呪術廻戦 -0 GAME-   作:柴猫侍

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第2話 マモリとメカ丸

 

 

 

 京都には人が多い。

 

 流石に東京には劣るものの、主要な文化財が数多く存在する市内には連日観光客が犇めき合っている。

 内訳としては国内のみならず海外からの観光客も多く、あちこちに多種多様な目や髪の色をした外人を見つけることはそう難しくない。

 

『もしもし? 今なにしてる?』

「同級生と買い物してたトコ」

『それはいいね』

 

 故に、白髪紅目の少年が電話で会話していたところで興味は一瞬で余所へと移る。

 

『それで、高専での生活はどうかな?』

「まあ、ぼちぼちかな」

 

 だが、少年の携帯電話に電源は入っていない。代わりにベンチの陰───本当に注視しなければならない位置に小さな呪霊が潜んでいた。

 醜悪な見た目をした呪霊。等級で言えば四級程度の低級呪霊ではあるが、“糸”で繋がる呪霊は遠方より受信する“主”の声を送り届けていた。

 

『そうか……それならいいんだ。最初は寮生活も慣れないと思ったけれど、杞憂で良かったよ。学生生活はあっという間さ。少ない青春を存分に謳歌するといいよ』

「用件はそれだけ?」

『ああ、と言いたいところだけど一つだけ頼みがあってね』

 

 軽薄そうな声色とは裏腹に、その奥には確かな重みが潜んでいた。

 

『───とある呪術師の戦力分析を頼みたいんだ』

「誰?」

『話が早くて助かるよ』

 

 呪霊(でんわ)の向こうの声は、もったいぶったように一拍開けた後に続ける。

 

『呪術高専東京校1年、乙骨憂太だ』

「あー。特級の?」

 

 現代の呪術界にて、“特級”を冠する呪術師は四人存在する。

 六眼・無下限呪術を持ち合わせた現代『最強』、五条 悟。

 高専の任務を受けない風来坊であり元『星漿体』、九十九 由基。

 今年呪術高専に入学したばかりの『特級被呪者』、乙骨 憂太。

 

 そして、最後にもう一人。

 百を超える一般人を虐殺し、呪術界を追放された最悪の呪詛師───。

 

()()……アンタに並ぶ術師と戦えって?」

『勿論、馬鹿正直に戦ってくれって意味じゃないさ』

 

 『ちゃんとした舞台がある』と夏油は言う。

 

『もうすぐ高専で開催される姉妹校の交流戦。そこでなら彼と戦う大義名分が得られる』

「あー、なるほど」

『去年は京都側が勝ったみたいだから開催地もそっちだ。東京には観光に行けないだろうから、その点は残念だったね』

 

 カラカラと笑い声を上げる夏油に、少年は『別に』と淡泊な返答を返した。

 人によっては感じが悪く受け取られる応対だ。けれども夏油は、そんな少年の応対に気分を害することなく、むしろ微笑ましさすら覚えていた。

 

『……なあ、マモリ』

「ん?」

『寂しくなったら、いつでも私達の下に帰って来てくれていいんだよ』

「あー、うん」

『美々子と菜々子も寂しがってるからね』

「それは嘘だろ」

『はははっ、どうだかな。実際に来てみるといい』

「うーん、また今度でいいや」

『そうか……』

 

 まるで上京した親と子のようなやり取り。

 事実、夏油は少年のことを実の家族のように愛していた。たとえ彼が自分の敵対する組織に入ってみたいと我儘を言っても快諾するほどには、だ。

 

『また、連絡するよ』

「うん、分かった」

『……ああ、それと』

 

 危うく少年が通話を切りかけた瞬間、待ったを掛ける声が響いた。

 

『───私は、マモリの選択を尊重する。それだけは忘れないでくれ』

「……うん」

『じゃあ、また』

 

 それだけ言って、呪霊は影も形もなくなるように消失した。

 これで“彼”とやり取りした痕跡は限りなく0になった。分かる者が見れば微かな残穢を確認できるだろうが、それでも術式を行使された呪霊が腐るほど湧いている低級呪霊である以上、見つけることは至難の業だ。

 

 そんなスパイ染みた連絡手段を取り終えた少年は、ゆっくりと携帯電話を耳から離し、そのまま制服のポケットへとしまう。

 

「……乙骨憂太、か」

 

 

「おーい、マモリー!」

 

 

 標的の名を復唱すれば、遠くよりミワッと出てくる人影があった。

 日本人離れした水色の長髪。これで染めていないというのだから驚きであるが、元々アルビノで白髪の少年も、インパクトで言えば同レベルであろう。

 

「霞か」

「もー、どこ行ってたんですか! 真依とメカ丸、もうお店に着いてますって!」

「あー」

「あー、じゃないですよ! 遅刻して真依にネチネチ言われるのはマモリなんですからね!」

「真依がネチネチ言ってくるのか」

「えっ? ……あ、もしかして今言質取られました?」

「よし、行くか」

「マモリ!?」

 

 『ちょっとォー!?』と声を上げる霞に見向きもせず、マモリは待ち合わせ場所だったハンバーガーショップを目指す。

 葛城マモリ、呪術高専に入って数か月が経った。

 

 

 

 彼は今、まさに高校生活をエンジョイしているのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「という訳で、今年も交流戦やるわよー」

 

 連日連夜の任務での疲れが抜けきらない担任・庵 歌姫は、実に低トーンな声で黒板に書かれた『交流戦』の文字を読み上げる。

 

「交流戦……ですか?」

「そう。建前としては学生同士研鑽し合い友好を深める場ってことになってるけれど、この交流戦は呪術連の上層部も見ているわ。早めに昇進したいんなら、交流戦で結果を出しておくことね」

「昇進!」

 

 嬉々とした反応を見せるのは、実家が貧乏でお金に困っている苦学生・三輪 霞である。

 呪術高専の生徒も立派な呪術師の一人。毎月給料は出ている訳であるが、その金額は等級に依るところが大きい。

 家族に楽をさせてあげたい霞としては、昇進できるものならさっさと昇進したいところであるだろう。

 

「こうなったら頑張るしかありませんね! ね、真依!」

「私は興味ないわ」

「えー……」

 

 しかし、いつの時代も学内イベントでやる気を出す者とそうでない者は居る。

 真依もまたその内の一人であり、やる気満々であった霞とは対照的な空気をその身に纏っていた。

 

「ま、真依ぃ……?」

「そもそも四級の私達に出番なんてあるの?」

「え、ないんですか?」

 

「三輪、やる気出してもらってるところ悪いけど……」

 

「その切り出し方は完全に無いパターンじゃないですか!!」

 

 ガーン! と霞は項垂れる。

 『昇進……』と呟きながら涙する光景は、万年平社員のサラリーマン染みた悲哀を感じられた。

 

「ら、来年! 来年あるから!」

「うぅ、分かりましたぁ……」

「ごほん! で、1年から出すメンバーだけど……」

 

 歌姫が指を差したのは、ここまで銅像の如く微動だにしていなかった男子二人。

 

「マモリ! メカ丸! アンタ達よ」

『妥当だナ』

「そうなのか?」

「……反応うっすいわねぇ。ま、メカ丸の言う通りよ」

 

 呪術高専には1年生から4年生まで在籍しているが、交流戦に出場できるのは3年生まで。

 ただでさえ生徒の在籍数が少ない以上、才能が八割と言われる呪術界では学生内でも実力の振れ幅が大きく出る。

 

『オ前は一級。俺は二級。そして、二級でモ呪術界全体からすれば上澄みの方ダ』

「なるほど。メカ丸って強いんだな」

『……嫌みカ』

「? 何が?」

『……いや』

 

───こいつはこういう奴ダ。

 

 捉えようによっては嫌みに聞こえる言葉も、彼にとっては一切の含みのない感想であることは、この短い間でも十分に理解している。

 それはさておき、つまり何を言いたいかと言えば───。

 

『学生内で一級は破格の強さダ。勝ちを獲りに行くンだったら、オ前を出さない道理はナイ』

「でも、向こうには特級居るんだろ?」

 

「それなのよ!」

 

 メカ丸とマモリの会話に割って入る歌姫。

 その謎の熱量に全員が気圧されている間にも、彼女は震える拳を握りしめながら熱弁を始める。

 

「今年は東京校(むこう)に特級の生徒が居る……しかも、五条の受け持ちと来た!」

 

「(五条って?)」

『(……特級呪術師の五条悟ダ。イイ加減覚えロ)』

「(五条って人の受け持ちだとどうなんの?)」

『(聞いタところによるト、歌姫は五条悟が嫌いなようダ。なにせ……)』

 

「あの馬鹿目隠し……きっと交流戦の結果に乗じて私をイジってくるに決まってるわ! 『あれー? 歌姫の生徒結果奮ってなくなーい? やっぱ教師の腕の違いかなー、アッハッハー』……的な!」

 

「被害妄想じゃないのか?」

「しっ!」

 

 咄嗟に霞がマモリの口を塞ぐ。

 が、その努力も虚しく、歌姫の苛立ちはさらにヒートアップしていく。

 

「最悪私がイジられるのは良いわ! けど私はアンタ達の結果をダシに使わるのが我慢ならんのよ!」

「せ……先生……!」

「だから是が非でも勝ってあの馬鹿目隠しに一泡吹かせてちょうだい!」

 

 しかし、彼女の怒りは生徒達への愛が根底にあった。

 自分だけならばともかく、生徒までも馬鹿にされることは許せない。そんな歌姫の思いに霞は感銘を受けた様子を見せる。

 

 一方、残りの三人はと言えば。

 

「でも特級相手でしょ? 勝てるはずないじゃない」

「俺もそう思う」

『団体戦なラともかく、個人戦は諦めロ』

 

 未成年なのにアサヒしそうなぐらいスーパードライであった。

 呪術師なんていう一般的な感性から大きく離れた者達の学びの園で、学園青春もののような熱量を期待してはならないのである。

 

「勝ったら焼肉奢ったげるわ! 高いとこでもいいわよ! 叙○苑でどう!?」

 

「野郎共、負けたら承知しないわよ」

「二人とも、ファイトです!」

 

(こいつラ……)

 

 現金な女子陣営に、メカ丸はない青筋を立てながら呆れる。

 

『オ前らは出ないだろうガ……』

 

「二人は焼肉食えたら嬉しいのか?」

「はい、嬉しいです!」

「人の金で食う焼肉ほど旨いものはないわよ」

 

「じゃあ頑張るか。なあ、メカ丸」

『ハ?』

 

 しかしながら、不意に逃げ道を塞がれた。

 味方だと思っていた唯一の同性の裏切りに呆然としていれば、担任の女教師は『ヨシ!』とガッツポーズを構えていた。

 

「その意気よ、葛城! 特級だろうと向こうも1年なんだからいくらでもやりようはあるわ! メカ丸、アンタも女子に良いトコ見せる気で頑張んなさい!」

 

 『皆で焼肉食べるぞー!』という呪術師らしからぬ目的の為に団結するクラスに、メカ丸は終始冷ややかな視線を送っていた。

 

 理由は至ってシンプルだ。

 

(……そもそも俺ハ食えんのだガ)

 

 かくして約一名、交流戦へのモチベーションを上げ切ることができぬまま当日を迎える羽目になるのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 呪術高等専門学校姉妹校交流会は二日間の日程が予定されている。

 一日目は団体戦。指定区画内に放たれた二級呪霊を先に祓除したチームの勝利となるいたってシンプルなルールだ。

 一見どちらが先に二級呪霊を見つけられるかが鍵になるように見えるが、最もミソになるポイントが実は別にある。

 

「───相手の妨害は禁止されてない。これを利用しない手はない」

『……本当にやる気カ?』

「ああ」

 

 団体戦前のミーティングを終え、二人部屋で話し合うマモリとメカ丸は東京校に勝つ為の作戦を練っていた。

 

()()()()()()()()()()()()()

『具体的にハ? 流石ニ殺しハ出来んゾ?』

「二日目の個人戦に出られないぐらいに。脚の骨折るとかさ」

『……なるほどナ』

 

 それが可能かはさておき、確かに京都校の勝率は跳ね上がる作戦だ。

 前提知識として、呪術師の等級は対呪霊を想定しての格付けだ。対術師として考えた場合、同じ等級の術師同士でも術式や戦闘スタイルで優劣は変わってくる。

 

 しかし、特級ともなれば話は別だ。

 同等級の呪霊に術師があたる慣例を踏まえれば、特級呪術師は特級呪霊に勝って当たり前。そして特級呪霊が通常兵器でのクラスター爆弾での絨毯爆撃でトントンという比喩から考慮するに、特級呪術師はまさしく戦略兵器に位置する強さを持つ。

 そのような相手に一個人が勝とうとするのは愚策中の愚策。

 すなわち、個人戦で乙骨に勝つことは不可能とみるべきだ。

 

 ならば、個人戦に乙骨を出られないようにする。

 その為に複数人で乙骨を叩く。

 

「交流会に勝って焼肉食べに行くぞ」

『……』

「どうした、メカ丸? 焼肉嫌いか?」

『いや……』

 

 そもそも好きか嫌いかという土壌で語れない以上、メカ丸は言葉を濁すしかなかった。

 

 そして、いい加減葛城マモリという人間の無神経さにも辟易していた。

 

『俺ガ焼肉を食える体に見えるカ?』

「……アレルギーか?」

『メカが肉を食うと思うカ?』

 

 メカ丸はメカである。

 いや、別になぞかけでも何でもない。これは彼の出自の問題であった。

 

『……オ前には訊かれなかったカラ詳しく話しテいなかったガ、俺ノ本体はろくニ身動きも取れん』

 

───“天与呪縛”

 

 呪術師が自らに科す“縛り”とは違う、先天的に肉体に強制された“縛り”。

 本来“縛り”とは術師自身が内容を決めて相応の効力を得る呪術であるが、“天与呪縛”に関しては“縛り”の内容は決められない。

 ただただ生まれながらに背負わされた不自由を背負い、その代償として求めてもいなかった力を得る。

 

 結果として本人がメリットとして享受すればそれで済む話ではあるが、メカ丸のように望んでもいなかった人間にしてみれば単なる“呪い”でしかない。

 

『本体の俺は外出することさえままならなイ。食事だって生まれてこの方取ったことがないサ。精々点滴で生きるに必要な栄養を補給するだけダ』

「そうだったのか」

『だから、いくらオ前らが旨い物を食えるとはしゃいだところデ、俺にはこれっぽっちも共感は湧かン』

 

 結局はそこだった、メカ丸のいまいち“熱”に乗り切れない理由は。

 彼には常人が通常持ち合わせている食への喜びがない。甘いも辛いも、旨いも不味いすらも感じたことはなかった。

 

───故の、疎外感。

 

 入学から数か月、同級生と少なくない苦楽を共にしたメカ丸であったが、どうしようもなく拭えない感覚があった。

 

『……やるなら一人でやってくレ。女共には悪いガ、俺は交流会に興味はナイ』

 

 メカ丸は言うだけ言って部屋を後にしようとする。

 

「メカ丸」

『……なんダ』

「俺もだ」

『?』

「天与呪縛」

 

 一度は無視し、進めようとした足が止まる。

 

『……なんだト?』

 

 確かめずには居られなかった。

 振り向いたメカ丸は、マモリの体を舐め回すように観察する。この数か月共に生活してきた仲ではあるが、身体が不自由である場面に出くわしたことはない。

 となれば、術式の可能性が出てくる。天与呪縛は何も肉体にのみ科されるものではない。本来持って生まれるはずであった術式がないというのも立派な“縛り”だ。

 

 しかし、現にマモリには術式がある。

 『ふたりあや』───ともすれば、十種影法術と同じ汎用性を有する万能術式。それが扱える以上、術式方面での呪縛があるとも思えない。

 

 強いて言うならば、その白さの原因だろうか?

 

『……まさか、髪と肌とは言わんだろうナ?』

「いや、それは知らんけど」

『じゃあどこダ』

「全身」

 

 今度こそ言葉を失った。

 

 全身?

 今、全身と言ったカ?

 

 言われて今一度全身隈なく見回してみる。

 だが、やはり不自由な点は見受けられない。

 

『……悪い冗談ダ』

「いや、本当に嘘じゃないんだが」

『嘘じゃなくとモ、俺に比べればずっとマシだろうニ』

 

 瞬間的に激昂しかけそうになったのを押さえ、メカ丸は本心からの言葉を漏らした。

 

『オ前のその体が───羨ましいヨ』

「……」

『……精々大事にしロ。自分の体ハ』

「それはそうだな」

 

 陰鬱な空気になったのを察し、メカ丸がフォローの一言を入れる。

 

『じゃあ、午後の団体戦でな』

「なあ、メカ丸」

『……まだ何かあるのカ?』

「お前は霞が喜んで嬉しくないのか?」

『ナ───』

 

 今度こそ完全に動作が停止した。

 振り返る仕草もぎこちない。しばらく油を挿していなかった絡繰りの如く、軋んだ音を奏でていた。

 

『ナん、デ、そこ、で、三輪、ガ、出て、くル?』

「急に電波悪くなったか? いや、呪力?」

『オ……俺のことはイイ。それよりモ』

「ああ、別に霞だけの話じゃないんだけどさ。真依とか歌姫先生も含めて、他の皆が喜んだら嬉しくないか?」

『───』

「メカ丸?」

 

 そこまで話を聞いてからメカ丸は頭を抱えた。

 これでは反応してしまった自分が馬鹿みたいではないか。幸いであったのは、この場に真依や桃のような()()人間が居なかったことだろう。

 

(そうダ。こいつは()()()()をするような奴じゃなかっタ……)

 

 誰にだって青春というものはある。

 そればっかりは不自由な体に生まれたとしても変わりはない。

 

 傀儡の肉体で吐くことはない深い溜め息を吐くメカ丸。

 その様子を怪訝に思っていたマモリだが、彼からの反論がないと見るや、淡々と続きを述べていった。

 

「俺は皆が喜んでくれるなら嬉しいぞ」

『……オ前にもそういう感性があったんだナ』

「当たり前だろ」

『だから交流会で勝つト?』

「ああ」

 

 淡々と、マモリは肯定してみせた。

 

「別に俺のやり方で乗ってくれって話じゃない。でも俺は真依と霞……あ、あと歌姫先生も喜んでくれるように勝ちを掴みに行く」

『……』

「それじゃあ午後の団体戦頑張ろうな」

 

 言うだけ言って満足したのか、マモリの方が先に部屋を出て行った。

 一人取り残されるメカ丸。自分以外誰一人として居らず、彼の声を聞く者も居ない空間の中、傀儡の口はポツリと零した。

 

 

 

()()は……卑怯だロ』

 

 

 

 究極メカ丸───本名『与 幸吉』。

 彼もまた、青春を生きる男子高校生の一人であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 正午。

 団体戦開始時刻となり、モニタールームにも教師を始めとする観戦勢が集っていた。

 

「さぁーて、今年の交流会は荒れるぞー!」

 

 黒鳥操術で映し出されるモニターを眺める白髪の男は声を弾ませる。両目を覆い隠すように巻かれた包帯により目の前が見えているか不安になってくるが、彼こそが現代最強の術師・五条悟であることは周知の事実であった。

 

 しかし、そんな現代最強に鋭い視線を向ける術師が一人。

 

「……五条」

「分かってますって、楽巌寺学長。憂太に万が一のことがあったら……でしょ?」

「……分かっておればいい」

 

 京都校学長・楽巌寺(がくがんじ) 嘉伸(よしのぶ)のしわがれた声が、モニタールームに低く響いた。

 『万が一』とは乙骨憂太───延いては彼に憑いている特級過呪怨霊・折本 里香が暴走した時だ。特級クラスの呪霊が暴走すれば、最悪校内のみならず学外にまで甚大な被害を及ぼす可能性もある。

 

「ま、そういう訳だからお手柔らかに頼むよ歌姫♪」

 

 とは言うものの、乙骨が死にかけでもしなければ里香が暴走することはない。

 それを分かっている五条は、教師としても術師としても先輩である歌姫に胸を借りるような口を利いていた

 

「どの口が……!」

「あ、もう始まってるからモニターに集中した方がいいんじゃない? カワイイ生徒の晴れ舞台だよ」

「五条、アンタねぇ!」

 

 歌姫の怒声が部屋中に響き渡るが、構わず五条は観戦に移る。

 

(今年の面子も粒揃いだ)

 

 やはり目玉は特級呪術師・乙骨憂太だろう。

 しかし、京都校には同じ特級・九十九由基に師事する東堂葵が居る。彼もまた体術、術式、戦闘センス───どれを取っても高レベルに仕上がっており、まだまだ発展途上の乙骨では簡単には倒せぬ呪術師だ。

 

(でもうちには金次が居る。となると、ミソになってくるのは京都の1年……)

 

「───噂をすれば」

 

 包帯の奥に覆い隠された青目が光る。

 術式や呪力を見通す特殊な眼力を宿す六眼。その双眸が捉えたのは、自分とは打って変わって紅い瞳を輝かせる真っ白な少年だった。

 

「……?」

 

 だが、モニターを眺めていた五条の眉間に皺が寄る。

 

(なんだ、()()は……?)

 

 怪訝を宿す五条の表情。

 未だ彼の異変に気付く者は、この場には居なかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「「お?」」

 

 出会いは突然に───。

 そんな月9ドラマのような劇的ロマンティックな出会いではないが、彼らは遭遇した。

 

 団体戦のフィールドである区画を走っていたマモリは、ドレットヘアーの強面な生徒に遭遇した。

 

「誰だ、あんた」

(はかり) 金次(きんじ)だ。金ちゃんって呼んでいいぜ」

「そうか、金ちゃん。葛城 マモリだ」

「自己紹介どーも。お前、京都校(むこう)の1年だよな」

「ああ」

 

 緩い自己紹介を経た直後、両者は一気に肉迫する。

 

「───っ!!」

「へっ」

 

 直後、マモリの体が殴り飛ばされる。

 勢いよく宙を舞うマモリは、せめて体を叩きつけられまいと呪力で生み出した糸を周囲の木々に絡め、自身の勢いを殺していく。

 ようやく勢いが死んで木の幹に着地した頃、マモリの鼻からは一筋の血が溢れ出してくる。

 

「っ()ぇー……」

「糸を使う術式か? スパイダーマンみたいだな」

「……スパイダーマ?」

「なんでそこで区切んだよ」

 

『東映版になるだろうが』と呟きを漏らした金次であったが、自身の一撃を顔面に受けても尚倒れぬ相手の姿に好戦的な笑みを浮かべる。

 

「俺のパンチ喰らって立つなんざ、骨のある1年じゃねえか」

「そのザラついた呪力も術式か?」

「残念。こいつは違ぇよ」

 

 つまり、呪力特性。

 術式を用いずとも、呪力が特殊性質を有するケースがまれにある。

 

 秤金次の呪力もまたその一つ。彼のヤスリのようにザラついた呪力は、呪力の大小以前に敵に苦痛を与える性質を有していた。

 

「五条先生もあんまり殴られたくはないって言ってたぜ」

「ふーん」

「さぁ、どうする1年。このままおめおめ逃げ帰るか、一か八か刃向かって俺にぶん殴られるか」

 

───どっちか選べ。

 

 そう告げる秤に対し、マモリの決断は迅速だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 突撃。

 逃げる素振り一つ見せず向かってきた下級生に、秤の顔には満足げな笑みが浮かぶ。

 

「いいぜ、1年! 骨のある奴は嫌いじゃないぜ!」

「───『梯子(はしご)』」

「おっ?」

 

 接近する間、絡繰り染みた素早い所作で糸を絡めたマモリの術式で、秤の足下から空へ向かって梯子が突き上がる。

 その際、梯子に足を絡め取られた秤も空中へと体を持ち上げられた。

 その隙にマモリは次なる形を作り上げる。

 

「───『箒星』」

「へぇ、周りのモン操作してんのか?」

 

 しかし、秤は冷静だった。

 自身の脚に絡まる梯子を殴って破壊。そうやって自由の身になった彼は、迫りくる冷気を前に鉄製の両開きの扉を顕現させる。

 そうして冷気を防いで見せた秤は、凍り付いた扉の上に立ち、地上のマモリを悠々と見下ろす。

 

「楽しそうな術式だな。動きも悪くねえ。お前何級だ?」

「一級」

「俺より上じゃねえか!?」

 

 頭を掻く秤はそのまま扉から飛び降り、今一度マモリに面と向かった。

 

「───なら、こっからは手加減はいらねえな」

 

 秤から漲る呪力がザワついた。

 まさにその瞬間、彼を飲み込むように呪力の炎が迸った。低級呪霊が喰らえば一瞬にして焼失しかねない出力。だがしかし、呪力でガードした分にはそこまでの火力はないのか、ほんのり髪の毛が焦げただけの秤がクロスした腕を解いた。

 

「……誰だ?」

東京校(そっち)2人1組(ツーマンセル)じゃないんだナ。お陰デ楽に一人ずつ潰せそうダ』

 

 木の陰から現れたのは、和風な建造物とは余りにもミスマッチなメカメカしい見た目の傀儡だった。

 

「メカ丸?」

『そういう訳ダ。二人掛かりで仕留めるゾ』

「……ああ」

 

 状況を即座に理解したマモリが、そのまま秤へと殴りかかる。

 これに当然秤も応戦するも、背後からは刀源解放(ソードオプション)したメカ丸が挟み込むように襲い掛かってくる。

 秤は強者だ。座学こそ悲惨な成績を収めている彼であるが、呪術師としてのセンスは次代の呪術界を担うに相応しいポテンシャルを有している。

 

 しかし、彼もまた成長途中の学生に過ぎない。

 

(こいつら……)

 

 前後から次々に仕掛けてくる相手に応戦する秤だが、徐々に綻びが覗き始めてくる。

 

(メカの方はまだ動きが直線的だ。こいつをいなすのはそう難しくねえ。問題は───)

 

 メカ丸の刀源解放を避けようとした瞬間、足元が唐突に隆起を始める。

 

「『富士』」

「はっ! 縁起いいな、お───」

 

 言い切るより前に、高速回転する鋭利な腕が秤を襲った。

 しかし、呪力でガードしていた秤は迫る刃物を受け止め、いなし、最小限のダメージでやり過ごす。

 

『チッ。かすり傷か』

「もう一回だ」

『ああ』

 

 殺意マシマシの攻撃手段しかないメカ丸に対し、マモリの術式は攻撃・防御・サポートと幅広くこなせる。それに加え、技を発動せずとも生み出すことのできる“糸”は武器としても有用で、相手の四肢に引っ掛けるだけでも攻撃や回避のタイミングをずらすことができる。

 

「伊達に一級じゃねえな」

 

 呪術師の等級は実力に正直だ。

 たとえコネや賄賂で成り上がろうと、すぐさま実戦でボロが出る。すなわち呪霊に殺されるという訳だ。

 

 だがしかし、そんな中でも秤は乙骨と共に『僕に並ぶ術師になる』と五条に認められている一人。

 

 生半可な実力や才能で、『現代最強』にそこまで言わせることは叶わない。

 

「いいね、熱くなってきた」

『グッ!?』

「礼に、火遊びを教えてやるよ」

 

 激しい攻防の刹那を衝き、メカ丸を蹴り飛ばした秤が距離を取る。

 すると彼は、これまでに見せたことのない動きを披露した。

 その両手をまるで仏像が構えるような印の形に整える。識者が見たならば、彼の掌印が智慧、長寿、富を与える神───七福神が一人、弁財天の印であると分かったであろう。

 

「領域展開」

「『!!』」

 

 しかし、直後に謎の空間が広がる。

 改札。電光板。ホーム。そして走り去っていく電車。それまで戦っていた場所とは明らかに違う空間を目撃したメカ丸は瞠目する。

 

『まさカ……これハ!?』

 

 

 

「───『坐殺博徒(ざさつばくと)』」

 

 

 

 領域展開。

 それは呪術の極致とも言われる超高等技術の一つ。自らの精神世界たる生得領域を呪力で具現化した上で生得術式を付与する。

 そうすることで必殺の術式を()()()()にまで昇華させるのだ。

 

(不味イ!! 俺に領域に対抗する手段は無イ!!)

 

 展開された領域において“回避”という概念は存在しない。

 対抗策は必中必殺の攻撃を呪術で防御するか、こちらも同様に領域を展開するかのほぼ二択である。

 しかし、前述の通り領域展開は呪術師において奥義とも言える技。現呪術界において領域展開を行える呪術師は両手で数えて足りる人間しかいない。

 もっと簡単な対抗策として『簡易領域』と呼ばれる結界術があるが、こちらも結界術に長けた術師でなければ会得するのもままならない。

 

 そして、メカ丸には結界術の才能がなかった。

 

()られル!!)

 

 そう思った、次の瞬間だ。

 必中効果によって京都校二人に秤の領域と術式のルールが開示された。

 

 

『『坐殺博徒』は実在のパチンコ台(CR私鉄純愛列車(してつじゅんあいれっしゃ))をモデルにした領域だ!! ルールは簡単!! 図柄を3つ揃えれば大当たり!! 大当たりを引けば俺(秤)はボーナスのもらえるゾ!! どんなボーナスかは当たってからのお楽しみだ!! それではまずはゲームフローからの解説だ!! ゲームは通常回転から───』

 

 

(なン───ダ!? この塵みたいナ情報ハ!!?』

 

 辛抱堪らず、後半部分は口から漏れてしまった

 

「避けろ、メカ丸」

『ム!?』

 

 嘘のような情報の濁流に困惑するメカ丸を余所に、淡々と忠告するマモリが彼に糸を引っ付けた。

 直後、予告演出と同時にくり出された扉による挟撃がメカ丸を襲ったが、寸前でマモリが引っ張ったことによりなんとか攻撃から免れる。

 

『……済まン、葛城。助かっタ』

「いい。それよりメカ丸、一つだけ分からないことがあるんだが」

『なんダ? 俺も開示された情報以上のことは分からんゾ』

「……私鉄純愛列車ってなんだ?」

『……終わったら読メ!!』

 

 領域のモデルについて尋ねたマモリを、メカ丸はバッサリと切り捨てる。

 そんな二人に襲い掛かる予告演出の(シャッター)。色は緑、期待値は低だ。いつでも呪術で受け止められるよう身構えていたメカ丸であったが、予想を外れて普通に回避できてしまった事実に、冷静に情報を分析していく。

 

(これハ要するにパチンコを演出にした領域!! 必中効果は領域のルール開示のみカ!? だが問題なのハ……)

 

「葛城、挟み込むゾ!!」

「ああ」

 

 先ほど同様挟み込むように攻撃を仕掛けるメカ丸とマモリ。

 しかし、秤は違う。あからさまに俊敏性を増した彼は二方向からの攻撃にも難なく回避し、連携の間隙を突くように反撃するではないか。

 

「どうした、1年? 息切れか?」

 

 余裕綽々な秤の様子にメカ丸は確信を抱く。

 

(やはリ!! これハ環境要因によるステータスの向上カ!!)

 

 領域展開により具現化される生得領域は、自分自身の精神世界。

 すなわち、己の生得術式にも由来する精神構造を象徴した世界でもある為、その中に居る術師本人は平時よりも能力を発揮しやすい。

 これを人は環境要因によるステータスの向上───陳腐な言い方をすれば『バフ』が掛かるものだと表現する。

 

 今の秤がまさしくそれ。

 ただし、メカ丸が真に警戒していたのはもっと先の未来であった。

 

(普通に考えテ、大当たりが出た時のボーナスは秤の戦闘力に大きく還元されるものと見て間違いなイ。現状葛城と二人掛かりでも互角なのヲ踏まえてモ、奴が大当たりを出そうものなら……)

 

───負ける。

 

 秤が大当たりを出すまでの間が、マモリとメカ丸に許された抵抗の猶予。

 だが、秤は領域展開によるバフを受けている。つまり先程よりも苛烈になった攻撃を掻い潜り、彼を倒さなくてはならないのだ。

 

(奴の呪力が尽きるのを待つカ!? ……いや、きっとそんな悠長な時間はなイ!!)

 

 現に秤の表情は涼し気だ。

 呪力の消費量が激しいとされる領域展開であるが、それも術式や領域の内容によって変動すると見るのが無難だろう。

 だとすると『坐殺博徒』は、必殺効果を除外して()()()必中効果のみを完成させた領域として、必要とする総呪力量が少ない可能性もある。

 

(長時間展開されているだけでも秤の戦闘力が上がっている分こちらに不利ダ!! 兎にも角にも短期決戦!! それしか勝つ道はなイ!!)

 

 見通しを立てたメカ丸の全身に呪力が満ち満ちる。

 同時に口に当たる部分が大きく開放され、内部に格納されていた砲塔が姿を現した。

 

───究極 メカ丸 砲呪強化形態(モード・アルバトロス)

 

 現状メカ丸が持ちうる攻撃手段の中で、最も威力の高い攻撃だ。

 その威力に比例した呪力量こそ必要とするも、格上を戦闘不能にするのであればこの技をおいて他に存在しない。

 

『葛城、何とか奴の動きを止めロ!! 俺の『三重大祓砲(アルティメットキャノン)』で仕留めル!!』

「おーおー、カッケー技持ってんな」

 

 秤は『好きだぜ、そういうの』と付け足しながらも、不言実行を成そうとするマモリの妨害を難なくいなしていく。

 

「けどな……」

 

『リーチ!!』

 

「『!!』」

 

 領域内に表示される図柄の両サイドに同じ数字が並ぶ。

 するとおもむろに現れた改札口の奥から、主人公の夕輝が走って向かってくる。

 

(これハ交通系ICカードリーチ!! 期待度はリーチアクションの中でも最も低イ!! 大当たりになる可能性は───)

 

 

 

『まったく……世話の焼ける部下なんだから』

 

 

 

(なッ……!?)

 

 刹那、改札で足止めを食らった夕輝に見目麗しいスーツ姿の女が歩み寄る。

 

(あの女ハ───)

 

『あ……天ノ川(あまのがわ)PM(プロジェクトマネージャー)!?』

『遅刻しそうなんでしょ? 一緒にタクシー乗せてってあげるわ。皆には内緒で……ね?』

 

(不味イ!! 『天ノ川カットイン』カ!?)

 

 挿入されたチャンスアップ演出により残されたリールの動きがゆっくりになる。

 徐々に速度を緩めていくリールの先から、リーチが掛かった図柄が向かってきていた。あの図柄がど真ん中に止まった瞬間、秤は大当たりボーナスを獲得し───京都校の敗北は濃厚となる。

 

『クソッ!! 予告演出に邪魔は……できんのカ!!』

「メカ丸、撃て」

『なッ……このまま撃っても躱されるゾ!?』

「いいから」

『チィ!!』

 

 らしくなく強情なマモリに何かしらの意図があると察する。

 そして、漲る呪力を口と両手に集中させた。

 

『これで負けたら、承知しないゾ』

 

 刹那、爆発にも等しい呪力が解放される。

 射線上にある障害物全てを焼き尽くさんとする炎。喰らえば秤でも負傷は免れぬ大技ではあるが、それを直感で理解した秤が動かない道理はない。

 

「はっ、やけっぱちでやられるかよ」

 

 すぐさま射線上から飛びのく秤。

 そのすぐ真横からマモリが迫ってくるが、これも秤は冷静に目で捉えていた。

 

「見えてんぞ、葛城。何する気だか知らねえが……」

「───領域展開」

「!」

 

 予想外。

 見開かれた秤の両目は、その三文字をありありと浮かべていた。

 

 一瞬、こけおどしの可能性を考える。

 だがしかし、わざわざこちらの回避の隙を溝に捨ててまで掌印を結ぶ理由が見当たらない。それすらもブラフで単に術式を発動しようとしている可能性も無きにしも非ずだが、それにしては彼の全身に漲る呪力量がかつてないほど大きい。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 秤が目撃した掌印。それは拝むように重ね合わせた中指と薬指、小指とは別に、折り曲げて爪先を合わせた人差し指に親指にも合わせるというもの。

 

───不空羂索観音(ふくうけんじゃくかんのん)

 

 その掌印をマモリが開いた時、指に絡まっていた糸もまた解放される。

 まるで蜘蛛の巣のように拡がっていく白い糸。白波となってマモリと秤の二人を覆い尽くす領域の名は、

 

「───『魔守禍去(まもりかざり)』」

「激熱じゃねえか!! なぁ、葛城ぃ!!」

 

 興奮のあまり秤が吼えた直後、二人の姿は丸い糸の繭の中へと消えていく。

 一方、秤以上の衝撃を食らっていたメカ丸はようやく我に返って振り返る。

 

(大当たり演出ハ!? どうなっタ!?)

 

 天ノ川カットインにより大当たりの期待値は限りなく高かった。

 

(図柄は……揃っていル!!)

 

 大当たりだ。恐れていた光景とパチンコ特有のギラギラとした演出が目に飛び込み、メカ丸はクラリと眩暈を覚える。

 けれども、すぐさま気を取り直した彼は轟音が轟く白い繭の方を向いた。

 

(あれが葛城の領域? どういう領域ダ? 一体中で何が行われていル? いいや、それよりもまず考えなくてはならないのハ───)

 

 一人蚊帳へと追いやられたメカ丸は、必死に自身が知り得る領域の知識を引き出す。

 

()()()()()()()()()()()?)

 

 三度、繭の中から響く轟音。

 『三重大祓砲』に伴う放熱を続けるメカ丸は、二つの領域が展開された場合に起こり得る現象を思い出す。

 

(本当にあれが領域であるのなら、領域同士による綱引きが発生すル。それに伴って領域内の必中効果は消えるはずだガ……)

 

 『坐殺博徒』の必中効果(塵のような情報開示)は未だに継続中だ。

 よって、領域同士の競合は発生していないとみるべきだろう。

 

(だとしたら、あの領域は一体なんダ? 本当にブラフだったのカ?)

 

 思索を巡らせるも答えが見えてこない。

 ただ一人駅のホームに取り残されるメカ丸。ただただ目の前を過ぎ去っていく電車を眺めることしかできない時間が終わりを告げたのは、乗客も居なくなった終電車が回送電車へと変わった時だった。

 

 不動を保っていた繭の一部が蠢く。

 

 刹那、崩壊は全体へと波及し、間もなく純白の領域はバラバラに散っていく。

 

「───っらぁ!!」

 

 そして、吹き飛ばされる人影。

 それはメカ丸の真横を通り過ぎ、背後に佇んでいた和風建築物の壁面に叩きつけられた。

 

『なッ……!?』

 

 振り返る以前に抱く違和感。

 ここは秤の領域内だったはずだ。にも関わらず、今見えている光景は領域が展開される以前の京都校内の風景に変わっている。

 

 予感が確信へと変わる音がした。

 

(秤ヲ───倒したのカッ!?)

 

 崩れる壁面にめり込む人影は、紛れもなく秤の姿であった。

 僅かにうめき声が聞こえてはいるものの、拘束具のように全身に巻きつけられた糸を見るに、自由に動けなくないことは明白だ。

 

 代わりにマモリは滝のような汗と血を流している。

 満身創痍の文字が体を成しているような姿だった。相当内部で激しい戦闘を繰り広げていたのだろう。

 

「はぁ……はぁ……!」

『……少し休メ、葛城。日没までまだ猶予はあル。少し休んだところでバチは当たらン』

 

 

「あれ───あ、あぁ!? 秤先輩!?」

 

 

 新たな気配。

 疲労も厭わず身構える二人の前に現れたのは、これまた気弱そうな少年であった。

 

 しかし、人畜無害そうな表面とは裏腹に隠し切れぬ“異様”が、二人の全身を粟立たせる。

 

『乙骨憂太……!?』

「特級か」

 

「え? え? わああっ!?」

 

 間髪入れず殴りかかったマモリに対し、うっかり参上してきた乙骨は納刀状態の刀で攻撃を受け止める。

 激突の衝撃波で周囲の木々に付いていた木の葉が吹き飛ばされていく。

 だが、乙骨は微動だにしない。しっかりと踏み込んだ彼の足をその場から下がらせることは叶わなかったのである。

 

「くっ……!」

「強いな、お前」

「君が……君が秤先輩をやったのか!?」

「悪いが焼肉の為に足の骨折られてくれ」

「急に何の話!?」

 

 完全に想定外の内容に、これには乙骨も動揺せざるを得なかった。

 その心の隙を見逃さなかったマモリは、引いた拳にすぐさま糸を絡ませてあやとりを行う。

 

「───『富士』」

「わっ!? 足元が……」

 

絶技抉剔(ウルトラスピン)!!』

 

「おわあっ!?」

 

 ここまで共闘し息が合ってきたメカ丸の『絶技抉剔』が乙骨の無防備を襲う。

 これを再び刀で受け止める乙骨であったが、拘束回転かつ推力が加算されている一撃は()()()

 結果、軌道を変えた刺突が腕を掠り、乙骨は苦悶の表情を浮かべた。

 

「畳みかけるぞ」

『言われなくとモ』

 

 その後も二人の連携が絶え間なく乙骨を襲いかかる。

 いかに特級とはいえ多勢に無勢であるのだろう。特級に違わぬ呪力量で全身にガードを張り巡らせているものの常に均一を保つのは難しく、連撃で集中力を削がれてガードが薄くなった部分を狙われる。

 

「ぐ、うぅぅ!!」

 

(やれル、やれるゾ!! このまま攻めれバ、特級を討ち取れル!!)

 

 柄にもなく高揚するメカ丸の脳裏に過るのは、共に生活する学校の仲間の顔だった。

 

 呪骸の自分にも明るく分け隔てなく接してくれる素直な霞。

 口を開けば皮肉しか出てこないが、その実仲間想いな真依。

 そして、訳ありの自分達に対しも親同然に親身になってくれる教師、歌姫。

 

(あいつラの為にモ……!)

 

 乙骨の振り下ろしに対しあえて踏み込み、メカ丸は『剣山盾(ウルトラシールド)』を展開して受け止める。

 衝撃で剣山と呼ぶには無骨な針が壊されるが構わない。砕け散った破片が一秒でも乙骨の視線を遮られるのであれば問題はなかった。

 

 メカ丸はイカれた腕はそのままに、乙骨の胴体へタックルをかます。

 持ち上げられる乙骨の両足が地面から離れる。瞠目する乙骨はなんとか脱出しようとするものの、メカ丸の固い拘束から早々に抜け出すことはできなかった。

 

「このッ……!?」

「もらった」

「なっ───あ゛ぁ!!?」

 

 ボキッと。

 太い枝が折れるような音に遅れ、搾り出されたような悲鳴が空を突き抜ける。

 

 乙骨の腕は折れていた。

 マモリに手首を握られ、捩じられ、そして絡ませた糸と自重を最大限に利用した背負い投げの要領で間接に負担を掛けられたのが決定的だった。

 手を放された後、乙骨は苦悶の声を漏らしながら動かない腕を庇い、ヨタヨタと距離を取る。

 

 だが、マモリは攻勢の手を止めない。

 腕だけならばまだ戦える。確実に戦闘不能にするには足の骨を折るべきという当初の考えの下、今度こそ仕留めようと仕上げの段階に入っていった。

 

(やっタ……これデ!!)

 

「だ、駄目だ里香ちゃん……落ち着いて……!」

 

「? ───ぐッ!!?」

『葛城!!?』

 

 一瞬の出来事だった。

 背を向けて逃げ帰る様子だった乙骨から、莫大な呪力が溢れ出た。そう思った瞬間、マモリの体は十数メートル離れた建造物の壁に叩きつけられていたのだ。

 訳も分からぬまま背中の痛みと込み上がってくる吐き気に咳き込んでいれば、徐々に自身の左腕に猛烈な熱が宿っていく感覚を覚えた。

 

「……痛っ」

『葛城!!』

「折れた」

『なッ』

 

 余りにもあっけらかんに言うものだから、一瞬何事か判断つかなかった。

 しかし、あらぬ方向に折れ曲がった左腕を見れば否が応でも事態を把握せざるを得ない。

 

(葛城が……たった一撃デ!?)

 

 背後から立ち上る異様に恐る恐る振り返れば、メカ丸は目撃してしまった。

 

 

 

『ゆ゛う゛たををを……虐めるなぁああぁあああ!!!!!』

 

 

 

『ッッッ……!!!』

 

 特級過呪怨霊、折本里香。

 2016年11月東京、同級生による執拗な嫌がらせが誘因となり、首謀者含む男子生徒4名が重傷を負う事件が発生した。

 後日、事態を把握した高専関係者が呪術師数名を派遣するも、連行しようとした彼らに激昂した里香に全員が返り討ちにされる。

 そのまた後日、事態を重く受け止めた高専が特級呪術師・五条悟を派遣することで、ようやく乙骨憂太を保護するに至った。

 

 その余りにも強大な呪力、戦闘力は瞬く間に呪術師らへ折本里香という呪いへの恐怖を植え付けた。

 

 故に付けられた異名は───『呪いの女王』。

 

「駄目だよ、里香ちゃん。落ち着いて……!」

『ゆ゛う゛だあぁああぁあ! だってえ゛え゛え゛ぇ゛え……!』

「大丈夫、大丈夫だから! ね? だから里香ちゃんは出てきちゃ駄目だ……!」

 

 溢れ出す呪力を自らしまい込む乙骨。

 なんとか里香が現れるのを押さえる彼の危うい姿に、終始メカ丸はその場から動けずに居た。

 

 それから少し経ち、ようやく乙骨の尋常ならざる呪力は落ち着きを取り戻す。

 彼が面を上げれば、痛みによる脂汗ともまた違う冷や汗が滝のように頬を伝っていた。許可なく里香が完全顕現すれば乙骨は監督者たる五条諸共処刑される。それを理解しているからこその焦燥が見て取れるようだった。

 

「……里香ちゃんがすみません。腕大丈夫ですか?」

 

「ん、お互い様だ」

『! 葛城、立って大丈夫なのカ?』

「まあ、なんとか」

 

 心配するメカ丸を余所に、マモリは適当な枝を添え木にするや否や、呪力で生み出した糸で折れた腕をグルグルに固定する。

 最低限の処置を終えれば、彼はそれ以外の部位に異常がないか確かめる挙動をしつつ、乙骨へと歩み寄っていく。

 

「さて……続きやるか」

「! も、もうやめましょうよ!」

「ん?」

「なんだってそんな状態で……! 呪霊が相手ならともかく、僕達学生ですよ!? 学生同士でこんなボロボロになるまで戦って意味あるんですか!」

「んー」

 

 一般家庭の出だからこその常人の感性を持つ乙骨の言葉に、マモリは少しの間小首を傾げて考え込む。

 

「あるんじゃないのか?」

「んな゛っ!?」

「お前は仲間が勝ってほしいって思ってる戦いでも『これは練習試合だから』って手抜くのか?」

「!」

 

(……コイツ)

 

 呆れた溜め息を吐くメカ丸。

 そんな彼の様子とは裏腹に、ついさっきまでおどおどしていた乙骨の態度が毅然としたものに変わる。

 

 負けられない理由を見つけた。

 そんな表情だった。

 

「……そう、ですよね。そうだ、僕は何を考えて……」

「やるか? やらないのか? まあ、やらないとしてもこっちはやるけど」

「僕のせいで……東京校の皆に迷惑はかけられない!!」

 

 吹っ切れた乙骨が刀に呪力を込める。

 同時にマモリも残った腕の拳にありったけの呪力を込めた。

 

「自己紹介まだだったな。京都校1年、葛城マモリだ」

「僕は……東京校1年、乙骨憂太です」

「よろしく」

「よ、よろしくお願いします!」

 

 タメとは分かりながら、それまでの敬語口調が抜けない乙骨もマモリに合わせて構えを取る。

 共に片腕が折れた万全には程遠い。

 メカ丸も先程隙を作る為の無理が祟り、まともに動けない状態であった。

 

 正真正銘、1対1の戦い。

 

「……」

「……」

 

 ひりつくような空気に森が静まり返る。

 観戦しているメカ丸の本体も、思わず呼吸を忘れる緊張感がそこには存在していた。水の一滴でも滴り落ちれば溢れかえり、濁流と化して辺り一帯を飲み込みかねない───そんな緊張感だ。

 

 互いの得物に流し込む呪力は、時を経る程に大きく膨れ上がっていく。

 最早一撃でも喰らえば戦闘不能は免れぬ威力を宿している。あとはこれを以下にして相手に叩き込むだけであるが、

 

「───!!」

 

 先に仕掛けたのはマモリの方だ。

 全速力で乙骨の懐へと肉迫し、その顔面目掛けて呪力を纏った拳を振り上げる。

 

「くっ!!」

 

 しかし、乙骨の反応は早かった。

 的確に顎を狙ってくる一撃に、まるでそれを分かっていたかのような反応速度で刀を構えて受け止める。『絶技抉剔』とは違い回転も掛かっていない素直な直線攻撃であれば、受け止めるのも受け流すことも容易い。

 鞘に納めた刀で受けた乙骨は、全身の力を利用した上で身を捩り、マモリの渾身の一撃を横へと逸らすことに成功する。

 

(よし!! これで───)

 

「……え?」

 

 そんな乙骨へ迫る()()()

 折れた左腕から放たれる拳に、乙骨のみならずメカ丸すらも虚をつかれた様子だった。全力で振り抜かれた拳から関節の動きを制限する糸が解かれれば、間もなく折れていたはずだった左腕が姿を現す。

 

 傷は───ない。

 腕も正常な方向を向いており、腕全体の力を拳に注ぎ込んでいるのが見て取れた。

 

(なんで左腕が治って……!?)

(まさカ……反転術式カ!!?)

 

 呪力とは、負の感情より捻出される負のエネルギー。

 故に人体に行使し、攻撃力や防御力に還元こそすれど、基本的に回復手段に用いることはできないとされている。

 しかしながら、唯一例外であるのが負の呪力同士を掛け合わせることにより正のエネルギーを生み出す『反転術式』がある。

 

 だが、反転術式もまた誰にでも扱える技術ではない。

 反転術式を扱える人間の数は、それこそ領域展開を使える人間と同様希少であり、故に呪術高専保険医であり反転術式使いの家入硝子は、重傷者が出る度に東西南北どこにでも駆り出されているのだ。

 

 だからこそ、ここ一番の奥の手にはこの上なく有効だった。

 完治した左腕に呪力を込めるマモリ。乙骨の刀は、未だ攻撃を受け流した後から元の場所には戻ってきていない。

 

(───獲った)

 

 その拳の内に勝利の確信を握りしめながら、マモリは最後の一歩を踏み込んだ。

 

「これで……終いだ」

 

 そして───決着。

 

 

 

 ***

 

 

 

 見上げた空に浮かぶ太陽は、やけに傾いているように見えた。

 

「……普通、あそこから反転術式使えるようになるか?」

『起きたカ、葛城』

 

 ガンガンと痛む頭を抱えながら、マモリは異様に重く感じる体を起こす。

 すぐ傍には半壊したメカ丸が周囲を警戒しながら木に寄りかかっていた。

 

「乙骨は?」

『とっくに行ったサ。今頃東堂辺りとやり合ってるんじゃないカ?』

「そうか」

 

 フラフラと立ち上がるマモリは深いため息を吐く。

 直後、団体戦終了を告げるサイレンの音が鳴り響いた。

 

 顔を見合わせる二人。

 何とも言えぬ空気の中、辛うじて搾り出した言葉は以下だった。

 

「負けたな」

『あア、完敗ダ』

「個人戦、勝てると思うか?」

『無理だナ』

「……どうする?」

『……戻って、安い店でも探そウ』

「そうだな」

『俺とお前で割り勘でどうダ?』

「それにするか」

 

 個人戦は負けるものと決め、二人はとっくにその先のことを話し合っていた。

 

「真依になんて言われると思う?」

『文句の十や二十は覚悟しておケ』

「だよなー」

 

 緩い会話と緩い足取り。

 そんな二人は、以前よりも近い距離を保ちながら帰路につくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……私を一人呼び出して何の用? 五条」

「……あれ? 歌姫怒ってる?」

「べ つ に」

「だよね、僕何もしてないもん」

「っっっ……!!」

 

 ギリィ、と歌姫が歯を食いしばる音が休憩室に響き渡る。

 初日の団体戦を終え、五条と歌姫は高専のとある一室で茶をしばいていた。歌姫からすれば今日の日程も終わりさっさと帰りたいところであったが、なぜか五条に呼び出されて今に至る。

 何とか苛立ちを押さえようと茶を啜る歌姫に対し、五条は楽しそうな笑みを湛えながら髪の毛を指先で弄る。

 

「いやぁー、それにしても今年の団体戦は見どころ満載だったねー。学生間で領域の押し合いやら反転術式なんてそうそう見れるもんじゃないよ」

「それはその通りね。でも、感想なら明日の日程が終わってからでも良くないかしら? どうせ個人戦もあるんだし」

「うん、僕もそう思う」

「っ……アンタねぇ……!」

 

 こういう軽薄な言動の積み重ねが、歌姫が五条を本気で嫌う理由である。

 正直、仕事以外でなら出来る限り会話したくないのが彼女としての本音であった。

 

「だからここに呼んだのは別件ね」

「……なんですって?」

 

 だからこそ、五条が切り出した途端に歌姫の顔が変わった。

 それを見た五条はニヤリと口角を上げる。

 

「ほら、あの子。秤と領域バトルしてた……あー、あの子の領域ってすごいよね。秤がボーナスタイムに入ってたら絶対勝てないと思うし、あの時領域の押し合いには勝ってたんじゃないか? でもさ、秤の領域って滅茶苦茶押し合いに強いし、だとするとあの子の領域も相当押し合いに強い……ってか、()()()()()領域の中和効果に特化させてるんじゃないかなって」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 全然話が見えてこないわ。何の話してるの?」

「だからさ───あの子何者?」

「……葛城のこと?」

 

 名前を口にした歌姫に、五条が『そうその子!』と両手の人差し指を立てる。

 

「とりあえず、高専に入った経緯知りたいんだけど」

「別に構わないけど……」

 

 葛城マモリ(16)。

 2013年■■県■■市(旧■■村)にて発生した呪霊による襲撃事件にて家族含め周辺住民100名以上が死亡。その後、とある宗教団体が支援する養護施設に引き取られて生活する。

 しかし、2016年に本人より呪霊が見えるという相談を受け、高専が調査。後日、呪術師としての才能を認められ、本人の了承を得る形で京都府立呪術高等専門学校へと入学する。

 

「───こんなところよ。まあ、珍しくもないでしょ」

「うんうん、そうだね」

「才能だって、アンタんとこの秤と同じレベルぐらいじゃないの? 一般家庭の出だとしても、たまにはあれぐらい飛び抜けた子も出てくるわ。それこそ───いえ、ごめんなさい」

「何が?」

 

 言い淀んだ歌姫に対し、五条はさも気にしていないような反応を見せる。

 だが、彼が気づかないはずはない。一般家庭の出で、秤や葛城レベルの才能を持った呪術師の存在を───今や呪詛師に身を堕とした親友の存在を。

 あえて惚けた五条の気遣いに目を伏せる歌姫は、今一度茶を口に含み、平静を取り戻す。

 

「……それで? アンタが気になってることは何なの?」

「その子の家族が死んだ事件……被害者の内訳教えてくれる?」

「はあ!? 流石に住民全員の名前とか憶えてないわよ!?」

「じゃあさ、その子の家族だけでも」

「うーん。まあ、それぐらいなら……」

 

 憶えている限りの詳細を歌姫は口にする。

 

「確か被害当時に両親は居なくて、親戚が預かってたはずだわ。それで親戚が……」

「待って。両親居ないの?」

「ええ。父親は不明、母親は出産の時に亡くなったみたいだから事件とは関係ないわ」

「フーン……じゃあ、他に家族は?」

「もう、何がそこまで気になるのよ? ああ、でも確か……」

 

 

 

───双子の妹が居たわ。

 

 

 

 その言葉に、五条の眉がピクリと動く。

 

「……双子?」

「ええ。名前は……『葛城 カザリ』だわ。間違いないわよ」

「ふーむ……あ、それじゃあその子について訊きたいんだけどさ」

「はぁ……まだ何か気になるの?」

「その子、()()()()()()()?」

「……は?」

 

 思いもよらぬ質問だったのだろう。

 歌姫も思わず呆気に取られた顔を浮かべてしまった。

 

「死体って……どうして?」

「いいからいいから」

「アンタ今更ねぇ……呪霊の事件でどんだけ行方不明者出てると思ってんのよ」

「歌姫、そこが重要なんだよ。遺体とか一部でも上がってるの?」

「そんなの憶えて……いえ、憶えてるわ」

「!」

 

 思い当たる節があるように、歌姫は自分に待ったをかける。

 彼女も日夜呪霊祓除の任務にあたり、その度に被害者や犠牲者の報告書を作り上げている。故に任務によっては内容も綺麗さっぱり忘れ去ってしまうケースもあるが、今回に限ってはそうではなかった。

 

 何故ならば、憶えるにたり得るだけのインパクト───違和感があったからだ。

 

「そう言えば、その子だけ行方不明だったわね。うん、憶えてる。他の死体が上がってたから、それだけはちゃんと」

「───なるほどね」

「五条……いい加減教えなさい。アンタ何が気になってるの?」

「ああ、歌姫。最後に一つ頼みがあるんだけど」

「私の話を聞けェ!!」

 

 歌姫の怒声を適当に流す五条は本題の頼み事をする。

 

「あの子───葛城マモリ君の戸籍がいつ出たか調べといてくんない?」

「戸籍? ……いや、戸籍っていつ出たとか調べられんの?」

「いや、知らないけどさ。それもまとめて調べといてよ」

「丸投げかよ! こういうのは伊地知辺りにでも頼んどきなさいよ! こういうの得意でしょ、あいつ!」

「アッハッハ、伊地知にはもう別件頼んじゃってるし悪いと思ってさー」

「だったら! 私にも! 悪いと! 思え!」

 

 我慢ならず茶が入った湯飲みを投げつける。

 が、五条の無下限を突破することができず、熱々の茶は床へとぶちまけられることとなった。

 

 怒りを発散しようにも、その術すら通用しない歌姫は怒りに身を震わせていた。

 その間、五条は部屋から去ろうと席を立った。

 

「はぁ……はぁ……待ちなさい! まだ私も話が───」

「……歌姫はさ、あの子の先生なんでしょ」

「は? ……当然でしょ」

「だったら、良いか悪いかは別として知っといた方がいいこともあるでしょ」

 

 五条のらしくもない真面目なトーンに、歌姫の表情も真剣そのものになる。

 

「五条……アンタには何が視えてんのよ?」

「世の中、視えないものの方が山ほどあるでしょ」

 

 『こいつでもね』と、自身の眼を指し示す五条。

 

 全ての呪いを見透かす瞳───『六眼』。

 

 

 

 その眼を以てしても見透かせぬ存在が、この世には存在する。

 

 

 

 

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