オガミ婆の孫(本物)   作:スターリー

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 仕切り直し。再度打ち合いからの解と穿血の暴風雨が吹き荒れる。

 

 六眼をもって反転を回してもこれまでの負傷、呪力消費の疲労や失ったものを取り戻せはしない。確実に死神が拝神に迫って来ている。

 もう伏魔御廚子の領域の中で戦い続けられるほどの力はない。

 

 こちらの余裕は何一つない。

 

 ならば早く決着をつけるために領域を抜け出した瞬間に続けざま花御の領域展開をすれば良いように思えるがそれは出来ない。

 

 領域展開の必中必殺には二種類ある。

 真人や漏瑚のように領域自体に必中必殺が組み込まれている領域と必殺の術式を準備して必中の領域で放つことで結果必中必殺になる領域。違いは準備が必要だが必中だけの方が領域にかかるコスパがいい。

 

 花御は後者だ。

 必殺の術式の準備に草木の命を代償にしている。ここは渋谷という大都会。確かにコンクリートジャングルではあるけども流石にそこまでの解釈拡張は無理がある。何も吸えません。

 

 となると使い方は限られる。

 必殺は使えない。それを使わないという縛りに、領域の設定を変えて宿儺の領域に対抗するすべにする。

 

 赤血操術の領域展開は状況的に出来ない。してしまえば命綱から手を放すようなもの。あとはなぶり殺しにされるだけ。

 

 だがたった今のこの行動。領域展開をしてこない。そこから宿儺も感づいているはずだ。いよいよこちらの手札が無くなってきている、と。

 

 

 何が出てくるのか分からないブラックボックスを開けるように、楽しそうに仕掛けるのは宿儺である。

 

「領域展開、伏魔御廚子」

 

 再び領域勝負へと持ち込まれる。

 宿儺の狙いは術式の消費。拝神もそれに応える。それしかない。

 式神を使った最後の領域展開。花御の領域。これで呪霊の術式はなくなる。

 

「領域展開、朶頤光海(だいこうかい)

 

 本当は五条悟対策の領域設定だった。

 その内容は術式の必中と必殺と領域の強度をほぼゼロにする縛りで代わりに領域の押し合いのみに特化するというもの。

 

 領域は術師の辿り着く最終奥義。

 だからこその必中、あるいは必殺。拝神にとってそこにこだわる理由はない。その利点をすべて捨てて領域の破壊を行う。閉じていようが開いていようが領域は領域。あの伏魔御廚子のシンボルを狙い撃ちで塗り替える。

 

 領域の中だけなら六眼の性能で五分五分に持ち込めた。なら縛りで強引に押し切ってしまえれば押し合いに勝てる。

 

 きっとこれも一度しか使えない。すぐに宿儺は対策してくる。

 

 そして、そのときは訪れた。

 

 宿儺の領域を破る。

 つまり、術式が焼き切れた宿儺がそこにいる。

 

「ほう、必殺を捨てた、か」

「キヒッ! ようやっと一矢報いたぜぇ!」

 

 

 降り注ぐ無数の穿血の雨を的確に避けて防いで宿儺は臆する事なく迫りくる。だが、宿儺は知っている。台風は目こそが安全地帯なのだと。そしてそもそもにして術式の使用がなくなるほど攻撃がシンプルな殴り合いになる。

 

 互いに防御への配慮はなくなった。

 

 ただ前に前へ前へと進み続けてぶん殴る。それこそが最善手。そうなると拝神の作戦は振り出しへと戻る。

 下手な無駄打ちを止めて、呪力を自身の身体へ集中させる。雑多な大技は漏瑚の二の舞を演じることになる。

 

 息を吐く。無駄な力を抜く。六眼の呪力の可視化と宿儺という完璧な見本のおかげで呪力操作は先程までとは比べものにならない。学び続け身につけた今、その牙は呪いの王に届くほど研ぎ澄まされた。

 

 気迫を前へ。

 互いに大地を踏みしめて構えを取る。

 

 先に動いたのは拝神。小細工無しで呪いの王へと挑む。自身の未来を掴み取るために。

 

 

 頭の片隅にこんな声が聞こえる。

 

 ここで逃げるべきだ。

 もし、逃げるチャンスがあるとすれば今ここしかない。

 このまま続けると宿儺の術式が回復する。対してこちらは手札を使い切り、死が待ち受けるだけになる。

 生き残るなら逃げるべきだ。

 

 

「赤燐躍動」

 

 

 時間が止まる。

 そんな錯覚をするほど何もかもスローモーションに映る世界を二人だけが動き続ける。

 たった一呼吸。

 その間に数百の殴り合い。発生した衝撃であたりが破壊される。崩れ落ちた瓦礫が視界を遮るその瞬間、地面を叩いて砂埃を巻き上げ、さらに視界を塞ぐ。

 

 互いに追うのは気配。呪力、予測、音、匂い、魂の情報。すべての五感で見えない敵を捉えて放った拳は合わさって砂埃を振り払う。

 

 雑音がなくなる。

 空気を蹴って、立体的に攻めたてる。あらゆる角度からの手刀や突き、ショルダーアタックでの体勢崩し。作り出した死角からの蹴り技。超至近距離からの頭突き肘打ちからの投げ飛ばし。宿儺の無意識にある隙を模索して、打撃から投技を織り交ぜる。

 

 追撃に追撃を繰り返して、ようやく生み出した隙にだって即座に反応して対応してくる。それに泣き言を言っている暇はない。痛みを忘れるように絶望を振り払うように頭が真っ白になるくらいに先読みに先読みを重ねてようやく宿儺に追いつく。

 

 読み合いの先に見つけて、出し抜いたはずの技がクロスカウンターに持ち込まれた。

 

 吹き飛ばされる。

 息を整えて、足に力を入れる。ダメージの確認なんてもう要らない。

 向かい合うのは同時。

 互いに睨み合い、イカれたように笑い、切れた唇の血を拭う。

 

 そして、また両者は踏み出す。

 

 その充実した時間を求め合うように。

 

 その嘘偽りのない剥き出しの感情を吐き出して、闘争心が望むそのままに。

 

 そのどうしようもないくらいに凝縮された甘美な味を堪能するために。

 

 戦いは終わらない。

 

 

 

 いつしか、脳内の危険信号が壊れる。

 

 逃げたほうが良い。

 

 だが、もうそれは消えていった。

 

 

 宿儺の拳を掠りながらも躱す。

 一撃一撃が重い。次はない。そんなギリギリの攻防を繰り返す。ダルさを誤魔化し、疲労を無視して、身体の悲鳴をねじ伏せる。全ての赤信号を精神で抑えつけて感情で上回る。

 

 何度倒れても立ち上がって抗う。諦めを忘れていた。

 拝神はいつの間にか死への恐怖からではなく、ただ目の前の強者に勝つために戦っていた。

 精神の高揚、戦う覚悟、術師としてのプライドが逃げることを許さない。

 

 そして、その先に生まれる新たな感覚。

 

 

 たのしい。

 

 

 今ここにあるのは宿儺を倒そうという欲ではない。

 

 六眼を通して見る美しい世界。

 

 目の前にいる史上最強と呼ばれるほどの完成された強者。

 

 それらとやりあえる赤血操術という格の高い術式を扱う感覚。

 

 そのすべてに後押しされて自身がさらなるステージに進んでいく。

 

 世界が加速する。

 

 ああなんて。

 

 たのしいんだろう。

 

 まだその世界に浸っていたい。

 呪術に一生を捧げて生きてきた。

 生きるために、強くなるために、子供達の恩に報いるために。

 今まででそのことに楽しいと思ったことはない。

 痛いことばっか。辛いことばっか。キモいことばっか。

 

 そんなことを溶かしてしまうほど美しい世界にいる。

 

 その呪力の流し方。術式の使い方。身体の動かし方。

 その極地が目の前にいる。なんて贅沢な時間だ。そこに辿るために階段を駆け上がる。

 

 スポーツに一生を費やした人間がいて、その世界のワールドカップ王者と戦える状況になったとして、そのことに興奮を覚えない人間なんていないだろう。

 

 たとえ命を失ってしまっても、構わない。

 それほどの価値が今ここにある。

 

 そんなことを思ってしまう。

 

 だが、どれだけ時間を引き伸ばしても確実にタイムリミットは存在する。

 

 

 逃げるべきだったのだ。

 

 拝神崇の終りが訪れる。

 

 

 

「お前、名は何という」

「えと、ハハハ、名乗るほどの者では」

「あ?」

「拝神崇です! よろしくお願いします!」

 

 宿儺が印を結ぶ。

 

「では拝神崇」

 

 宿儺の領域展開。

 

「最後に言い残すことはあるか?」

 

 その言葉は宿儺の慈悲か称賛からの労りか。

 死が迫る。もう、拝神にそれを覆す手段はない。

 

 だからこそ拝神は穏やかに笑う。

 

「まだ、終わってませんよ。宿儺様」

 

 御廚子の斬撃を無抵抗で受け入れた。身体が細切れに切り裂かれて消えていった。

 

 

 

 拝神崇は死んだ。

 

 

 

 切り刻む対象を失って領域が解かれる。

 宿儺はふむ、と口を押さえて思考する。

 

 何故赤血操術で領域を展開しなかった。

 

 拝神崇はそれをした時点で詰みなことは分かっていただろう。だから諦めたのか。その死を受け入れたのか。

 

 いや、違う。

 あれはそんな男ではないだろう。

 それに最後の言葉。

 

 違和感

 

 何かある。死んでいない。

 

 …………呪力の温存? 

 

 

 

 

 

 

 

 実は分身術式は生きている。

 拝神が持っていた分身術式は自身を含まず五体の分身を作り出せる。まこーらに破壊されたのは四体。何かあっても生き残れるよう最初から逃げるための保険は残していた。

 

 だが、逃げるというその選択肢は捨てた。

 これで最後。その覚悟を、その全てを込める。

 

 宿儺は消えた拝神の向こう側に莫大な呪力を感知する。

 渋谷に残るビルの中で最も高いその場所に拝神崇は立っていた。

 

 そこには幾つもの枝に分かれ、身の程知らずにも天へ天へと手を伸ばす血の大樹を背負っていた。

 

 拝神が構える。

 

「誘っているな。お前も火力勝負か。良い。乗ってやろう!!」

 

 そのまま逃げていれば良いものを、と宿儺は楽しそうに笑う。これまで楽しませてくれた礼と言わんばかりに呪力がどんどん膨れ上がる。

 

「■」

 

 赤血操術は高専の加茂憲紀が血を付けた矢を自在に操っていたように、付着したものの物質を操れる。その解釈の拡大。血が掴んだもの。それは空気。

 

 爆風が起きる。そのすべてが拝神へ集まっていく。その手のひらの血の中に。

 

 それは空気の圧縮。血の大樹と共に空気が巻き込まれて収束していく。

 

 パンッと閉じられた。

 

「百斂」

 

 手を守るために血でコーティングされた真っ赤な両の手のひらの中に圧縮された血。その中にもっと圧縮された空気がプラズマとなり、その膨大なエネルギーの解放を、その瞬間を今か今かと待ちわびる。

 

 縛り。両腕を犠牲にする代わりにそれ以外を生かすこと。

 

 気がつけばもうそこそこ長い時間戦っていた。そろそろ虎杖悠仁が目覚める。それを宿儺も察する。

 

 互いにこの一撃が最後。

 

 削りに削った宿儺の呪力。領域展開は三回。それでもなお揺るがない強さ。その手に成した炎を引き伸ばす。それは漏瑚が成すすべ無く焼き尽くされた獄炎。

 

「穿血!」

(フーガ)

 

 渋谷の空を二つの流星が飛ぶ。

 

 衝突、閃光、融解、轟音。

 

 一瞬で結界が壊れる。その光景を見た人間は語る。

 

 地上に太陽があった、と。




圧縮!圧縮!空気を圧縮!
拝神流六眼込み赤血操術奥義、プラズマ穿血!

宿儺戦終了です。ありがとうございました。

被害総額?
すっくん先輩の方にお願いします。
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