あの、すいません死なない不老不死の存在と死んだあと生き返ろうとして地獄から抜け出してアンデッドになった存在の話ください。って言ったら出てきたもの

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取り返しがついた話

「生きてても良いこと無いから早く死にたい」

 

 女がぽつりとつぶやいた。その声には厭世と失望が滲んでおり、彼女が過ごしてきた人生がうかがえた。

 

 彼女は不老不死の存在。そうなった理由、彼女自身の役割は遥か昔に忘れ去られ、今はただ存在を維持し続ける存在だった。

 

「いや死ぬのもそんな良いもんじゃないし、結構キツいよ地獄」

 

 うんざりした彼女に、男は答える。その言葉には実際見てきたような実感が伴っており、ある意味で彼女と同じ重みを持っていた。

 

 彼は死後、獄卒たちの目をかいくぐって現世まで逃げてきた存在だった。死から逃げるうち、不老不死の彼女と出会って一緒に旅をしている。

 

「そりゃあんたが日頃の行い悪かったからでしょ、ろくでもない方法で蘇ってるし」

 

 ため息交じりに黄泉がえり男に声を掛けるが、男はその言葉に反論する。

 

「不老不死のやつに言われたくねー、てか多分お前罪業ポイントヤバいし地獄行きだぞ」

「なにそれ」

 

 女は眉を動かし、短く言葉を漏らす。どうやら興味を抱いたようだった。

 

「死ぬまでに奪った命の数だったかそんなんが出る。虫とか植物までカウントされてるからほぼ全員地獄行きだよ」

「長く生きてるほど不利じゃない」

 

 男の話にまた呆れたようにため息を吐く。彼の話す死後の世界はほとんどが荒唐無稽だが、それを体験して帰ってきた者はいない為、明確に否定はできなかった。

 

「だから死ぬなんてろくでもねーって、死んだら取り返しつかないからやめろ」

「取り返しついた奴がなんか言ってるわね」

 

 時々酒場で酔っぱらい相手に話すと、大体の人間は大笑いする。男はそれを種に吟遊詩人のまねごとをして日銭を稼いでいた。不老不死だろうと、黄泉がえりだろうと、腹は減るし汗もかく。風呂と食事を得るために、彼らは人々と交流をしていた。

 

 

――

 

 

「あー、こりゃまずいな」

 

 男が呻くようにつぶやく。周囲には人とは思えない容貌の人型――獄卒たちが彼を地獄へ連れ戻そうと取り囲んでいた。

 

「抵抗など考えるな」

「分かってる分かってる……ったく。これだけ囲まれて抵抗する方もどうかしてるだろ」

 

 男は両手を上げて、獄卒達に付いていく。

 

「おい、こっちの女はどうする?」

「……」

 

 側でじっとしていた女を指して、獄卒の一人が言う。

 

「寿命はまだだろう」

「いや、この女……寿命がない」

 

 その事実に、獄卒たちが一斉に女の方を見る。その表情は人間からかけ離れていたが、それに含まれる憐憫の感情はありありと彼女の身体に刺さっていた。

 

「ああ、そうか、回収し忘れか」

「役目は終わったんだ。解放してもいいんじゃないか?」

「それを判断するのは俺たちじゃない。おい、女」

 

 獄卒の一人が女に声を掛ける。女はその言葉にピクリと耳を動かした。

 

「死にたいなら地獄まで連れて行ってやる。ついて来るか?」

「……」

 

 女は答えなかった。正確には答えられなかった。

 

 現世に未練などは無い。そのように生きてきたし、唯一のつながりである男は今地獄へ連れ戻されるところだ。

 

「生きとけよ。ここに生きたくても地獄行く奴がいるんだ。そんな奴の前で死ぬなんて言うんじゃねえ」

 

 黙りこくる彼女に、男の声が聞こえてきた。彼は少し離れたところで獄卒に小突かれながも、彼女をじっと見ていた。

 

 それが彼女の心を決めた。

 

「まだ、生きていたいから」

「そうか」

 

 彼女の前にいる獄卒は、短くそう言うと、古びた笛を彼女に差し出した。

 

「死にたくなったら夜に吹け。迎えを寄越そう」

 

 

――

 

 

 それから百何十年か経ったある夜、女は一人で月を見ていた。

 

 生きて旅をする知識は、十年もすれば完璧に覚えられる。悠久の時間を生きてきた彼女にとって、それは簡単なことで、むしろ男と一緒にいた時よりも快適な旅ができるようになっていた。

 

「ふぅ……」

 

 しかし、彼女は満たされない。

 

 酒場の喧騒の中にも、街の雑踏にも、森のざわめきからも、彼の面影が感じられない。彼女にとってそう長い時間一緒にいたわけでもないのに、彼女の人生において彼が居ない時間の方がはるかに長いというのに、彼女にとって彼がいる人生が当たり前となっていた。

 

 懐にしまった笛を取り出す。地獄の使いを呼び寄せるその笛は、朽ちたり壊れたりすることはなく、渡された時のままの形を保っていた。

 

「……」

 

 ゆっくりと、彼女はその笛に唇を近づける。

 

 何もかもが空虚だった。

 

 一緒に旅をする人間が居なかったわけではない。だが、彼ほどに自分を理解し、一つの個として認識してくれる存在はいなかった。

 

 既に、彼女を知る人間はこの世界におらず。そして彼女が欲するものも、この世界には無かった。

 

 未練はない。ならば、自分が彼の後を追ったとして、誰も咎めないだろう。

 

「おっと」

 

 彼女の唇が笛に触れる前に、何者かによって笛は取り上げられてしまった。

 

「百ウン十年ぶりのシャバだってのに、またあいつら呼ばれたら困るんだよ」

「……え?」

 

 彼女は自分の耳を疑った。聞くはずの無い声を聞いたからだ。

 

「ま、死んでなかったのは上出来だな。死んだら取り返しつかないし」

「な、なな……」

 

 そして彼女は自分の目を疑い、思わず立ち上がっていた。

 

「お? 感動で声が出ないか? 分かるぜぇ、死に物狂い……ってのもおかしいな、まあ脱獄した後、お前がまだ生きてるって知った時めっちゃ嬉しかっ――」

「なんで取り返しついてるのよ!!!」

 

 星空に彼女の声が響き渡った。


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