可能性を秘めている存在を呼び出す手段がある。

 

 つまり、バケモノにバケモノをぶつけること。

 それをやってしまえばここに居る全員の命の保証はない。だが、何もしなければ死ぬ運命に変わりはないのだ。この状況であの化け物の命を確実に持っていけるなら、それをする価値はあるのではないか⋯。

 

 目の前にいる七海建人に相談してる時間はない。

 これほどの大事になった。他の特級が、それに値する誰かが一人も来ない可能性は低い。自分達が生き残るならその可能性に、外の何かの動きに期待すること。もうこれしか生き残るすべはない。

 

 覚悟を決めて、賭けに出る。

 自身の呪力量を考えてチャンスは一度きり。

 

 もとより未完成の領域。

 術式の焼き切れからは既に回復している。

 

「領域展開、嵌合暗翳庭」

 

 持つのは一瞬。

 

「逃げてください」

 

 そう叫ぶ。伝えるのは最低限。それで良い。

 脂汗が止まらない。口の中が血の臭いで満ちる。脳が沸騰しているようだ。

 目的は領域の綱引きで術式を使用可能にすること。領域による術式の中和を束の間だけ無効化する。そこに、奥の手をぶち込むのだ。

 

「布瑠部由良由良」

 

 今の七海さんならきっと大丈夫だ。そう信頼して任せられる。

 薄れゆく意識の中で現れたのは最強の式神。

 

 八握剣異戒神将魔虚羅

 

 

 その、調伏の儀式が始まる。

 

 

 

「は?」

 

 領域の押し合いが始まる。

 拝神にとってそれは予想外の行動だった。伏黒恵にはもうそれを維持するだけの呪力は残っていないと踏んでいたからだ。

 

 想像通りすぐに伏黒恵の呪力が無くなり、何かをして、なにかを叫んで、眠るように気を失う。

 

 なんだ? 何がしたかった? 理解の出来ない、意味のない行動。この場に及んで自暴自棄からの自爆か。この状況で冷静さを失った様には見えなかった。伏黒恵はそんな表情をしていない。

 

 そうして、そんな逡巡するも間もなく思い知る。

 

 程なくして白いバケモノが目の前に現れた。

 

 バケモノが唸る。

 伏黒恵に狙う前に、領域の不自由さを嫌ったのだろう。意識がこちらに向こうとした瞬間に、拝神はそのヤバさを肌で感じて直毘人へのトドメを諦めざるを得ないと判断し、すぐに死累累湧軍をバケモノに全軍を向けた。

 

 その隙を七海建人は見逃さない。こちらの足止めに走り出し、禪院真希が直毘人の回収に向かう。

 

 七海の攻撃を掻い潜りながら、目の端にあのバケモノを入れておく。一分、二分。どれほど時間が経っても何故か殺せない。押し合いはもうなくなって必中の領域で絶え間ない式神の攻撃を受けているはずなのに。

 

 殺せない。

 

 状況が動いたのはバケモノの上にある、あの方陣が回った瞬間だった。式神達の攻撃が効かなくなり、横薙ぎの切り払いで軒並み魚型の式神がやられた。

 

 そして、また方陣が回る。

 たった二撃目で領域ごと壊された。

 

「いやいやいやまじかよ!」

 

 領域がガラス細工が壊れるように破られて現実に戻って来る。

 俺も七海建人も思わず動きが止まる。

 

 みんなが見るのはバケモノの動向。

 ゆったりとその矛先が再度伏黒恵へと向けられた。

 

 拝神が思い出すのは、漏斗のセリフ。

 あれ、宿儺の地雷が伏黒恵だった場合、俺ジ・エンドじゃない?、と。 

 

 その瞬間動く。

 七海建人がバケモノの腕を切り落とし、拝神がその腹を蹴り飛ばす。

 

「拝神! 貴方は一体、何がしたいんですか!」

「こっちにも色々事情があんの!」

 

 バケモノが立ち上がる。腕が、再生している。

 

「お前らガチで逃げろ」

「…………それしかなさそうですね」

 

 七海建人が伏黒恵を抱えて、ほぼ死に体の禪院直毘人を禪院真希が支えて即撤退を始めた。

 

 

 

 深呼吸。

 

 

 降霊呪術、部分憑依は基本一度きり。それは式神も同じである。

 使用した術式が焼き切れるか破壊されるか解除するともう一度遺物を飲み込んで降霊呪術をする必要がある。

 そして遺物はもちろん消費アイテムである。

 

 つまり、今、丸腰でこのバケモノと二人きりである。

 

 

 

 魔虚羅は伏黒恵を追いかけようと地面を砕くほど踏みしめて跳ぶが横槍が入る。暗転。わからないうちに投げられて壁に叩きつけられていた。

 

 その存在を認識する。儀式を続けるためにはこれをさっさと始末する必要がある。そう判断した。

 

 剣の矛先が拝神崇へと定められた。

 

 天与の暴君の相手をしていたおかげでまだ目と身体が追いつく。

 そのレベルのバケモノ、魔虚羅の剣を避けながら考える。拝神は恐怖でバラける思考を立て直す。そうして冷静に状況を整理する。果たしてこのバケモノは俺が倒せる範囲にいるのだろうか⋯⋯。

 

 うん。大丈夫大丈夫。多分、行ける。天与の暴君(影)圧倒したし⋯。

 

 耳が斬られる。

 

 いってぇ! やっぱ無理かもぉ! 

 待て待て待て待て待て! 落ち着け! 落ち着けって! 焦るな! 

 

 幽霊の正体見たり枯れ尾花だ! 

 俺が今感じてる恐怖は奴が何かわからないからだ。情報を集めて、分析する。いつものように。

 

 ただ目の前の事実に集中しろ! 

 

 脇腹を抉られる。

 

 先ず影の少年がこれを呼んだ。

 つまりは十種影法術。奥義か切り札だな。もっと禪院家相伝を調べておくべきだった。

 式神なら反転術式のアウトプットしても意味ないな。くそっ、あの見た目はもう呪霊みたいなもんじゃんかぁ! 

 

 頬を裂かれて血が噴出する。

 

 みんな逃げたところを見るに調伏前のバーサーカー状態。司令塔たる術師との連携がないだけまだマシと考えるべきか! 

 

 肩を斬られる。

 

 あの方陣。あれが回ると攻撃が効かなくなった。しかもその後の攻撃で確実に破壊してくる。つまり、適応プラスでその術式の攻略までセットのパターンだと見るべきだ。

 

 いやバケモノじゃん! 

 

 だけど! 

 

 行動が二回必要だったところを見るに、技の適応と術式の適応の二パターンがある。技一つひとつに適応するのはロスだ。

 だがしかし、死累累湧軍を二分半、いや三分食らってもほぼ無傷な硬さと耐久力。これを突破出来る威力が必要不可欠……まじかぁ。

 

 魔虚羅の蹴りを呪力ガードできっちり守るがぶっ飛ばされる。後ろの壁を破壊して外に出される。当然魔虚羅は追いかけてくる。

 

 その隙に遺骨の入ったカプセルを飲み込む。

 

「降霊呪術、部分憑依『分身術式』!」

 

 それはとある呪詛師の術式。

 本体との入れ替わり自由な五体の分身を作る術式。

 

「五べぇだああああ!!!!」

 

 それぞれ呪力の込める量を変えてどの程度で貫通出来るかをテストする。

 結論、最大。はいはい知ってましたとも! 馬鹿か! 強いって! バグってるって! 

 

 一時的な優勢もさっきよりも早く方陣が回る。

 すぐに四体の分身が弾け飛ぶ。

 

「はっや! 術式に対応するのにも違いがあんのかよ!!」

 

 術式に優劣とか格とかあんの!?!? 

 あれか! ババアの降霊呪術と俺の降霊呪術だと俺のほうが対応が遅くなる的な感じか!!! いや、ちがうか? 俺の術式と他の術式で対応するまで差がある方かもしれん! とにかく検証あるのみぃぃ!!

 

 いらん術式いくつかで検証完了である。もう! 残り少ない俺の手段がぁ!

 

 だが、よし! 

 これで勝利条件は理解した。

 奴の適応が遅い格の高い術式で硬さと耐久力を突破出来る一撃、あるいは適応する前に大ダメージを連撃で殺し切ること。

 

 えぇ? …………無理じゃねぇの? 

 

 いや! 大丈夫。大丈夫! 

 恐怖を捨てろ。前を見ろ。進め。決して立ち止まるな。引けば老いるぞ! 臆せば死ぬぞ! 

 

 目を慣らすためにわざと懐に飛び込んで接近戦をする。その巨体、長い手足。べったりと内側に入り込んで掌底やら膝蹴りと肘打ちを打ち込む。下手に距離を取るよりも狙うは超至近距離での接近戦。

 

 久しぶりの死の恐怖。強敵との戦いに高まる高揚。上がっていく集中力。

 

 莫大な呪力の繊細な操作と威力が頂点を維持し続ける確かな打撃。研ぎ澄まされた感覚が告げる。その拳に黒い稲妻。黒閃が決まる。

 

「いひっ、なんで黒閃受けて左腕ぶっ飛ぶだけで済んでんだよ!」

 

 必殺技くらいの威力はあるはずだろうが! 

 

 もうここまで来るとハイになってくる。黒閃を放つと入れるゾーン。更に呪力が跳ね上がる。術師として次の段階に踏み入れた。

 

「じゃあもう出し惜しみはなしだよなぁ!」

 

 飲み込むのは羂索からの報酬。御三家の相伝を持つものの遺骨。それは加茂家の相伝の一つ。

 

「降霊呪術、部分憑依『赤血操術』」

 

 これまで流した血が右の手のひらに集まる。自分で左手首を噛み切って血を増やす。そして魂による自己補完の真似事。それを繰り返す。

 

 手の中で加圧する百斂。

 さあどうする。脹相の近距離ショットガン? 奥義の遠距離の狙撃? 

 

 まさか! 

 

 懐に入り込む練習はもう済んだ。

 ゼロ距離に詰めて逃げられない穿血を放つ。腹を貫通するが背中からは抜けない。抜かせない。身体の中をぐちゃぐちゃにしながら血を流し込み続ける。初速音速を超える勢いをそのままに適応するより速く。

 

 魔虚羅が膨れ上がる。

 

「てめぇの身体ァ! イヒッ! 俺の血で破裂させてやらァ!」

 

 破裂音。転がる方陣。倒れる巨大な下半身。

 

 血の雨が降る。

 

 だが、その勝利の余韻を味わうことはない。

 

 魔虚羅を降した、その直後だった。

 

 ドクンッと心臓がなる。背筋が凍る。

 

 悪寒が止まらない。鳥肌が止まらない。

 

 わかる。近づいてくる。

 

 

 人のカタチをした厄災。

 

 

 呪いの王の、その足音が。

 

 




ボスラッシュ!
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